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第八章──悌(したしみ)の絆、隠された友情の証
120話
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「心を守る器……と申すか……」
自虐的に嗤いを浮かべていた伝八の表情から笑みが消えた。畳み掛けるように清は強い想いを伝八にぶつける。
「これこそまことの心……零闇殿の御言葉……届け──花文!」
手を広げ零闇の声を届けようとする。
──……静かに余生を送りたくば、耳を塞がれよ……──
伝八は耳を塞ぐように心を閉じた。
「……やめてくれ……このまま静かに……儂は命を全うしたい……もう、今を否定されたくはない……」
清は口を歪ませる。伝八が心を閉ざそうとする。
──やはり、われではまだ伝八殿の扉を開くことは……で、できぬのか……──
「伝八……もうよいではないか……儂が誤ちて、主を苦しめた……もはや苦しまぬてよい……」
清の背後から声がした。そこには二度と会いとうないと拒絶した兵之助が立っていた。
「何しに来た……? 忘れたか……! 二度と会いたくはないと申したことを……」
コホッ──コホッ──
怒気を強めためか咳が立て続けに出た。
「今、宗光殿が来ておろう……要件はそれじゃ……」
「やはり……おぬしか……あの文を寄こしたは……あの筆跡……幾星霜を経ようとも変わらぬ……思い出せば腹立たしき……あの指図を書いたおぬしの顔が脳裏にちらつくわ……」
コホッ──コホッ──
「儂の顔は忘れずとも、誇りは忘れ果てたか……伝八よ……」
悲観する兵之助。
「何を……申すか……」
「儂は信念を誤った……おぬしは信念を貫いた……そして、零闇殿の心の器を見事に造りあげた……羨ましきことぞ……」
「羨ましい……じゃと……何だ……今さら泣き落としに来たか……? そう言えば儂が動くとでも思うたか……学舎など……泣き落としでまた金儲けでも企むか……? 儂を使うて富を築くつもりか……?」
「伝八……すまぬ……おぬしに偽りの文を渡し……『風月同天』など今さらの言葉を綴ったこと……ほんに申し訳なきこと……」
兵之助は頭を垂れた。
「黙れ……今さら……おぬしのその姿……見とうはない……コホッ……ゴホッ……帰れ──」
「伝八……これは儂の依頼にあらず……これは、幸吉という、ただひたむきに想いを繋げたいと願った一人の男の願いぞ……」
兵之助は幸吉が命をとして認めた幸吉の文を手渡した。
「儂はまたも見誤った……名を隠し、宗光殿に姑息なる文を託したことを……正直に語るべきであったか……伝八よ……この文に何かを感じ取ってはくれぬか……?」
伝八は躊躇ったが……自然と手が兵之助の持つ文に伸びた。
──なぜ、儂はこの文に手を伸ばす……なぜだ……──
心とは裏腹に行動する様を清は見逃さなかった。心の隙というものだった。手のひらを広げ言葉を届けた。
「このような形で届けること赦されよ……伝八殿。恨み言はのちほど聞きまする……零闇殿、幸吉殿、お雪さま……彼の想いを──届け──花文……!」
伝八の隙間へ、それは針に糸を通すほどの隙間……閉じられた心をこじ開けた兵之助。その隙間に清は花文を送り込む。
伝八の心にさまざまな想いが流れ込む。
「……これは……これが儂の匠としての心の器……そして、儂を信じて託された文の想い……痛きほどに伝わってくる……儂は……この身で……この死ぬ定めの中にありながら……なお、この匠を……やりたがっとる……」
伝八は膝から崩れ落ちた。それは……己を偽らず、心のままに匠を振るいたいと想い……涙が溢れた。兵之助は伝八の肩を抱き、想いを伝えた。
「伝八よ……儂は清殿より、おぬしに刻が残されておらぬと聞き及んでおる……それでも、おぬしにこの匠を託したきと思うておる……契は断たれはせなんだ……ただ、二人の『執』に霞みて見えざりしのみ……今、その涙……まことに晴れ渡った証ぞ……」
