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7.騎士団長の少女
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「ランスロット様……」
「誰だ? ランスロットの知り合いか?」
マーリンに問われ、俺は頷いた。
「彼女はジャンヌ。今の騎士団長だ」
「ランスロットの後輩か」
「ランスロット様……なぜ、魔術師とともにいるのですか。この死体は一体何ですか。昨日はなぜ城を襲撃などしたのですか」
「あまり質問責めにしないでくれ」
「……皆、言っています。ランスロット様はここ最近おかしくなってしまっていると。一度精神鑑定を受けた方が良いと王子が仰っています。私は貴方を城に連れ戻しに来たのです」
傍から見たら俺はやはりおかしいのか。
「断る」
と言ったのは、俺ではなくマーリンだ。
「勝手にランスロットを病人扱いしないでもらえるか」
「……誰ですか、貴方」
「俺はマーリン。ランスロットの主人だ」
マーリンの言葉に、ジャンヌは怪訝な顔をした。
「ランスロット様は、この魔術師に唆されているのではないですか? もしくは、弱みを握られているとか……。今すぐこの魔術師から離れて城に戻るべきです」
まあ、唆されているというのはあながち間違っていないが……。
「俺は城に戻るつもりはねえ」
「なぜです?」
「魔王を殺しに行くためだ」
「何を仰っているのですか。魔王は死にました。勇者様が命を賭して倒したではないですか」
「魔王は復活されようとしている」
「確かに、騎士団が捕らえた魔王軍の残党たちもそんなことを口にしていました。しかし、そんな戯言を信じておられるのですか? 死者の蘇生なんて、できるはずがない……」
「俺も最初はそう思った。だけど、俺にはどうしてもマーリンが嘘を吐くとは思えない」
「ランスロット様。貴方は魔術師に毒されている」
「そうかもな」
俺は盗賊の死体から剣を引き抜き、血を払った。
「今の貴方は、以前の貴方とは違う。私は以前の貴方が好きでした。勇者様と朗らかに笑い合い、正義を信じて戦う貴方が……」
「ジャンヌ。悪いが、俺はもう引き返すつもりはねえ。魔王を再び殺すためなら、地獄に堕ちても構わないと思ってる」
「そうですか……」
ジャンヌは剣を抜いて、俺に向けた。
「ならば、力ずくで貴方を止めるまでです。これ以上、貴方に問題を起こされては、騎士団としても困りますから」
俺はその剣を黙って見つめた。その剣は迷いを持ち、微かに震えていた。
ジャンヌが剣を振り下ろした。
俺は自分の剣でそれを受け止め、薙ぎ払って、ジャンヌの腹に蹴りを入れた。
「来るなら本気で来いよ。死にたくねえだろ」
ジャンヌは俺を睨みつけ、剣を振りかざした。ジャンヌの剣と俺の剣が激しくぶつかり合った。
「俺を城に連れ戻して、どうするつもりだ? あの性悪王子のことだ。精神鑑定なんて、都合の良い言い方をしちゃいるが、どうせ酷い仕打ちが待ってる」
「やめてください。王子を性悪呼ばわりなんて、不敬罪にあたりますよ」
「そんなの知るか。俺は昔からあの王子が嫌いだった」
「なぜそんなことを仰るのですか」
「あの王子は外面だけは良いから、お前は知らねえだろうが、とんだろくでなしだ」
王子がかつて、あいつと俺にしてきたことを考えれば、城に帰った俺が何をされるかなんて、大方見当がつく。
「王子が貴方にそんな態度をとるのは、貴方が勇者様に一途すぎるからではないですか? 王子はきっと勇者様に嫉妬なさっているのです」
『嫉妬』……それは、そうかもしれない。王子の声が呪いのように俺の頭の中を反響した。
「ランスロット、私は君を愛している」
ジンジンと痛む身体に触れる冷たい指の感触は、今でも鮮明に思い出せる。
「どうであれ俺は王子が嫌いだ。王室の連中も。あいつらは俺を人間だと思ってない。自分たちの所有物だと思ってるんだ。俺が忠誠を誓ったのはただひとり、あいつだけだ。それ以外のヤツらは、大嫌いだ」
ジャンヌの上に跨って剣を首に突きつけた。ジャンヌは息を呑んで、俺を見つめた。
「ランスロット様……」
そう呟くと同時に、ジャンヌの顔が赤く染まった。
「え」
俺は自分の身体に目を落とした。さっき着せてもらったマーリンのローブがはだけて肉体が露わになっていた。動き回ったせいで脱げてきたらしい。
「変態!!」
ジャンヌは俺に思いっきりビンタを食らわせた。
「痛ってえ!! 誤解だ! さっきまで水浴びしてたから……」
