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第9章〜彼女が『魔女』を目指す理由〜
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桐崎さんと結月さんとパーティを組むことが決まった日から大きな問題が起こることなく平穏な時間が経過した。
その大きな理由は本格的なパーティでの行動は4月からになるからである。実際、学生寮の部屋割りは当初決められたペア毎のままである。
しかし、いくら平穏と言ってもこの学園では魔法を中心とした戦闘技術を学ぶ施設なわけだから、その光景が平穏なのかと言われると強く否定はできないのだが…。
まあ、それはともかく、今日は3月の最終週の月曜日である。当初の予定通り、生徒たち全員がパーティを作り終えており、今週からそのパーティの実力を測定するために、月兎先生か稲葉先生を相手に仮想世界での実戦試験を各パーティ2回行うことになっている。
そして、月兎先生が説明してくれたように、最優秀のパーティには特別報酬が貰えるが、もし実力不足だと判断されると最悪の場合には退学処分になってしまう。
そうならないためにも、僕も含め生徒たちは今日に至るまでのパーティでの立ち回り方や魔法をどうすれば効果的に使えるかなどの講義を受け、『夢の箱庭』が生み出す仮想世界で実戦するなどして、各パーティは実力を磨いてきた。
だが実は今、僕たちのパーティには気になる問題が発生している。
それは、パーティを組む際に起きた問題の所為で、僕は桐崎さんと殆どコミュニケーションが取れていないという事だ。
(ーーというか、桐崎さんが可能な限り僕を避けているように感じるんだけど…。)
結月さんか姉さんかに仲介して貰えば、特に問題なく会話できるのだが、僕と桐崎さんだけになると桐崎さんが僕を避けてきたため、殆ど2人での会話ができていない。
(ーーまだ信用されるとは思ってないけど、流石にこれだけ避けられると気にせずにはいられないよな。)
そんなことを思い、ある日に桐崎さんのペアである結月さんに相談すると彼女は少し困ったような苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「別に咲夜ちゃんは玲ちゃんのことを嫌ってはいないのよ。そもそも、あの娘がパーティを組むことに反対してたのは、この学園に入学させてくれた恩人の学園長とその親族である貴方たちに、私たちとパーティを組むことで自分が足手まといになって迷惑をかけると考えたからなの。」
「えっ?そうなの?」
そんなことを言われるとは予想していなかった僕は困惑した。
そして、結月さんは僕に説明を続ける。
「だから、何かキッカケがあれば、すぐ仲良くなれると思うわ。」
「なるほど、参考になったよ。」
(ーーうん?学園長が桐崎さんを入学させた?一体何があったんだろう?)
僕はそんなことを考えながらも時期を見て学園長に聴けば良いと判断し、結月さんに感謝を告げる。
そして、その場を後にしようとすると結月さんが僕を引き止めた。
「それでなんだけど、相談に乗ってお礼の代わりと言うか、ともかく玲ちゃんに話があるんだけど…、まだ時間は大丈夫?」
「別に問題はないけど…、何かな?」
「ええ、咲夜ちゃんのことなんだけど、何となくだけど玲ちゃんには知ってもらった方がいいと思って…。あの娘が『魔女』を目指している理由なんだけど…、」
そして僕は結月さんから桐崎さんについて教えてもらった。
そんな出来事があったので、特に問題にはならないだろうと思い今日まで至る。
確かに桐崎さんと2人きりで会話することはなかったが、4人で訓練する際は殆ど問題なくチームとして動けていたから、僕自身も桐崎さんに積極的に話かけることはしなかった。
結月さんの言っていたように、何かキッカケが必要だと思ったし、下手にやって逆効果になる可能性があると思ったからね。
だが、この僕の考えが甘かったということを実戦試験で思い知ることになる。
本日の午前の講義が終了した後、月兎先生は実戦試験について説明してくれる。
「それじゃあ、今から実戦試験のスケジュールと内容について説明しよっか♪」
そう言い終えると月兎先生はパソコンを操作してディスプレイに実戦試験でのスケジュール表を映し出す。
「この表を見れば分かると思うけど、各パーティ毎に2回実戦試験を行うわけだけど、その日程は明日の火曜が3チーム、その次の水曜に残りの2チーム、それで木曜は火曜に試験を受けた3チームの2回目、金曜が水曜の2チームの2回目になってます♪」
表を見てみると、僕らパーティはどうやら火曜と木曜に実戦試験があるらしい。
「ちなみにだけど、各パーティ毎で試験内容に関する情報交換は禁止になってます♪まあ、当然と言えば当然だよね♪」
情報収集することも大事だが、今回は試験ということもあり情報規制があるようだ。
(ーーまぁ、そうでもしないと水曜の2チームが有利になる可能性があるもんな。)
そんなことを考えていると、月兎先生が説明を続ける。
「それで肝心な試験内容だけど、1回目の試験を始める前に各パーティ毎に相手をする先生と課題を発表するから、その課題を達成できるように全力で頑張ってね♪」
こうして、僕たち新入生にとって最初の実戦試験の幕が上がり始める。
翌日の火曜、実戦試験1回目の日。
今日から4月になるまでは午前に行われていた講義も休講になる。
そして、午後になると僕らのパーティに試験のための召集がかかる。
仮想訓練棟に呼び出された僕ら4人は僕らを呼び出した月兎先生と稲葉先生から試験の内容について説明を受ける。
「それじゃあ、きみたちのパーティにやってもらう試験内容について説明させてもらおうかな♪」
月兎先生が試験内容を説明してくれるが、その内容は僕たちにはあまりにも予想外の内容だった。
「先ず、君たち4人には2人1組のペアに分かれてもらうね♪」
この一言で、僕たち4人は全員驚きの表情になった。
(ーーえっ?それじゃあ、何のためのパーティ制なの?)
そんなことを考えている僕たちに気にかけることなく、月兎先生は説明を続行する。
「あっ、ちなみにだけど、ペアの組み合わせはこっちで既に決めてあるから安心してね♪そして、私と稲葉先生がそれぞれのペアの試験を実施する形になってまーす♪それで、肝心のペアの組み合わせなんだけど…。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。月兎先生。」
なんとか混乱から立ち直れた僕は試験内容を説明してくれている月兎先生に待ったをかける。
「うん?どこかわからない所でもあったかな?」
「わからないも何も、どうして僕たちは4人1組ではなく2人1組で先生と闘うことになってるんですか。」
月兎先生の問いかけに対して、僕はまだ少し混乱しているせいか若干早口で月兎先生に尋ねる。
その僕の疑問を聴いた月兎先生は僕らにちゃんと理解できるように、いつもより少しだけゆっくりとした口調で説明する。
「理由は簡単で、私と稲葉先生の負担を均等化するためだよ♪」
「負担の均等化、ですか?」
鸚鵡返しのように月兎先生に僕は聴き返した。
それに対して、月兎先生は説明を続ける。
「そう♪先ず、今年の新入生(仮)は全員合わせて20名だよね♪そして、4人1組のパーティを作ると5つのパーティできるわけだけど、そうすると私か稲葉先生のどちらかが1パーティ分多くの試験をする必要があるよね♪それを解消するために、1パーティの試験を私と稲葉先生の2人で受け持つことになった訳だよ♪」
(ーー月兎先生の言っていることは理解できるけど…。)
「それじゃあ、どうして僕らのパーティが2人での試験になったんですか?」
(ーー別に他のパーティでもいいと思うけど…。)
月兎先生の説明を聴き終えて、僕は何故僕らのパーティが月兎先生と稲葉先生の2人で受け持つことになったという疑問を尋ねる。
その疑問に対して、月兎先生ではなく稲葉先生が答えてくれる。
「その疑問は最もだと思います。貴方たちのパーティが私たち2人で受け持つことになった理由は、貴方たちのパーティが1人で受け持った場合の負担が1番大きいパーティだと判断したからです。」
