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4章
3. 別れのとき
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『奇跡の薬』は無事に完成し、シャーロットはレジナルドにその薬を届けた。
薬の効能は目を見張るものがあり、レジナルドの病はすっかり癒され、彼が健康体になったことはすぐに国中に広まった。
民は全快した王太子レジナルドをお祝いし、国中はちょっとしたお祭りムードに包まれた。そんなある日。
「フィッツジェラルド卿、奥方様、ローズ様、これまで並々ならぬご厚情をいただき、心よりの感謝を申し上げます」
シュリは異国の礼装に身を包み、数人の家臣を従えて暇の挨拶にやってきた。
数日前に隣国の社交界から帰ってきたばかりのフィッツジェラルド卿は、事前にローズとシュリから直接話を聞いていた。しかしこうして従僕ではなく立派な王族の威厳を漂わせたシュリを目の前にして、「本当のことだったのか」という驚きを禁じ得ない。成長したシュリは見目麗しく完璧な従僕になったが、元よりそれ以上の何かが具わっていることは、フィッツジェラルド卿も感じてはいた。だがまさか、異国の王子という身分だったは思いもよらず、驚くしかなかった。
「おお……シュリよ……いや、シュリ殿下、と呼ぶべきか……」
「シュリと。今まで通り、呼び捨てで結構です、フィッツジェラルド卿。まだ私は国を取り戻していない。しかし必ずや謀反人である大臣を成敗し、我が民を圧政から解き放つ所存にございます。その暁には、もう一度こちらを訪れることをお約束します。その際には――フィッツジェラルド卿」
シュリは一層姿勢を正し、ローズの父に向き合って続きを口にした。
「あなたの大切なご息女に、求婚するお許しをいただきたく思います」
「なんと……!!」
驚きと喜び、そして誉れと不安の入り混じった複雑な表情のフィッツジェラルド卿とは対照的に、ローズの母親は頬に手を当て、嬉しそうに愛娘に微笑みかけ、抱き寄せた。ローズは恥ずかしそうにもじもじしながらも、母親の抱擁に応えながら思った。
(多分、お母様はずっと気付いていた――私がシュリを、愛していることに)
知っていて、黙っていてくれた。娘が軽率な行動に出ないことを信頼してくれた。同時にシュリをも信頼してくれた。それらがとても、嬉しかった。
ローズは外で待っている馬車の傍で、シュリとの別れを惜しんだ。シュリの双子の妹ニルとカナもまた、涙を目に浮かべて兄に抱きつき、しばしの別れを告げる。
ローズはシュリと一緒に行きたかったが、勇猛果敢なシャーロットと違って、自分は戦いの場で無力な乙女だという自覚があった。その上金髪碧眼で白い肌のローズは、かなり目立ってしまうだろう。ついて行けばシュリの足枷となるのは目に見えている。
だからグッと我慢して、シュリが迎えに来てくれるまで、ここで待つことに決めたのだ。
「シュリ、約束して。絶対無事に私の元に帰ってくると」
「約束します。必ず、あなたをお迎えに上がります」
シュリは聖樹王国の礼儀に倣って、ローズの前にひざまずくと彼女の手の甲にキスをした。シュリはまだ婚約を済ませてもいないことを考慮して、ローズの名誉のために手にキスをするに留めたのだろう。でもローズは、名誉も外聞もどうでも良かった。ローズは立ち上がったシュリの懐に飛びこみ、ギュッと彼を抱擁して言った。
「ああ……どうしよう、あなたなしでは、夜も日も明けないわ。お願いシュリ、明日には帰ってきてね」
涙混じりの声で無理難題を言うローズをギュッと抱きしめ、シュリは大真面目な口調でこう答えた。
「明日は無理ですね。どこでもドアがないので」
二人は目を見交わすと、しばらく笑いあった。
――そうしてシュリは、旅立った。
シュリの乗った馬車が見えなくなっても、ローズはしばらく動けずその場に立ちつくしていた。ローズの両隣には、ニルとカナ。二人はローズの手をギュッと励ますように握り、いつまでも一緒にシュリの去った方向を見つめていた。
この時はみな、信じていた。
シュリが国を平定して、無事に戻ってくることを。
別れは一時。
きっとまた会える。
