バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第5章 魔王の冠編

45話 抗戦か降伏か

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※一部投稿後に改訂しました。

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 セオドールは、執務室から遠見鏡で外の様子を確認していた。

 万が一、小船が戻ってこなかった場合、すぐにでも艦隊を出動させなければならない。しかし、案ずるに及ばなかったらしい。小船は、無事にシェール島へ向かってきている。4隻の商船を引き連れて。遠眼鏡で確認すれば、先導する小船の上には2人の兵士が乗っていた。顔や輪郭は確認できないが、2人ともシェール島の制服を纏っている。つまり、4隻の商船は敵ではなかったということだ。セオドールは、ほっと安堵の息を吐いた。

「……どうやら、本当だったみたいだな」

 疑念を持ってしまったことを恥じながら、入港してきた後の対応へ思案を巡らせる。ただ受け入れて、はいそうですか、と突き放すわけにはいかない。どのくらいの期間停泊する予定なのか、食料はどれほど必要なのか、他にこちら側が支援するものはあるかなど、話し合うことがたくさんある。

「まったく、会談か……はぁ」

 セオドールは、とりあえず着替えることに決めた。
 窓に背を向けて、更衣室へ足を向ける。会談ともなれば、神殿長としてふさわしい服装をしなければならない。特に、今回の会談相手は商船に乗船しているであろう商人だ。逃げてきた商人だからといって、侮ってはならない。いくら上手に対応したとしても、服装の乱れ1つで商人に舐められてしまう可能性も考えられる。今後、これをきっかけとした長い付き合いになるかもしれない。今は、魔族に襲われて逃げ出すような商人でも、大成する可能性もある。長い目で考えれば、たかが第一印象でこけるわけにはいかないのだ。

 

 ただ……もし、彼がもう少しだけ長く舟を見張っていれば、この後の展開が変わったかもしれない。

 しかし「ありえたかもしれない」ことを嘆いていても何も始まらない。セオドールが騒ぎに気付いたときには、全てが遅かった。正装の襟を整え、髭の形を整えようと鏡に向き合った瞬間、扉を破らんばかりの勢いで部下が部屋に飛び込んできたのだ。油脂で整えられた髪が、見るも無残なまでに乱れている。セオドールは、疲れたように呟いた。

「どうした? 髪が乱れているぞ。そろそろ会談だというのに……」
「そう言っている場合ではありませんっ!! 
我々は騙されたのです。商船は、魔族が乗り込んでいたのです!!」

 セオドールは、ネクタイを巻こうとしていた手を止める。
 最初、部下が何を報告しているのか理解できなかった。その言葉の一字一句、最後の言葉まで脳に染み入るまで少し時間が経過する。だけれども、その言葉を理解した後、ふんっと一蹴するように鼻で笑った。

「何を馬鹿なことを……通商手形を持っていたのではないか?」
「い、いいえ。それが、小舟に乗っていた使者を殺し、成り代わっていたらしいのです」
「……まさか」

 セオドールは、執務室へ急いだ。
 窓に張り付いてみれば、見慣れた港が赤く染まっている。ほとんど港に倒れているのは、哀しいことに神殿兵だった。幾人もの魔族が、剣や槍を振り上げて神殿に迫ってくる。セオドールは、へなへなと床に崩れ落ちた。

「な、な、なんと……そんな、馬鹿な」

 自慢の艦隊を出す前に、上陸されてしまった。
 まったく戦闘準備をしていなかった自兵が、ことごとく蹂躙されていく。特に先頭を走る赤い髪の魔族が、誰よりも嬉々として退魔師を切り刻んでいる。遠目から見ても、ハルバードを一振りで10人ほどの腹を切り裂いていた。狂ったような赤い魔族に、ぞくりと震えあがる。自分では、あの赤髪に勝てない。セオドールは理屈云々ではなく、本能で悟ってしまった。

「こ、これは、降伏した方が良いかもしれん」

 気が付けば、そのような言葉が口から飛び出ていた。
 退魔師の名誉、高貴さなどよりも、命の方が遥かに大切だ。ならば、今のうちに降伏して一時でも長く命を繋ぎ、逃げる機会をうかがった方が良い。しかし、そう考えていたのはセオドールだけだった。

「何を言っているのですか!? まだまともに戦ってもいないんですよ!?」

 セオドールの部下は徹底抗戦をするつもりでいるらしい。
 諦めたような表情のセオドールとは反対に、部下は驚いたような表情を浮かべている。

「まともに戦わなくても、分かる。見てみろ、あの赤髪なんて一振りで10人殺してる。海戦ならともかく、あんな化物と陸で戦って勝てるわけがなかろうが!」
「この神殿には、数多の退魔師がいるではありませんか。そいつらを今使うのです!」
「馬鹿なっ、囚人に戦わせろというのか?」
 