「だって、君たちのパーティは他のパーティと比較しても今迄見たことないような、特殊過ぎるパーティだもん。1人で評価するには、ちょっと難しいからね。」
稲葉先生の説明に月兎先生が補足した。
(ーー確かに、僕らのパーティは結月さんを除けば、僕自身も含めて他では類を見ない魔法属性だしな。)
先生たちの説明に僕以外の3人も納得した表情をしている。
そして、パーティを代表して僕が試験内容の説明の続きを促す。
「わかりました。それで、試験を受けるペアの組み合わせはどうなってるんですか?」
(ーーまあ、僕と姉さんのペアと桐崎さんは結月さんのペアだと思うけど。)
僕の疑問に対して、月兎先生が試験内容の説明を再開する。
そして、その内容によって僕は自分の考えが甘過ぎるとすぐさま思い知ることになる。
「紲名玲・桐崎咲夜ペアが私の担当で、紲名明日花・結月朱莉ペアが稲葉先生が担当になってるよ♪」
「えっ?僕のペアは桐崎さんなんですか?姉さんではなく?」
「イエス♪だって、君たち姉弟ペアの実力は入学試験や講義の時にも見させてもらったしね♪だから、折角の機会なんだし他の組み合わせも見せてもらおうと思ったわけ♪ちなみに、学園長からの了承も得てるよ♪って言うか学園長様直々の指示だね♪」
僕の疑問に対して、月兎先生は理由を教えてくれた。
(ーー確かに、月兎先生の言ったことは理解できるけど、桐崎さんとペアで闘うのは、ちょっと気まずいな…。)
そんなことを考えながら、桐崎さんの方を見てみると桐崎さんも同じなのか気まずそうな表情で僕の方を見ていた。
しかし、試験内容は既に決定されているので僕らにできるのは与えられた条件下で最善を尽くすことだけだ。
(ーーよし!決まっているものは仕方ない。覚悟を決めますかね。先ずは試験内容を把握しないと。)
僕は気持ちを切り替えて、月兎先生に試験内容について質問する。
「それで、今回の試験での課題は何ですか?」
「それについては、仮想世界にダイブしてから説明するね♪他に質問はあるかな?もしなければ、試験を開始しようと思うけど、いいかな?」
僕の質問に答えてくれた後、月兎先生は僕らに試験を開始していいか尋ねてきた。
僕ら4人はお互いに顔を見合わせ、覚悟が決まったのか小さく頷くと月兎先生に顔を向けて答える。
「「「「はい!」」」」
「オッケー♪それじゃあ、『揺り籠』に行こうか。」
「その前に、1つ言っておきますが今回の試験でも持ち込み許可を得たアイテム以外の持ち込みは禁止としています。もちろん、私たち教師も同じです。」
(ーーつまり、純粋な体術と魔法による試験ということか。)
稲葉先生が月兎先生の説明を補足した後、僕ら6人はそれぞれ技術職員に『揺り籠』へと案内され、試験を行うための仮想世界にダイブした。
(ーーさて、どうなるかな。)
仮想世界にダイブし終えて、意識がはっきりしてくると、僕は今回のフィールドを見渡す。
今回は、今迄の円形のフィールドに所々に高さ2メートルくらいの壁が設置されている。
(ーー中央付近には壁がないから、出される課題によっては、闘いやすい場所に先生を誘導するのが重要になりそうだな…。)
そんな風に、可能な限り戦闘の方針を考えていると、今回の相手である月兎先生が声をかけてくる。
「じゃあ、試験の課題について説明するよ♪」
僕と桐崎さんは月兎先生の方に体を向けて説明を聴く。
「先ず、この腕時計を付けてもらえるかな?この時計のタイマーが今回の試験時間になってるよ♪」
そう言って月兎先生が手渡してきた腕時計を装着し、時計部分の液晶ディスプレイを確認すると試験時間が5分であることがわかった。
(5分か…。決して長い時間ではないけど、課題によっては短いとも言えない時間だな。)
僕がそんなことを考えていると、月兎先生が説明を続ける。
「それで、今回の試験での君たちの課題なんだけど、その5分間に私が首に掛けているこの時計の破壊か奪取してもらおうと思ってます♪」
月兎先生はそう説明した後、首に掛かっている懐中時計のようなもの僕と桐崎さんに見せてくれる。
僕と桐崎さんに時計を確認させた後、月兎先生が僕と桐崎さんに指示を出す。
「それじゃあ、あっちにある試験開始地点に移動してもらっていいかな?開始地点に着いたのを確認したら試験を始めるからね♪開始のタイミングはその腕時計が教えてくれるから。何か質問はあるかな?」
月兎先生が指を指した方向を見てみると地面にバツ印がある場所があった。
どうやら、あそこが試験の開始地点のようだ。
僕と桐崎さんは開始地点を確認し終えた後、代表して僕が月兎先生に応える。
「大丈夫です。」
それを聴いた月兎先生は満足気に頷くと口を開く。
「オッケー♪そしたら、移動してもらっていいかな?後、言わなくてもいいと思うけど、ちゃんと全力で挑むようにね♪」
(ーー?月兎先生の実力は未知数だけど、少なくとも手を抜いて戦える相手ではないと思うけど…。)
そんなことを考えながら、僕は月兎先生に返事をする。
「わかりました。」
そう言った後、僕と桐崎さんは開始地点へ移動する。
その移動の最中に試験開始前のためか、少しだけ緊張した様子の桐崎さんが僕にだけ聞こえるように声量を下げて話かけてくる。
「戦闘開始と同時に私が先行して先生に突撃しますので、フォローの方をお願いします。」
(ーーかなりシンプルだけど、今の僕と桐崎さんだと複雑な連携をするのはかなり難しいと思うし、先生の能力も未知数だから、役割を明確にした方が無難かな。)
桐崎さんの提案に対して、少しの時間考えた後、僕は桐崎さんの提案に賛成の意を示す。
「了解。それじゃあ、取り敢えず僕は桐崎さんのフォローに徹することにするよ。」
桐崎さんと2人きりでの会話らしい会話はこれが初めてなので少し緊張しながらの返答になってしまった。
そんなことをしているうちに、試験開始地点に到着した僕と桐崎さんは月兎先生の方へ振り返る。
(ーーさて、やれるだけやってみますかね。)
こうして気合いを入れて実戦試験の1回目に臨む。
しかし、結果から言ってしまうが僕と桐崎さんは月兎先生に惨敗することになる。
僕と桐崎さんが月兎先生の方を向いて、しばらくすると腕時計からブザー音が鳴り響く。そして、腕時計の液晶ディスプレイのタイマーがカウントダウンを開始する。
どうやら、これが試験開始の合図らしい。
この合図の後、先程の話した通り桐崎さんが月兎先生に向かって走り出す。
僕は桐崎さんに少し遅れる形で『身体活性化』をした後、彼女の後ろを追いかける。
僕らと月兎先生の開始地点の直線距離は大体30メートルくらいだから、『身体活性化』を用いている僕の身体能力だと2秒程度で間合いを詰めきることができる。
この僕と桐崎さんの行動に応じるように月兎先生も行動を起こす。
(ーーっ!?なんだ!この魔素量は!)
月兎先生は『魔力感知』をしなくてもはっきりと認識できる程に大量の魔素を放出し、『身体活性化』による身体能力の強化をしている。
しかし、溢れ出ている魔素量が多すぎせいか制御されていない魔素が大気中に放出されている。どうやら月兎先生は燃費の悪さも気にせず、『身体活性化』の効果を限界まで引き伸ばしているようだ。
(ーーでも、そんな状態だと長時間闘うことはできない…、そうか!今回は5分間という制限時間があるから、その5分間だけ持つようにペース配分しているのか!)
その事実に僕が気付いたのが伝わったのか、月兎先生は不敵な笑みを浮かべ口を開く。
「これが、全力を出すということだよ♪」
そう言い終えると、月兎先生は肉薄してきた桐崎さんの攻撃を圧倒的な身体能力差を魅せつけるように最小限の動きで回避した後、桐崎さんの背後から追いかけてきた僕に目掛けて魔法を展開しようする。
その月兎先生の魔法が発動する前に起きた魔力の変化を『魔力感知』で認識した僕は月兎先生の魔法に対して変化の魔法による無力化しようと魔法を展開する。
だが、月兎先生が魔法を発動した次の瞬間に僕の体にまるで大型の車が衝突してきたかのような衝撃が走る。
「ぐっ!」
月兎先生の魔法を諸に受けたしまった僕は何回か地面に体をぶつけながら、開始地点を通り過ぎ、その先にある壁に体を打ち付けられた。
(ーーなんとか受け身を取ってダメージは抑えれたけど、まだ体が痺れに似た痛みがある。それより、一体何をされたんだ?)
