バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第5章 魔王の冠編

43話 嘲笑とカモメの声

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 勅命が下されてから、1週間。

 リクは2000の兵を引き連れて、フェルトの街まで辿り着いていた。
 海に面したこの街から、リク達は船に分乗してシェール島へ向かう。海風とと喧騒が街全体を包み込んでいた。潮の香りを嗅いだリクは、どことなく同じ港町のベリッカを連想した。しかし、ベリッカの街と大きく異なる点がある。それは、港の規模だろうか。それとも、街の華やかさだろうか。いいや、そのどちらでもない。

「さすが前線。……ベリッカと緊張感が違うわね」

 フェルトの街は、漂う肌をさすような緊張感で引き締まっていた。
 道行く魔族の誰もが武器を携帯し、いかめしげに歩いている。商人よりも兵士の方がずっと多い。大通りに立ち並ぶ店も、飲食店や海の幸を売る店が少なく、代わりに粗っぽい武具の類を売る店や、戦の疲れを癒す女が立っている店が目立った。

「遊んでいる暇はないわ。帰ってきてからにしなさい」

 リクは、にやけ顔のヴルストを一蹴する。ヴルストの視線の先には、妖艶な笑みを浮かべながら手招きしている女がいた。リクに指摘されると、ヴルストは不機嫌そうに舌打ちをした。

「バーカ。分かってんよ、これから出陣だってことくらいな」
「分かってるなら、気を引き締めなさい」

 リクはふんっと鼻を鳴らす。
 そして、前を睨みつけるように歩き続けた。心なしか、地面を踏みしめる足に力がこもる。リクは、出来る限り平常心を保つように心掛けていた。しかし、こうも黙っていると苛立ちが湧き上っている。この不本意な出陣に対し、リクは吐き出しようのない感情を募らせていた。

「……嬢ちゃんは、もう少し落ち着いた方がいいんじゃね?」
「落ち着く? 私は落ち着いているわ。十分にね」

 ため息交じりの問いかけに、リクは噛みつくように言葉を返した。リクのハルバードを引き抜きかねない怒気を浴びて、ヴルストは若干引いた。そんなヴルストの気持ちなど考えるはずもなく、リクは畳み掛けるように文句を口にする。

「まったく、あの女は何を考えてるの? ろくに調べもしないで……罠かもしれないじゃない」
「うん、嬢ちゃん。やっぱり落ちつけ」
「だから、私は十分に落ち着いて――?」

 リクは、怒りに身を任せるように言葉を口にしかける。しかし、ふと目の前を遮る一団に気が付いた。魔王軍の軍服に身を包んだ男たちが、ずらりと行く手に立ち塞がっている。リクは足を止めると、中央に立っていた魔族が前に歩み出てきた。鋭い牙を生やし、軍服の上からでも分かる強靭な肉体を持つ中年の魔族だった。まるで、こちらを押し潰そうとしてくるような威圧感だ。リクは、じろりとその魔族を見上げた。

「……何か用ですか?」
「……貴様が巷で噂の成り上がりか」

 強靭な魔族は、軽蔑したような声色で問い返してきた。上から目線の言い方に、リクは眼を細める。ただでさえ苛ついているのに、さらに心を逆なでするような魔族が現れたのだ。
 侮蔑の言葉を浴びるのは、もうどうでもよい。むしろ、リクは成り上がりたいと思っていた。自分は、1魔族と比較して寿命の短い人間だ。シビラの予言以前に、せいぜい戦場で力を振るえるのは30前後までだろう。残り時間は20年ほどしかない。リクは、他の魔族のように何十年もかけて階級を上り詰めるわけにはいかないのだ。少しでも早く、少しでも長くレーヴェンの傍で戦うためには、力を鼓舞して成り上がる必要がある。


 そう、それは良い。リクは気にしない。
 だが、目の前の魔族の目が気に入らない。人間であることを軽蔑してくる目が気に入らない。バルサック家にいた頃から、片時も絶えたことのない……リクを卑下する視線が気に入らない。

「成り上がりかは分かりませんが、私がリク・バルサック少佐です。
シャルロッテ様の勅命で、これよりフェルトの港からシェール島へ出陣します」

 リクは苛立ちを飲み込むと、平常心を装った。

 相手がヴルストやアスティだった場合は、素直に苛立ちをぶつけている。しかし、目の前の魔族は名前はもちろん階級すら知らない。身元もあやふやな者に突っかかた結果、もしかしたらレーヴェンの名前に泥を塗るようなことになってしまうかもしれない。レーヴェンだけは、初めからリクを蔑まずに受け入れてくれた。だからこそ、彼の期待を裏切る真似をしてはいけない。ここで耐えるのも、レーヴェンのためだ。リクは自分に言い聞かせながら、侮蔑の視線に耐えていた。

