闇堕ち騎士と呪われた魔術師

さうす

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5.魔物討伐

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「ランスロット……すまないが、金を貸してくれないか」
「は?」

 カフェで朝食を摂っていると、唐突にマーリンがそんなことを言い出したので、俺は露骨に嫌な顔をして見せた。

「俺は魔王軍を追い出され、仕事も住む場所も失った身。そんな中、お前に会うため、なけなしの金を使って、この国までやって来た。そして、ついに俺は無一文になってしまった。……というわけで、朝食代を貸してくれ。あとで返す」
「騎士に金をせびる主人がいるか! 俺だって、しばらく城に出仕してなかったから、今は貯金を崩して生活してるんだぞ」

 俺が怒っているというのに、マーリンは何やら満足げな顔をしている。それが俺は余計に気に入らなくて、

「何だよ、その顔。喧嘩売ってんのか?」

とマーリンを睨んだ。

「いや……。ランスロットが、俺を主人だと思ってくれていたことが嬉しくて」
「当たり前だろ。今更何言ってんだ?」

 俺が首を傾げると、マーリンはますます満足そうな顔をした。俺は腑に落ちないまま、財布から紙幣を出した。

「仕方ねえから、朝食代はとりあえず俺が出すけど、これで俺たちの直近の課題が浮上したな。これから魔王を殺しに行くには、圧倒的に資金が足りねえ」
「そうだな……。どうする。ハローワークに行くか?」
「駄目だ。お前、忘れたのか? 昨日、俺たちは城に乗り込んで、めでたくこの国のブラックリスト入りを果たしたんだぞ。もはや俺たちにこの国で普通の仕事に就くのは不可能だ」
「だが、金は必要になるぞ」
「もっと手っ取り早く大金を稼げる方法がある」
「何だ?」
「魔物討伐だ」

 俺はポケットからチラシを取り出してテーブルに広げた。チラシには、おぞましい魔物の絵と、賞金1億の文字。

「この最高ランクの魔物を倒せば賞金は1億。もう少しランクの低い魔物でも、地道に倒していけば1000万くらいは稼げるだろうな」
「なるほど。魔王軍の遺物である魔物は忌み嫌われているから、賞金額もその分高いというわけか。……肉を焼いて食えば、美味いのにな。この国のヤツらは損してると思うぞ、俺は」
「まあな……」

 確かに、昨日食った魔物肉の炒め物は美味かった。

「魔物討伐に行くのは賛成だが、お前は魔物がどこに多いか知っているのか?」
「えっ……。畑とか森とかじゃねえか?」
「ランスロット……。魔物はイノシシではないんだぞ。魔物というのは、魔術師による操作がされていない野生状態の場合、闇の気が多いところを好む習性がある。スラムや懺悔室なんかに出没することが多い」
「そうなのか……? 勇者像の周りは活気ある街だが、しょっちゅう魔物が出てきたぞ?」
「それはランスロットの放つ闇の気に誘われてやってきてるんだ。下級の魔物ほど、人間に対する警戒心が薄く、闇の気に誘われやすい」
「俺に魔物が寄ってきてたって言うのかよ……」

 俺は勇者像を穢す魔物が大嫌いだったが、本当の意味で穢していたのは、俺の心だったらしい。そう思うと胸がぎゅっと痛んだ。

「そう落ち込むな。お前に魔物が寄ってくるということは、その分魔物が見つかりやすくなり、魔物討伐も楽になるということだ。とりあえず、教会に行ってみよう。あそこには、貧しい人々や罪を懺悔したい人々が救いを求めて訪れる。魔物も出没しやすいはずだ」

 俺たちはカフェを出て、近くの教会に向かった。
 人智を超えた人間である魔術師を怖がるくせに、人智を超えた神には縋るのだから、おかしな話だ。だからこそ、魔術師の中には、魔術師だということを隠して、神父やシスターになるヤツも多いらしい。

「この近くで張り込みをしてみるか」

 教会は、純白の外観をしていて、清らかな雰囲気に思える。本当にこんな綺麗なところに魔物が寄りつくのだろうか。
 俺たちは植え込みの陰から教会を静かに覗き込んだ。
 人の気配はなく、魔物が現れそうな様子もない……。