僕は体を可能な限り素早く起こすと、僕を吹き飛ばした月兎先生を視界に入れる。
すると、そこには月兎先生が魔法を発動した隙を狙って再度攻撃を仕掛けようとする桐崎さんが目に映る。
(ーー月兎先生の背後から攻撃する形になっているから、この攻撃を月兎先生が回避するのは難しいはず。)
僕がそう考えていると、月兎先生は背後から襲い掛かってくる桐崎さんの攻撃を桐崎さんの方を一切見ずに紙一重で回避した後、攻撃を外して隙だらけになっている桐崎さんの横からに回し蹴りを打ち込む。
月兎先生の反撃を受けた桐崎さんは普通の人間なら骨が砕けてもおかしくないような大きな音を立てて勢いよく壁にぶち当たる。
それを目撃した僕はあまりの出来事に呆然としてしまう。
そして、その隙を突いて月兎先生が一気に僕との距離を縮めた後、僕に攻撃をすることなく話しかけてくる。
「予想通りだけど、玲ちゃんの魔法を結晶に変化させる魔法は玲ちゃん自身がその対象を認識できないと効果を発揮できないんだね♪」
「えっ?」
予想外のことを言われた僕は驚きを隠せない。
実際、僕の変化の魔法は変化させるために幾つかの条件があるが、その1つが月兎先生の言う通り変化させる対象を認識しなければ変化させることはできないのである。
そして、月兎先生は驚いている僕を右脚で蹴り飛ばそうとしてくる。
(ーーっ!ヤバイ!)
その動作を『魔力感知』のおかげで直前に認識した僕は急いで月兎先生の右脚の攻撃範囲から脱出する。
僕が回避した瞬間、僕が体をぶつけてヒビ割れて壁が月兎先生の蹴りでその形を留めることができずに崩壊した。
それを見た僕は、一度距離を置くため壁があるエリアに退避しながら、思考を加速させる。
(ーー考えれば思い付く対策手段だと思うけど、まさか月兎先生が僕が認識できない魔法を使えるのは完全に予想外だ。さっきの感じからすると、月兎先生は『風』系統の魔法属性を持っていて、僕が認識できない衝撃波を生み出す魔法を使ったと言うところか?って、嘘だろ!)
月兎先生から距離を取ろうとしていた僕を月兎先生が尋常じゃない速度で追い付いて来た後、僕にその圧倒的な身体能力と高い身体技術での猛攻を仕掛けてくる。
この攻撃を僕は『魔力感知』で先読みして、その攻撃を受け流したり、時には壁を盾にすることで辛うじてながらも凌ぐ。
(ーー幾ら『魔力感知』で先読みできても、身体能力が違い過ぎるせいで凌ぐので精一杯だ。この人と僕だと基本的な身体能力に差はそこまで大きくないと思うけど、こんな無茶苦茶な『身体活性化』の所為でどうしようもない程の差ができてる。かと言って先生の真似をしてこれ以上身体能力を上げると『魔力感知』の精度に影響が出るかもしれない。それ以前に最後まで魔力が持たない可能性もある。これが『魔女』の実力の一端か!)
そんなことを考えながらも月兎先生の連続攻撃をギリギリで回避していると、月兎先生は再度魔法を使ってくる。
(ーーでも魔法のタイミングは『魔力感知』で把握できる!)
僕は月兎先生の魔法に対して、今度は魔法を使わず『魔力障壁』を展開する。
僕が『魔力障壁』を展開した次の瞬間、『魔力障壁』に衝撃波がぶつかる。
どうやら、『魔力障壁』で防ぐことは可能らしい。おそらく、魔素の多くを『身体活性化』に用いているから高威力の魔法を素早く発動させるのは難しいのだろう。
(ーーだからと言って、状況は良くないな。今の僕と先生の身体能力の差だと課題である時計の破壊や奪取は難しい。だけど…、僕は1人で闘っているわけじゃない!)
月兎先生の猛攻を凌ぐことで、月兎先生の注意を僕に向けている中、僕の視界の隅には再度月兎先生の背後から攻撃を仕掛けようとする桐崎さんの姿が映っている。
(ーーさっきはどう避けたはわからないけど、今度はいけるはず!)
月兎先生は莫大な『身体活性化』に魔力制御を集中させているため、『魔力感知』をすることはできない。
そもそも、桐崎さんがオーラを纏えば『魔力感知』でも感知することはできない。
つまり、完全に死角からの攻撃になっている。
しかし、月兎先生は死角からの桐崎さんの攻撃をまたも回避して、反撃を桐崎さんに打ち込む。
(ーー嘘だろ!?どうやって桐崎さんを感知してるんだ!?)
そんな驚いてる僕に、月兎先生はその隙を逃さず攻撃を打ち込んでくる。
「ほら、そんな風に隙を簡単に見せちゃダメだぞ♪」
「くっ!」
その攻撃をなんとか凌ぐが状況は全く改善していない。
何度死角から攻撃を仕掛けても、どうやってかわからないが、その攻撃のことごくを月兎先生は回避した。
また、僕の魔法による攻撃も月兎先生は全く苦にせず対処し続けた。
そのため、他に作戦のない僕と桐崎さんは偶然でも隙が生まれる可能性に賭けて2人同時で月兎先生に攻撃を仕掛けることになった。
だけど、今の僕と桐崎さんの拙い連携では月兎先生の守りを崩すことはできなかった。要所要所で、僕に衝撃波の魔法を打ち込むことで足止めをし、月兎先生は常にどちらか片方を相手するように立ち回り続けた。
そして、腕時計から試験終了の合図が流れると同時に僕と桐崎さんは動きを止めるとともに、僕らと月兎先生の実力差に歯が立たないことを思い知る。
こうして、僕と桐崎さんの実戦試験の1回目は最低と言っていい結果で幕が閉じた。
試験終了後、試験での精神的な疲労はあるなか、僕と桐崎さんは姉さんと結月さんのペアと合流し、今回の試験での情報共有と次回の作戦を考えるために、仮想訓練棟と同じ北西エリアにある図書館へ移動する。
図書館に入って職員の人にお願いして、比較的小さめの談話室を借りる。
談話室は図書館の2階にあり、中には長テーブルが2つと椅子が4つ置いてある。また、大きめの窓から太陽の光を沢山取り込んでおり、くつろぎやすい雰囲気のある部屋となっている。
「さてと、それじゃあ今回の試験の結果から話し合いましょうか。先ず、私と朱莉ちゃんの結果から説明するわね。」
僕ら4人がそれぞれ椅子に座った後、最初に姉さんが口を開いた。
姉さんの説明によると、稲葉先生が姉さんと結月さんのペアに出した課題は10分間どちらも戦闘不能にならないように耐え切ると言う内容だったらしい。
そして、戦闘フィールド自体は僕と桐崎さんが月兎先生と闘ったフィールドと同じ設定だったため、姉さんたちはフィールドに点在している壁を利用しながら、10分間耐え切るという作戦で試験に臨んだ。
しかし、開始して直ぐに稲葉先生がフィールド全体に濃い霧を魔法で創り出した。
この霧の厄介な所は、視界が悪くなるだけでなく大気中の魔素量が増えることで『魔力感知』による感知も難しくしていたらしい。
しかも、術者である稲葉先生はその霧を介して姉さんたちの行動を把握していたのか、姉さんたちが対策を考える前に分断された後、各個撃破されて試験が終わったという。
(ーーまるで、暗殺者みたいな闘い方だな。)
それが姉さんの説明を聴いた僕の稲葉先生に対する印象である。
「まあ、でも稲葉先生の魔法属性と闘い方は何となくわかったのは大きな収穫だったと思うわ。これが私と朱莉ちゃんの試験結果よ。次は玲たちのを聴かせてもらえる?」
姉さんが説明を終え、僕と桐崎さんの試験内容を聴いてくる。
「了解。先ず、僕と桐崎さんの試験課題なんだけど…。」
姉さんの質問に対して僕が代表して説明をし、ちょくちょく桐崎さんが補足して試験内容を姉さんたちに伝える。
説明を聴き終えた姉さんは、軽く苦笑いを浮かべると一言呟く。
「なにそれ?無理難題過ぎない?」
「まあ、否定はしないけどね…。」
率直な姉さんの感想に説明した僕も同じ意見ではあるが、だからと言って全く希望がない訳でないと考えている。
たしかに、僕と桐崎さんの魔法属性は比較的防御向きな属性のため、現状としては決して攻撃力は高くはないので課題に対して不向きな上、月兎先生との相性はかなり悪い。だけど、姉さんたちと同じように月兎先生の魔法属性と闘い方の癖などの情報を得ることができたので、次の試験に上手く活用できれば課題を達成できる可能性はあると僕は考えている。
ただ、前提条件として1人で月兎先生の実力を上回るのがほぼ不可能なため、桐崎さんとの連携は必要不可欠なのも事実である。
(ーーそれに、今考えている作戦だけだと少し決め手に欠けているんだよな…。)
僕がそんなことを考えるのに集中していたため、隣に座っていた姉さんが僕の気付かない内に席から立ち上がり、足音を消しつつ僕の背中に回り込んだ後、そのまま勢いよく抱きついてきた姉さんの行動に気付けず驚く。
「うわっ!姉さん、ビックリするから、急に抱きつかないでよ。」
僕は顔を上に向けると、僕の方を見ている姉さんと眼が会ったので、文句を言った。
そんな僕のリアクションに満足したのか、姉さんはイタズラが成功した子どものような無邪気な笑みを浮かべる。そして、抱きついた状態で僕に話かける。
「だって、玲が難しそうな顔をして考え込んでいたもの。別にそこまで難しく考える必要はないと思うわ。」
「まあ、それはそうかもしれないけど…。やれるだけはやってみようかなと思ってね。」
姉さんに抱かれているままの状態で、僕は姉さんに僕の考えを説明する。
そんな僕と姉さんのやり取りを見ていた結月さんが微笑ましいものを見るように僕と姉さんに声をかけてくる。
「前から何となく思ってましたけど、2人とも仲が良いのね。」
「と言うより、私からすれば仲が良過ぎると思います。スキンシップが姉弟でするレベルでは済まない気がします…。」
