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22.死霊の魔術師
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「魔王……」
以前戦ったときは、ローブのフードを深く被り、仮面をつけていたので、顔はよく見えなかったが、その声で誰だか分かった。その正体が美青年であることに少し驚きはしたが、同時にどこか懐かしさも感じていた。
美しい金髪の青年……魔王は、黒く光る魔法陣を出した。俺は咄嗟に身構えて、剣を抜こうとした。
「落ち着いて」
魔王が魔法陣から取り出したのは、ティーセットだった。
「お茶でも飲んで話そうよ」
「舐めてんのか?」
「そんな怖い顔で睨まないで」
魔王は楽しそうに言って、紅茶を啜った。
「お前は……たくさんの人たちを殺してるんだぞ。そんな呑気にしてる場合か」
「それは君だってそうだろう? 僕の仲間たちを皆殺しにした。僕たちはきっと似ているんだ」
「なんで……王子を殺した?」
「あの王室が嫌いだからさ。アーサーに殺される前から、国を潰してやろうと思ってたんだ」
「どうしてそんなことを……」
「弱い人間が嫌いだからだよ。弱いから、強い者に怯え、迫害する。だったら、魔法の使えない雑魚どもの国なんか僕が支配してやる」
「お前も、迫害されたのか?」
「ハハッ、まあね。僕はもともと、王室の人間だった。だけど、魔法が使えるってだけで、死んだことにされて、国を追い出された。あのときから誓ったんだ。僕は弱者を支配する真の王になるって。国王の暗殺は簡単だった。『ランスロットを君の騎士にしてあげる』って唆したら、君のことを大好きな王子は簡単に僕らの味方についたからね。まあ、最初からその気はなかったけど。だって、君はこれから、僕の騎士になるんだ」
魔王の言葉を聞いて、俺は一番気になっていたことを尋ねた。
「なんでそこまで俺にこだわる?」
「僕の初恋の人だから」
魔王は俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「覚えてる? 君が剣闘士だった頃、僕に花を渡してくれた」
「あ……」
俺が初めて、騎士になろうと誓ったあの少年。まさか、あれが……。
「あれは、気まぐれに魔王城を抜け出して、王室の人間の振りをして、闘技場に出かけた日のことだった。あんなに大きな魔物をたったひとりで、小さな男の子が倒してしまった。僕はその強さに惚れたんだ。いつかこの子を自分の騎士にする。そう思った。それなのに、君はアーサーの騎士になった。許せなかった。僕以外の人間に君が仕えるなんて。だから殺した。自分まで死ぬのは想定外だったけど……」
魔王はずっと、俺のことを想い続けていたのか。
「なんだ、結局、アーサーが死んだのは、俺のせいだったのか……」
俺が魔王の想いに気づいていれば、アーサーを死なせることはなかったかもしれない。
アーサーが死んだのも、王子が死んだのも、たくさんの魔術師たちが死んだのも、全部、俺のせい……。
「ねえ、ランスロット。僕の騎士になってよ。もちろん、タダで『僕の騎士になれ』なんて言わないよ。君にとっておきのプレゼントをあげる」
そのとき、後ろに気配を感じた。振り返ると、黒いとんがり帽子を被った魔術師が立っていた。
「お呼びですか、魔王様」
「こいつは……?」
「僕を復活させてくれた魔術師のひとり、『死霊の魔術師』。彼は魔法で死者の魂を呼び寄せることができるんだ。もし君が僕の騎士になってくれるなら、彼の魔法で、アーサーに会わせてあげるよ」
アーサーに会える。
ずっと慕ってきた、今は亡き俺の主人。
「もし君が僕の騎士になってくれるなら、マーリンを……今の主人を殺して、それを証明して」
マーリンを殺して、魔王につけば、アーサーに会える。
俺は剣を引き抜いて振り返った。
「ランスロット」
「マーリン、俺は……」
「構わない。お前が勇者を愛していることは知っている」
マーリンは杖を下ろして、覚悟の籠もった眼差しで俺を見ていた。
「……あ?」
「……え?」
「俺が魔王の言いなりになんて、なる訳ねえだろ、ボケが!!」
俺は魔王に向けて剣を振り下ろした。魔王の前に魔法陣が現れて、盾のように俺の剣を防ぐ。
「お前はアーサーを殺した。俺はその復讐のためにここまで来たんだ。それに、俺は一度立てた誓いは破らねえ。俺はマーリンの騎士だ」
「なかなか揺るがないね。でも、そういうところが好きだよ、ランスロット」
「うるせえ、黙れ! 俺のことを弄びやがって!」
魔王はふわりと宙に浮かび、空中に描かれた魔法陣の上に腰掛け、『死霊の魔術師』に目で合図を送った。
