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第七章──孝(いつくしみ)の若き子、親を忘れし心
103話
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幸吉は宗稔に伝え終わると手代の女に文を渡した。
「此度の件、文にしたため候。宗稔殿の御容態よき折にお渡し下され」と一言付け加えた。
庵に戻る帰路、幸吉は朱鷺に願いを申し出た。
「朱鷺よ、此れをお館さまに届けてくれ。これぞ、幸吉一世一代の願いにて候……」
「御前さま……何を仰せに? 一世一代の願いとは……? 戻られ、ゆるりと父上に語ればよろしゅうござろうに……」
そう声をかけるとなにやら幸吉の顔色が悪い。
「まこと、それが叶うならばどれほどよきか……されど、どうにもならぬようじゃ。先ほどまでは何ともなかったに……いまは身の内重く、目も眩み、足も覚束ぬ……これぞ花紋様の兆しか……」
「何を仰せに……御前さま……花紋様とは……? しっかりなされませ……」
朱鷺は急に具合を悪くする幸吉を心配し、声をかけた。
「いや……まだ死にたくはない……されど、天命には抗えぬらしい。朱鷺……某をあの庵へ……清殿のもとへ連れて参れ……そして、そなた、この目でしかと見届けよ……」
「ここまで……? な、何を仰せに……しっかりして下され……」
「そうだ……某はまだ死にとうないんじゃが、そう、うまくはいかんらしい。某をあの庵へ……清殿の元へ連れて行ってくれ。そして、朱鷺……そこで起こることをしっかり見届けてくれ……」
朱鷺はただならぬ気配に頷くこともできず、ただ幸吉に肩を貸すだけだった。陽は曇る。しかし、雲の切れ目から、そこに陽の神の指先のように光が射していた。
「朱鷺よ……某の命は尽きようとも、光満つ世はなお輝こうぞ……そなたとの稚児の顔を見られぬは……ただただ心残りよ……」
「何を仰せに……御前さま……しっかりなされませ……」
隣で必死に声をかける朱鷺の声が遠くに聞こえる。朱鷺に聞こえるは幸吉の苦しい息遣いのみ。
「御前さま……庵に着きましたぞ……どうか……どうかお目をお開け下され……」
幸吉を抱えたまま重い引戸を開ける。
ガタガタッ──
そこには目を伏せたまま決意を胸にした清が座していた。ゆっくりと目を開ける。後ろには根音と根子が控えている。
「お待ちしておりました……幸吉殿。花紋様、枯れ花のごとく色づき申した。お朱鷺殿……まこと、申し訳なきことながら……刻は満ち候……いざ、花仕舞師、宿清、この舞をもって幸吉殿の死を徳に変え、仕舞わせて頂きまする。根音、根子……舞支度を──」
「「御意──」」
二人の幼き姿から発する言葉は幻想的でありながら、吸い込まれそうな神聖さがあった。朱鷺には抗えぬほどの見えない力が働いていた。
「此度の件、文にしたため候。宗稔殿の御容態よき折にお渡し下され」と一言付け加えた。
庵に戻る帰路、幸吉は朱鷺に願いを申し出た。
「朱鷺よ、此れをお館さまに届けてくれ。これぞ、幸吉一世一代の願いにて候……」
「御前さま……何を仰せに? 一世一代の願いとは……? 戻られ、ゆるりと父上に語ればよろしゅうござろうに……」
そう声をかけるとなにやら幸吉の顔色が悪い。
「まこと、それが叶うならばどれほどよきか……されど、どうにもならぬようじゃ。先ほどまでは何ともなかったに……いまは身の内重く、目も眩み、足も覚束ぬ……これぞ花紋様の兆しか……」
「何を仰せに……御前さま……花紋様とは……? しっかりなされませ……」
朱鷺は急に具合を悪くする幸吉を心配し、声をかけた。
「いや……まだ死にたくはない……されど、天命には抗えぬらしい。朱鷺……某をあの庵へ……清殿のもとへ連れて参れ……そして、そなた、この目でしかと見届けよ……」
「ここまで……? な、何を仰せに……しっかりして下され……」
「そうだ……某はまだ死にとうないんじゃが、そう、うまくはいかんらしい。某をあの庵へ……清殿の元へ連れて行ってくれ。そして、朱鷺……そこで起こることをしっかり見届けてくれ……」
朱鷺はただならぬ気配に頷くこともできず、ただ幸吉に肩を貸すだけだった。陽は曇る。しかし、雲の切れ目から、そこに陽の神の指先のように光が射していた。
「朱鷺よ……某の命は尽きようとも、光満つ世はなお輝こうぞ……そなたとの稚児の顔を見られぬは……ただただ心残りよ……」
「何を仰せに……御前さま……しっかりなされませ……」
隣で必死に声をかける朱鷺の声が遠くに聞こえる。朱鷺に聞こえるは幸吉の苦しい息遣いのみ。
「御前さま……庵に着きましたぞ……どうか……どうかお目をお開け下され……」
幸吉を抱えたまま重い引戸を開ける。
ガタガタッ──
そこには目を伏せたまま決意を胸にした清が座していた。ゆっくりと目を開ける。後ろには根音と根子が控えている。
「お待ちしておりました……幸吉殿。花紋様、枯れ花のごとく色づき申した。お朱鷺殿……まこと、申し訳なきことながら……刻は満ち候……いざ、花仕舞師、宿清、この舞をもって幸吉殿の死を徳に変え、仕舞わせて頂きまする。根音、根子……舞支度を──」
「「御意──」」
二人の幼き姿から発する言葉は幻想的でありながら、吸い込まれそうな神聖さがあった。朱鷺には抗えぬほどの見えない力が働いていた。
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