桐崎さんはちょっと引き気味にこちらを見ていた。
(ーーあれ?これくらいは普通だと思うんだけど?姉さんと2人の時はこれくらいは当たり前だし。まぁ、他の兄弟の仲がどんなものか知らないから一概には言い切れないか。)
僕がそんなことを考えていると、姉さんは僕に抱きついたまま当たり前のように桐崎さんに答える。
「これくらいは私と玲なら普通のことなんだけど。それに仲が良くて、悪いことはないと思うのだけど?」
「それはそうかもしれないけど…。せめて時と場合くらいは気にして欲しいです。」
「うーん、それもそうね。」
そう言うと、姉さんは少し名残惜しそうにしながらも、僕から離れて元の席に戻る。
それも確認した桐崎さんは真面目な表情で再度口を開く。
「それで、実戦試験の課題対策ついてですが、何か案はありますか?」
桐崎さんの発言に対して、姉さんが答える。
「それについてだけど、さっき玲にも似たようなことを言ったけど、そこまで難しく考える必要はないんじゃない?」
「どう言う意味ですか?」
姉さんの言葉を聴いて桐崎さんの雰囲気が少し鋭くなった気がする。
しかし、姉さんはそれに気づいていないのか、あるいは気にしてないのか淡々と桐崎さんの疑問に答える。
「別に試験課題を絶対達成する必要はないってこと。一応、入学試験に合格している以上、そう簡単に退学が決定する訳ではないでしょ?それだったら、そこまで気難しく考える必要はないと私は思ってるんだけど?それに…。」
姉さんがそこまで言うと、突然桐崎さんは机にバンッと両手を叩きつけて大きな音を出しながら席から立ち上がる。
「わかりました。それだったら、この話し合いに意味はありませんね。でしたら私は先に寮に戻ります。」
怒りを滲ませて、静かだが部屋に響く低い声でそう言い終えると桐崎さんは部屋を後にした。
その様子を見送った後、僕は姉さんが何を言いたかったのか何となくわかっていたが結月さんに理解してもらうために尋ねる。
「一応、理由を聴いてもいいかな?」
「咲夜ちゃん、今日の試験が終わってから、ちょっと焦ってるように見えたのよ。どうして彼女が焦ってるのか知らないけど、あんなに視野の狭い状態じゃあ次の試験でも多分良い結果を出すのは難しいと思ったから、一旦落ち着いてもらおうと考えたのだけど逆効果だったみたいね…。」
それを聴いた結月さんは納得したように軽く頷くと口を開く。
「そう言うことだったら、私が咲夜ちゃんに説明しておくわね。明日の午後にでももう一度此処に集まりましょうか?」
「うん。こっちはそれで大丈夫だよ。だけど、桐崎さんは来てくれるかな?」
僕は結月さんの案に同意したが、桐崎さんと言う気掛かりを結月さんに聴いてみた。
「保証はできないけど、努力はしてみるわね。」
「了解。申し訳ないけど、お願い。それと結月さん、姉さんに桐崎さんのことを教えても良いかな?」
「そうね。玲ちゃんが必要だと思うなら、説明してもいいと思うわ。それと私のことは名前で呼んで貰えると嬉しいわね。もうパーティになって暫くになるし、いつまでも他人行儀なのもどうかと思うのだけど?」
「…わかった。朱莉さんがそれで良いなら、そう呼ぶことにするよ。」
「別に呼び捨てでも良いのに…。もちろん、明日花ちゃんもね。」
「それはちょっと、まだハードルが高いかなぁ。」
(ーー今まで生きてきた中で、女性を名前で呼び捨てにした経験なんてほぼ無いからな…。ちょっと気恥ずかしい感じがする。)
そう考えながら、朱莉さんに答えると彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。
「それは残念。まあ、気長に待つから、いつでも呼び捨てにしてもいいからね。」
そう言って朱莉さんは部屋を後にした。
それを見送った後、姉さんが話しかけてくる。
「それで、咲夜ちゃんのことってなんなの?」
「うん、桐崎さんが『魔女』を目指す理由なんだけどね。そもそも、姉さんも知ってるように桐崎さんは『剣の巫』って呼ばれている桐崎千華の娘なんだけど…。」
僕は姉さんにそう言い出し桐崎さんがどうして『魔女』になりたい理由を朱莉さんに教えてもらった通りに説明し始める。
桐崎咲夜は『魔女』として名高い桐崎千華の娘として生まれ、周囲の大人たちに優秀な『魔女』になることを期待されていた。もちろん、母親である桐崎千華からもである。
しかし、彼女が高校に入学した年に彼女の魔法属性が明らかになったことで状況は一変した。彼女の魔法属性できることが術式の無効化と判明した時、周囲は彼女に失望したのである。
実際、術式無効化だと対人戦はまだしも対魔物戦では殆ど役に立たないからである。
『魔女』の役割の中でも人々の生活に被害を与える魔物の駆除は、特に重要視されているため桐崎咲夜が『魔女』になるのはほぼ不可能だと判断された。
その時以降、桐崎咲夜に『魔女』として期待していた周囲の人たちは彼女に対する接し方が変わってしまった。
彼女から距離を取ったり、まるで腫れ物に触るように接するようになったのである。
特に桐崎咲夜に大きく影響を与えてしまったのが、母親である桐崎千華の態度の変化である。
桐崎千華は娘である桐崎咲夜の魔法属性では『魔女』になれないと判断すると、桐崎咲夜にこう言った。
「貴方が『魔女』になるのは難しいでしょう。そして、私は『魔女』になれない貴方に価値があるとは思えない。」
元々、桐崎千華は『魔女』の役割に使命感を強く抱いており、強力な魔物の討伐や犯罪者の確保で世の中に大きく貢献していた。
そんな桐崎千華は娘に『魔女』になる能力がないと知った時、先の言葉を娘に言った後、娘と殆どコミュニケーションを取らなくなり、更に『魔女』の役割に熱心になったのである。
そして、桐崎咲夜は母親や周囲の期待に応えることができない自分に無力感を抱きなだらかも幼馴染みである結月朱莉の支えられながら、高校生活を送っていた。
そんな彼女に転機が訪れる。
僕と姉さんの祖母である紲名桐葉が桐崎千華から桐崎咲夜の魔法属性を偶然聴いた時に、桐崎咲夜に対して強い興味を持ったのである。
その後、紲名桐葉は桐崎千華を説得して桐崎咲夜を自分が運営している『徳島魔法科大学校』に桐崎咲夜の幼馴染みである結月朱莉と共に入学させた。
そのため、桐崎咲夜は自分に『魔女』を目指す機会を与えてくれた紲名桐葉に恩を感じると共に1日でも早く『魔女』になって母親に認めてもらいたいため少しでも良い成績を残したいと考えているらしい。
そんな風に僕は姉さんに桐崎さんが、どういった経緯で『魔女』を目指すことになったのか朱莉さんに聴いた通りに説明した。
姉さんは僕の話を聴き終えた感想を述べる。
「それは知らなかったとはいえ、咲夜ちゃんが不機嫌になっても仕方ないわね。私と玲のスキンシップも咲夜ちゃんにとっては嫌味に見えたかもだし、明日にでもちゃんと謝罪した方がいいわね。」
その後、僕と姉さんは明日の作戦会議のため、今日と同じ談話室を予約し学生寮に戻った。
その大きな理由は本格的なパーティでの行動は4月からになるからである。実際、学生寮の部屋割りは当初決められたペア毎のままである。
しかし、いくら平穏と言ってもこの学園では魔法を中心とした戦闘技術を学ぶ施設なわけだから、その光景が平穏なのかと言われると強く否定はできないのだが…。
まあ、それはともかく、今日は3月の最終週の月曜日である。当初の予定通り、生徒たち全員がパーティを作り終えており、今週からそのパーティの実力を測定するために、月兎先生か稲葉先生を相手に仮想世界での実戦試験を各パーティ2回行うことになっている。
そして、月兎先生が説明してくれたように、最優秀のパーティには特別報酬が貰えるが、もし実力不足だと判断されると最悪の場合には退学処分になってしまう。
そうならないためにも、僕も含め生徒たちは今日に至るまでのパーティでの立ち回り方や魔法をどうすれば効果的に使えるかなどの講義を受け、『夢の箱庭』が生み出す仮想世界で実戦するなどして、各パーティは実力を磨いてきた。
だが実は今、僕たちのパーティには気になる問題が発生している。
それは、パーティを組む際に起きた問題の所為で、僕は桐崎さんと殆どコミュニケーションが取れていないという事だ。
(ーーというか、桐崎さんが可能な限り僕を避けているように感じるんだけど…。)
結月さんか姉さんかに仲介して貰えば、特に問題なく会話できるのだが、僕と桐崎さんだけになると桐崎さんが僕を避けてきたため、殆ど2人での会話ができていない。
(ーーまだ信用されるとは思ってないけど、流石にこれだけ避けられると気にせずにはいられないよな。)
そんなことを思い、ある日に桐崎さんのペアである結月さんに相談すると彼女は少し困ったような苦笑いを浮かべながら答えてくれた。
「別に咲夜ちゃんは玲ちゃんのことを嫌ってはいないのよ。そもそも、あの娘がパーティを組むことに反対してたのは、この学園に入学させてくれた恩人の学園長とその親族である貴方たちに、私たちとパーティを組むことで自分が足手まといになって迷惑をかけると考えたからなの。」
「えっ?そうなの?」
そんなことを言われるとは予想していなかった僕は困惑した。
そして、結月さんは僕に説明を続ける。
「だから、何かキッカケがあれば、すぐ仲良くなれると思うわ。」
「なるほど、参考になったよ。」
(ーーうん?学園長が桐崎さんを入学させた?一体何があったんだろう?)
