そして、腐蝕は地獄に――

ヰ島シマ

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第二章 帰郷

26.侵略者

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 ロスは様々な話をしてくれた。
 十五歳で国の警備隊に入ったこと。十八歳でリアーナと結婚し、翌年に長男が生まれたこと。前半はそういった個人的な内容で、ベルトリウスは欠伸あくびを噛み殺しながら聞いていた。
 リアーナとリリアは全員の食事が終わると後片付けのために席を立ち、マギソンもいつの間にか消えていた。こうして食卓に残ったのはロスとベルトリウスだけになっていた……。


 有益と思わしき話が展開されたのは、彼が物語の中で三十代に突入した頃だった。
 今から十二年前、ある日何の前触れもなく北部の町がユージャムルに占領されたと言う。カイキョウは四つの国に囲まれた内陸国である上に、ユージャムルとは大海で隔たれていたために侵攻の予測が付かなかった。順当に考えれば、北に位置する国がユージャムルの手引きをしたことになるが……驚いたことに、当時の生存者の話では突然町の真ん中に、まさにに、向こうの一部隊が出現して殺戮を始めたのだと言う。

「今思えば、あれは何かの魔術だったんだろうな。事前に報告を受けてから突撃したユージャムルの宿営地で、行ってみるともぬけの殻だったなんてことが何度かあった。そして不意を突かれてこっちが壊滅、ってのもな。……俺の息子も、十八になって配属されたばかりだったのに死んじまったよ」

 ロスはこらえきれずに目頭を押さえて俯いた。しばらくして上げられた顔には所々に赤みが差していて、ベルトリウスは”早く続きを語れ”と催促したい気持ちを抑え、なんとか同情するような表情を浮かべた。

「……北の町が押さえられてから二年も経たずにカイキョウは降伏した。戦部隊は解体され、俺達兵士は浅ましくもユージャムルに忠誠を誓って軍に残るか、誇りを取って除隊し、農奴となるかの選択を迫られた。俺は……後者を選んだ。奴らは王を始め、領主や魔術師、上級階級の兵士を問答無用で処刑したんだが、どうしてか平民の弾圧は緩くてな。死んだ各地の領主の後釜には本国から派遣された者が座り、こうしてカイキョウ国は”カイキョウ地方”として完全にユージャムルの一部となったのさ。だが正直、敗戦前と今を比べても平民の暮らしが変わったようには思えないな。降伏した直後は自国を滅茶苦茶にされると怯えたもんだが、蓋を開けてみれば奴ら、前領主のやり方をそのまま引き継いでるだけだ。首がすげ替わっただけで、下は何も変わらないのさ。俺としては息子のこともあるし、色々と思うところはあるが……うん……ユージャムルについてはこんなとこだな。随分ずいぶんと長いこと話しちまったが、どうだ。やっぱりつまらなかっただろう?」

 ロスは自嘲気味に笑った。食事の途中から始まった昔語りは、かれこれ一時間は続いただろうか? 見ず知らずの青年に頼まれて振り返りだした当時の思い出も、気付けば自ら熱を込めて弁を振るっていた。家族以外と顔を合わせることのない暮らしの中で、全くの他人というのは思いのほか気楽に会話できるものだ。家族だからこそ見せたくない一面も、明日、明後日に消える人間になら明かしても問題ないと思ってしまう。
 堅物の自覚があるロスにとって、ベルトリウスの主張のない相槌あいづちは実に噛み合いの良いものだった。まきの節約のために途中で消した暖炉の冷め具合が己の長話を際立たせるようで決まりが悪かったが、聞き手の方は全く気にしていない様子だった。

「大変興味深かったです。ユージャムル……いつ戦場で会うか分かりませんからね。よかったら明日もお話を聞かせてください」
「俺は構わないが……お前も変わった奴だな。こんな年寄りの昔話を進んで聞きたがるとは……」

 二人はどちらからともなく椅子から立ち上がった。軽い別れの挨拶を交え、納屋に向かおうとベルトリウスが家の戸に手を掛けた時だった。包帯の巻かれた後ろ姿をテーブル前で見送っていたロスが、思い付いたように呟いた。

「そういえば、お前の連れ……どこかで見た顔だと思ってたんだ。北方の警備に召集された時にな、とある領主様が下級の兵士の間で話題になってたんだよ。その方は若い頃に、元当主であった父君と遠征へ出向かれたんだが、留守中にご家族を亡くされてな。屋敷が火事になり、住み込みの使用人ごと実の母君と弟君のお二人を失われたそうだ。ただその火事ってのが、どうも仲の悪かった上の弟君の仕業じゃないかって当時の領民の間で噂が広まってたらしくてな。ユージャムルに併合された後、何故か処罰をまぬがれ生き残った唯一のカイキョウ出身の領主様なんだが……」

