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第六章──信(たより)の愛し人、裏切りを超えて
76話
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「ここが……高杜の里にて候か……」
清たち一行は蒼真と出会ってから数日後、高杜の地を踏みしめた。
辺境の地にある里は確かに裕福そうには見えない。なぜならば見たところ、里に豪奢なものは何一つない。屋根は苔むし、土壁はところどころ剥げ、木戸も軋んで音を立てている。あれはこの里を治める長の屋敷だろうか。回りに比べれば一回り大きな屋敷。柱に刻まれた家紋が辛うじて格式を語るが、それさえも、この里の息吹きに溶け込んでいる。
この地には富も威も感じない。だが、確かにあるのは、人と人との間に宿る静かな絆。誰もが「ここに在ること」を不思議と信じており、だからこそ争いも、疑いも、ここには根を下ろさない。高杜の里は、豊かさでは測れぬものを守り続けている。世は激流のごとくに乱れども、この地のみは深き淵に澱を湛えしごとく、微動だにせぬ里。逆にそれが余所者を近づけ難くしているようだ。
「清さま……此処、いささか異様にて……風の乱れ、尋常ならず」
根子が清にしがみつく。
「おいらも感じ申す……まるで嵐の前触れにて候……」
根音も同意する。
「……うむ、まさにそのごとし。急ぎ参ろうぞ」
清はそう伝えると小高い丘にそびえる屋敷に向かおうとする。
「待たれよ……何者ぞ、そなたら! また余所より厄いを運び来たる輩か!」
あからさまに敵意の目を向け、里の者の一人が叫んだ。
「厄いとな!? 違うわ! おれらは『心』を預かりに参った者ぞ!」
根音が言い返す。清は根音を嗜める。
「こら、根音……騒ぎ立てるでない!」
「心だと……? 何を申すか、まるで夢のごとき戯言よ……」
「拙者ら、徳を求めし旅の途上にて……この里に『信』の心を──」
根子が清の袖を引っ張る。
「清さま、それではまるで根音殿と同じ……ますます怪しまれまする……!」
「徳を探すだと? 『信』の心とな? 戯言を! そなたらも、あの男と同じく、里に禍を招く者に相違あるまい! 出て行けぇい!」
里の民はわけのわからないことを語り出す清たちにいきり立つ。
「お待ちくだされ!」
まるで気高い風が吹くような凛とした声が響いた。
「鉄殿……誰彼かまわず責め立ててはなりませぬ。まずは話を聞くべきにて候」
「ふん……相も変わらず……秋架さまは……お前ら、さっさと出て行け! それに……一番の厄いは秋架さま、その御身じゃろうが……!」
鉄と呼ばれた男は最後の言葉を小声で捨て台詞を吐き、機嫌を損ねたまま、砂をかけるよう立ち去った。秋架はくるりと振り返り、清たちに笑顔を見せた。
「お目汚しを……まことに申し訳ありませぬ」
「あなた様が……秋架殿にておわしまするか?」
「はい、左様にて候。されど……われに何用あらば、まずはお聞かせくだされ」
驚きの表情を見せた秋架。そして……根子が清の袖を引っ張る。
「清さま……見て……あの御方の左手の甲に……」
「……うむ、紛れもなく……」
偶然と言うにはあまりにも残酷な風が吹く。秋架の左手の甲に花紋様の痣がくっきりと浮かんでいた。
清たち一行は蒼真と出会ってから数日後、高杜の地を踏みしめた。
辺境の地にある里は確かに裕福そうには見えない。なぜならば見たところ、里に豪奢なものは何一つない。屋根は苔むし、土壁はところどころ剥げ、木戸も軋んで音を立てている。あれはこの里を治める長の屋敷だろうか。回りに比べれば一回り大きな屋敷。柱に刻まれた家紋が辛うじて格式を語るが、それさえも、この里の息吹きに溶け込んでいる。
この地には富も威も感じない。だが、確かにあるのは、人と人との間に宿る静かな絆。誰もが「ここに在ること」を不思議と信じており、だからこそ争いも、疑いも、ここには根を下ろさない。高杜の里は、豊かさでは測れぬものを守り続けている。世は激流のごとくに乱れども、この地のみは深き淵に澱を湛えしごとく、微動だにせぬ里。逆にそれが余所者を近づけ難くしているようだ。
「清さま……此処、いささか異様にて……風の乱れ、尋常ならず」
根子が清にしがみつく。
「おいらも感じ申す……まるで嵐の前触れにて候……」
根音も同意する。
「……うむ、まさにそのごとし。急ぎ参ろうぞ」
清はそう伝えると小高い丘にそびえる屋敷に向かおうとする。
「待たれよ……何者ぞ、そなたら! また余所より厄いを運び来たる輩か!」
あからさまに敵意の目を向け、里の者の一人が叫んだ。
「厄いとな!? 違うわ! おれらは『心』を預かりに参った者ぞ!」
根音が言い返す。清は根音を嗜める。
「こら、根音……騒ぎ立てるでない!」
「心だと……? 何を申すか、まるで夢のごとき戯言よ……」
「拙者ら、徳を求めし旅の途上にて……この里に『信』の心を──」
根子が清の袖を引っ張る。
「清さま、それではまるで根音殿と同じ……ますます怪しまれまする……!」
「徳を探すだと? 『信』の心とな? 戯言を! そなたらも、あの男と同じく、里に禍を招く者に相違あるまい! 出て行けぇい!」
里の民はわけのわからないことを語り出す清たちにいきり立つ。
「お待ちくだされ!」
まるで気高い風が吹くような凛とした声が響いた。
「鉄殿……誰彼かまわず責め立ててはなりませぬ。まずは話を聞くべきにて候」
「ふん……相も変わらず……秋架さまは……お前ら、さっさと出て行け! それに……一番の厄いは秋架さま、その御身じゃろうが……!」
鉄と呼ばれた男は最後の言葉を小声で捨て台詞を吐き、機嫌を損ねたまま、砂をかけるよう立ち去った。秋架はくるりと振り返り、清たちに笑顔を見せた。
「お目汚しを……まことに申し訳ありませぬ」
「あなた様が……秋架殿にておわしまするか?」
「はい、左様にて候。されど……われに何用あらば、まずはお聞かせくだされ」
驚きの表情を見せた秋架。そして……根子が清の袖を引っ張る。
「清さま……見て……あの御方の左手の甲に……」
「……うむ、紛れもなく……」
偶然と言うにはあまりにも残酷な風が吹く。秋架の左手の甲に花紋様の痣がくっきりと浮かんでいた。
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