僕はそんなことを考えながらも時期を見て学園長に聴けば良いと判断し、結月さんに感謝を告げる。
そして、その場を後にしようとすると結月さんが僕を引き止めた。
「それでなんだけど、相談に乗ってお礼の代わりと言うか、ともかく玲ちゃんに話があるんだけど…、まだ時間は大丈夫?」
「別に問題はないけど…、何かな?」
「ええ、咲夜ちゃんのことなんだけど、何となくだけど玲ちゃんには知ってもらった方がいいと思って…。あの娘が『魔女』を目指している理由なんだけど…、」
そして僕は結月さんから桐崎さんについて教えてもらった。
そんな出来事があったので、特に問題にはならないだろうと思い今日まで至る。
確かに桐崎さんと2人きりで会話することはなかったが、4人で訓練する際は殆ど問題なくチームとして動けていたから、僕自身も桐崎さんに積極的に話かけることはしなかった。
結月さんの言っていたように、何かキッカケが必要だと思ったし、下手にやって逆効果になる可能性があると思ったからね。
だが、この僕の考えが甘かったということを実戦試験で思い知ることになる。
本日の午前の講義が終了した後、月兎先生は実戦試験について説明してくれる。
「それじゃあ、今から実戦試験のスケジュールと内容について説明しよっか♪」
そう言い終えると月兎先生はパソコンを操作してディスプレイに実戦試験でのスケジュール表を映し出す。
「この表を見れば分かると思うけど、各パーティ毎に2回実戦試験を行うわけだけど、その日程は明日の火曜が3チーム、その次の水曜に残りの2チーム、それで木曜は火曜に試験を受けた3チームの2回目、金曜が水曜の2チームの2回目になってます♪」
表を見てみると、僕らパーティはどうやら火曜と木曜に実戦試験があるらしい。
「ちなみにだけど、各パーティ毎で試験内容に関する情報交換は禁止になってます♪まあ、当然と言えば当然だよね♪」
情報収集することも大事だが、今回は試験ということもあり情報規制があるようだ。
(ーーまぁ、そうでもしないと水曜の2チームが有利になる可能性があるもんな。)
そんなことを考えていると、月兎先生が説明を続ける。
「それで肝心な試験内容だけど、1回目の試験を始める前に各パーティ毎に相手をする先生と課題を発表するから、その課題を達成できるように全力で頑張ってね♪」
こうして、僕たち新入生にとって最初の実戦試験の幕が上がり始める。
翌日の火曜、実戦試験1回目の日。
今日から4月になるまでは午前に行われていた講義も休講になる。
そして、午後になると僕らのパーティに試験のための召集がかかる。
仮想訓練棟に呼び出された僕ら4人は僕らを呼び出した月兎先生と稲葉先生から試験の内容について説明を受ける。
「それじゃあ、きみたちのパーティにやってもらう試験内容について説明させてもらおうかな♪」
月兎先生が試験内容を説明してくれるが、その内容は僕たちにはあまりにも予想外の内容だった。
「先ず、君たち4人には2人1組のペアに分かれてもらうね♪」
この一言で、僕たち4人は全員驚きの表情になった。
(ーーえっ?それじゃあ、何のためのパーティ制なの?)
そんなことを考えている僕たちに気にかけることなく、月兎先生は説明を続行する。
「あっ、ちなみにだけど、ペアの組み合わせはこっちで既に決めてあるから安心してね♪そして、私と稲葉先生がそれぞれのペアの試験を実施する形になってまーす♪それで、肝心のペアの組み合わせなんだけど…。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。月兎先生。」
なんとか混乱から立ち直れた僕は試験内容を説明してくれている月兎先生に待ったをかける。
「うん?どこかわからない所でもあったかな?」
「わからないも何も、どうして僕たちは4人1組ではなく2人1組で先生と闘うことになってるんですか。」
月兎先生の問いかけに対して、僕はまだ少し混乱しているせいか若干早口で月兎先生に尋ねる。
その僕の疑問を聴いた月兎先生は僕らにちゃんと理解できるように、いつもより少しだけゆっくりとした口調で説明する。
「理由は簡単で、私と稲葉先生の負担を均等化するためだよ♪」
「負担の均等化、ですか?」
鸚鵡返しのように月兎先生に僕は聴き返した。
それに対して、月兎先生は説明を続ける。
「そう♪先ず、今年の新入生(仮)は全員合わせて20名だよね♪そして、4人1組のパーティを作ると5つのパーティできるわけだけど、そうすると私か稲葉先生のどちらかが1パーティ分多くの試験をする必要があるよね♪それを解消するために、1パーティの試験を私と稲葉先生の2人で受け持つことになった訳だよ♪」
(ーー月兎先生の言っていることは理解できるけど…。)
「それじゃあ、どうして僕らのパーティが2人での試験になったんですか?」
(ーー別に他のパーティでもいいと思うけど…。)
月兎先生の説明を聴き終えて、僕は何故僕らのパーティが月兎先生と稲葉先生の2人で受け持つことになったという疑問を尋ねる。
その疑問に対して、月兎先生ではなく稲葉先生が答えてくれる。
「その疑問は最もだと思います。貴方たちのパーティが私たち2人で受け持つことになった理由は、貴方たちのパーティが1人で受け持った場合の負担が1番大きいパーティだと判断したからです。」
「だって、君たちのパーティは他のパーティと比較しても今迄見たことないような、特殊過ぎるパーティだもん。1人で評価するには、ちょっと難しいからね。」
稲葉先生の説明に月兎先生が補足した。
(ーー確かに、僕らのパーティは結月さんを除けば、僕自身も含めて他では類を見ない魔法属性だしな。)
先生たちの説明に僕以外の3人も納得した表情をしている。
そして、パーティを代表して僕が試験内容の説明の続きを促す。
「わかりました。それで、試験を受けるペアの組み合わせはどうなってるんですか?」
(ーーまあ、僕と姉さんのペアと桐崎さんは結月さんのペアだと思うけど。)
僕の疑問に対して、月兎先生が試験内容の説明を再開する。
そして、その内容によって僕は自分の考えが甘過ぎるとすぐさま思い知ることになる。
「紲名玲・桐崎咲夜ペアが私の担当で、紲名明日花・結月朱莉ペアが稲葉先生が担当になってるよ♪」
「えっ?僕のペアは桐崎さんなんですか?姉さんではなく?」
「イエス♪だって、君たち姉弟ペアの実力は入学試験や講義の時にも見させてもらったしね♪だから、折角の機会なんだし他の組み合わせも見せてもらおうと思ったわけ♪ちなみに、学園長からの了承も得てるよ♪って言うか学園長様直々の指示だね♪」
僕の疑問に対して、月兎先生は理由を教えてくれた。
(ーー確かに、月兎先生の言ったことは理解できるけど、桐崎さんとペアで闘うのは、ちょっと気まずいな…。)