 セオドールは、部下の進言に震えあがってしまう。確かに、囚人としている退魔師を使えば勝てる見込みがあるかもしれない。曲がりなりにも、常日頃訓練を積んでいる退魔師だ。無論、実践的な訓練というよりも、学術的な退魔術探究に進んでしまっている退魔師も多い。しかし、まだ魔族との戦闘に関する知識を高めている退魔師もいる。それらを上手く使えば、勝てるかもしれない。
 それでも、セオドールは決断がしきれないでいた。

「だ、だがな……囚人を使って良いのだろうか」
「今使わずに、いつ使うのですか?」
「う、うむむ」

 もう時間はない。野蛮な魔族共は、今にも神殿に迫ってくる。セオドールは顔を歪ませると、疲れたように命令した。

「……ならば、お前が囚人の中から選抜しろ。それで、指揮を執って戦え」
「はっ!!」

 部下は短く答えると、風のように去って行った。
 執務室には、セオドールだけが残される。セオドールは、1人物思いに耽る。部下には絶対の自信があるようだったが、そう簡単にうまくいくとは思えなかった。囚人には退魔術の実力者が多いが、長らく実践と離れている。それと今も一線で戦う精鋭魔族がぶつかり合って、余裕で勝つことが出来るとは想像できない。

「むむむ……どうするべきか……」

 部下が勝つことを信じたいが、負けることも視野に入れて考える必要がある。
 負けた場合、降伏したとしても印象が悪くなってしまう。そうなってしまったら最後、敵主将の自分の首が危ない。どうにかして、自分の命だけは助かる方法を見つけ出さなければならないのだ。

「……この神殿に代々伝わる秘宝を渡すべきか……いやいや、宝ごときで引き下がる連中にも思えない。料理でもてなして、酒で酔いつぶれさせるか?……いや、魔族共も飲食物には警戒しているはずだ。下手に毒が入っているとか思われるのは心外だ。うむむ……ここは、やはり音楽か舞踊でもてなすべきか。ん? 音楽?」

 その時、セオドールの脳裏に良案が閃いた。思わず、口元が歪んでしまう。

「そうだ、音楽があったではないか。よし、それで行こう」

 セオドールは、にやりと笑う。飲食物や戦場では警戒しているだろう。舞踊も、舞い手の一挙一動に注意している可能性がある。しかし、まさか楽器の演奏にまで何かが仕組んであると警戒するわけがない。不確かな戦にかけるよりも、敵が思ってもいないような作戦を遂行するに限る。

 セオドールは、とある人物を呼び出す支度を整えるのだった。







 もう何人斬っただろうか。

 ハルバードを振り回しながら、ふとそんなことを考えてみる。
 リクはシェール島に無事上陸してから、ずっとハルバードを振るい続けていた。しかし、どいつもこいつも立ち向かってくる連中は、鬱陶しいまでに弱弱しい。リクはミューズやカルカタと比較して、弱すぎる退魔師ばかりで飽きてきていた。神殿を目指して走りながら、リクはつまらなそうにハルバードを薙ぎ払う。あっという間に10人ほどの退魔師の腹が割かれ、健康そうな内臓が地面に飛び散った。だけれども、特に気にならない。飛び散った汚物を避けながら、更に前を目指す。

「嬢ちゃん、つまんなそうにすんなっての!」

 そんなリクを叱責するように、後ろからヴルストが叫んだ。しかし、ヴルストの顔に浮かぶ覇気も薄い。どうやら、彼も雑魚ばかりで退屈しているようだった。ただ特に感慨もなく剣を振るっているように見える。リクは、ふんっと鼻で笑った。

「ヴルスト少尉も退屈そうだけど?」
「そりゃ、この顔のせいで、ずっーと船の奥に押し込められてたからな。んで、やっと戦えるっと思ったらよ、こうも雑魚ばっかりだ。気が抜けるったらありゃしねぇ」

 ヴルストの顔は、何処からどう見ても毛深い狼の顔だ。彼の顔は包帯で隠すとか帽子で目立たなくしようと、絶対に人間には見えない。どんな努力しても無駄である。ならば、最初から上陸するまで船の一室に隠れてもらった方が良い。ということで、ヴルストは出港してから長時間、船の一室に閉じ込められていたのであった。

「……って、だからって、つまらなそうな顔していて良いってわけじゃねぇ。油断してると痛い目にあうからな? ……ほら、言ってる傍から敵さんの増援だ。嬢ちゃん、前を見てみろよ」

 ヴルストに促されるまでもなく、前方がやけに騒がしくなってきていた。神殿の方から、大勢の退魔師が唸り声をあげながら押し寄せてくる。まるで、巨大な波が押し寄せてくるようだ。数は多くないが、1人1人が意欲にあふれているおかげで大きく視える。眼が爛々と輝き、逃げる姿勢が全く見受けられない。駆けつけた退魔師たちは戦い抜いて、絶対に勝ってやると言う気概で溢れていた。
 その勢いは、リクの闘争心にも火が付けるのだった。

「あら、ようやく骨の在りそうな連中のお出ましね」

 リクは、ぺろりと舌を舐める。
  まるで……これから相手をする退魔師たちの、品定めをするかのように。



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