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第1~3章 ダイジェスト編
1話 歯車が壊れた日
しおりを挟む「僕の愛しい娘。
さっさと溺れ死んで、魔族の餌になりなさい」
父は、リクの襟首をつかんだ。
足が地面につかないで、ふらふらと揺れている。父はゆっくり歩きながら、崖の縁に近づいていく。それも、ただの崖の縁ではない。荒波に削られた断崖絶壁だ。崖に打ち付ける荒波が、『早く来い、早く落ちろ』と言っているようで、なんだか怖い。リクは、父を見上げた。
「お父様?」
父は、困ったような笑顔を浮かべている。
退魔術師として一線を駆け抜けてきた父は、どこまでも優しかった。もちろん、退魔の授業に手を抜かれたことはない。どれだけ槍捌きが上手になっても、剣術が上達しても、武具に退魔の術を込められないと殴られた。鞭で打たれて、退魔の力が宿った剣で斬られたりした。痛くてたまらなかったし、罵られるのも嫌いだった。
「このままだと、落ちてしまいます」
だけど、普段の父は優しい。
食卓に嫌いな食べ物が並ばないのは、父の配慮だということを知っていた。
大きな壺を壊してしまっても、父は笑って許してくれた。欲しいものは買ってくれたし、可愛らしいドレスも与えてくれた。5歳で母が病死した時も、リクを慰めてくれた。もっと甘やかすようになったし、退魔の授業の時も少しだけ気遣ってくれるようになった。
そう、父は何処までもリクに優しかった……はずだ。
そんな父が、こんなことするはずがない。リクは、必死になって父を見上げ続けた。
「でもね、リクはいらない子なんだよ。
だから、ここから落ちて死んでもらうのさ」
リクの希望を切り捨てるように、父は言い放つ。
リクは、気が付いてしまった。父は顔こそ笑っているが、目は笑っていない。退魔の授業の時みたいに、どこまでも冷たい色をしていた。
「リクは、もう7歳になるのに退魔術が全く使えない。それは、才能がないってことなんだよ。
才能がない子はね、退魔の名門バルサック家の恥さらしなんだ。だから、いらない」
「そんな!」
リクの視界から、色が消えた。
いらない、といわれた。才能がないと断言された。
だけれども、これからどうしたらいいのか。家を追い出されて、どう生きて行けばいいのか。リクは縋り付くように、父の腕にしがみついた。
「お、お父様! 私、私はもっと頑張ります!
だから、家にいさせてください! 私を捨てないで!」
「リク」
父は、空いている方の手でリクの髪を撫でた。
燃えるように赤い髪を、愛でるように優しく触り出す。リクは、自分の髪を触る父が少しだけ苦手だった。赤い髪は嫌いではない。だけれども、父の撫で方は好きになれなかったのだ。研究対象でも見るかのような視線が、どことなく怖かった。
しかし、特に今は父の機嫌を損ねてはいけないのだ。リクは、不快感を必死に耐えた。
「これは決定事項だ。
4歳のルークだって、とっくに武具に退魔の術を宿せるんだ。基礎の基礎も出来ないのは、リクだけなんだよ。それに
リクの赤い髪、ずっと気持ち悪いって思ってたんだよ。反吐が出そうになる」
父は、リクの細腕を振り払った。
普段のリクならば、絶対に父の腕を離さなかっただろう。だけれども、リクは動揺していた。自慢の馬鹿力でつかみ続けることなど、到底できなかったのである。
赤い髪は、確かにあまり見たことがない。両親とも親族とも、姉や弟とも違う。リクだけが赤い髪だった。あまり好きではなった。だけれども、まさか、最愛の父からそんな言葉をかけられるなんて、想像もしていなかった。
「さよなら、リク。二度と、バルサック伯爵家の前に現れるんじゃないよ」
その一言と共に、リクを放り投げた。
一瞬の浮遊感。その直後、風を斬る音が聞こえた。
どんどんと荒波が近づいてくる。「こっちにおいで」と手招きしてるような暗い波が、ぱっくりとリクを飲み込んだ。泡がリクの視界を埋め尽くし、波がリクの身体を壊そうとしてくる。
リクは、必死になって波を掻き分けた。
「おと、う、ごほっ、ごほっ、さま!!」
遥か高い崖の上に、人の姿が見えた。
助けを求めるように、手を伸ばす。だけれども、次の波がリクに覆いかぶさった。強い波が小さなリクに襲い掛かる。リクは、必死になって波を掻き分けることしか出来なかった。
※
リクが波に消えて行く様子を、遥か高みから見ている男がいた。
リクの父、ライモン・バルサックだ。