「ランスロットを殺さない程度に痛めつけるんだ」
「かしこまりました、魔王様」
魔術師は杖を構え、ゆっくりと目を閉じた。
「宿れ、『深海の魔術師』」
瞼を開いた魔術師の瞳には、青い光が灯っていた。
魔術師が杖を振るうと、水の弾丸が次々と俺めがけて飛んできた。
俺はそれをかわしながら、魔術師に斬りかかった。魔術師は水の壁をつくってそれを防いだ。壁が崩れると、それは洪水となって俺の身体を押し流し、壁に叩きつけた。
「宿れ、『薔薇の魔術師』」
魔術師が杖を振るうと、今度はいばらの蔓が俺の方に伸びてきて、俺の腕に絡みついた。その蔓がビュンッと引っ込んで、俺は魔術師の方にぐいっと引き寄せられた。
「宿れ、『氷雪の魔術師』」
尖った氷の欠片が降り注ぐ。それを剣で弾き返すと同時に、洪水を起こしていた水が凍っていき、俺の身体にまとわりついた。
「ランスロット!」
マーリンが氷を杖で力強く叩くと、氷が割れて、俺は動けるようになった。すぐに剣を魔術師に振りかざすが、魔術師は氷の盾で防御してくる。
「宿れ、『人形の魔術師』」
後ろから銀の糸にぶら下がった王子の死体が襲いかかってくる。マーリンがその死体を殴り飛ばす。その間に魔術師に斬りかかるが、魔術師は杖を振って、俺の剣を糸で絡め取った。俺は剣から手を離し、魔術師の足に蹴りを入れた。魔術師がバランスを崩して倒れかけたところに、俺は剣を再び手に取り、魔術師に剣を突きつけた。
俺が魔術師にトドメを刺そうとすると、魔術師はニヤリと笑って呟いた。
「宿れ、『勇者』」
俺はビクッとして、動きを止めた。魔術師が顔を上げると、その瞳は金色に輝いていた。
「ランスロット……?」
「アーサー……」
剣を持つ手が緩んだ瞬間、魔術師の瞳から光が消えた。
「油断しましたね、ランスロット」
気がつくと、俺の腹に、剣が突き刺さっていた。ポタポタと血が滴る。
「あ……」
身体の力が抜けていく。
気を失いそうになる俺に、魔術師が杖を向けた。
そのとき、マーリンが俺の前に現れて、魔術師の頭を杖でぶん殴った。
それを見て、俺の頭はギリギリのところで覚醒した。……気を失っている場合じゃない。
俺は剣を自分の腹から抜いて倒れている魔術師に突き刺した。
「ああ……またひとり僕の仲間がやられてしまった」
魔法陣の上で高みの見物を決め込んでいた魔王は、寂しげに『死霊の魔術師』を見下ろした。
俺は魔王を見上げ、睨みつけた。
「降りてこいよ。正々堂々と勝負しようぜ」
以前戦ったときは、ローブのフードを深く被り、仮面をつけていたので、顔はよく見えなかったが、その声で誰だか分かった。その正体が美青年であることに少し驚きはしたが、同時にどこか懐かしさも感じていた。
美しい金髪の青年……魔王は、黒く光る魔法陣を出した。俺は咄嗟に身構えて、剣を抜こうとした。
「落ち着いて」
魔王が魔法陣から取り出したのは、ティーセットだった。
「お茶でも飲んで話そうよ」
「舐めてんのか?」
「そんな怖い顔で睨まないで」
魔王は楽しそうに言って、紅茶を啜った。
「お前は……たくさんの人たちを殺してるんだぞ。そんな呑気にしてる場合か」
「それは君だってそうだろう? 僕の仲間たちを皆殺しにした。僕たちはきっと似ているんだ」
「なんで……王子を殺した?」
「あの王室が嫌いだからさ。アーサーに殺される前から、国を潰してやろうと思ってたんだ」
「どうしてそんなことを……」
「弱い人間が嫌いだからだよ。弱いから、強い者に怯え、迫害する。だったら、魔法の使えない雑魚どもの国なんか僕が支配してやる」
「お前も、迫害されたのか?」
「ハハッ、まあね。僕はもともと、王室の人間だった。だけど、魔法が使えるってだけで、死んだことにされて、国を追い出された。あのときから誓ったんだ。僕は弱者を支配する真の王になるって。国王の暗殺は簡単だった。『ランスロットを君の騎士にしてあげる』って唆したら、君のことを大好きな王子は簡単に僕らの味方についたからね。まあ、最初からその気はなかったけど。だって、君はこれから、僕の騎士になるんだ」
魔王の言葉を聞いて、俺は一番気になっていたことを尋ねた。
「なんでそこまで俺にこだわる?」
「僕の初恋の人だから」
魔王は俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「覚えてる? 君が剣闘士だった頃、僕に花を渡してくれた」
「あ……」
俺が初めて、騎士になろうと誓ったあの少年。まさか、あれが……。
「あれは、気まぐれに魔王城を抜け出して、王室の人間の振りをして、闘技場に出かけた日のことだった。あんなに大きな魔物をたったひとりで、小さな男の子が倒してしまった。僕はその強さに惚れたんだ。いつかこの子を自分の騎士にする。そう思った。それなのに、君はアーサーの騎士になった。許せなかった。僕以外の人間に君が仕えるなんて。だから殺した。自分まで死ぬのは想定外だったけど……」