「そうか。これが例の人間か」

 魔族は静かに腕を組む。そして、リクを汚らわしい者でも見るかのような視線で一瞥すると、ふんっと鼻を鳴らした。

「せいぜい1つや2つ戦場を制したくらいで、思い上がるな」 

 それだけ言うと、道を塞いでいた魔族を引き連れて去っていく。すれ違いざま、「下賤な黒龍の飼い犬め」と嘲笑するのを忘れずに。
 一瞬、黒龍が誰のことなのか分からなかった。しかし、リクの脳裏にレーヴェンの雄々しい黒い両翼が思い浮かんだ瞬間、かっと頭に血が上った。リクの手が腰の剣に伸びる。だが、その手が銀の剣を引き抜くことはなかった。リクの手を抑えつけるように、ヴルストがつかんできたからだ。無理やり押し退けて剣を抜こうとしたが、ヴルストが無理やり抑え込もうと体重をかけてくる。ヴルストは今にも剣を引き抜かんとする手を抑えつけながら、リクの耳元まで身を屈めた。

「嬢ちゃん、抑えろ。ありゃ、この街を治めるゼーリック中将だ」
「……中将?」
「そうだ。だから、我慢しろよ」

 中将と言えば、レーヴェンと同じ位だ。リクよりも遥かに地位の高い魔族に、ここで切りかかるわけにはいかない。リクは罰せられても構わない。しかし、確実にレーヴェンの名までも貶めてしまう。リクは、歯ぎしりをした。
 ヴルストは、リクの視界からゼーリックたちの姿が消えるまで手を抑えつけていた。そして、完全に姿が消えてから手を退けた。そこの頃には、多少リクの熱も冷めていた。リクは手を払いながら、淡々と言葉を口にした。

「……私が、本気で切りかかるわけないじゃない」
「本気だったぜ、目が」
「まさか」

 それだけ言うと、リクは再び歩き出した。
 ゼーリックのことなど綺麗に忘れて、さっさと戦のことを考えよう。しかし、なかなか思考を切り替えることが出来ない。どうも苛立ちで頭が煮えたぎりそうだ。自分のことだけではなく、敬愛するレーヴェンのことまで貶めようとしてきたのだ。あいつらには、きっといつか天罰が下るに違いない。むしろ、今から追いかけて直々に罰を下してやっても良いくらいだ。

 ……だが、そんなことをしても意味がないどころか、レーヴェンの名誉に泥を塗るだけだ。
 リクは頭を横に振り、雑念を振り払おうとした。その時、斜め後ろに従うウサギ耳の少年兵が視界に入る。リクは、ふと大事なことを聞き忘れていたことを思い出した。

「そういえば……ロップ曹長、舟の手配は出来てる?」
「はっ、はい。既に完了しています」

 ロップは、いそいそと書類を渡してくる。リクは書類を乱雑に広げると、ざっと目を通した。今回用意された4隻の外装と武装内容が簡易的に記されている。大砲の位置や定員数、最高速度などを確認すると、苛立ちの代わりに満足感が支配してくる。リクは、ゆっくりと口を開いた。

「500人ずつ分乗するのね……それで、この舟は商船?」
「は、はい。ベリッカの街で商船を買い取りました。もうすでにフェルト港まで移動させてあります」
「そう、ありがとう。よくやったわね」
「よくやったって……嬢ちゃん!! 何考えてるんだよ、軍艦じゃなくて商船で攻め入るなんて!」

 ヴルストが、絶句した。ヴルストは考え直せ、とばかりにリクの肩をつかんだ。

「いいか? シェール島と言えば退魔師たちが修行している神殿だ。そう簡単に攻め入れる場所でもねぇし、海戦の準備もしているはずだ。大した武装もしてねぇ商船なんかで勝ち目なんてねぇよ!」
「ええ、そうだと思うわ」

 ヴルストとは反対に、リクの顔はどこまでも静かだった。
 先程までの苛立ちは、かなり薄らいでいる。少しずつ普段の自分が戻ってきていることを感じながら、リクは言葉を紡いだ。

「魔族の軍艦が攻めてきても対処できるように、海戦の訓練くらいはしていると思うわ」
「だからこそ、最新鋭の軍艦で!」
「でも潮の流れが速いから、そう何隻も送りこめないわ」

 それに、リクはもちろん部下の中にも海戦の経験がある兵はいない。魔王軍中を探せばいるのだろうが、基本的に戦場は陸地だ。海戦を専門としている魔族は生憎と見つからなかった。
 海戦の特訓を重ねてきた敵に、リクたち海戦の素人が出向いても勝てるわけがない。今から海戦の兵法を勉強しても時は遅く、数で攻めたところで、大半が討ち死にするだろう。そもそも、本当に存在するのか分からない幻の品物のために命を投げ出して戦うなんてアホらしい。それでも勝たなければならない。なんて、馬鹿な話だろうか。リクは鼻を鳴らすと、言葉を紡いだ。

「敵有利な盤上をひっくり返して、自分たちの有利な状況を創り上げればよいのよ」

 そして、こんなくだらない仕事はさっさと終わらせてしまおう。
 宙を舞うカモメが、やけに緊張感のない鳴き声をあげている。馬鹿らしい鳴き声に耳を傾けながら、リクは心に誓うのだった。


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