そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ

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第二章 帰郷

25.神を信じますか

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「採り方は分かるな? それぞれ一列ずつ頼んだぞ」
「はは……一列ずつ……」

 遠目で見た時から小さな家に対して大きぎる畑だと思っていた。一体何人で年を越す気なのかと尋ねてみたくなるほど、一家が耕作した地は彼方まで広がっている……。

 一列ずつと容易く言ってくれたロスは、すでに自分の持ち場で作業に取り掛かっていた。ベルトリウスは百メートルを優に超す芋の道を眺めて頬をヒクつかせる。これを家族三人で毎年さばいていると思うと、感心する反面ゾッとした。
 安請け合いしたことを少々後悔しながらも、ベルトリウスは諦めてクワを振るい始めた。隣の列で突っ立っているマギソンはその手元をじっと観察し、真似た手付きで土を掘り始めた。



◇◇◇



「よーし! 今日はここまでだ!」

 ロスの終了の合図で若手の二人は同時に顔を上げた。いつの間にか辺りは暗くなっている……仕事に没頭しているうちに日没を迎えていたようだ。
 一度も休憩を挟むことなく体を動かすこと四時間。ベルトリウスは一列半、マギソンはぎりぎり一列分の芋を収穫していた。ロスもベルトリウスと同じくらいの量を取ったはずだが、それでも畑全体の八分の一も収穫を終えることはできなかった。

「はぁ~、やっと終わった……」
「……何でこんなこと……」

 ベルトリウスがぼやくとマギソンも小さく恨みを漏らす。二人は土がこびり付いたクワを肩に担ぎ、後片付けのために家の裏手にある納屋へと向かうロスの後ろをトボトボと付いて回った。魔物といえど、同じ工程を繰り返すだけの面白みのない仕事は精神的に困ぱいするのだ。力仕事で食ってきたマギソンも毛色の違う体の動かし方に、下手な戦闘後よりも疲労を感じていた。
 三人は家の裏手にある小型の納屋に入ると壁に道具を立て掛け、収穫物の詰まった木箱を取りに畑へ戻った。何往復かして全ての木箱を納屋の中まで運び終えると、警戒心を緩め始めたロスが機嫌良さそうに口を開いた。

「土臭くて悪いが寝床はこの納屋を使ってくれ、外の井戸は自由に汲んでいい。今掛布を持ってきてやろう。飯ができるまで少し休んでな」

 そう言って一人納屋を出ていくロスの背中を見送り、マギソンは腰をさすりながら近くにあった長方形の藁束わらたばの山へとゆっくり腰掛けた。

「その動き、すげぇオヤジ臭ぇな。臭ぇと言えば……この包帯も結構顔の汗を吸っちまったんだよなぁ。後で洗っとくか……」
「……今でも充分ゴミ臭ぇだろ」
「え、まだ臭うか? 腐臭はエカノダ様に頼んで、だいぶ抑えてもらったんだけどなぁ……」

 ベルトリウスはクンクンと犬のように自身の腕のニオイを嗅いだ。
 ググウィーグ戦後、マギソンが気絶している間にベルトリウスはエカノダの強化を受けていた。個人に分配された魂のほとんどは毒の強化に費やしたが、余りは当初から希望していた悪臭を抑える分に回してもらった。お陰で鼻を覆いたくなる猛烈な臭さは改善されたのだが、それは”猛烈”でなくなっただけで、人によっては顔をしかめるぐらいの腐臭が除去できずにいた。

 ロスの晴れた顔とは対照的に不機嫌になっていたマギソンは、雑多な物をずらして自分の寝床を確保するベルトリウスに向かって恨みがましく愚痴をこぼした。

「お前が変な脅しを聞いたせいで、降りてきて早々に道草を食っちまったじゃねぇか……」
「仕方ねぇだろうが、お前故郷で目立ちたくないんだろ? 何でも力ずくで解決しようってのは考えの足りねぇアホの考え方だぜ」
「……あのじじいは気に食わねぇ」

 マギソンは足止めされた上に農事まで押し付けてきたロスに腹を立てていた。元は兵士だったというロスからカイキョウの現状を聞き出そうとベルトリウスに説得され、仕方なくこの家に留まることにしたが……マギソンはああいった高圧的な輩が大嫌いだった。今みたいに制限のある旅でなければ、いがみ合いになった時点で殴り倒してるところだ。
 無意識のうちに眉間に力を込めていると、こちらに視線を向けていたベルトリウスが小さく笑っていた。

「お前ここにいる間はその態度を続けてくれよ。俺の経験上、二人組のうち一方の印象が悪いともう一方は相対的に良く見られるんだ。俺がお行儀のいい子になって色々聞き出してきてやっから、そっちは憎まれ役にてっしな」
「……なんだそりゃ。そんな論理、聞いたことがねぇ……」
「経験上つったろ。みんながみんな、俺やお前みたいにひねくれた人間じゃないってことさ」

 そこで会話が止み、しばらく無言が続いた後に掛布を手にしたロスが納屋に戻ってきた。

「少し薄手だが、まだ凍死するほど冷え込まないし大丈夫だろう。飯の準備も整った。ぼちぼち家に来てくれ」
「分かりました、ありがとうございます」

 確かにやや薄めの掛布を数枚受け取ると、ロスはまた納屋から出ていった。
 ベルトリウスはもらった掛布をぐるぐると巻き取って玉状に丸め、マギソンに向かって下からすくうように投げ渡した。

