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4.寝るときは全裸派
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「ここがランスロットの家か……」
「散らかってるけど、文句言うなよ」
俺は扉を開いて家の中に入っていった。床には飲み終わった酒瓶が散乱し、テーブルには飲みかけの酒の入ったグラスが放置されている。脱いだ服はそのままで、食器も洗われずに流しに積まれたままだ。
「随分と……荒んでいるな」
「文句言うなって言っただろ」
「酒に溺れるのは良くないぞ」
マーリンは床に落ちている瓶を拾い上げた。
「そこに座っていろ。俺が掃除をする」
そう宣言して、マーリンは瓶を片づけ、ゴミを集めて捨て、食器を洗い、服を洗濯し、さらには夕飯まで用意し始めた。
「掃除だけじゃねえじゃねえか!」
「すまない。つい世話を焼きたくなってしまった」
マーリンはテーブルの上で倒れていた写真立てを元に戻した。あいつの写真だ。俺がこんな荒れ果てた生活を送っているのも、あいつがいなくなったからだということを、マーリンはとっくに見抜いているようだった。
「夕飯にしよう」
マーリンは自分の家であるかのようにテーブルに皿を並べ、席に着いた。
「これは、怪魚のパエリア。これは、魔物肉の炒め物。これは、野菜スープだ」
「豪華な食事だな……」
「お前に栄養を摂らせたくて……ランスロットは華奢だからな」
「俺が華奢って……お前の目は節穴か? 俺もお前ほどじゃねえけど、相当鍛えてる方だぞ」
「ほう……」
マーリンは興味津々で、俺の腕や胸をペタペタと触った。
「触んな」
「なるほど、着痩せするタイプなんだな。俺の筋肉も触るか?」
マーリンは俺の手を掴んで、自分の胸筋を触らせた。固くて大きな胸の奥で、心臓が鳴っているのを感じる。
俺はしばらくその温かな胸に触れていたが、ふと我に返った。
「いい歳した男がお互いの筋肉触り合って何が楽しいんだよ!!」
「何を怒ってるんだ。栄養不足か? 食え」
マーリンがスプーンでパエリアをすくって差し出した。
俺は無視して自分のスプーンでパエリアをすくった。
「いただきます」
口に入れると、魚介の香りがふわりと鼻に抜けた。
「美味いか?」
「うん。お前、料理上手いんだな」
マーリンは行き場をなくしたスプーンを自分の口に運んだ。
「……誰かと一緒に摂る食事は一段と美味く感じるものだ」
「そうか……それもそうだな」
俺はあいつと旅をしながら一緒に食事をしたことを思い出した。まあ、主人のための毒見も兼ねていたのだが……それでも、2人で食べる飯は美味かった。
俺は久々に、腹一杯飯を食った。マーリンはそんな俺を満足そうに眺めていた。
「飯食ったら眠くなってきたな……」
「そうだな。今日はもう休むとするか」
「じゃあ、来い。寝室に案内してやる」
俺が寝室に入り、マーリンの方を振り返ると、マーリンが何故か全裸で立っていた。
「な、ななななんで服着てねえんだよ!!」
「俺は寝るときは全裸派だ」
「知らねえよ!! せめて下は履け!!」
「分かった……」
マーリンはズボンを履くと、俺のベッドに勝手に寝転がった。
「ランスロットの匂いがする」
「気持ち悪いこと言うな。というか、お前がそこで寝たら、俺はどこで寝れば良いんだよ。お前は床で寝ろ」
「俺の隣で寝れば良いだろう」
「隣……」
俺はベッドにギシリと乗り、横になってみた。マーリンの整った顔が目の前に来て、俺は目を逸らした。男2人で寝るには、このベッドは狭すぎる。
「やっぱり、お前、床で寝ろ」
「断る」
マーリンは俺の身体に腕を回してがっちりホールドした。
「やめろ!! 分かった! 俺が床で寝るから!!」
俺は暴れて抵抗したが、マーリンは離してくれない。俺の力じゃ、到底マーリンの筋肉に敵わないということは目に見えていた。俺はやがて諦めてマーリンに身を委ねた。マーリンは慈愛の籠もった眼差しで俺を見つめ、俺の額に優しくキスをした。
こいつ、俺のことをペットの小動物か何かだと思ってないか?
