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第6章 王都強襲編
60話 予期せぬ事実
しおりを挟む側頭部に痛みが奔り、ロップは思わず呻いてしまった。
王都の裏路地では、静かな戦いが繰り広げられていた。ロップが全速力で駆け抜け、その背中をルークは弓を構えて追跡している。時折、ルークは弓を引き絞り、ロップ目掛けて矢を放ってきた。
ルークの命中率は、決して悪くない。
セレスティーナの指導を受けたこともあり、そこらの兵を遥かに上回る腕前を持っている。
しかし、残念なことに、ルークは走りながら撃っていた。よって大方の矢は狙いが定まらず、避けることが出来るのだ。だけれども、もともとの腕前が良いからだろう。 こうして、ちょくちょくとロップの頬や頭、耳をかすめてくる。
「観念するんだな、このウサギ魔族!!」
ルークが叫ぶ声を後ろに聞きながら、ロップは走り続けた。
観念しろ、と言われて止まる魔族ではない。伝令として鍛え抜かれた足を懸命に動かし、少しでも噴水広場から遠くへ駆け続ける。
「この、なにか、言いやがれ、ウサギ!! というより、早く当たって倒れろっての!!」
なにやら文句を喚きながら、ルークはロップに矢を放ち続けていた。
走ることに集中するか、矢を放つことに集中するか、どちらかに定めれば自分を追い詰めることが出来るのに、と戦略の甘さに呆れてしまう。
ロップが仕えている大佐の戦略も的を外れることがある。しかし、このような真似はさすがにしないだろう。
ロップは、思わず
「……本当に、君のお姉さんとは大違いだよ」
と呟いてしまう。
ぽろり、と口から零れた言葉は、夜の路地裏に不自然なくらい大きく響いた。
しかし、別に気にしている暇などない。ロップは走り続け路地の角を曲がった時、ふと矢が狙ってこないことに気が付いた。それどころか、振り返るとルークの姿が見えない。
「あれ……おいてきちゃった、のかな?」
置き去りにしてしまうのは、今回の仕事の趣旨とずれてしまう。
待ち伏せか罠かもしれないと疑いながらも、ロップはそっと路地の角から顔を出してみる。
すると、まだルークはいた。十歩ほど離れたところで、矢をつがえることもなく呆然と立っている。なにやら放心状態で、魂が抜けたような様子だった。
「……」
いつまでたっても追いかけてくることもなければ、そのまま引き返すそぶりも見せない。
矢を放つこともせずに、ただ同じ場所にたたずんでいる。数分間経過しても、一向に微動だにしない。あまりの異様さに、ロップは矢が届くか、届かないかの辺りまで足を勧めた。
「ねぇ」
ようやく、ルークがぼんやりと口を開く。
ロップは警戒して身構えるが、ルークはそのようなことを気にしている様子はなかった。もしかすると、ロップが敵であることを忘れてしまっているのかもしれない。
ルークは、何かが抜け落ちたような雰囲気を漂わせながら、ちょっとおどおどとした様子で尋ねるのだった。
「……姉って……誰のこと?」
※
「黙れ、この外道が!」
リクはその先の言葉をかき消すように叫ぶと、力任せに腕を振り払った。
リクの右腕は、手錠へと変化したライモンの剣によって拘束されている。
つまり少しでも動かせば、剣の刃が腕に食い込み、そのまま切り落としかねない。案の定、あっというまにライモンの剣が、リクの右腕に食い込む。手錠に変化してもなお鋭い刃は、無情にもリクの腕を切り裂いた。
「っ!」
切り口からは、それこそ背後の噴水のように鮮血が迸った。
次の瞬間、脳まで痺れるような強烈な痛みが腕に奔る。リクは今まで様々な怪我をおってきたが、さすがに腕が切断される痛みは想像を絶していた。痛みと共に、大量の失血による悪寒が襲い掛かってくる。ふらり、と足元が揺れる。しかし、こんなところで倒れてしまったら、腕を犠牲にした意味がない。
リクは歯を食いしばりながら、ライモンから距離をとった。
「お前なんかに、従うものか」
荒い息とともに、言葉を吐き出す。
舗装された地面には、赤い血だまりが広がっている。その中に、リクの右腕と銀の剣が転がっていた。
利き腕が惜しい、と言えば素直に頷く。しかし、それ以上に目の前の男の言いなりになり、レーヴェンに牙をむける自分が赦せなかった。
真名は、魂を縛る。
その言葉は絶対であり、反抗することは出来ないのだ。
「……愚かだな、リク」
ライモンは、そんなリクを鼻で笑った。
「腕を犠牲にしてまで、退魔師を陥れたいのかい? もう君たちの敗北は、とうの昔に定まっているのに」
血が滴る剣の形状を元に戻しながら、再び歩み寄ってくる。
「さぁ、どうかしら?」
リクは、精いっぱい強がってみせた。
ライモンが近づいてくる分だけ、ゆっくりと後ろに下がる。左腕で右腕を庇いながら、逃げる機会をうかがっていた。
もう十分、配下の魔族が抜け出す時間は稼いだはずだ。そろそろ、この辺りが潮時だろう。それに口惜しいが、これ以上戦えるとは思えなかった。
……それと同時に、このまま無事に退却できる姿を想像することも出来なかった。
「まだ、奥の手があるかもしれないわよ」
リクは、虚勢を張る。
激しい出血で視界がかすみ始める。
痛みで気が遠くなりそうだ。足元もふらつく。たった一本、腕を切り落としただけというのに、この有様だ。なんて情けないのだろう、なんで自分は弱いのだろう。しかし、こうするしか真名から逃げる方法はなかった。
真名なんて訳の分からない縛りのせいで、レーヴェンに刃向うなんて死んでも御免だ。
それならいっそ、最後の悪あがきとして自爆特攻を仕掛けた方が良いかもしれない。喉元に噛みついて、一矢報いるのも手かもしれない。
腕を失ったら、蹴り殺せばいい。
脚を奪われたら、噛み殺せばいい。
歯を折られたら、全体重を使って圧し殺せばいい。
全身を使って、目の前の敵を殺そう。
それが、今のリクに残された唯一の活路だった。
「ならば、リンクス・バルサック」
しかし、希望はあっけなく崩れる。
ライモンは、噴水広場に響き渡る程の大きな声でリクの真名を告げた。
「魔族を壊滅させ、その後に自害しなさい」
「悪いが、こいつには出来ない話だな」
心地よく、そして力強い声が、リクの耳に飛び込んできた。
武骨な手が、優しく肩に置かれる。その途端に悪寒が拭い去られ、温かい感覚が肩から全身へと広がって行った。
リクを護るように目の前に広がるのは、深い闇色をした龍の翼。
もう見ることはないだろうと半ば諦めていた龍の羽にリクは思わず目を見開いてしまった。口を開くものの、あまりの驚きで言葉を発するすらできない。
ライモンも、その魔族の登場に対して驚きを隠せていなかった。
「……何を言ってる?」
ライモンは、かすかに困惑したような声を出していた。
リクには、確かに真名で「魔族を殺せ」と命令したはずだった。その言葉は、確かにリクの耳にも届いている。しかし、リクが攻撃動作に出る気配はなかった。
「簡単だ、ライモン・バルサック」
黒い龍の羽を広げながら、その魔族は勝ち誇ったように笑った。その後に続けとばかりに、リクの配下の魔族や龍鬼隊の魔族が次々に噴水広場に姿を現す。それぞれが得意とする武器を手に、リクではなく退魔師達を睨みつけていた。
「リクは、俺の部下だからだ」
レーヴェン・アドラーは、武骨な剣を引き抜いた。
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