バルサック家の紋章が付いたマントを羽織り、崖から落としたリクを見下ろす。荒波の中で、小さな白い手が見え隠れしていたが、大きな波に飲み込まれて見えなくなってしまった。人目を引く赤い髪も、何処にも見当たらない。 ライモンは、ふんっと鼻で笑った。
「隠された能力もなし、か。期待外れだったな」
この国では珍しい赤い髪、7歳児とは思えぬ怪力。
この2つがなければ、もっと早々にリク・バルサックを追い出していたことだろう。ライモンは、リクが5歳の時点で、退魔術の才能がないと見抜いていた。リクは知らないが、リクの母を『無能力者を生んだ役立たず』として殺したのは、その時期である。
「それなら、なぜ……父上は、もっと早くに殺さなかったんですか?」
そんなライモンの背後に、小さな影が現れた。
銀髪で片目を隠した少年は、ゆっくりとライモンを見上げる。ライモンは、少年の頭を優しく撫でた。
「あれには、何か特殊な能力が備わっているかもしれないからな」
「特殊な力、ですか? 姉上がなにか成功しているところなどみたことないですよ」
少年はきょとんとした表情をする。
そんな少年の様子を見たライモンは、首を横に振るった。
「あれの髪は気味悪い赤だっただろ?」
「はい、赤です」
「赤い髪には、隠された力が宿る鬼子だという迷信がある。
それに……あれの腕力は、尋常ではない」
ライモンは、目を細めた。
隠された力があると噂される赤い髪。
そして、リクの細腕では扱いきれないと思われる重厚な槍や両手剣を軽々振り回す。大人でも持つことを苦労する壺を運ばせても、疲労した形跡は全く見当たらない。さすがに100個近く運ばせたところ、手を滑らせて壊したが、普通の7歳児なら2,3個運んだ段階で落しているだろう。
「あれは異常だ」
「だけれども、姉上には退魔の力がまったくありませんでした」
ルークの答えに、ライモンは深く頷いた。
リクは、明らかに異常だ。
しかし、退魔の力はない。
バルサック家の跡継ぎとなる4歳のルークは、退魔師としての頭角を現し始めていた。 ルークに万が一のことがあっても、15歳のラクが婿を取ればいい。つまり、退魔の力の代わりに気味悪い能力を持つリクは、いらないのだ。
「生命の危機に瀕した時、能力の正体が明らかになると思ったのだがな。
ルーク……お前は、しっかりとバルサック家の跡取りとして精進するんだぞ。くれぐれも、あんな役に立たずにはなるな。家族として、お前のことは信頼している」
「父上、酷いですよ」
ルークと呼ばれた少年は、ライモンの大きな手を握りしめる。
そして、哀しそうな表情を浮かべた。
「僕は、姉上より劣るというのですか?」
「いや、お前は良く頑張ってるよ。
まだ4歳なのに、私にも考え着かなかった理論を打ち立てている。まさに、1000年に1度の神童だ。
本当に……あれとは比べ物にならないくらい、な。期待してるぞ」
「はい!」
ライモンは崖に背を向け、優秀な跡取り息子と一緒に去る。
ルークは、どこか寂しそうに崖を振り返った。そして、隣を歩くライモンにさえ聞こえないくらい、本当に小さな声で呟いた。
「……もう少し可愛かったら、助けてあげても良かったんだけどね……リク姉を助けても、特にイベントの役に立つわけでもないし」
「何か言ったか、ルーク?」
「いいえ、なんでもありません。それよりも父上、領土経営についてお話があります。
バルサック伯爵家で先程捨てた姉上が統治する予定だった土地を、僕に渡してくれませんでしょうか?」
「あの土地を? 別にかまわんが……だがな、あそこは麦すら収穫できない駄目な土地だぞ?」
「問題ありません。僕は4歳です。しっかり領地を経営することができますよ」
ルークの晴れやかな笑顔に、ライモンは安心した。
どこまでも頼りになる跡取り息子だ。バルサック伯爵家は、領地経営の側面も退魔の側面も安泰だろう。この優秀すぎるルークのために、自分の全力を注ぎこもう。
ライモンは、心に決めるのだった。
そして、優秀すぎるルークの落ちこぼれな姉……リク・バルサックの名前は家系図から抹消される。
リクのことを話題にする者は、誰一人としていない。
使用人はもちろん、リクの誕生を祝った退魔師仲間も、残された姉弟さえ、誰一人としてリクの存在を忘れた。退魔の才能がないバルサック家の恥は、いるだけで目障りな存在だったのだ。
むしろ、消えて清々したと陰で笑う者の方が多かった。
後年、ライモン・バルサックは『退魔戦記』にてこう語ったと残されている。
「あれを崖から落とすとは、なんて愚かなことをしたのだろう。
もっと完璧に殺しておけば良かった」
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