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第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
115話
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「この地は人寂しきところなれば、礼尊寺はさながら諸国の衆生集う商いと信仰の館たるべし。参詣の途上、茶店に立ち寄り、説法を聴き、舞を眺む。まこと現世の楽土と成さねばならぬ」
若き兵之助は息巻いた。『商業により人を豊かにする』その信念の元、新たな依頼を受け未来図を描いていた。
「ならぬ。依頼主の零闇殿は目が見えず。兄者、確かにその考えは立派なれど、それは零闇殿の御心に背くものならずや。肝要なるは、この寺は仏を極めし者が人の心を豊かにし、また仏を癒す場なること。ならば質素にしても零闇殿や仏に寄り添う本堂を建立すべし」
若き伝八も譲らない。「屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱だ」を信念にしてきた男の言葉は揺るがない。
「伝八よ。おぬしの言うこと、わからぬではない。されどな、この地を見よ。この地は閑静にして自然まことに麗しきも、それまでよ。この地に暮らす民は貧困に喘ぐ。ならば賑わいを呼び、民に笑顔をもたらすべし。かかる新しき世に心躍らぬか?」
京の繁華の地で賑わいの一端を担った男はあくまでも商魂こめた。
「違う。自然豊かなればこそ、そこに仏安らぐ。そしてその安らぎを与えるのが礼尊寺。賑わいなど、この地には不要よ」
お互いの信念がぶつかりあい睨み合う。兄弟の契りを交わした男たちに亀裂が生じ始めた。
──「新山升や 正米穀物商 以信義為商道」──
「清殿……うちの看板をご覧になられたか?」
兵之助はため息をついた。
「はい、檜の一枚板に見事に彫られたる看板、まこと商いの道に生きられし歴史の重みを感じ入り申した」
清は想いのままに答えた。
「そうじゃ。あの折は『以信義為商道』、これを儂が礎としておった。ゆえに伝八との衝突、決して譲れなんだ……お互い、血気にはやっておったのよ……」
寂しそうな顔をする兵之助。
「そして、伝八と袂を分かつ決定の刻、ついに訪れたり……儂は強硬の手立てに打って出でたり。周りの商人衆と、時の村長らと結び、事を進めたり。伝八が有無申す隙など与えずしての……」
「左様でござるか……」
清は静かに聞いていた。
「兄者? 何を致しておる……まだ話し合いも済んでおらぬではないか! 勝手に事を進めるとは何事ぞ!」
血相を変えて商人仲間の寄り合いに飛び込んできた伝八。
「伝八、このままでは埒があかぬ。互いに譲れぬなら、力ある者が事を運ぶのが理よ。おぬしは黙って、この地の絵図どおり事を進め、礼尊寺の本堂を指図通り建立すればよい」
兵之助は礼尊寺の指図を伝八の目の前に放り投げた。
「なんじゃ、こりゃ……? 見てくれだけの張りぼて本堂など建てられるか! 絢爛壮美の寺社などまっぴらじゃ! 儂は零闇殿の御心の真秀に従う。屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱じゃ!」
「聞き飽きたわ、伝八……所詮、屋敷は小箱に過ぎぬ」
兵之助は小馬鹿にしたように伝八を見下した。
「兄者の商才は恐れ入るが、心ばかりは信ぜぬ」
伝八は指図を破り捨て空に放り投げ、兵之助に背を向けた。
「兄者との義兄弟の契りは、もはやここまでじゃ。儂は兵之助という名の男の顔など、二度と見とうない! 金輪際、断絶じゃ!」
若き兵之助は息巻いた。『商業により人を豊かにする』その信念の元、新たな依頼を受け未来図を描いていた。
「ならぬ。依頼主の零闇殿は目が見えず。兄者、確かにその考えは立派なれど、それは零闇殿の御心に背くものならずや。肝要なるは、この寺は仏を極めし者が人の心を豊かにし、また仏を癒す場なること。ならば質素にしても零闇殿や仏に寄り添う本堂を建立すべし」
若き伝八も譲らない。「屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱だ」を信念にしてきた男の言葉は揺るがない。
「伝八よ。おぬしの言うこと、わからぬではない。されどな、この地を見よ。この地は閑静にして自然まことに麗しきも、それまでよ。この地に暮らす民は貧困に喘ぐ。ならば賑わいを呼び、民に笑顔をもたらすべし。かかる新しき世に心躍らぬか?」
京の繁華の地で賑わいの一端を担った男はあくまでも商魂こめた。
「違う。自然豊かなればこそ、そこに仏安らぐ。そしてその安らぎを与えるのが礼尊寺。賑わいなど、この地には不要よ」
お互いの信念がぶつかりあい睨み合う。兄弟の契りを交わした男たちに亀裂が生じ始めた。
──「新山升や 正米穀物商 以信義為商道」──
「清殿……うちの看板をご覧になられたか?」
兵之助はため息をついた。
「はい、檜の一枚板に見事に彫られたる看板、まこと商いの道に生きられし歴史の重みを感じ入り申した」
清は想いのままに答えた。
「そうじゃ。あの折は『以信義為商道』、これを儂が礎としておった。ゆえに伝八との衝突、決して譲れなんだ……お互い、血気にはやっておったのよ……」
寂しそうな顔をする兵之助。
「そして、伝八と袂を分かつ決定の刻、ついに訪れたり……儂は強硬の手立てに打って出でたり。周りの商人衆と、時の村長らと結び、事を進めたり。伝八が有無申す隙など与えずしての……」
「左様でござるか……」
清は静かに聞いていた。
「兄者? 何を致しておる……まだ話し合いも済んでおらぬではないか! 勝手に事を進めるとは何事ぞ!」
血相を変えて商人仲間の寄り合いに飛び込んできた伝八。
「伝八、このままでは埒があかぬ。互いに譲れぬなら、力ある者が事を運ぶのが理よ。おぬしは黙って、この地の絵図どおり事を進め、礼尊寺の本堂を指図通り建立すればよい」
兵之助は礼尊寺の指図を伝八の目の前に放り投げた。
「なんじゃ、こりゃ……? 見てくれだけの張りぼて本堂など建てられるか! 絢爛壮美の寺社などまっぴらじゃ! 儂は零闇殿の御心の真秀に従う。屋敷は、人を守る器だ。心がなきゃ、ただの木の箱じゃ!」
「聞き飽きたわ、伝八……所詮、屋敷は小箱に過ぎぬ」
兵之助は小馬鹿にしたように伝八を見下した。
「兄者の商才は恐れ入るが、心ばかりは信ぜぬ」
伝八は指図を破り捨て空に放り投げ、兵之助に背を向けた。
「兄者との義兄弟の契りは、もはやここまでじゃ。儂は兵之助という名の男の顔など、二度と見とうない! 金輪際、断絶じゃ!」
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