38 / 77
第6章 王都強襲編
61話 10年越しの言葉
しおりを挟むレーヴェンの剣は、リクの銀の剣とは正反対だ。
まっすぐ整った銀の剣とは対照的に、レーヴェンの刃は酷く湾曲している。その剣幅は、大人の魔族1人分あるだろう。重さで比較すると、細身で振りやすい銀の剣とは比べ物にならない。
レーヴェンの大剣は、貫くというよりも、人を切り殺す形をしている。片手でようやく持ち上げられるほどの重さなのだから、普通の人間であれば両手で振り回すのがやっとだろう。
しかし、レーヴェンは、そんな大剣を顔色を変えることなく抜き放った。
「いくぞ、ライモン・バルサック」
レーヴェンが言葉を発するや否や、瞬く間にライモンの身体に迫る。
その速度は、まさに弓から放たれた矢のようだった。たった一歩の跳躍で砂埃が舞い、ライモンの首筋が剣の領域に入る。
「ふん」
しかし、ライモンも簡単に首を切り落とされるわけがない。
ライモンの剣は意志を手に入れたかのように歪み、鎧のようにライモンの首筋を覆った。変形した剣は、腕を切り落とせるほどの鋭さと硬さを兼ね備えている。故に、レーヴェンの一撃も容易に弾いた。レーヴェンの一撃を防いだ剣は、鎧から瞬時に形状を鞭のような剣へと変形し、レーヴェンの腕目がけて、蛇のように絡みつこうとしてきた。
レーヴェンはライモンから距離を取りながらも、焦らず大剣を振るう。 ライモンの攻撃を弾きながら、間合いに入る機会を窺っているようだった。
「……分からないな、魔族」
ライモンは、そんなレーヴェンを睨みつける。
薄く笑ったライモンだったが、その心は一層冷えていた。
たかが魔族ごときが、人間を使役しているだけでも胸糞悪い。
それに加えて、仮にも退魔師の一族に名を連ねていた者を部下と呼び、その窮地を助けに来るほど重宝している。リクの怪力が役に立つとはいえ、それを大佐にまで育て上げてしまうとは、ライモンにとって俄かに信じがたい行動だった。
なにしろ、人間を飼い慣らすなんて、魔族としての誇りが感じられない。
「魔族に尊厳はないのか?」
「尊厳? あるに決まっているだろう」
レーヴェンは、くだらないとばかりに一蹴した。
「魔王軍の一員として、魔王様の理想のために戦う。それが、魔王軍としての尊厳だ」
レーヴェンは魔王軍の役に立つのであれば、たとえ人間でも受け入れる。たとえ、出自が退魔師の一族であったとしても同じことだ。
もし、リクが結果を残せなければ、見込み違いということで処分されてしまっていたかもしれない。しかし、リクは見込み通りに出世街道を走っている。同期の魔族兵はもちろん、大多数の魔族を追い越して大佐まで上り詰めた。
「リクを拾って後悔したことなど、一度たりともない」
レーヴェンは断言した。その青い瞳には、迷いの色などない。そんなレーヴェンを、ライモンは鼻で笑った。
「そうか……私には理解できないな」
そうは言いながらも、ライモンは脳裏で一連の不快な出来事の真相が、ようやく収まるべきところに収まった。
最近、巷に広がり始めた「赤鬼」の噂。
ハルバードを抱えた魔族の小娘ごときに、なぜ歴戦の退魔師が太刀打ちできなかったのか。それは、ライモンの中で決着がつくまで時間がかからなかった。年齢、性別、髪の色、そして得手とする武器、どれをとっても、自分が追放した小娘と一致する。
ただ、どうして娘を魔族が利用するのか理解できなかった。
ライモンの知る魔族は、変に固まった誇りを抱いている。
自分の力で倒せぬものはないと信じきり、そして明らかに人間を見下す傲慢な集団だ。多種多様の魔族は、弱い人間とは比べ物にならない強大な力を振るい、たった50年の持ち時間しかない人間とは比べ物にならない寿命を誇る。
だからこそ、魔族が見下しているはずの敵対種族を受け入れる寛容さを持ち合わせているはずがない。故に、ライモンはリクと対面するまで、本当に噂の人物がリクなのかどうか、半信半疑だったのだ。
だが、それも合点がいった。もはや疑う余地すらない。ライモンは、レーヴェンを攻める手を止めずに告げた。
「ただ、君が魔王軍の犬だということは分かったよ」
ライモンの呟きには、何の感情も籠っていない。
魔族に対する憎しみも、魔族を屠る喜びも、どの色も存在しなかった。その声に、レーヴェンは違和感を覚える。
「貴様は……王に忠誠を誓っていないのか?」
ひとたびも休むことのない攻撃を捌きながら、レーヴェンは疑問を口にした。
「もちろん、忠誠は誓ってる。だけど、それを魔族に話す時間は惜しい」
ライモンは剣に力を籠める。鋭い剣先から柄まで、淡い輝きが灯っていく。そして輝きが柄まで達した時、花が咲くように2つに割けた。
「さっさと魔族を殺して、リクに罰を与えないといけないからね!」
※
噴水広場は、血が飛び交う乱戦状態だ。
中央付近では、レーヴェン・アドラーとライモン・バルサックが互いに牽制しあい、その周りを囲むように優秀な魔族兵たちと熟練の退魔師が剣を競っている。
ただ幸いなことに、この騒ぎに気づく住民はいない。1つ向こうの大通りの喧騒によって、噴水広場の音はかき消されていた。
それでも、殺気に敏感な者ならば気づくだろう。
リクのように噴水広場から離れた裏通りを走っていたとしても、その重厚な殺気を手に取るように感じた。リクは走る速度を遅めて、つい広場の方向を振り返ってしまう。
