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第一章── 仁(めぐみ)の導き手、孤独なる老婆
6話
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「そげなもの……もはや、要らぬゆえ……今より、この囲炉裏の焔にくべてしまうつもりじゃ」
お雪はそのざらつく文を見つめ、意を決したように指先で紙の端を摘み、持ち上げかける。しかし、その動作は僅かに躊躇いがちだった。
──奉公先で頑張っとる。いつか会いに来るからな──
焚き火の赤い炎が、文の字を仄かに輝かせ、影をゆらめかせる。お雪の指がその影を撫でるように動き続ける。まるで未練を断ち切ろうとしているかのようだった。
「お待ちくだされ!……それなるは、まことにもって愚かな仕業にござりまする」
清の強い言葉と目力で、お雪の指の動きを引き留める。左手の手の甲の痣が、さらに色濃く映る。その言葉の響きに、お雪はなぜか心のどこかで安堵する自分に驚いた。ひとときの間がお雪の感情を揺るがす。塞き止めていたものが溢れだした。
「……待つことのほか、何もできなんだわ……」
お雪は文を眺めた。その言葉は、お雪の心の奥底を穿つように響いた。囲炉裏の灯りが、お雪の手元の古びた文をわずかに照らす。指でなぞれば崩れそうなほどに朽ちた紙に書かれた文字を、お雪は何度も読み返していたのだろう。何年、何十年と──。お雪は苦笑したが、しかしその声は震えていた。焚き火の炎が小さくはぜる。お雪は囲炉裏の前で正座し、着物の裾をぎゅっと握りしめ、揺らめく光をじっと見つめていた。
「……あの子ら、さぞや立派に育ったことであろうのう……」
清は黙ってお雪の想いを聞いている。独り言のように呟きながら、お雪は微笑む。その声はどこか遠くへ向けられたものだった。誰に聞かせるでもなく、ただ自分に言い聞かせるように。かつて、この家は賑わっていた。転んで泣く子どもたちの声、腹を空かせて駆け込んでくる姿、夢を語る無邪気な瞳。お雪はそのすべてを受け止め、膝を擦り、団子をこね、背中をそっと押してやった。
「お雪婆さま、かたじけのうござった!」
「おおきゅうなりし折には、また参上仕るけんの!」
「いつの日にか、きっと恩返し致すけん、よう覚えちょってな!」
その言葉に、どれほど救われただろう。しかし、時が経ち、藁葺きの屋根が色褪せていく頃、彼らの足音は途絶えた。待ち続けても、誰もこの家を訪れはしなかった。どこかで生きていることはわかっている。きっと、誰かの親になり、仕事に追われ、日々を過ごしているのだろう。だが、それでも──。
「……わしのことなど、とっくに忘れ去られておろうな。すまなんだの……こんな話。死にゆく老い耄れの戯れ言じゃて……」
「かまいませぬ。それこそ、手前の務めにござりまする」
「役目と申すか……そりゃまた、大儀なることよのう」
お雪は再び苦笑した。囲炉裏の炎が揺らぎ、影を作る。長い年月をかけて、お雪の中には「忘れられることへの恐れ」が根付いていた。いや、恐れではない──諦めだった。待つことしかできなかった時間は、お雪の心の奥にしこりのように残っている。
「……あの子らに囲まれて、最期を迎えたかったものじゃて……」
ぽつりとお雪はそう呟き、そっと目を閉じた。囲炉裏の火はまだ消えず、お雪の孤独を照らし続けている──。忘れられることへの恐れ、そして誰かに囲まれて最期を迎えたかったという願い。それは、お雪の心に絡みつき、離れようとはしなかった。
清は左手の甲を見つめる。お雪の言葉に呼応するように、ぼんやりとしていた紋様のような痣がはっきりと浮かび上がっている。それはお雪自身には見ることができない死期への導き、まるで、静かに散りゆく影のようだった。
お雪はそのざらつく文を見つめ、意を決したように指先で紙の端を摘み、持ち上げかける。しかし、その動作は僅かに躊躇いがちだった。
──奉公先で頑張っとる。いつか会いに来るからな──
焚き火の赤い炎が、文の字を仄かに輝かせ、影をゆらめかせる。お雪の指がその影を撫でるように動き続ける。まるで未練を断ち切ろうとしているかのようだった。
「お待ちくだされ!……それなるは、まことにもって愚かな仕業にござりまする」
清の強い言葉と目力で、お雪の指の動きを引き留める。左手の手の甲の痣が、さらに色濃く映る。その言葉の響きに、お雪はなぜか心のどこかで安堵する自分に驚いた。ひとときの間がお雪の感情を揺るがす。塞き止めていたものが溢れだした。
「……待つことのほか、何もできなんだわ……」
お雪は文を眺めた。その言葉は、お雪の心の奥底を穿つように響いた。囲炉裏の灯りが、お雪の手元の古びた文をわずかに照らす。指でなぞれば崩れそうなほどに朽ちた紙に書かれた文字を、お雪は何度も読み返していたのだろう。何年、何十年と──。お雪は苦笑したが、しかしその声は震えていた。焚き火の炎が小さくはぜる。お雪は囲炉裏の前で正座し、着物の裾をぎゅっと握りしめ、揺らめく光をじっと見つめていた。
「……あの子ら、さぞや立派に育ったことであろうのう……」
清は黙ってお雪の想いを聞いている。独り言のように呟きながら、お雪は微笑む。その声はどこか遠くへ向けられたものだった。誰に聞かせるでもなく、ただ自分に言い聞かせるように。かつて、この家は賑わっていた。転んで泣く子どもたちの声、腹を空かせて駆け込んでくる姿、夢を語る無邪気な瞳。お雪はそのすべてを受け止め、膝を擦り、団子をこね、背中をそっと押してやった。
「お雪婆さま、かたじけのうござった!」
「おおきゅうなりし折には、また参上仕るけんの!」
「いつの日にか、きっと恩返し致すけん、よう覚えちょってな!」
その言葉に、どれほど救われただろう。しかし、時が経ち、藁葺きの屋根が色褪せていく頃、彼らの足音は途絶えた。待ち続けても、誰もこの家を訪れはしなかった。どこかで生きていることはわかっている。きっと、誰かの親になり、仕事に追われ、日々を過ごしているのだろう。だが、それでも──。
「……わしのことなど、とっくに忘れ去られておろうな。すまなんだの……こんな話。死にゆく老い耄れの戯れ言じゃて……」
「かまいませぬ。それこそ、手前の務めにござりまする」
「役目と申すか……そりゃまた、大儀なることよのう」
お雪は再び苦笑した。囲炉裏の炎が揺らぎ、影を作る。長い年月をかけて、お雪の中には「忘れられることへの恐れ」が根付いていた。いや、恐れではない──諦めだった。待つことしかできなかった時間は、お雪の心の奥にしこりのように残っている。
「……あの子らに囲まれて、最期を迎えたかったものじゃて……」
ぽつりとお雪はそう呟き、そっと目を閉じた。囲炉裏の火はまだ消えず、お雪の孤独を照らし続けている──。忘れられることへの恐れ、そして誰かに囲まれて最期を迎えたかったという願い。それは、お雪の心に絡みつき、離れようとはしなかった。
清は左手の甲を見つめる。お雪の言葉に呼応するように、ぼんやりとしていた紋様のような痣がはっきりと浮かび上がっている。それはお雪自身には見ることができない死期への導き、まるで、静かに散りゆく影のようだった。
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