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第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
121話
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翌日、兵之助は伝八を迎えに出向く。玄関でなにやら作業をしている伝八。
スウッ──スゥッ──
そして確かめるように……
スウッ……
木肌に鉋を滑らせる音……
──これでこの屋敷とも今生の別れ……──
出で立ちはすでに匠の姿。股引に腹掛、腕や脛を守る手甲に脚絆を纏い、頭には鉢巻を巻いている。そして特筆すべきは上棟式の如く、真白の法被に白足袋、帯でキリッと決め「晴れの姿」を披露している。昨日までの弱々しき姿はどこにもない。しかし、左手にある花紋様の痣だけは色濃く映えている。
「何を致しておる、伝八。今のおぬしにては歩むもたやすからず……負担をかけぬよう籠を用意した。乗るがよい」
「今しがた、やり遂げたところにてござる。兄者、かたじけない……籠は助かる。二十五里半の道のりは、さすがにこの身に堪えるゆえ……」
顔ぶれは兵之助を筆頭に、朱鷺、宗光、清、根音そして根子。朱鷺は兵之助は腹に宿る稚児のこともあり、無理をさせたくなく残れと言ったが、「幸吉殿の想いを確かめたく、その目で、この稚児にも感じさせたい」と腹をさすり、頑として譲らず、兵之助が仕方なく折れた。「私たちがお朱鷺さまのご様子、しかりと心してあたりますゆえ、ご安心くだされ」と兵之助に根音と根子が申しでた。幼子たちの姿が凛々しく見え、いつもは無邪気に朱鷺と戯れていながらも、胸の内は朱鷺の身体に心を砕き、慎み深く側にいたことを察し、二人に朱鷺を任せることにした。根音が朱鷺と手を繋いでる。
「ほんに、男というものは……あのガキめが……」
根子が白い目で根音のでれた姿を見ていた。
「父上……本分、なんとか叶いそうにございます」
宗光は父、宗稔の命を果たせたことに安堵していた。
「参ろうぞ、弥三淵へ……後の世に想いを残すため……いざ、『仁巡孝院、恩雪庵』建立へ……」
兵之助が号令をかけると皆、弥三淵の村に向かうため、歩を進めようとする。清はそっと伝八を見つめていた。
「清さま……」
心配そうに根子が清の袖をぎゅっと握る。
「根子、われらは花仕舞師……いかなる時も、これからも……」
そう言いながら根子の頭を撫でた。
その視線の先、伝八は屋敷を見つめていた。もう帰ることのない屋敷に目をそっと閉じ、手を合わせた。そしてそっと、引戸を静かに閉めた。
スウッー──
引戸は鴨居も敷居も抑揚なき拍子の如く滑らかに滑り、引戸の縦框部分が方立にピタリと合わさる。
トンッ──
心地よく響く音は舞の極めの如く厳かに閉まった。閉じられた引戸。そこには舞の極めを暗転で示すが如く、向こうの明かりも漏れぬ美しさ──。
「この刹那のために生きる。これにて、心残りなし……さぁ、参ろうぞ……」
玄関口には鉋で削った、一枚の木の薄皮が一枚、落ちていた。それはまるで『執』の心が剥がれ落ちたように風に揺れ、ちりちりと舞い飛ばされていった。
スウッ──スゥッ──
そして確かめるように……
スウッ……
木肌に鉋を滑らせる音……
──これでこの屋敷とも今生の別れ……──
出で立ちはすでに匠の姿。股引に腹掛、腕や脛を守る手甲に脚絆を纏い、頭には鉢巻を巻いている。そして特筆すべきは上棟式の如く、真白の法被に白足袋、帯でキリッと決め「晴れの姿」を披露している。昨日までの弱々しき姿はどこにもない。しかし、左手にある花紋様の痣だけは色濃く映えている。
「何を致しておる、伝八。今のおぬしにては歩むもたやすからず……負担をかけぬよう籠を用意した。乗るがよい」
「今しがた、やり遂げたところにてござる。兄者、かたじけない……籠は助かる。二十五里半の道のりは、さすがにこの身に堪えるゆえ……」
顔ぶれは兵之助を筆頭に、朱鷺、宗光、清、根音そして根子。朱鷺は兵之助は腹に宿る稚児のこともあり、無理をさせたくなく残れと言ったが、「幸吉殿の想いを確かめたく、その目で、この稚児にも感じさせたい」と腹をさすり、頑として譲らず、兵之助が仕方なく折れた。「私たちがお朱鷺さまのご様子、しかりと心してあたりますゆえ、ご安心くだされ」と兵之助に根音と根子が申しでた。幼子たちの姿が凛々しく見え、いつもは無邪気に朱鷺と戯れていながらも、胸の内は朱鷺の身体に心を砕き、慎み深く側にいたことを察し、二人に朱鷺を任せることにした。根音が朱鷺と手を繋いでる。
「ほんに、男というものは……あのガキめが……」
根子が白い目で根音のでれた姿を見ていた。
「父上……本分、なんとか叶いそうにございます」
宗光は父、宗稔の命を果たせたことに安堵していた。
「参ろうぞ、弥三淵へ……後の世に想いを残すため……いざ、『仁巡孝院、恩雪庵』建立へ……」
兵之助が号令をかけると皆、弥三淵の村に向かうため、歩を進めようとする。清はそっと伝八を見つめていた。
「清さま……」
心配そうに根子が清の袖をぎゅっと握る。
「根子、われらは花仕舞師……いかなる時も、これからも……」
そう言いながら根子の頭を撫でた。
その視線の先、伝八は屋敷を見つめていた。もう帰ることのない屋敷に目をそっと閉じ、手を合わせた。そしてそっと、引戸を静かに閉めた。
スウッー──
引戸は鴨居も敷居も抑揚なき拍子の如く滑らかに滑り、引戸の縦框部分が方立にピタリと合わさる。
トンッ──
心地よく響く音は舞の極めの如く厳かに閉まった。閉じられた引戸。そこには舞の極めを暗転で示すが如く、向こうの明かりも漏れぬ美しさ──。
「この刹那のために生きる。これにて、心残りなし……さぁ、参ろうぞ……」
玄関口には鉋で削った、一枚の木の薄皮が一枚、落ちていた。それはまるで『執』の心が剥がれ落ちたように風に揺れ、ちりちりと舞い飛ばされていった。
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