再会した暁には、もう二度と離れない。――ローズはそう、明るい未来を思い描いていた。
――無慈悲な嵐が、近づいていることも知らずに。
薬の効能は目を見張るものがあり、レジナルドの病はすっかり癒され、彼が健康体になったことはすぐに国中に広まった。
民は全快した王太子レジナルドをお祝いし、国中はちょっとしたお祭りムードに包まれた。そんなある日。
「フィッツジェラルド卿、奥方様、ローズ様、これまで並々ならぬご厚情をいただき、心よりの感謝を申し上げます」
シュリは異国の礼装に身を包み、数人の家臣を従えて暇の挨拶にやってきた。
数日前に隣国の社交界から帰ってきたばかりのフィッツジェラルド卿は、事前にローズとシュリから直接話を聞いていた。しかしこうして従僕ではなく立派な王族の威厳を漂わせたシュリを目の前にして、「本当のことだったのか」という驚きを禁じ得ない。成長したシュリは見目麗しく完璧な従僕になったが、元よりそれ以上の何かが具わっていることは、フィッツジェラルド卿も感じてはいた。だがまさか、異国の王子という身分だったは思いもよらず、驚くしかなかった。
「おお……シュリよ……いや、シュリ殿下、と呼ぶべきか……」
「シュリと。今まで通り、呼び捨てで結構です、フィッツジェラルド卿。まだ私は国を取り戻していない。しかし必ずや謀反人である大臣を成敗し、我が民を圧政から解き放つ所存にございます。その暁には、もう一度こちらを訪れることをお約束します。その際には――フィッツジェラルド卿」
シュリは一層姿勢を正し、ローズの父に向き合って続きを口にした。
「あなたの大切なご息女に、求婚するお許しをいただきたく思います」
「なんと……!!」
驚きと喜び、そして誉れと不安の入り混じった複雑な表情のフィッツジェラルド卿とは対照的に、ローズの母親は頬に手を当て、嬉しそうに愛娘に微笑みかけ、抱き寄せた。ローズは恥ずかしそうにもじもじしながらも、母親の抱擁に応えながら思った。
(多分、お母様はずっと気付いていた――私がシュリを、愛していることに)
知っていて、黙っていてくれた。娘が軽率な行動に出ないことを信頼してくれた。同時にシュリをも信頼してくれた。それらがとても、嬉しかった。
ローズは外で待っている馬車の傍で、シュリとの別れを惜しんだ。シュリの双子の妹ニルとカナもまた、涙を目に浮かべて兄に抱きつき、しばしの別れを告げる。
ローズはシュリと一緒に行きたかったが、勇猛果敢なシャーロットと違って、自分は戦いの場で無力な乙女だという自覚があった。その上金髪碧眼で白い肌のローズは、かなり目立ってしまうだろう。ついて行けばシュリの足枷となるのは目に見えている。
だからグッと我慢して、シュリが迎えに来てくれるまで、ここで待つことに決めたのだ。
「シュリ、約束して。絶対無事に私の元に帰ってくると」
「約束します。必ず、あなたをお迎えに上がります」
シュリは聖樹王国の礼儀に倣って、ローズの前にひざまずくと彼女の手の甲にキスをした。シュリはまだ婚約を済ませてもいないことを考慮して、ローズの名誉のために手にキスをするに留めたのだろう。でもローズは、名誉も外聞もどうでも良かった。ローズは立ち上がったシュリの懐に飛びこみ、ギュッと彼を抱擁して言った。
「ああ……どうしよう、あなたなしでは、夜も日も明けないわ。お願いシュリ、明日には帰ってきてね」
涙混じりの声で無理難題を言うローズをギュッと抱きしめ、シュリは大真面目な口調でこう答えた。
「明日は無理ですね。どこでもドアがないので」
二人は目を見交わすと、しばらく笑いあった。
――そうしてシュリは、旅立った。
シュリの乗った馬車が見えなくなっても、ローズはしばらく動けずその場に立ちつくしていた。ローズの両隣には、ニルとカナ。二人はローズの手をギュッと励ますように握り、いつまでも一緒にシュリの去った方向を見つめていた。
この時はみな、信じていた。
シュリが国を平定して、無事に戻ってくることを。
別れは一時。
きっとまた会える。
再会した暁には、もう二度と離れない。――ローズはそう、明るい未来を思い描いていた。
――無慈悲な嵐が、近づいていることも知らずに。
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