「貴様ら、コソコソと何をしている」

 後ろから囁く声がして、俺たちはハッとして振り返った。
 そこには、ナイフを手にした人間が立っていた。ベールと修道服を身につけているから、おそらくシスターなのだろうが……。

「妙な真似したら、殺すぞ」

 いや、それにしては、殺気がすごすぎる。
 それに、こいつ、全く気配がしなかった。並の人間じゃない。

「すまない。怪しい者ではない。俺はマーリン。彼は騎士のランスロットだ」
「ランスロット……。あの、伝説の騎士ランスロットか?」
「そうだ。すごいだろう」

 なぜかマーリンが得意げに胸を張る。

「ランスロットは、主人である勇者を失い、落ちぶれたと噂で聞いた。ひょっとして、救いを求めにここへ……?」
「あー……まあ、そんなところだ」

 正直に「ここが魔物の巣窟かもしれないと思って金目当てで来ました」と言うのも気が引けて、俺たちは適当に誤魔化した。

「なんだ。そういうことなら、隠れていないで、素直にそう言ってくれれば良い。うっかり貴様らを殺すところだった」

 うっかりで人を殺すシスターってどうなんだ……?

「私はここのシスターだ」
「名は?」
「ない。私は物心ついたときから、数年前まで、暗殺者をしていたからな。魔術師の孤児がこの国で生きるには、裏社会に足を突っ込むか、魔王軍に仕えるかしか、生きる道がなかった。だが、今は足を洗って神に仕える身だ。安心しろ」

 全然安心できねえんだけど。

「貴様も魔術師だろう? 魔術師と騎士が一緒にいるとは、珍しい組み合わせだな。それに、不思議なのは……マーリン、貴様の魂の様子だ。ランスロットの黒い魂に惹き寄せられ、まるで、ランスロットのことが好……」
「黙れ」

 マーリンはシスターのほっぺたをむぎゅっと摘んだ。シスターは満足そうにニヤリと笑った。

「ほうほう。なるほど、なるほど。せっかくだから、貴様も祈りを捧げて行け。貴様の淡い想いが実りますように、なんてな」

 マーリンは不機嫌そうな顔をしながら、シスターの後について、教会の中に入っていった。俺もその後に続いて教会に足を踏み入れる。
 教会はステンドグラスから光が射し込み、まさに神々しい輝きを放っていた。
 シスターは振り返って、俺に言った。

「先に言っておくが、ランスロット。貴様の魂は黒く染まりすぎている。少し懺悔や祈りを捧げたところで、元には戻らないだろう」

 俺は、正直なところ、それでも構わない、むしろその方が良いと思っていた。マーリンの騎士になった時点で、俺は必ず復讐を遂げると誓っていたからだ。成り行きで教会の中まで来てしまったが、本心ではさっさと帰りたいとすら感じていた。

「シスター!」

 突然、若い女性が教会の中に駆け込んできた。

「私の息子が熱を出してしまって、死にそうなんです!! どうかお助けください!!」
「分かった。今、行く」

 シスターは聖書とロザリオを手にして、女性の元へ駆け寄っていった。

「貴様らは、少しここで待っていろ。すぐ戻る」

 そう言い残し、シスターは女性とともに教会の外に出て行った。

「おそらく、シスターは回復術師だな」
「怪我や病気を治せるってことか」

 俺が感心していると、マーリンはそれが気に入らないらしく、

「俺は回復術師ではないが、もっと強力な魔法が使えた」

とシスターと張り合い出した。

「でも、お前、今は呪われて使えねえんだから、意味ねえじゃん」

 俺の指摘に、マーリンはむすっとした顔をした。

「ごめん、拗ねるなよ」
「拗ねてなどいない」

 マーリンはぷいっとそっぽを向いた。いや、どう考えても拗ねてる。

「ごめんって言ってるだろ」

 俺はマーリンの顔を下から覗き込んで見上げた。マーリンはしばらく無言でいたが、俺の目を見ると、はあと溜め息を吐いた。

「可愛いから許す」
「何だそれ」
「無自覚か? お前は恐ろしいヤツだな」

 俺がマーリンの真意を理解できずにいると、後ろからガサッと音が聞こえた。
 振り返ると、そこには巨大な生き物がいた。
 ダンゴムシのように細い足がたくさん生えていて、蜘蛛のように目玉がたくさんついていて、色はゴキブリのようで、蟻のような触角が生えていて、蝉のような羽が何枚もついた……虫のような生き物だった。口にはひだのようなものがついていて、涎をだらだらと流している。