「ランスロット様がついに露出狂になってしまわれたなんて……やはり精神に異常が」
「ねえよ!!」
マーリンが俺をひょいっと抱き上げて、ジャンヌから引き離し、ローブの前を閉めた。
「ランスロット……裸を見せるのは俺の前だけにしろと言っただろう」
「言ってねえよ!!」
俺がツッコミを入れていると、そこに、白馬に乗った騎士の男がやってきた。
「ジャンヌ様! 大変です!! 早く城に戻ってきてください!!」
ジャンヌはさっきまでの乙女の顔をキリッと正して騎士の顔つきに戻った。
「どうしましたか」
騎士の男は震える声で叫んだ。
「国王陛下が……暗殺されました!!」
その言葉に、俺もマーリンも目を丸くした。ジャンヌはそれを見て、騎士を咎めた。
「この場には得体の知れない魔術師もいるのですよ。そんなことをあまり大きな声で言うのはやめてください」
「す、すみません……!」
「それは確かな情報なのか」
マーリンが身を乗り出すようにして、騎士に尋ねた。騎士はマーリンから目を逸らそうとしたが、マーリンは騎士に杖を押し当てて迫った。騎士はマーリンのあまりの威圧感に怯えた様子になってこくりと頷いた。
ジャンヌは溜め息を吐き、騎士に問いかけた。
「一体誰がそんなことを?」
「現場には、魔王軍の印が残されていました。魔王軍の生き残りである、6人の魔術師の犯行と見られています」
6人の魔術師……カインが言っていた、魔王復活に関わっているヤツらだ。
「ただ……現場は完全な密室。国王陛下には抵抗した痕跡も見られません。おそらく、城の内部に、魔王軍に加担した裏切り者がいるのだと……」
「分かりました。詳しい事情は城に戻ってから聞きます」
ジャンヌは剣を仕舞って、馬に跨った。
「ランスロット様……また来ます」
ジャンヌと騎士は馬に乗って走り去って行った。取り残されたマーリンは俺に尋ねた。
「魔王軍に加担した裏切り者……お前には、見当がついているんじゃないか?」
「ああ……。王子だろうな。王子が魔王軍に加担して、どんなメリットがあるのかまでは分からない。だが、国王が警戒心を解くのは、実の息子と娘の前でだけだ。王女が魔王軍と同等に渡り合えるほどの度胸の持ち主とは思えない。よって必然的に王子だろう」
「……ランスロット。お前と王子は何か因縁があるようだが、俺が聞いても構わないか?」
「誰だ? ランスロットの知り合いか?」
マーリンに問われ、俺は頷いた。
「彼女はジャンヌ。今の騎士団長だ」
「ランスロットの後輩か」
「ランスロット様……なぜ、魔術師とともにいるのですか。この死体は一体何ですか。昨日はなぜ城を襲撃などしたのですか」
「あまり質問責めにしないでくれ」
「……皆、言っています。ランスロット様はここ最近おかしくなってしまっていると。一度精神鑑定を受けた方が良いと王子が仰っています。私は貴方を城に連れ戻しに来たのです」
傍から見たら俺はやはりおかしいのか。
「断る」
と言ったのは、俺ではなくマーリンだ。
「勝手にランスロットを病人扱いしないでもらえるか」
「……誰ですか、貴方」
「俺はマーリン。ランスロットの主人だ」
マーリンの言葉に、ジャンヌは怪訝な顔をした。
「ランスロット様は、この魔術師に唆されているのではないですか? もしくは、弱みを握られているとか……。今すぐこの魔術師から離れて城に戻るべきです」
まあ、唆されているというのはあながち間違っていないが……。
「俺は城に戻るつもりはねえ」
「なぜです?」
「魔王を殺しに行くためだ」
「何を仰っているのですか。魔王は死にました。勇者様が命を賭して倒したではないですか」
「魔王は復活されようとしている」
「確かに、騎士団が捕らえた魔王軍の残党たちもそんなことを口にしていました。しかし、そんな戯言を信じておられるのですか? 死者の蘇生なんて、できるはずがない……」
「俺も最初はそう思った。だけど、俺にはどうしてもマーリンが嘘を吐くとは思えない」
「ランスロット様。貴方は魔術師に毒されている」
「そうかもな」
俺は盗賊の死体から剣を引き抜き、血を払った。
「今の貴方は、以前の貴方とは違う。私は以前の貴方が好きでした。勇者様と朗らかに笑い合い、正義を信じて戦う貴方が……」
「ジャンヌ。悪いが、俺はもう引き返すつもりはねえ。魔王を再び殺すためなら、地獄に堕ちても構わないと思ってる」
「そうですか……」
ジャンヌは剣を抜いて、俺に向けた。
「ならば、力ずくで貴方を止めるまでです。これ以上、貴方に問題を起こされては、騎士団としても困りますから」