そんなことを考えながら、桐崎さんの方を見てみると桐崎さんも同じなのか気まずそうな表情で僕の方を見ていた。
しかし、試験内容は既に決定されているので僕らにできるのは与えられた条件下で最善を尽くすことだけだ。
(ーーよし!決まっているものは仕方ない。覚悟を決めますかね。先ずは試験内容を把握しないと。)
僕は気持ちを切り替えて、月兎先生に試験内容について質問する。
「それで、今回の試験での課題は何ですか?」
「それについては、仮想世界にダイブしてから説明するね♪他に質問はあるかな?もしなければ、試験を開始しようと思うけど、いいかな?」
僕の質問に答えてくれた後、月兎先生は僕らに試験を開始していいか尋ねてきた。
僕ら4人はお互いに顔を見合わせ、覚悟が決まったのか小さく頷くと月兎先生に顔を向けて答える。
「「「「はい!」」」」
「オッケー♪それじゃあ、『揺り籠』に行こうか。」
「その前に、1つ言っておきますが今回の試験でも持ち込み許可を得たアイテム以外の持ち込みは禁止としています。もちろん、私たち教師も同じです。」
(ーーつまり、純粋な体術と魔法による試験ということか。)
稲葉先生が月兎先生の説明を補足した後、僕ら6人はそれぞれ技術職員に『揺り籠』へと案内され、試験を行うための仮想世界にダイブした。
(ーーさて、どうなるかな。)
仮想世界にダイブし終えて、意識がはっきりしてくると、僕は今回のフィールドを見渡す。
今回は、今迄の円形のフィールドに所々に高さ2メートルくらいの壁が設置されている。
(ーー中央付近には壁がないから、出される課題によっては、闘いやすい場所に先生を誘導するのが重要になりそうだな…。)
そんな風に、可能な限り戦闘の方針を考えていると、今回の相手である月兎先生が声をかけてくる。
「じゃあ、試験の課題について説明するよ♪」
僕と桐崎さんは月兎先生の方に体を向けて説明を聴く。
「先ず、この腕時計を付けてもらえるかな?この時計のタイマーが今回の試験時間になってるよ♪」
そう言って月兎先生が手渡してきた腕時計を装着し、時計部分の液晶ディスプレイを確認すると試験時間が5分であることがわかった。
(5分か…。決して長い時間ではないけど、課題によっては短いとも言えない時間だな。)
僕がそんなことを考えていると、月兎先生が説明を続ける。
「それで、今回の試験での君たちの課題なんだけど、その5分間に私が首に掛けているこの時計の破壊か奪取してもらおうと思ってます♪」
月兎先生はそう説明した後、首に掛かっている懐中時計のようなもの僕と桐崎さんに見せてくれる。
僕と桐崎さんに時計を確認させた後、月兎先生が僕と桐崎さんに指示を出す。
「それじゃあ、あっちにある試験開始地点に移動してもらっていいかな?開始地点に着いたのを確認したら試験を始めるからね♪開始のタイミングはその腕時計が教えてくれるから。何か質問はあるかな?」
月兎先生が指を指した方向を見てみると地面にバツ印がある場所があった。
どうやら、あそこが試験の開始地点のようだ。
僕と桐崎さんは開始地点を確認し終えた後、代表して僕が月兎先生に応える。
「大丈夫です。」
それを聴いた月兎先生は満足気に頷くと口を開く。
「オッケー♪そしたら、移動してもらっていいかな?後、言わなくてもいいと思うけど、ちゃんと全力で挑むようにね♪」
(ーー?月兎先生の実力は未知数だけど、少なくとも手を抜いて戦える相手ではないと思うけど…。)
そんなことを考えながら、僕は月兎先生に返事をする。
「わかりました。」
そう言った後、僕と桐崎さんは開始地点へ移動する。
その移動の最中に試験開始前のためか、少しだけ緊張した様子の桐崎さんが僕にだけ聞こえるように声量を下げて話かけてくる。
「戦闘開始と同時に私が先行して先生に突撃しますので、フォローの方をお願いします。」
(ーーかなりシンプルだけど、今の僕と桐崎さんだと複雑な連携をするのはかなり難しいと思うし、先生の能力も未知数だから、役割を明確にした方が無難かな。)
桐崎さんの提案に対して、少しの時間考えた後、僕は桐崎さんの提案に賛成の意を示す。
「了解。それじゃあ、取り敢えず僕は桐崎さんのフォローに徹することにするよ。」
桐崎さんと2人きりでの会話らしい会話はこれが初めてなので少し緊張しながらの返答になってしまった。
そんなことをしているうちに、試験開始地点に到着した僕と桐崎さんは月兎先生の方へ振り返る。
(ーーさて、やれるだけやってみますかね。)
こうして気合いを入れて実戦試験の1回目に臨む。
しかし、結果から言ってしまうが僕と桐崎さんは月兎先生に惨敗することになる。
僕と桐崎さんが月兎先生の方を向いて、しばらくすると腕時計からブザー音が鳴り響く。そして、腕時計の液晶ディスプレイのタイマーがカウントダウンを開始する。
どうやら、これが試験開始の合図らしい。
この合図の後、先程の話した通り桐崎さんが月兎先生に向かって走り出す。
僕は桐崎さんに少し遅れる形で『身体活性化』をした後、彼女の後ろを追いかける。
僕らと月兎先生の開始地点の直線距離は大体30メートルくらいだから、『身体活性化』を用いている僕の身体能力だと2秒程度で間合いを詰めきることができる。
この僕と桐崎さんの行動に応じるように月兎先生も行動を起こす。
(ーーっ!?なんだ!この魔素量は!)
月兎先生は『魔力感知』をしなくてもはっきりと認識できる程に大量の魔素を放出し、『身体活性化』による身体能力の強化をしている。
しかし、溢れ出ている魔素量が多すぎせいか制御されていない魔素が大気中に放出されている。どうやら月兎先生は燃費の悪さも気にせず、『身体活性化』の効果を限界まで引き伸ばしているようだ。
(ーーでも、そんな状態だと長時間闘うことはできない…、そうか!今回は5分間という制限時間があるから、その5分間だけ持つようにペース配分しているのか!)
その事実に僕が気付いたのが伝わったのか、月兎先生は不敵な笑みを浮かべ口を開く。
「これが、全力を出すということだよ♪」
そう言い終えると、月兎先生は肉薄してきた桐崎さんの攻撃を圧倒的な身体能力差を魅せつけるように最小限の動きで回避した後、桐崎さんの背後から追いかけてきた僕に目掛けて魔法を展開しようする。
その月兎先生の魔法が発動する前に起きた魔力の変化を『魔力感知』で認識した僕は月兎先生の魔法に対して変化の魔法による無力化しようと魔法を展開する。
だが、月兎先生が魔法を発動した次の瞬間に僕の体にまるで大型の車が衝突してきたかのような衝撃が走る。
「ぐっ!」
月兎先生の魔法を諸に受けたしまった僕は何回か地面に体をぶつけながら、開始地点を通り過ぎ、その先にある壁に体を打ち付けられた。
(ーーなんとか受け身を取ってダメージは抑えれたけど、まだ体が痺れに似た痛みがある。それより、一体何をされたんだ?)