「もたつかないでください、リク・バルサック大佐」
そんなリクを、ピグロ・オビスは疲れたように諌めた。
リクはピグロに連れられて、誰もいない裏通りを走っていた。簡易的な止血を施しながら、ひたすら王都の外へと足を動かしている。
もちろん、リクも戦いたかった。利き腕は失ったとはいえ、まだ左手は残っている。使っていた剣も、地面に転がっていた。左手でも剣は振うことができる。利き腕ではないとはいえ、十分に戦えるのだ。レーヴェンと協力すれば、ライモンですら倒せていたかもしれない。
それでも、リクが戦わずに広場から遠ざかっている理由は1つだ。
「さっきも言ったでしょう。貴方の任務は終わりました。今は王都の外へ脱出することが大切です」
「しかし……ピグロ参謀」
「今の貴女は、レーヴェン・アドラーの足手まといです」
ピグロは、断言した。
レーヴェンの足手まとい。現状況において、この言葉以外にリクを従わせる要素はない。
利き腕を失っただけでなく、敵はリクの真名を知っている。それを逆手に取られて、利用されたらたまったものではない。
真名は、相手と直接対面していなければ効果を発揮しない。
例を出そう。もし、いま隣にいるピグロが「リンクス・バルサック、自害せよ」と言えば、真名が効力を発揮し、リクは手持ちの剣で胸を貫くだろう。
しかし、噴水広場にいるライモンが同じことを言ったところで、効果は表れない。相手との距離が一定以内でなければ、真名の拘束力は発揮しないのだ。
その理屈は、リクにも説明できる。
単純に「真名が、リクの耳に届かないから」というだけの理由である。
だが……今回の場合、真名の発動条件を満たしていた。
しかし、何故か真名の拘束力が効かなかった。それが、リクの抱いている疑問だった。
「それにしても、どうして……真名が効かなかったのでしょうか?」
リクが呟くと、ピグロは呆れたように息を吐いた。
リクから見えるピグロの横顔は、なんだか「子守りをするのは大変だー」と文句を口にするヴルストと重なって見えた。
「貴方、忘れたのですか?」
「忘れた、とは?」
「はぁ……貴方、今までの人生で『真名』を耳にした回数は何度あります?」
ピグロの問いを受けて、リクは回想する。
記憶にある中では、今回の件を含めて2度しかない。
たとえ、同じ家で生活していたとしても、相手の真名を口にすることは稀だ。むしろ、血のつながった親、そして生涯を共にする伴侶以外は、他人の真名など知る由もないのだ。
事実、リクの真名を知っているのは、ライモンとレーヴェンくらいであった。
「今回の件を含めなければ、たった1回ですね」
「はい」
「……なら、分かるでしょう。レーヴェンは、貴方になんと言いましたか?」
リクは、遠い昔の記憶を振り返る。
所々、霞み始めた記憶だが、それでもレーヴェンとのやり取りは鮮明に覚えていた。
ベリッカの港町で、レーヴェンは汚らしい奴隷商人を切り殺した。
レーヴェンは商人どもの返り血を拭うこともなく、剣を握りしめたまま振り返った。強面な表情とは不釣り合いな青色の瞳でリクを見下ろし、彼はこう言ったのだ。
「『このまま俺が捨て置けば、あそこに転がる輩の同類につかまるだろうな』……です」
「いや、その後ですよ」
ピグロの問いかけを受けて、リクは眉間にしわを寄せた。
レーヴェンは、ぐぃっと捩じ上げるようにリクの襟を持ち上げる。あの時は、真名を告げられた恐怖で頭が一杯だった気がする。でも、あの青い瞳を覗き込んでいるうちに、不思議と恐怖が薄らいできたのだ。
「『どうせ死ぬなら、俺のところに来い。
救ってやったその命がある限り、魔王軍のために力を振るい、魔王軍のために死ね』……?」
当時のリクにとっては死の宣告であり、今のリクを救い上げてくれた言葉だ。
あの言葉がなければ、いつまで地獄を彷徨っていたのだろうか。きっと、すぐに餓死してしまうか、それとも奴隷商人につかまって売り飛ばされていただろう。
どちらにしろ、ろくな未来ではない。
ピグロはリクの返答を聞くと、眼鏡をくいっとあげた。
「そうですよ。それです。
レーヴェンが貴方に発した最初の真名であり、最後の真名です」
ピグロの回答を聞き、リクは何とも言えない気持ちになった。
「つまり、レーヴェン隊長は最初から……私が魔王軍のために戦い続けるという、真名の拘束をかけていたんですか?」
「そうしないと、僕が君を切り殺していましたからね。バルサック家の密偵かなにかだったら、魔王軍の損失ですし、それに……」
と、ここまで口にして、ピグロは足を止めた。
それとほぼ同時に、リクも足を止める。殺気ではないが、何かが近づいてくる気配を感じた。敵意はない、が、背筋を震わすような嫌な感じがした。リクは左手で、血がべっとり付着した銀の剣を握りしめる。
「大佐。気を抜かないでくださいね」
ピグロも、ゆっくりと腰の剣に手を伸ばす。
そして、2人は路地の奥を睨みつける。そこにいた影は、徐々に近づいてくる。やがて、ふらついた足取りで影の姿が明らかになった。
「えっ?」
眩いばかりの銀髪をした少年は、相当の衝撃を受けたのだろう。リクを一目見た瞬間、その手に握りしめていた弓を落す。
そして、少年は10年ぶりの言葉を口にする。
「リク……姉?」
姉は、銀髪の少年と再会した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる