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第一章── 仁(めぐみ)の導き手、孤独なる老婆
5話
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囲炉裏の火が揺れ、かすかな影が壁に映る。お雪は目を細め、訪れた者の輪郭をゆっくりと見極めるようにした。笠を目深く被る女の姿と小さい影が揺れるように二つ。
根音が言葉を挟む。
「あの御方こそ、あの婆様にござりまする」
「左様か……」
清は短く答えた。
「あの御方の御手を御覧じよ」
根子が負けじと言葉を続ける。
「またしても出しゃばりおって……」
根音が根子を睨む。
「やめよ……」
清が二人を制する。確かにお雪の左手の甲には枯れた花のような形の痣が浮かび上がり、濁った朽葉色をしている。
「おやまぁ……賑やかなことじゃの……旅のお方かい? こんな寂れた片田舎まで、いったい何の御用じゃろうなぁ……」
お雪の声は静かに空気を切り裂いた。かつて賑やかだった家も、今ではただの静寂の中に埋もれ、ただ朽ち果てる瞬間を待つだけだった。訪ねてくる者など、誰もいない。
お雪は少し警戒していたが、しかし、どこかで「誰かが来ること」を待ち望んでいた自分に気付く。それは、微かに残っていた心の片隅の希望を手繰り寄せていたのかもしれない。
清は一歩踏み出し、笠の縁をそっと指先で撫で、顔を見せた。その瞳は何かを探し求めるように、炎のゆらめきに照らされ、奥のお雪に向けられる。穏やかな表情で、清は語りかけた。
「騒がせてしまい、まことに失礼つかまつりました。手前は清、宿清と申す者にござりまする。そしてこの二人、男の子が根音、女の子が根子と申しまする」
「そうかい……わしゃお雪と申す、先も短き老い耄れにござりまするが、さて……そんなわしに何の御用かえ?」
久しぶりに会話をした気がするお雪。久しぶりと言うにはあまりも長い年月。その長い年月をなぞるように、清は声をかける。
「お雪さまは……どなたか、いえ、誰彼をずっとお待ち申しておられるのでございましょう?」
お雪は肩を落とし、身体がわずかに震えた。お雪は言葉に詰まり、囲炉裏の火を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
「誰かたち、とな……? いやいや、そんなこと……もうとうの昔に忘れ果てたつもりじゃて……」
だが、その言葉の端には、確かに揺らぎがあった。清の言葉に、お雪はほんの一瞬、視線を反らした。しかし、それをすぐに囲炉裏の火へ戻す。呼吸の流れもわずかに乱れている。ただ、それを見せまいと無理に呼吸を整えるお雪に、清はその微細な変化を見逃さず、静かに歩み寄る。根子と根音は口を噤み、何かを感じ取るように視線を交わした。
「お雪さまは……あの子らの帰りを、ここにて、ずっと待ち続けておられたのでござりましょうな。その、今にも灰となり果てんばかりの文を、手元に置かれたままで……」
囲炉裏の側に置いてある薄汚れた文に目を向け、清はお雪の切ない目を見つめた。清はゆっくりと、一歩だけ踏み出した。その足音が、囲炉裏の火が跳ねる音と交じり合い、お雪の心にかすかな緊張が生まれた。
根音が言葉を挟む。
「あの御方こそ、あの婆様にござりまする」
「左様か……」
清は短く答えた。
「あの御方の御手を御覧じよ」
根子が負けじと言葉を続ける。
「またしても出しゃばりおって……」
根音が根子を睨む。
「やめよ……」
清が二人を制する。確かにお雪の左手の甲には枯れた花のような形の痣が浮かび上がり、濁った朽葉色をしている。
「おやまぁ……賑やかなことじゃの……旅のお方かい? こんな寂れた片田舎まで、いったい何の御用じゃろうなぁ……」
お雪の声は静かに空気を切り裂いた。かつて賑やかだった家も、今ではただの静寂の中に埋もれ、ただ朽ち果てる瞬間を待つだけだった。訪ねてくる者など、誰もいない。
お雪は少し警戒していたが、しかし、どこかで「誰かが来ること」を待ち望んでいた自分に気付く。それは、微かに残っていた心の片隅の希望を手繰り寄せていたのかもしれない。
清は一歩踏み出し、笠の縁をそっと指先で撫で、顔を見せた。その瞳は何かを探し求めるように、炎のゆらめきに照らされ、奥のお雪に向けられる。穏やかな表情で、清は語りかけた。
「騒がせてしまい、まことに失礼つかまつりました。手前は清、宿清と申す者にござりまする。そしてこの二人、男の子が根音、女の子が根子と申しまする」
「そうかい……わしゃお雪と申す、先も短き老い耄れにござりまするが、さて……そんなわしに何の御用かえ?」
久しぶりに会話をした気がするお雪。久しぶりと言うにはあまりも長い年月。その長い年月をなぞるように、清は声をかける。
「お雪さまは……どなたか、いえ、誰彼をずっとお待ち申しておられるのでございましょう?」
お雪は肩を落とし、身体がわずかに震えた。お雪は言葉に詰まり、囲炉裏の火を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
「誰かたち、とな……? いやいや、そんなこと……もうとうの昔に忘れ果てたつもりじゃて……」
だが、その言葉の端には、確かに揺らぎがあった。清の言葉に、お雪はほんの一瞬、視線を反らした。しかし、それをすぐに囲炉裏の火へ戻す。呼吸の流れもわずかに乱れている。ただ、それを見せまいと無理に呼吸を整えるお雪に、清はその微細な変化を見逃さず、静かに歩み寄る。根子と根音は口を噤み、何かを感じ取るように視線を交わした。
「お雪さまは……あの子らの帰りを、ここにて、ずっと待ち続けておられたのでござりましょうな。その、今にも灰となり果てんばかりの文を、手元に置かれたままで……」
囲炉裏の側に置いてある薄汚れた文に目を向け、清はお雪の切ない目を見つめた。清はゆっくりと、一歩だけ踏み出した。その足音が、囲炉裏の火が跳ねる音と交じり合い、お雪の心にかすかな緊張が生まれた。
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