僕は体を可能な限り素早く起こすと、僕を吹き飛ばした月兎先生を視界に入れる。
すると、そこには月兎先生が魔法を発動した隙を狙って再度攻撃を仕掛けようとする桐崎さんが目に映る。
(ーー月兎先生の背後から攻撃する形になっているから、この攻撃を月兎先生が回避するのは難しいはず。)
僕がそう考えていると、月兎先生は背後から襲い掛かってくる桐崎さんの攻撃を桐崎さんの方を一切見ずに紙一重で回避した後、攻撃を外して隙だらけになっている桐崎さんの横からに回し蹴りを打ち込む。
月兎先生の反撃を受けた桐崎さんは普通の人間なら骨が砕けてもおかしくないような大きな音を立てて勢いよく壁にぶち当たる。
それを目撃した僕はあまりの出来事に呆然としてしまう。
そして、その隙を突いて月兎先生が一気に僕との距離を縮めた後、僕に攻撃をすることなく話しかけてくる。
「予想通りだけど、玲ちゃんの魔法を結晶に変化させる魔法は玲ちゃん自身がその対象を認識できないと効果を発揮できないんだね♪」
「えっ?」
予想外のことを言われた僕は驚きを隠せない。
実際、僕の変化の魔法は変化させるために幾つかの条件があるが、その1つが月兎先生の言う通り変化させる対象を認識しなければ変化させることはできないのである。
そして、月兎先生は驚いている僕を右脚で蹴り飛ばそうとしてくる。
(ーーっ!ヤバイ!)
その動作を『魔力感知』のおかげで直前に認識した僕は急いで月兎先生の右脚の攻撃範囲から脱出する。
僕が回避した瞬間、僕が体をぶつけてヒビ割れて壁が月兎先生の蹴りでその形を留めることができずに崩壊した。
それを見た僕は、一度距離を置くため壁があるエリアに退避しながら、思考を加速させる。
(ーー考えれば思い付く対策手段だと思うけど、まさか月兎先生が僕が認識できない魔法を使えるのは完全に予想外だ。さっきの感じからすると、月兎先生は『風』系統の魔法属性を持っていて、僕が認識できない衝撃波を生み出す魔法を使ったと言うところか?って、嘘だろ!)
月兎先生から距離を取ろうとしていた僕を月兎先生が尋常じゃない速度で追い付いて来た後、僕にその圧倒的な身体能力と高い身体技術での猛攻を仕掛けてくる。
この攻撃を僕は『魔力感知』で先読みして、その攻撃を受け流したり、時には壁を盾にすることで辛うじてながらも凌ぐ。
(ーー幾ら『魔力感知』で先読みできても、身体能力が違い過ぎるせいで凌ぐので精一杯だ。この人と僕だと基本的な身体能力に差はそこまで大きくないと思うけど、こんな無茶苦茶な『身体活性化』の所為でどうしようもない程の差ができてる。かと言って先生の真似をしてこれ以上身体能力を上げると『魔力感知』の精度に影響が出るかもしれない。それ以前に最後まで魔力が持たない可能性もある。これが『魔女』の実力の一端か!)
そんなことを考えながらも月兎先生の連続攻撃をギリギリで回避していると、月兎先生は再度魔法を使ってくる。
(ーーでも魔法のタイミングは『魔力感知』で把握できる!)
僕は月兎先生の魔法に対して、今度は魔法を使わず『魔力障壁』を展開する。
僕が『魔力障壁』を展開した次の瞬間、『魔力障壁』に衝撃波がぶつかる。
どうやら、『魔力障壁』で防ぐことは可能らしい。おそらく、魔素の多くを『身体活性化』に用いているから高威力の魔法を素早く発動させるのは難しいのだろう。
(ーーだからと言って、状況は良くないな。今の僕と先生の身体能力の差だと課題である時計の破壊や奪取は難しい。だけど…、僕は1人で闘っているわけじゃない!)
月兎先生の猛攻を凌ぐことで、月兎先生の注意を僕に向けている中、僕の視界の隅には再度月兎先生の背後から攻撃を仕掛けようとする桐崎さんの姿が映っている。
(ーーさっきはどう避けたはわからないけど、今度はいけるはず!)
月兎先生は莫大な『身体活性化』に魔力制御を集中させているため、『魔力感知』をすることはできない。
そもそも、桐崎さんがオーラを纏えば『魔力感知』でも感知することはできない。
つまり、完全に死角からの攻撃になっている。
しかし、月兎先生は死角からの桐崎さんの攻撃をまたも回避して、反撃を桐崎さんに打ち込む。
(ーー嘘だろ!?どうやって桐崎さんを感知してるんだ!?)
そんな驚いてる僕に、月兎先生はその隙を逃さず攻撃を打ち込んでくる。
「ほら、そんな風に隙を簡単に見せちゃダメだぞ♪」
「くっ!」
その攻撃をなんとか凌ぐが状況は全く改善していない。
何度死角から攻撃を仕掛けても、どうやってかわからないが、その攻撃のことごくを月兎先生は回避した。
また、僕の魔法による攻撃も月兎先生は全く苦にせず対処し続けた。
そのため、他に作戦のない僕と桐崎さんは偶然でも隙が生まれる可能性に賭けて2人同時で月兎先生に攻撃を仕掛けることになった。
だけど、今の僕と桐崎さんの拙い連携では月兎先生の守りを崩すことはできなかった。要所要所で、僕に衝撃波の魔法を打ち込むことで足止めをし、月兎先生は常にどちらか片方を相手するように立ち回り続けた。
そして、腕時計から試験終了の合図が流れると同時に僕と桐崎さんは動きを止めるとともに、僕らと月兎先生の実力差に歯が立たないことを思い知る。
こうして、僕と桐崎さんの実戦試験の1回目は最低と言っていい結果で幕が閉じた。
試験終了後、試験での精神的な疲労はあるなか、僕と桐崎さんは姉さんと結月さんのペアと合流し、今回の試験での情報共有と次回の作戦を考えるために、仮想訓練棟と同じ北西エリアにある図書館へ移動する。
図書館に入って職員の人にお願いして、比較的小さめの談話室を借りる。
談話室は図書館の2階にあり、中には長テーブルが2つと椅子が4つ置いてある。また、大きめの窓から太陽の光を沢山取り込んでおり、くつろぎやすい雰囲気のある部屋となっている。
「さてと、それじゃあ今回の試験の結果から話し合いましょうか。先ず、私と朱莉ちゃんの結果から説明するわね。」
僕ら4人がそれぞれ椅子に座った後、最初に姉さんが口を開いた。
姉さんの説明によると、稲葉先生が姉さんと結月さんのペアに出した課題は10分間どちらも戦闘不能にならないように耐え切ると言う内容だったらしい。
そして、戦闘フィールド自体は僕と桐崎さんが月兎先生と闘ったフィールドと同じ設定だったため、姉さんたちはフィールドに点在している壁を利用しながら、10分間耐え切るという作戦で試験に臨んだ。
しかし、開始して直ぐに稲葉先生がフィールド全体に濃い霧を魔法で創り出した。
この霧の厄介な所は、視界が悪くなるだけでなく大気中の魔素量が増えることで『魔力感知』による感知も難しくしていたらしい。
しかも、術者である稲葉先生はその霧を介して姉さんたちの行動を把握していたのか、姉さんたちが対策を考える前に分断された後、各個撃破されて試験が終わったという。
(ーーまるで、暗殺者みたいな闘い方だな。)
それが姉さんの説明を聴いた僕の稲葉先生に対する印象である。
「まあ、でも稲葉先生の魔法属性と闘い方は何となくわかったのは大きな収穫だったと思うわ。これが私と朱莉ちゃんの試験結果よ。次は玲たちのを聴かせてもらえる?」
姉さんが説明を終え、僕と桐崎さんの試験内容を聴いてくる。
「了解。先ず、僕と桐崎さんの試験課題なんだけど…。」
姉さんの質問に対して僕が代表して説明をし、ちょくちょく桐崎さんが補足して試験内容を姉さんたちに伝える。
説明を聴き終えた姉さんは、軽く苦笑いを浮かべると一言呟く。
「なにそれ?無理難題過ぎない?」
「まあ、否定はしないけどね…。」
率直な姉さんの感想に説明した僕も同じ意見ではあるが、だからと言って全く希望がない訳でないと考えている。
たしかに、僕と桐崎さんの魔法属性は比較的防御向きな属性のため、現状としては決して攻撃力は高くはないので課題に対して不向きな上、月兎先生との相性はかなり悪い。だけど、姉さんたちと同じように月兎先生の魔法属性と闘い方の癖などの情報を得ることができたので、次の試験に上手く活用できれば課題を達成できる可能性はあると僕は考えている。
ただ、前提条件として1人で月兎先生の実力を上回るのがほぼ不可能なため、桐崎さんとの連携は必要不可欠なのも事実である。
(ーーそれに、今考えている作戦だけだと少し決め手に欠けているんだよな…。)
