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第七章──孝(いつくしみ)の若き子、親を忘れし心
102話
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「御身、変わりなくあらせられるか? いやはや、久しくお目にかかり申す」
「おお……あの折のやんちゃなる稚児が、斯様に気を遣うようになりおったか……兵之助殿に鍛えられし甲斐あらんの」
「はい……まことに良くして頂き申した。そして、こちらがお館さまの一人娘、朱鷺……今は某の妻にてございます」
控えていた朱鷺が三つ指をつき、頭を垂れた。
「ほう……兵之助殿にも認められしと見ゆる。さて……この老い耄れに、何用あって参られたか?」
早速、本題に入る宗稔。幸吉の宿る目がそうさせた。
「御床に伏せられし折、誠に恐れ入り奉るが……願い、こうむりたく参上仕り候」
「何じゃ……そのように改まりて」
「宗稔殿……お雪婆の庵の件にて……」
「お雪婆……おお……お雪殿か……あれは一体、何処へ姿を消されしやら……」
「……姿を消された、と?」
幸吉は清の存在を改めて感じとった。
──そうか、この村でお雪婆の死の真相は誰も知らぬのだな。花仕舞師に仕舞われた事実を……──
「左様……忽然と消え失せてしもうた。齢を重ねし身にて、何処ぞ遠くへ行けるとも思えぬ。恐らくは……何処ぞで息絶えたか……」
「……」
幸吉は何も答えなかった。宗稔はふっと息を吐いた。
「寂しき余生であったやも知れぬ。されど、お前がおったあの頃は、子らに囲まれ、まことに生き生きとしておったのぉ……あれはまるで、この村の母にてあった」
確かにそうだと幸吉は思った。だからこそ、宗稔に会いに来たのだ。
「確かに……お雪婆には並々ならぬ恩義、頂戴仕った。今こうして在るも、ひとえにお雪婆のおかげ……故に、宗稔殿にお目通り願い奉った」
「ふむ……」
「今は空き家となりしあの庵……お雪婆は独り身ゆえ、今は宗稔殿、あるいは領主さまのお預かりにてあろうと存ずる」
幸吉はある願いを心の内に思っていた。
──願わくば宗稔殿の預かりであることを……──
「確かに、今はわしの預かりにてある……」
その言葉を聞いた瞬間、幸吉は顔を綻ばせ、座を正し、深く頭を下げた。
「ならば……願わくは、あの場所に子らの学舎を築かせて頂きたく存ずる。お雪婆が生前そうであったように、子らが学び、遊び、生き生きと過ごせる場を……」
「なんと学舎とな? いかがされた?」
「かの場は、某らをお雪婆に導かれし縁の地なり。故に、その御想いを巡らせ、まさにあの地にこそ、行く末を案ずる子らのための学舎を築かんと欲す」
限られた命の輝きか、その宿る力に圧倒される宗稔。
「左様か……その想い、まるでお雪殿が憑り移りしご如し。よかろう……折しもかの場の処遇、未だ定まらず思い煩うておったところなり。そのようなる所以あらば、幸吉よ、そなたが願い、形と成さしめん。されど、この身は既に自由利かず……息子、宗光に取り次ぐと致そうぞ」
「ありがたきお言葉……真に慈悲深き御心、感謝の至りにございます」
幸吉はさらに深く頭を畳に擦り付けた。
「さて、その学舎、名は定めておるか?」
宗稔は幸吉に問うた。幸吉は力強く返す。
「はい……『仁巡孝院、恩雪庵』と致す所存にてございます。そして、創始の名はお雪婆と記し奉る」
「おお……あの折のやんちゃなる稚児が、斯様に気を遣うようになりおったか……兵之助殿に鍛えられし甲斐あらんの」
「はい……まことに良くして頂き申した。そして、こちらがお館さまの一人娘、朱鷺……今は某の妻にてございます」
控えていた朱鷺が三つ指をつき、頭を垂れた。
「ほう……兵之助殿にも認められしと見ゆる。さて……この老い耄れに、何用あって参られたか?」
早速、本題に入る宗稔。幸吉の宿る目がそうさせた。
「御床に伏せられし折、誠に恐れ入り奉るが……願い、こうむりたく参上仕り候」
「何じゃ……そのように改まりて」
「宗稔殿……お雪婆の庵の件にて……」
「お雪婆……おお……お雪殿か……あれは一体、何処へ姿を消されしやら……」
「……姿を消された、と?」
幸吉は清の存在を改めて感じとった。
──そうか、この村でお雪婆の死の真相は誰も知らぬのだな。花仕舞師に仕舞われた事実を……──
「左様……忽然と消え失せてしもうた。齢を重ねし身にて、何処ぞ遠くへ行けるとも思えぬ。恐らくは……何処ぞで息絶えたか……」
「……」
幸吉は何も答えなかった。宗稔はふっと息を吐いた。
「寂しき余生であったやも知れぬ。されど、お前がおったあの頃は、子らに囲まれ、まことに生き生きとしておったのぉ……あれはまるで、この村の母にてあった」
確かにそうだと幸吉は思った。だからこそ、宗稔に会いに来たのだ。
「確かに……お雪婆には並々ならぬ恩義、頂戴仕った。今こうして在るも、ひとえにお雪婆のおかげ……故に、宗稔殿にお目通り願い奉った」
「ふむ……」
「今は空き家となりしあの庵……お雪婆は独り身ゆえ、今は宗稔殿、あるいは領主さまのお預かりにてあろうと存ずる」
幸吉はある願いを心の内に思っていた。
──願わくば宗稔殿の預かりであることを……──
「確かに、今はわしの預かりにてある……」
その言葉を聞いた瞬間、幸吉は顔を綻ばせ、座を正し、深く頭を下げた。
「ならば……願わくは、あの場所に子らの学舎を築かせて頂きたく存ずる。お雪婆が生前そうであったように、子らが学び、遊び、生き生きと過ごせる場を……」
「なんと学舎とな? いかがされた?」
「かの場は、某らをお雪婆に導かれし縁の地なり。故に、その御想いを巡らせ、まさにあの地にこそ、行く末を案ずる子らのための学舎を築かんと欲す」
限られた命の輝きか、その宿る力に圧倒される宗稔。
「左様か……その想い、まるでお雪殿が憑り移りしご如し。よかろう……折しもかの場の処遇、未だ定まらず思い煩うておったところなり。そのようなる所以あらば、幸吉よ、そなたが願い、形と成さしめん。されど、この身は既に自由利かず……息子、宗光に取り次ぐと致そうぞ」
「ありがたきお言葉……真に慈悲深き御心、感謝の至りにございます」
幸吉はさらに深く頭を畳に擦り付けた。
「さて、その学舎、名は定めておるか?」
宗稔は幸吉に問うた。幸吉は力強く返す。
「はい……『仁巡孝院、恩雪庵』と致す所存にてございます。そして、創始の名はお雪婆と記し奉る」
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