魔王はずっと、俺のことを想い続けていたのか。
「なんだ、結局、アーサーが死んだのは、俺のせいだったのか……」
俺が魔王の想いに気づいていれば、アーサーを死なせることはなかったかもしれない。
アーサーが死んだのも、王子が死んだのも、たくさんの魔術師たちが死んだのも、全部、俺のせい……。
「ねえ、ランスロット。僕の騎士になってよ。もちろん、タダで『僕の騎士になれ』なんて言わないよ。君にとっておきのプレゼントをあげる」
そのとき、後ろに気配を感じた。振り返ると、黒いとんがり帽子を被った魔術師が立っていた。
「お呼びですか、魔王様」
「こいつは……?」
「僕を復活させてくれた魔術師のひとり、『死霊の魔術師』。彼は魔法で死者の魂を呼び寄せることができるんだ。もし君が僕の騎士になってくれるなら、彼の魔法で、アーサーに会わせてあげるよ」
アーサーに会える。
ずっと慕ってきた、今は亡き俺の主人。
「もし君が僕の騎士になってくれるなら、マーリンを……今の主人を殺して、それを証明して」
マーリンを殺して、魔王につけば、アーサーに会える。
俺は剣を引き抜いて振り返った。
「ランスロット」
「マーリン、俺は……」
「構わない。お前が勇者を愛していることは知っている」
マーリンは杖を下ろして、覚悟の籠もった眼差しで俺を見ていた。
「……あ?」
「……え?」
「俺が魔王の言いなりになんて、なる訳ねえだろ、ボケが!!」
俺は魔王に向けて剣を振り下ろした。魔王の前に魔法陣が現れて、盾のように俺の剣を防ぐ。
「お前はアーサーを殺した。俺はその復讐のためにここまで来たんだ。それに、俺は一度立てた誓いは破らねえ。俺はマーリンの騎士だ」
「なかなか揺るがないね。でも、そういうところが好きだよ、ランスロット」
「うるせえ、黙れ! 俺のことを弄びやがって!」
魔王はふわりと宙に浮かび、空中に描かれた魔法陣の上に腰掛け、『死霊の魔術師』に目で合図を送った。
「ランスロットを殺さない程度に痛めつけるんだ」
「かしこまりました、魔王様」
魔術師は杖を構え、ゆっくりと目を閉じた。
「宿れ、『深海の魔術師』」
瞼を開いた魔術師の瞳には、青い光が灯っていた。
魔術師が杖を振るうと、水の弾丸が次々と俺めがけて飛んできた。
俺はそれをかわしながら、魔術師に斬りかかった。魔術師は水の壁をつくってそれを防いだ。壁が崩れると、それは洪水となって俺の身体を押し流し、壁に叩きつけた。
「宿れ、『薔薇の魔術師』」
魔術師が杖を振るうと、今度はいばらの蔓が俺の方に伸びてきて、俺の腕に絡みついた。その蔓がビュンッと引っ込んで、俺は魔術師の方にぐいっと引き寄せられた。
「宿れ、『氷雪の魔術師』」
尖った氷の欠片が降り注ぐ。それを剣で弾き返すと同時に、洪水を起こしていた水が凍っていき、俺の身体にまとわりついた。
「ランスロット!」
マーリンが氷を杖で力強く叩くと、氷が割れて、俺は動けるようになった。すぐに剣を魔術師に振りかざすが、魔術師は氷の盾で防御してくる。
「宿れ、『人形の魔術師』」
後ろから銀の糸にぶら下がった王子の死体が襲いかかってくる。マーリンがその死体を殴り飛ばす。その間に魔術師に斬りかかるが、魔術師は杖を振って、俺の剣を糸で絡め取った。俺は剣から手を離し、魔術師の足に蹴りを入れた。魔術師がバランスを崩して倒れかけたところに、俺は剣を再び手に取り、魔術師に剣を突きつけた。
俺が魔術師にトドメを刺そうとすると、魔術師はニヤリと笑って呟いた。
「宿れ、『勇者』」
俺はビクッとして、動きを止めた。魔術師が顔を上げると、その瞳は金色に輝いていた。
「ランスロット……?」
「アーサー……」
剣を持つ手が緩んだ瞬間、魔術師の瞳から光が消えた。
「油断しましたね、ランスロット」
気がつくと、俺の腹に、剣が突き刺さっていた。ポタポタと血が滴る。
「あ……」
身体の力が抜けていく。
気を失いそうになる俺に、魔術師が杖を向けた。
そのとき、マーリンが俺の前に現れて、魔術師の頭を杖でぶん殴った。
それを見て、俺の頭はギリギリのところで覚醒した。……気を失っている場合じゃない。
俺は剣を自分の腹から抜いて倒れている魔術師に突き刺した。
「ああ……またひとり僕の仲間がやられてしまった」
魔法陣の上で高みの見物を決め込んでいた魔王は、寂しげに『死霊の魔術師』を見下ろした。
俺は魔王を見上げ、睨みつけた。
「降りてこいよ。正々堂々と勝負しようぜ」
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