俺は納得できないまま、目を閉じ、眠りについた。
……気がつくと、俺は真っ白な霧に包まれた広い空間に立っていた。
すぐに、これは夢だなと思い当たった。
俺は特にやることもないので、あてもなく歩き始めた。しばらく歩いていると、大きな石造りの橋が現れた。俺がそこを渡ろうとしていると、向こうから人影がやってくるのが見えた。目を凝らしてみると、それは、マントを纏った金髪の男だった。
「よっ、ランスロット。久しぶりだな」
彼は眩しいほどの笑顔でそう言った。
「あ……」
鮮やかな金色の瞳。俺より頭ひとつ分高い背と、程よく鍛えられた筋肉は、俺の憧れそのもの。
あいつだ。
落ち着け。これは、夢だ。
「久しぶり」
俺はぎこちなく手を上げた。
彼は俺の元にやってくると、橋の欄干に寄りかかり、俺に話しかけてきた。
「最近、どうだ? 元気にしてたか?」
「まあ、うん。元気だったよ」
仕事もせず酒ばかり飲んでいた俺に、元気なんて1ミリもなかったのだが、そんなこと言えるはずもなくて嘘を吐いた。
「良かった。俺がいなくなって、ランスロットが寂しい思いをしてるんじゃないかと思って」
本当は寂しかった。恋しくて、会いたくてたまらなかった。
「俺……お前に謝らないといけないことがある」
「なんだよ、ランスロット。急に改まって」
「俺はお前のために生涯を捧げるつもりでいた。それなのに……」
「新しい主人ができたんだな」
彼は優しい声で言って微笑んだ。
「ランスロット。俺がいなくなった後まで、俺に縛られる必要なんかないよ」
「だけど……」
「幸せになれって言っただろ」
そう言う彼は、以前と変わらずキラキラと輝いて見えた。
「あのさ……俺、本当はお前のことが……」
俺がそう言いかけたとき、後ろから
「ランスロット!」
と呼ぶ低い声がした。
見ると、そこには背の高い男が立っていた。
「マーリン……」
「誰と話してるんだ?」
マーリンの問いかけに、俺はハッとして振り返った。そこにはもう、彼の姿はなかった。俺は彼の残り香に向かって呟いた。
「ごめん……本当にごめん」
お前は『俺に縛られる必要なんかない』って言ってくれたけど、俺は復讐のためにマーリンの騎士になってしまった。
「もう引き返せねえよ……」
目が覚めると、マーリンが俺の隣で寝そべったまま、俺の涙を指で拭っていた。
「やはり……忘れられないのだな」
マーリンは切なげな表情で言った。
「散らかってるけど、文句言うなよ」
俺は扉を開いて家の中に入っていった。床には飲み終わった酒瓶が散乱し、テーブルには飲みかけの酒の入ったグラスが放置されている。脱いだ服はそのままで、食器も洗われずに流しに積まれたままだ。
「随分と……荒んでいるな」
「文句言うなって言っただろ」
「酒に溺れるのは良くないぞ」
マーリンは床に落ちている瓶を拾い上げた。
「そこに座っていろ。俺が掃除をする」
そう宣言して、マーリンは瓶を片づけ、ゴミを集めて捨て、食器を洗い、服を洗濯し、さらには夕飯まで用意し始めた。
「掃除だけじゃねえじゃねえか!」
「すまない。つい世話を焼きたくなってしまった」
マーリンはテーブルの上で倒れていた写真立てを元に戻した。あいつの写真だ。俺がこんな荒れ果てた生活を送っているのも、あいつがいなくなったからだということを、マーリンはとっくに見抜いているようだった。
「夕飯にしよう」
マーリンは自分の家であるかのようにテーブルに皿を並べ、席に着いた。
「これは、怪魚のパエリア。これは、魔物肉の炒め物。これは、野菜スープだ」
「豪華な食事だな……」
「お前に栄養を摂らせたくて……ランスロットは華奢だからな」
「俺が華奢って……お前の目は節穴か? 俺もお前ほどじゃねえけど、相当鍛えてる方だぞ」
「ほう……」
マーリンは興味津々で、俺の腕や胸をペタペタと触った。
「触んな」
「なるほど、着痩せするタイプなんだな。俺の筋肉も触るか?」
マーリンは俺の手を掴んで、自分の胸筋を触らせた。固くて大きな胸の奥で、心臓が鳴っているのを感じる。
俺はしばらくその温かな胸に触れていたが、ふと我に返った。
「いい歳した男がお互いの筋肉触り合って何が楽しいんだよ!!」
「何を怒ってるんだ。栄養不足か? 食え」
マーリンがスプーンでパエリアをすくって差し出した。
俺は無視して自分のスプーンでパエリアをすくった。
「いただきます」