 ロスは勘ぐるような視線をベルトリウスの背中に向けた。たった今まで親しみを持って接していた両者の間に、どこから入り込んだのか外気のひんやりとした空気が一筋流れる。見てくれこそ怪しいが、明るく感じの良い青年……そう思っていたのに、こうして顔を背けて立ち止まっているだけで、彼はロスの心を強くざわつかせた。
 兵士だった時に嫌というほど突き刺さった感覚……この場に流れる冷気の正体はまさしく”敵意”だった。

 早まる鼓動はその一言を口にしてはいけないと警告しているが、もう喉元を越えてきてしまっていた言葉はロスの意に反して飛び出してしまった。

「そっくりだよ、お前の連れ……血の繋がった兄弟みたいだ」

 まるで時が止められたかのような一瞬の間の後……ベルトリウスは戸に手を掛けたまま、素知らぬ顔で振り向いて笑った。

「十年以上も前に見た人でしょう? 顔なんかうろ覚えでしょうし、きっと勘違いですよ」
「……そうだな。変なことを言っちまった」
「いえ……しかし他人の空似とは面白い。何て仰るんですか? その領主様」

 ニッと上げられた口元を見て、ロスは正直に答えていいものか迷った。この件に関しては何故だか罪悪感が芽生えてしまう。ただの世間話のはずが、邪悪な魔物に魂を売っている気分だった。

 光源もないのにどこからか明かりを吸収して怪しく輝く紫瞳しどうに魅せられ、ロスは肌を粟立あわだたせながらその名を口にした。

「……ラスダニア・ダストンガルズ様だ」

 ベルトリウスは”どうも”と歯を見せて笑うと、今度こそ母屋を出て納屋に帰った。
 ロスは戸にかんぬきを掛けて自分のベッドに潜った。睡魔がやって来るまでの間、包帯の隙間から覗くあの細められた目の形が頭から離れなかった。





 ……納屋へ戻ったベルトリウスは、藁山の上で掛布にくるまって寝息を立てるマギソンを尻目に、自分の寝床に座ってロスから貰った地図の写しを眺めた。
 ロスによると現在滞在しているこの一軒家は、目的地であるイウロウ地方とは隣り合った地方に所属しているらしい。地図で確認してみると、マギソンの故郷……イユロウの中心都市”オーレン”は、この地からおよそ一週間程度歩き詰めで移動した先にあるようだ。
 今手元にある情報といえば、マギソンの兄は存命で、つイユロウを統治している現領主であるということ……。父親に関しては依然不明なままだが、人けがなく整地もされていないこの場所で一つでも収穫があっただけ運が良いと考えるべきだ。
 明日、ロスからまた実りある話を聞けることを願いながら、ベルトリウスは手元の地図の内容を頭の中に叩き込んだ。

 そして一夜明け……納屋の戸をドンドンドンッと、やかましいほどに叩いて朝食の知らせを持ってきてくれたロスに感謝の言葉を告げると、ベルトリウスは未だ眠りこくっているマギソンを足でつついて起こした。
 歳のせいか年々疲れが取れにくくなっている体はどれだけ休んでも筋肉の悲鳴が止まないようで、うなりながら上体を起き上がらせたマギソンは、顔に暗い影を落として目元を揉みほぐしながら俯いた。

「……もう朝か……夢も見なかった……最悪だ……寝足りねぇ……」
「疲れすぎってやつ? 労働最高じゃん。どうせろくな夢を見ねぇんだから、うなされるよりかよっぽどいいぜ」
「うるせぇ……俺は……今日は何もしねぇからな……」
「俺じゃなくてあのオヤジに言えよ」

 こちらが言い終える前にマギソンは再度横になってしまった。朝食の有無を尋ねても背を向けたままで返事が来ないので、ベルトリウスは諦めて一人で納屋を出た。
 すでに席についている一家に挨拶をしてから昨晩と同じ椅子に座ると、片眉をつり上げたロスが空白の席をチラリと見て言った。

「お連れさんは?」
「体を痛めたらしくって、今日は休みたいそうです」
「……ふむ、そうか」

 ロスは顔をしかめて目を細め、全開になっていた木窓から離れの納屋を見つめた。
 勝手に泊まれと言ったり、勝手に仕事を押し付けたり……マギソンを責めることができないほどロスも大概勝手な人間だろうと内心呆れながら、ベルトリウスはびを売るために調子のいい台詞を口にする。

「まあまあ、俺が二人分頑張りますから。今日のところは寝かせてやってください」
「そうか、なら遠慮せず頼むぞ! 食べ終えたらすぐに作業開始だ!」
「ははは……」

 一気ににこやかになったロスに苦笑いを漏らしつつ、ベルトリウスは一家と共にさっさと食事を済ませた。
 畑に入る前に道具を取りに納屋に入ると正面の藁山で横になるマギソンが嫌でも目に留まったので、ベルトリウスは不機嫌を露わにするロスの背をグイグイと押して、足早に納屋を後にした。
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