僕がそんなことを考えるのに集中していたため、隣に座っていた姉さんが僕の気付かない内に席から立ち上がり、足音を消しつつ僕の背中に回り込んだ後、そのまま勢いよく抱きついてきた姉さんの行動に気付けず驚く。
「うわっ!姉さん、ビックリするから、急に抱きつかないでよ。」
僕は顔を上に向けると、僕の方を見ている姉さんと眼が会ったので、文句を言った。
そんな僕のリアクションに満足したのか、姉さんはイタズラが成功した子どものような無邪気な笑みを浮かべる。そして、抱きついた状態で僕に話かける。
「だって、玲が難しそうな顔をして考え込んでいたもの。別にそこまで難しく考える必要はないと思うわ。」
「まあ、それはそうかもしれないけど…。やれるだけはやってみようかなと思ってね。」
姉さんに抱かれているままの状態で、僕は姉さんに僕の考えを説明する。
そんな僕と姉さんのやり取りを見ていた結月さんが微笑ましいものを見るように僕と姉さんに声をかけてくる。
「前から何となく思ってましたけど、2人とも仲が良いのね。」
「と言うより、私からすれば仲が良過ぎると思います。スキンシップが姉弟でするレベルでは済まない気がします…。」
桐崎さんはちょっと引き気味にこちらを見ていた。
(ーーあれ?これくらいは普通だと思うんだけど?姉さんと2人の時はこれくらいは当たり前だし。まぁ、他の兄弟の仲がどんなものか知らないから一概には言い切れないか。)
僕がそんなことを考えていると、姉さんは僕に抱きついたまま当たり前のように桐崎さんに答える。
「これくらいは私と玲なら普通のことなんだけど。それに仲が良くて、悪いことはないと思うのだけど?」
「それはそうかもしれないけど…。せめて時と場合くらいは気にして欲しいです。」
「うーん、それもそうね。」
そう言うと、姉さんは少し名残惜しそうにしながらも、僕から離れて元の席に戻る。
それも確認した桐崎さんは真面目な表情で再度口を開く。
「それで、実戦試験の課題対策ついてですが、何か案はありますか?」
桐崎さんの発言に対して、姉さんが答える。
「それについてだけど、さっき玲にも似たようなことを言ったけど、そこまで難しく考える必要はないんじゃない?」
「どう言う意味ですか?」
姉さんの言葉を聴いて桐崎さんの雰囲気が少し鋭くなった気がする。
しかし、姉さんはそれに気づいていないのか、あるいは気にしてないのか淡々と桐崎さんの疑問に答える。
「別に試験課題を絶対達成する必要はないってこと。一応、入学試験に合格している以上、そう簡単に退学が決定する訳ではないでしょ?それだったら、そこまで気難しく考える必要はないと私は思ってるんだけど?それに…。」
姉さんがそこまで言うと、突然桐崎さんは机にバンッと両手を叩きつけて大きな音を出しながら席から立ち上がる。
「わかりました。それだったら、この話し合いに意味はありませんね。でしたら私は先に寮に戻ります。」
怒りを滲ませて、静かだが部屋に響く低い声でそう言い終えると桐崎さんは部屋を後にした。
その様子を見送った後、僕は姉さんが何を言いたかったのか何となくわかっていたが結月さんに理解してもらうために尋ねる。
「一応、理由を聴いてもいいかな?」
「咲夜ちゃん、今日の試験が終わってから、ちょっと焦ってるように見えたのよ。どうして彼女が焦ってるのか知らないけど、あんなに視野の狭い状態じゃあ次の試験でも多分良い結果を出すのは難しいと思ったから、一旦落ち着いてもらおうと考えたのだけど逆効果だったみたいね…。」
それを聴いた結月さんは納得したように軽く頷くと口を開く。
「そう言うことだったら、私が咲夜ちゃんに説明しておくわね。明日の午後にでももう一度此処に集まりましょうか?」
「うん。こっちはそれで大丈夫だよ。だけど、桐崎さんは来てくれるかな?」
僕は結月さんの案に同意したが、桐崎さんと言う気掛かりを結月さんに聴いてみた。
「保証はできないけど、努力はしてみるわね。」
「了解。申し訳ないけど、お願い。それと結月さん、姉さんに桐崎さんのことを教えても良いかな?」
「そうね。玲ちゃんが必要だと思うなら、説明してもいいと思うわ。それと私のことは名前で呼んで貰えると嬉しいわね。もうパーティになって暫くになるし、いつまでも他人行儀なのもどうかと思うのだけど?」
「…わかった。朱莉さんがそれで良いなら、そう呼ぶことにするよ。」
「別に呼び捨てでも良いのに…。もちろん、明日花ちゃんもね。」
「それはちょっと、まだハードルが高いかなぁ。」
(ーー今まで生きてきた中で、女性を名前で呼び捨てにした経験なんてほぼ無いからな…。ちょっと気恥ずかしい感じがする。)
そう考えながら、朱莉さんに答えると彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。
「それは残念。まあ、気長に待つから、いつでも呼び捨てにしてもいいからね。」
そう言って朱莉さんは部屋を後にした。
それを見送った後、姉さんが話しかけてくる。
「それで、咲夜ちゃんのことってなんなの?」
「うん、桐崎さんが『魔女』を目指す理由なんだけどね。そもそも、姉さんも知ってるように桐崎さんは『剣の巫』って呼ばれている桐崎千華の娘なんだけど…。」
僕は姉さんにそう言い出し桐崎さんがどうして『魔女』になりたい理由を朱莉さんに教えてもらった通りに説明し始める。
桐崎咲夜は『魔女』として名高い桐崎千華の娘として生まれ、周囲の大人たちに優秀な『魔女』になることを期待されていた。もちろん、母親である桐崎千華からもである。
しかし、彼女が高校に入学した年に彼女の魔法属性が明らかになったことで状況は一変した。彼女の魔法属性できることが術式の無効化と判明した時、周囲は彼女に失望したのである。
実際、術式無効化だと対人戦はまだしも対魔物戦では殆ど役に立たないからである。
『魔女』の役割の中でも人々の生活に被害を与える魔物の駆除は、特に重要視されているため桐崎咲夜が『魔女』になるのはほぼ不可能だと判断された。
その時以降、桐崎咲夜に『魔女』として期待していた周囲の人たちは彼女に対する接し方が変わってしまった。
彼女から距離を取ったり、まるで腫れ物に触るように接するようになったのである。
特に桐崎咲夜に大きく影響を与えてしまったのが、母親である桐崎千華の態度の変化である。
桐崎千華は娘である桐崎咲夜の魔法属性では『魔女』になれないと判断すると、桐崎咲夜にこう言った。
「貴方が『魔女』になるのは難しいでしょう。そして、私は『魔女』になれない貴方に価値があるとは思えない。」
元々、桐崎千華は『魔女』の役割に使命感を強く抱いており、強力な魔物の討伐や犯罪者の確保で世の中に大きく貢献していた。
そんな桐崎千華は娘に『魔女』になる能力がないと知った時、先の言葉を娘に言った後、娘と殆どコミュニケーションを取らなくなり、更に『魔女』の役割に熱心になったのである。
そして、桐崎咲夜は母親や周囲の期待に応えることができない自分に無力感を抱きなだらかも幼馴染みである結月朱莉の支えられながら、高校生活を送っていた。
そんな彼女に転機が訪れる。
僕と姉さんの祖母である紲名桐葉が桐崎千華から桐崎咲夜の魔法属性を偶然聴いた時に、桐崎咲夜に対して強い興味を持ったのである。
その後、紲名桐葉は桐崎千華を説得して桐崎咲夜を自分が運営している『徳島魔法科大学校』に桐崎咲夜の幼馴染みである結月朱莉と共に入学させた。
そのため、桐崎咲夜は自分に『魔女』を目指す機会を与えてくれた紲名桐葉に恩を感じると共に1日でも早く『魔女』になって母親に認めてもらいたいため少しでも良い成績を残したいと考えているらしい。
そんな風に僕は姉さんに桐崎さんが、どういった経緯で『魔女』を目指すことになったのか朱莉さんに聴いた通りに説明した。
姉さんは僕の話を聴き終えた感想を述べる。
「それは知らなかったとはいえ、咲夜ちゃんが不機嫌になっても仕方ないわね。私と玲のスキンシップも咲夜ちゃんにとっては嫌味に見えたかもだし、明日にでもちゃんと謝罪した方がいいわね。」
その後、僕と姉さんは明日の作戦会議のため、今日と同じ談話室を予約し学生寮に戻った。
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