「魔物だな」

 マーリンは冷静に言った。

「ランスロット。剣で仕留めろ」

 俺は黙って魔物を見つめた。
 魔物が足をサワサワと動かして少し前に進んだ。
 俺はビクッとして、マーリンの後ろに隠れた。

「ランスロット? どうした」
「お前が殺れ……!」
「……?」

 マーリンは首を傾げていたが、ふとハッとした表情になった。

「お前……虫が苦手なのか」
「に、苦手じゃねえ!! 俺は騎士だぞ! 虫が怖くてやってられるか!!」

 俺は剣を抜いて、魔物と対峙した。
 魔物が足をサワサワ動かして迫ってくる。

「クソがあああああっ!!」

 俺は思い切って魔物の顔に剣を突き刺した。
 ビシャッと体液が散る。
 魔物は口から糸のようなものを吐き出した。
 その糸に足を取られ、俺は尻餅をついた。
 その瞬間、魔物は糸をシュルッと口の中に引っ込めた。俺の足は引きずられて魔物の口の中に吸い込まれていった。
 魔物のぬるぬるした体液と涎にまみれ、目の前にたくさんの目玉と細い足が迫り、俺はあまりのおぞましさに気を失いそうになった。

「大丈夫か、ランスロット。苦手なら無理するな」

 マーリンが駆け寄ってくる。

「別に、苦手じゃ……」

 魔物が口をモゴモゴと動かし、俺の足にチュパチュパと吸いついてくる。

「あああああ離せこのゴミムシ!!」
「やっぱり苦手なんじゃないか」

 マーリンは俺が魔物に食われながら涙目で叫んでいるのに、おかしそうに笑っている。ひどいヤツだ。

「魔物に捕食されている様も可愛いな」
「これが可愛い!? お前どういう神経してるんだよ!!」
「助けてほしいか? 仕方ないな……」

 マーリンは杖をブンッと振って、魔物を殴り飛ばした。俺はやっと魔物の口から解放され、大量の唾液とともに床に吐き出された。今日は厄日だ……。
 マーリンは容赦なく魔物の足を素手で引きちぎっていた。よく素手で虫を触れるな、こいつ。
 魔物は羽をばたつかせて、宙に舞った。

「うおおおおおこっちに来るんじゃねえええええ!!」

 俺は慌てて魔物に剣を投げつけた。剣は魔物の目玉に突き刺さり、魔物は床に落下した。
 マーリンが魔物に飛び乗り、羽を毟り取る。そして、目玉に刺さった剣を引き抜き、俺に投げた。俺はその剣を握り、魔物を真っ二つにぶった斬った。
 魔物はしばらく頭と胴体に分かれたままヒクヒクと動いていたが、やがて動かなくなった。

「死んだな」

 マーリンがふうと息を吐く。

「クソッ、服が濡れちまった……」

 俺はベトベトになったマントをぎゅっと絞った。

「マーリン」
「何だ?」
「……助けてくれて、ありがとう」

 俺が少し照れながら言うと、マーリンは眉をひそめた。

「なんで嫌そうな顔するんだよ」
「いや、違うんだ。その……理性を保とうとしていた」
「は?」
「……さて、とりあえず」

 マーリンはそう言いながらローブを脱ぎ、びしょ濡れの俺に自分のローブを被せた。

「この魔物の首を市場で金と引き換えて、それから、水浴びもした方が良いか」
「お前も手洗えよ。虫を触った手で触られるのはごめんだからな」

 俺たちはシスターが帰ってくるのを待たずに、教会を出て、市場に向かった。
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