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第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
113話
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「えらき言われようにて候の」
昔の伝八ならば煽られれば女だろうと容赦なく喰ってかかっただろう。しかし、今となってはどうでもよいことと頭を振った。
「今の儂に何を申したとて無駄じゃ。気力なき老い耄れを煽ろうとも甲斐なしよ」
静はふっと笑った。
「煽るなど野暮の骨頂にて候。されど、よう言われ申したな。殊に礼尊寺、あれは見事にて候……」
冷静に対応していた伝八の眉がぴくりと動く。
「目の見えぬ零闇殿にも、さぞや居心地よきところにてあられましょう。あれはこれまで伝八殿が建立なされた中、比類なき妙作の至りと、誇らしげに語られておると、風聞にて耳にいたし候……されど……」
静は間を開けた。
「されど……何ゆえぞ?」
その間に伝八は背筋から冷たいものが流れた。
「今はその礼尊寺も崩れ果て、瓦礫の山に成り果て候……それはそれは轟音とともに、あっという間に……」
「な、何と申すか……?」
──あの礼尊寺が崩れ瓦礫の山と? あやつに負けじと精魂込めた礼尊寺が?──
静は笑いながら伝八の心を抉るように続ける。
「左様……この目にて崩れ落つる様を見届け申したゆえ……聞き及ぶに、伝八殿の口癖は『屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱だ』と……さりながら、あれでは人を守る器とは申せず……ただの木の箱……にて候な。これぞ世にも立派なる木の箱……伝八殿の『比類なき妙作の至り』とは……木の箱にほかならず……まこと、目の前にて申すは恐れながら、笑いを堪えきれぬほどにて候」
「無礼千万なるぞ──!」
冷静さを保とうとした伝八だったが、あまりの静の言葉に震えだし声を荒げた。
「おっと、口が過ぎ申したか……されど、もはや時すでに遅し……その怒りさえ、空しきもの……恐れながら、伝八殿の左手の甲、花紋様の痣が浮き出ておられるに……」
聞きなれない言葉にさらに言葉を荒げる伝八。
「何を戯けたこと申すか!? 花紋様じゃと? そのようなものは見えぬ。そなた、何ゆえこの場に現れたる……何者ぞ……?」
笑みを浮かべていた静の目が変わる。
「見ゆるか否かは問題にあらず……逃れ得ぬしるしを、伝八殿はすでに持たれておる……それがすべてにて候。されど、比類なき妙作の至りが木の箱にて終わるは、あまりにも滑稽……ゆえに憐れと思い参上仕ったまでにて候……」
「待て! いかなることじゃ! 儂は……死ぬと申すか!」
静は振り向いた。そしてぽつりと呟く。
「左様……間もなう……拙者は花仕舞師……痣を持つ者を仕舞うが役目……そして、伝八殿……確かなること一つ。花仕舞師という言の葉、また耳にすることと相成りましょう……ただ、その者、うつけ者ゆえ、伝八殿を惑わすやもしれませぬ……静かに余生を送りたくば、耳を塞がれよ……また参りましょうぞ。その折こそ、仕舞う時、すなわち死を迎うる刻にてございまする」
静はそう言い残すとそのまま出ていく。
スウッッ──ガタッ──
静の言葉に乱され、心地よく耳に残る引戸の閉まり具合が、最後の音でさらに乱された伝八であった。
昔の伝八ならば煽られれば女だろうと容赦なく喰ってかかっただろう。しかし、今となってはどうでもよいことと頭を振った。
「今の儂に何を申したとて無駄じゃ。気力なき老い耄れを煽ろうとも甲斐なしよ」
静はふっと笑った。
「煽るなど野暮の骨頂にて候。されど、よう言われ申したな。殊に礼尊寺、あれは見事にて候……」
冷静に対応していた伝八の眉がぴくりと動く。
「目の見えぬ零闇殿にも、さぞや居心地よきところにてあられましょう。あれはこれまで伝八殿が建立なされた中、比類なき妙作の至りと、誇らしげに語られておると、風聞にて耳にいたし候……されど……」
静は間を開けた。
「されど……何ゆえぞ?」
その間に伝八は背筋から冷たいものが流れた。
「今はその礼尊寺も崩れ果て、瓦礫の山に成り果て候……それはそれは轟音とともに、あっという間に……」
「な、何と申すか……?」
──あの礼尊寺が崩れ瓦礫の山と? あやつに負けじと精魂込めた礼尊寺が?──
静は笑いながら伝八の心を抉るように続ける。
「左様……この目にて崩れ落つる様を見届け申したゆえ……聞き及ぶに、伝八殿の口癖は『屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱だ』と……さりながら、あれでは人を守る器とは申せず……ただの木の箱……にて候な。これぞ世にも立派なる木の箱……伝八殿の『比類なき妙作の至り』とは……木の箱にほかならず……まこと、目の前にて申すは恐れながら、笑いを堪えきれぬほどにて候」
「無礼千万なるぞ──!」
冷静さを保とうとした伝八だったが、あまりの静の言葉に震えだし声を荒げた。
「おっと、口が過ぎ申したか……されど、もはや時すでに遅し……その怒りさえ、空しきもの……恐れながら、伝八殿の左手の甲、花紋様の痣が浮き出ておられるに……」
聞きなれない言葉にさらに言葉を荒げる伝八。
「何を戯けたこと申すか!? 花紋様じゃと? そのようなものは見えぬ。そなた、何ゆえこの場に現れたる……何者ぞ……?」
笑みを浮かべていた静の目が変わる。
「見ゆるか否かは問題にあらず……逃れ得ぬしるしを、伝八殿はすでに持たれておる……それがすべてにて候。されど、比類なき妙作の至りが木の箱にて終わるは、あまりにも滑稽……ゆえに憐れと思い参上仕ったまでにて候……」
「待て! いかなることじゃ! 儂は……死ぬと申すか!」
静は振り向いた。そしてぽつりと呟く。
「左様……間もなう……拙者は花仕舞師……痣を持つ者を仕舞うが役目……そして、伝八殿……確かなること一つ。花仕舞師という言の葉、また耳にすることと相成りましょう……ただ、その者、うつけ者ゆえ、伝八殿を惑わすやもしれませぬ……静かに余生を送りたくば、耳を塞がれよ……また参りましょうぞ。その折こそ、仕舞う時、すなわち死を迎うる刻にてございまする」
静はそう言い残すとそのまま出ていく。
スウッッ──ガタッ──
静の言葉に乱され、心地よく耳に残る引戸の閉まり具合が、最後の音でさらに乱された伝八であった。
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