俺はその剣を黙って見つめた。その剣は迷いを持ち、微かに震えていた。
ジャンヌが剣を振り下ろした。
俺は自分の剣でそれを受け止め、薙ぎ払って、ジャンヌの腹に蹴りを入れた。
「来るなら本気で来いよ。死にたくねえだろ」
ジャンヌは俺を睨みつけ、剣を振りかざした。ジャンヌの剣と俺の剣が激しくぶつかり合った。
「俺を城に連れ戻して、どうするつもりだ? あの性悪王子のことだ。精神鑑定なんて、都合の良い言い方をしちゃいるが、どうせ酷い仕打ちが待ってる」
「やめてください。王子を性悪呼ばわりなんて、不敬罪にあたりますよ」
「そんなの知るか。俺は昔からあの王子が嫌いだった」
「なぜそんなことを仰るのですか」
「あの王子は外面だけは良いから、お前は知らねえだろうが、とんだろくでなしだ」
王子がかつて、あいつと俺にしてきたことを考えれば、城に帰った俺が何をされるかなんて、大方見当がつく。
「王子が貴方にそんな態度をとるのは、貴方が勇者様に一途すぎるからではないですか? 王子はきっと勇者様に嫉妬なさっているのです」
『嫉妬』……それは、そうかもしれない。王子の声が呪いのように俺の頭の中を反響した。
「ランスロット、私は君を愛している」
ジンジンと痛む身体に触れる冷たい指の感触は、今でも鮮明に思い出せる。
「どうであれ俺は王子が嫌いだ。王室の連中も。あいつらは俺を人間だと思ってない。自分たちの所有物だと思ってるんだ。俺が忠誠を誓ったのはただひとり、あいつだけだ。それ以外のヤツらは、大嫌いだ」
ジャンヌの上に跨って剣を首に突きつけた。ジャンヌは息を呑んで、俺を見つめた。
「ランスロット様……」
そう呟くと同時に、ジャンヌの顔が赤く染まった。
「え」
俺は自分の身体に目を落とした。さっき着せてもらったマーリンのローブがはだけて肉体が露わになっていた。動き回ったせいで脱げてきたらしい。
「変態!!」
ジャンヌは俺に思いっきりビンタを食らわせた。
「痛ってえ!! 誤解だ! さっきまで水浴びしてたから……」
「ランスロット様がついに露出狂になってしまわれたなんて……やはり精神に異常が」
「ねえよ!!」
マーリンが俺をひょいっと抱き上げて、ジャンヌから引き離し、ローブの前を閉めた。
「ランスロット……裸を見せるのは俺の前だけにしろと言っただろう」
「言ってねえよ!!」
俺がツッコミを入れていると、そこに、白馬に乗った騎士の男がやってきた。
「ジャンヌ様! 大変です!! 早く城に戻ってきてください!!」
ジャンヌはさっきまでの乙女の顔をキリッと正して騎士の顔つきに戻った。
「どうしましたか」
騎士の男は震える声で叫んだ。
「国王陛下が……暗殺されました!!」
その言葉に、俺もマーリンも目を丸くした。ジャンヌはそれを見て、騎士を咎めた。
「この場には得体の知れない魔術師もいるのですよ。そんなことをあまり大きな声で言うのはやめてください」
「す、すみません……!」
「それは確かな情報なのか」
マーリンが身を乗り出すようにして、騎士に尋ねた。騎士はマーリンから目を逸らそうとしたが、マーリンは騎士に杖を押し当てて迫った。騎士はマーリンのあまりの威圧感に怯えた様子になってこくりと頷いた。
ジャンヌは溜め息を吐き、騎士に問いかけた。
「一体誰がそんなことを?」
「現場には、魔王軍の印が残されていました。魔王軍の生き残りである、6人の魔術師の犯行と見られています」
6人の魔術師……カインが言っていた、魔王復活に関わっているヤツらだ。
「ただ……現場は完全な密室。国王陛下には抵抗した痕跡も見られません。おそらく、城の内部に、魔王軍に加担した裏切り者がいるのだと……」
「分かりました。詳しい事情は城に戻ってから聞きます」
ジャンヌは剣を仕舞って、馬に跨った。
「ランスロット様……また来ます」
ジャンヌと騎士は馬に乗って走り去って行った。取り残されたマーリンは俺に尋ねた。
「魔王軍に加担した裏切り者……お前には、見当がついているんじゃないか?」
「ああ……。王子だろうな。王子が魔王軍に加担して、どんなメリットがあるのかまでは分からない。だが、国王が警戒心を解くのは、実の息子と娘の前でだけだ。王女が魔王軍と同等に渡り合えるほどの度胸の持ち主とは思えない。よって必然的に王子だろう」
「……ランスロット。お前と王子は何か因縁があるようだが、俺が聞いても構わないか?」
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