「全部使っちまっていいぞ。俺は寒さとか感じねぇからな」

 マギソンは受け止めた柔らかな大布の塊をほどきながら横手に置いた。その間にベルトリウスは入口の戸に手を掛けて母屋おもやに向かおうとしていたので、マギソンも腰を上げて後に続いた。
 一家が住まう家屋に足を踏み入れると、出来立ての食事の温かな香りが二人を迎えてくれた。食卓に並んでいたのは蒸した芋を潰したものと具のないスープだけだったが、突然現れたよそ者にも惜しみなく与えられるほどの備蓄があるのなら、僻地の一軒家にしては上等な暮らしだ。
 ベルトリウスとマギソンはそれぞれ空いている椅子に座った。ちょうど妻子と向かい合う席で、彼女たちは目の前の来訪者を視界に入れないように意図して視線をそむけていた。

「豪華な料理でなくてすまないな、何せ冬前だからな。あまり蓄えを減らしたくない」
「寝る場所も提供してもらってますし、充分過ぎるほどですよ」
「そう言ってもらえるとありがたい。では……食前の祈りをしよう」

 一家は手を取り合った。角席のロスは妻のリアーナと。リアーナはロスと、娘のリリアと。
 ロスはもう一方の隣席のベルトリウスにも手のひらを向け、神への祈りに参加することを促した。だがベルトリウスは拒否するように手で突っぱねて制し、ロスの眉間に深いシワを刻ませた。

「すみません、俺達は信仰を持ち合わせていないんです。稼業がアレなもんですから」
「……そうか。まぁ、強要はしない。だが死と隣合わせの仕事だからこそ心のり所を作った方がいい」

 チラリとマギソンのことも一瞥いちべつしてから大人しく一家だけで済ませることにしたロスは、妻子と手を繋いだまま目を閉じて俯き、リアーナとリリアも合わせて顔を伏せた。

「ロトナス、この食事により、あなたのような健全な肉体が得られますように。マルカダス、この生活により、あなたのような廉潔れんけつな精神を得られますように。イーアー」

 ”イーアー”、と妻子も続く。

 イーアーとは神々を称える言葉である。そして、ロトナスとマルカダス……この二柱は兄弟神であり、この世界、”ヴラン”の創造主として伝えられていた。
 力の象徴であるロトナスと、叡智えいちの象徴であるマルカダス。神々を指揮してあらゆる生物を生み出したこの二柱は、地上で最も信仰を集める神であった。


 祈りが終わると、まず家長であるロスから先に食事に手を付けた。彼がちぎったパンを口に含むと、他の者もやっと手を付けることが許された。
 僅かな咀嚼音と皿のこすれる音が静かな室内に響く。味気ない料理を四口、五口飲み込んだところで、ロスが”それにしても……”と話し掛けてきた。

「本当に誰も信じていないのか? 傭兵ならロトナス神をあがめる者は多いだろう」
「ええ。目の前で多くの信奉者が死んでいくのを見ると、どうも祈りが無意味に思えてしまって」
「……信仰は必ずしも生きている間に意味があるものじゃない。天に昇った時、彼らの元で安寧を得るために必要な行為なんだ。毎日欠かさず祈りを捧げていれば、仮に地獄へ送られたとしても神々は我々の声を拾って救い出してくださる」
「この下界がすでに地獄じゃないですか。なのに神様は誰も救いに来ない」

 ベルトリウスの辛辣しんらつな指摘に、何故かマギソンの肩がビクッと揺れた。ロスは自身らの信仰をけなされた気がして顔をしかめた。リアーナとリリアは気配を消して食事に集中し……と、空気がよどみ出した中、ベルトリウスはすぐに得意の困り顔で弁明した。

「全く信用してないわけじゃないんです。ただ……兵士をやっていたあなたには分かってもらえると思いますが、昨日まで笑いながら同じ釜の飯を食べてた人間が、次の日には酷い顔をして死んでるんです。少しは……疑いたくもなりますよ」
「……ああ、分かるよ」

 ロスは食事を取る手を休め、現役時代の記憶に思いをせた。脳裏に浮かぶ戦友の散り様……ベルトリウスの言う通り、安らかな死を迎えられた者など一握りもいない。
 自分がこうして戦場から生きて帰ってこられたのは日々の祈りのたまものだった。とんでもない幸運だ。だからこそ、一層の感謝をもって神に接してきたつもりだったが……一兵卒としては、隣に座る傭兵の言い分も痛いほどに理解できた。きっと彼らもつらい経験をしてきたのだろう。昼間に言い合いになったマギソンにさえ、ロスは哀れみの目を向けた。
 ベルトリウスは食べ進めていた手を止め、控えめな態度で伺いを立てた。

「よければ兵士時代のお話を聞かせてくれませんか? 戦場に身を置く者として、年長者の活躍が気になるもので」
「ああ、いいぞ。特に面白みのある話じゃないかもしれんがな……」

 ロスは穏やかに微笑み、過去の思い出をポツポツと語り出した。張り詰めた空間はいつしか和やかな空気に包まれていた。
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