花仕舞師

RISING SUN

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第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証

112話

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 白髪まじりの痩せこけた頬。威勢よく吠えていた頃の面影は今はない。

 コホンッ

 咳をひとつする。朝焼けの光が障子を通して射し込んでくる。
「もう終いかのぉ……」

 コホンッ

 またひとつ咳をする。幾つの屋敷や寺社を建立しただろうか。しかし、あれ以来、晴れて匠を全うできたであろうか。
 喧嘩別れをして数十年。それだけが心残り。その心残りを打ち消したいがために一心不乱に匠に全うした。だが、心は光射すことない。口にした言葉を打ち消したいがために……。

 ──「兄者の商才は恐れ入るが、心ばかりは信ぜぬ」──

 だからこそ、己の心は信じた。はずだった──。己が正しいと思うために……。

 スウッッ──ガタッ──

 天井をぼんやり眺めていると玄関口から引戸が滑らかに開く音がする。しかし最後の引っ掛かった音が気になった。

 ──引戸、引き掛かりおるか……滑らかに開かば、余念も晴れんものを……。するりと動かずば、無用の力を費やすのみ。これではならぬ、人を守る器とは申せぬわ……儂が腕も、地に落ちたかの……──

「深井伝八殿はおられるか?」
 突然声がする。
「こんな早朝に誰ぞ……? この老い耄れに……匠の話も、もはや無理よ……弟子どもも一人立ちし、忙しゅうしとる。心満たすものなど建てられぬ……適当な匠仕事など、いたしたくもなし……」
 用件を聞かぬまま独り言を繰り返す。言うことを聞かない身体を無理やり起こし玄関に向かう。
「どちらさまぞ……? 匠の件ならお断りじゃ……なにせ、願いを叶えるほどの業、この身にはもはや無理よ……身体がえらうてたまらん。話は聞かぬ……さっさと帰られよ……」
 そこには漆黒の着物を纏った女が立っていた。女はくすりと笑い、伝八の言葉に動じることもない。壁に寄りかかりながら辿りついた伝八の左手の甲には花紋様が咲いていた。
「朝まだきより失礼仕る。某は静、宿静やどりやしずと申す。そなたが伝八殿にてあらせらるるか?」
 頭をゆっくり下げ礼を尽くす静。
「いかにも……儂が伝八じゃ……」
「左様にございますか。京一の匠と誉れ高き御方と伺い、また『したしみ』の心お持ちと存じ、馳せ参じ候が……」
 間を置く静。
「『とらわれ』の心にて満たされておられましたか……まことに残念至極にて候……」
 まるで、それを承知したように笑みを浮かべる静。それはすべてを見抜くような黒く縁取られ闇に吸い込まれるような瞳。ほんの嘘でも見抜かれそうな、そんな目をしている。
 伝八は静の言葉の意味は理解出来なかったが、静と名乗る女がただ者ではないことは瞬時に理解した。
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