兵之助も涙を流す。霞み縺れ切れかけた契りが二人の涙で強く紡がれ直された。
自虐的に嗤いを浮かべていた伝八の表情から笑みが消えた。畳み掛けるように清は強い想いを伝八にぶつける。
「これこそまことの心……零闇殿の御言葉……届け──花文!」
手を広げ零闇の声を届けようとする。
──……静かに余生を送りたくば、耳を塞がれよ……──
伝八は耳を塞ぐように心を閉じた。
「……やめてくれ……このまま静かに……儂は命を全うしたい……もう、今を否定されたくはない……」
清は口を歪ませる。伝八が心を閉ざそうとする。
──やはり、われではまだ伝八殿の扉を開くことは……で、できぬのか……──
「伝八……もうよいではないか……儂が誤ちて、主を苦しめた……もはや苦しまぬてよい……」
清の背後から声がした。そこには二度と会いとうないと拒絶した兵之助が立っていた。
「何しに来た……? 忘れたか……! 二度と会いたくはないと申したことを……」
コホッ──コホッ──
怒気を強めためか咳が立て続けに出た。
「今、宗光殿が来ておろう……要件はそれじゃ……」
「やはり……おぬしか……あの文を寄こしたは……あの筆跡……幾星霜を経ようとも変わらぬ……思い出せば腹立たしき……あの指図を書いたおぬしの顔が脳裏にちらつくわ……」
コホッ──コホッ──
「儂の顔は忘れずとも、誇りは忘れ果てたか……伝八よ……」
悲観する兵之助。
「何を……申すか……」
「儂は信念を誤った……おぬしは信念を貫いた……そして、零闇殿の心の器を見事に造りあげた……羨ましきことぞ……」
「羨ましい……じゃと……何だ……今さら泣き落としに来たか……? そう言えば儂が動くとでも思うたか……学舎など……泣き落としでまた金儲けでも企むか……? 儂を使うて富を築くつもりか……?」
「伝八……すまぬ……おぬしに偽りの文を渡し……『風月同天』など今さらの言葉を綴ったこと……ほんに申し訳なきこと……」
兵之助は頭を垂れた。
「黙れ……今さら……おぬしのその姿……見とうはない……コホッ……ゴホッ……帰れ──」
「伝八……これは儂の依頼にあらず……これは、幸吉という、ただひたむきに想いを繋げたいと願った一人の男の願いぞ……」
兵之助は幸吉が命をとして認めた幸吉の文を手渡した。
「儂はまたも見誤った……名を隠し、宗光殿に姑息なる文を託したことを……正直に語るべきであったか……伝八よ……この文に何かを感じ取ってはくれぬか……?」
伝八は躊躇ったが……自然と手が兵之助の持つ文に伸びた。
──なぜ、儂はこの文に手を伸ばす……なぜだ……──
心とは裏腹に行動する様を清は見逃さなかった。心の隙というものだった。手のひらを広げ言葉を届けた。
「このような形で届けること赦されよ……伝八殿。恨み言はのちほど聞きまする……零闇殿、幸吉殿、お雪さま……彼の想いを──届け──花文……!」
伝八の隙間へ、それは針に糸を通すほどの隙間……閉じられた心をこじ開けた兵之助。その隙間に清は花文を送り込む。
伝八の心にさまざまな想いが流れ込む。
「……これは……これが儂の匠としての心の器……そして、儂を信じて託された文の想い……痛きほどに伝わってくる……儂は……この身で……この死ぬ定めの中にありながら……なお、この匠を……やりたがっとる……」
伝八は膝から崩れ落ちた。それは……己を偽らず、心のままに匠を振るいたいと想い……涙が溢れた。兵之助は伝八の肩を抱き、想いを伝えた。
「伝八よ……儂は清殿より、おぬしに刻が残されておらぬと聞き及んでおる……それでも、おぬしにこの匠を託したきと思うておる……契は断たれはせなんだ……ただ、二人の『執』に霞みて見えざりしのみ……今、その涙……まことに晴れ渡った証ぞ……」
兵之助も涙を流す。霞み縺れ切れかけた契りが二人の涙で強く紡がれ直された。
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