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第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
114話
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「兵之助殿はおられまするか?」
伝八に文を認め上げ、宗光を送り届けたあと、御座所に戻り時間を過ごしていた兵之助の元に声がかかる。
「その声は清殿か? 遠慮なされず、参られよ」
スウッッ──
障子が心穏やかに開く。兵之助は耳を澄ますようにその音を聞いていた。
「この屋敷、まこと恐れ入りまする……区切り区切りの戸、心地よく開き、気鬱なく胸の内晴れやかにございまする。まこと、心の宿にて候な」
兵之助は清の言葉に感嘆する。
「まさかこの屋敷の戸に想いを馳せてくれようとは……これは儂が契りを交わしたる、ある男の匠の業にてな。そやつ、常にこう申しておった……『屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱だ』と……」
「左様にて候か……まこと立派なる匠の業にて候な」
清は言葉を受け入れ、感嘆のため息をついた。
「ところで、旅の疲れは癒え申したか? このたびはよくぞ朱鷺をここまでお連れくだされた……言葉に尽くせぬほど感謝いたす。腹の内の稚児も、さぞや礼申したかろうて」
兵之助は頭を下げた。
「こちらこそ、ここまでお世話になり申した……ところで、先ほどの御方は? 何やら急ぎ足にて出て行かれた様子にて……」
「あれは弥三淵の村長、羽戸山宗稔殿の倅、宗光殿にて候。清殿もご存知の通り、弥三淵に学舎を建てるため、こちらまで遣いとして参られたのじゃ。そしてその学舎建立の要となる匠の元へ向かわれた……その要、奴をおいて他になしと踏んでおる」
「もしや、その奴とは、この屋敷を建て、契りを交わされたという匠にてござりまするか?」
「その通りよ……されど、過去、ある寺を建てる折に揉めての……いまだそのわだかまり、続いておる……お互いの信念のずれが、そうさせ申したか……よもや、礼尊寺建立の折に……」
まるで懐かしむように、それでいて悔いいるように、微かに肩を震わせ目を閉じる兵之助。
「礼尊寺……もしや零闇さまの礼尊寺にてござりまするか?」
「零闇殿をご存じと? さよう、零闇殿の礼尊寺にて候……」
「そうでござりまするか……よろしければ、その折、何があったかお聞かせ願えませぬか?」
清は一度、真っ直ぐ兵之助の目を見据え、頭を下げた。
「ほんに不思議な御方よ、清殿は……心許せる、まこと不思議な御方にて候……」
遠くで朱鷺と根音、根子が戯れる声がする。兵之助はその声をまるで、後の世に生まれる孫の声と重ねていた。静かに笑う兵之助は口を開いた。
「これは女房にも朱鷺にも、幸吉にも話したことのなきことにて候……これもまた、縁《えにし》というものか……さて、何と申すべきやら……」
兵之助は礼尊寺建立の際の出来事を清に話聞かせた。
伝八に文を認め上げ、宗光を送り届けたあと、御座所に戻り時間を過ごしていた兵之助の元に声がかかる。
「その声は清殿か? 遠慮なされず、参られよ」
スウッッ──
障子が心穏やかに開く。兵之助は耳を澄ますようにその音を聞いていた。
「この屋敷、まこと恐れ入りまする……区切り区切りの戸、心地よく開き、気鬱なく胸の内晴れやかにございまする。まこと、心の宿にて候な」
兵之助は清の言葉に感嘆する。
「まさかこの屋敷の戸に想いを馳せてくれようとは……これは儂が契りを交わしたる、ある男の匠の業にてな。そやつ、常にこう申しておった……『屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱だ』と……」
「左様にて候か……まこと立派なる匠の業にて候な」
清は言葉を受け入れ、感嘆のため息をついた。
「ところで、旅の疲れは癒え申したか? このたびはよくぞ朱鷺をここまでお連れくだされた……言葉に尽くせぬほど感謝いたす。腹の内の稚児も、さぞや礼申したかろうて」
兵之助は頭を下げた。
「こちらこそ、ここまでお世話になり申した……ところで、先ほどの御方は? 何やら急ぎ足にて出て行かれた様子にて……」
「あれは弥三淵の村長、羽戸山宗稔殿の倅、宗光殿にて候。清殿もご存知の通り、弥三淵に学舎を建てるため、こちらまで遣いとして参られたのじゃ。そしてその学舎建立の要となる匠の元へ向かわれた……その要、奴をおいて他になしと踏んでおる」
「もしや、その奴とは、この屋敷を建て、契りを交わされたという匠にてござりまするか?」
「その通りよ……されど、過去、ある寺を建てる折に揉めての……いまだそのわだかまり、続いておる……お互いの信念のずれが、そうさせ申したか……よもや、礼尊寺建立の折に……」
まるで懐かしむように、それでいて悔いいるように、微かに肩を震わせ目を閉じる兵之助。
「礼尊寺……もしや零闇さまの礼尊寺にてござりまするか?」
「零闇殿をご存じと? さよう、零闇殿の礼尊寺にて候……」
「そうでござりまするか……よろしければ、その折、何があったかお聞かせ願えませぬか?」
清は一度、真っ直ぐ兵之助の目を見据え、頭を下げた。
「ほんに不思議な御方よ、清殿は……心許せる、まこと不思議な御方にて候……」
遠くで朱鷺と根音、根子が戯れる声がする。兵之助はその声をまるで、後の世に生まれる孫の声と重ねていた。静かに笑う兵之助は口を開いた。
「これは女房にも朱鷺にも、幸吉にも話したことのなきことにて候……これもまた、縁《えにし》というものか……さて、何と申すべきやら……」
兵之助は礼尊寺建立の際の出来事を清に話聞かせた。
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