口に入れると、魚介の香りがふわりと鼻に抜けた。
「美味いか?」
「うん。お前、料理上手いんだな」
マーリンは行き場をなくしたスプーンを自分の口に運んだ。
「……誰かと一緒に摂る食事は一段と美味く感じるものだ」
「そうか……それもそうだな」
俺はあいつと旅をしながら一緒に食事をしたことを思い出した。まあ、主人のための毒見も兼ねていたのだが……それでも、2人で食べる飯は美味かった。
俺は久々に、腹一杯飯を食った。マーリンはそんな俺を満足そうに眺めていた。
「飯食ったら眠くなってきたな……」
「そうだな。今日はもう休むとするか」
「じゃあ、来い。寝室に案内してやる」
俺が寝室に入り、マーリンの方を振り返ると、マーリンが何故か全裸で立っていた。
「な、ななななんで服着てねえんだよ!!」
「俺は寝るときは全裸派だ」
「知らねえよ!! せめて下は履け!!」
「分かった……」
マーリンはズボンを履くと、俺のベッドに勝手に寝転がった。
「ランスロットの匂いがする」
「気持ち悪いこと言うな。というか、お前がそこで寝たら、俺はどこで寝れば良いんだよ。お前は床で寝ろ」
「俺の隣で寝れば良いだろう」
「隣……」
俺はベッドにギシリと乗り、横になってみた。マーリンの整った顔が目の前に来て、俺は目を逸らした。男2人で寝るには、このベッドは狭すぎる。
「やっぱり、お前、床で寝ろ」
「断る」
マーリンは俺の身体に腕を回してがっちりホールドした。
「やめろ!! 分かった! 俺が床で寝るから!!」
俺は暴れて抵抗したが、マーリンは離してくれない。俺の力じゃ、到底マーリンの筋肉に敵わないということは目に見えていた。俺はやがて諦めてマーリンに身を委ねた。マーリンは慈愛の籠もった眼差しで俺を見つめ、俺の額に優しくキスをした。
こいつ、俺のことをペットの小動物か何かだと思ってないか?
俺は納得できないまま、目を閉じ、眠りについた。
……気がつくと、俺は真っ白な霧に包まれた広い空間に立っていた。
すぐに、これは夢だなと思い当たった。
俺は特にやることもないので、あてもなく歩き始めた。しばらく歩いていると、大きな石造りの橋が現れた。俺がそこを渡ろうとしていると、向こうから人影がやってくるのが見えた。目を凝らしてみると、それは、マントを纏った金髪の男だった。
「よっ、ランスロット。久しぶりだな」
彼は眩しいほどの笑顔でそう言った。
「あ……」
鮮やかな金色の瞳。俺より頭ひとつ分高い背と、程よく鍛えられた筋肉は、俺の憧れそのもの。
あいつだ。
落ち着け。これは、夢だ。
「久しぶり」
俺はぎこちなく手を上げた。
彼は俺の元にやってくると、橋の欄干に寄りかかり、俺に話しかけてきた。
「最近、どうだ? 元気にしてたか?」
「まあ、うん。元気だったよ」
仕事もせず酒ばかり飲んでいた俺に、元気なんて1ミリもなかったのだが、そんなこと言えるはずもなくて嘘を吐いた。
「良かった。俺がいなくなって、ランスロットが寂しい思いをしてるんじゃないかと思って」
本当は寂しかった。恋しくて、会いたくてたまらなかった。
「俺……お前に謝らないといけないことがある」
「なんだよ、ランスロット。急に改まって」
「俺はお前のために生涯を捧げるつもりでいた。それなのに……」
「新しい主人ができたんだな」
彼は優しい声で言って微笑んだ。
「ランスロット。俺がいなくなった後まで、俺に縛られる必要なんかないよ」
「だけど……」
「幸せになれって言っただろ」
そう言う彼は、以前と変わらずキラキラと輝いて見えた。
「あのさ……俺、本当はお前のことが……」
俺がそう言いかけたとき、後ろから
「ランスロット!」
と呼ぶ低い声がした。
見ると、そこには背の高い男が立っていた。
「マーリン……」
「誰と話してるんだ?」
マーリンの問いかけに、俺はハッとして振り返った。そこにはもう、彼の姿はなかった。俺は彼の残り香に向かって呟いた。
「ごめん……本当にごめん」
お前は『俺に縛られる必要なんかない』って言ってくれたけど、俺は復讐のためにマーリンの騎士になってしまった。
「もう引き返せねえよ……」
目が覚めると、マーリンが俺の隣で寝そべったまま、俺の涙を指で拭っていた。
「やはり……忘れられないのだな」
マーリンは切なげな表情で言った。
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