バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第6章 王都強襲編

61話 10年越しの言葉

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 レーヴェンの剣は、リクの銀の剣とは正反対だ。
 まっすぐ整った銀の剣とは対照的に、レーヴェンの刃は酷く湾曲している。その剣幅は、大人の魔族1人分あるだろう。重さで比較すると、細身で振りやすい銀の剣とは比べ物にならない。
 レーヴェンの大剣は、貫くというよりも、人を切り殺す形をしている。片手でようやく持ち上げられるほどの重さなのだから、普通の人間であれば両手で振り回すのがやっとだろう。
 しかし、レーヴェンは、そんな大剣を顔色を変えることなく抜き放った。

「いくぞ、ライモン・バルサック」

 レーヴェンが言葉を発するや否や、瞬く間にライモンの身体に迫る。
 その速度は、まさに弓から放たれた矢のようだった。たった一歩の跳躍で砂埃が舞い、ライモンの首筋が剣の領域に入る。

「ふん」

 しかし、ライモンも簡単に首を切り落とされるわけがない。
 ライモンの剣は意志を手に入れたかのように歪み、鎧のようにライモンの首筋を覆った。変形した剣は、腕を切り落とせるほどの鋭さと硬さを兼ね備えている。故に、レーヴェンの一撃も容易に弾いた。レーヴェンの一撃を防いだ剣は、鎧から瞬時に形状を鞭のような剣へと変形し、レーヴェンの腕目がけて、蛇のように絡みつこうとしてきた。
 レーヴェンはライモンから距離を取りながらも、焦らず大剣を振るう。 ライモンの攻撃を弾きながら、間合いに入る機会を窺っているようだった。

「……分からないな、魔族」

 ライモンは、そんなレーヴェンを睨みつける。
 薄く笑ったライモンだったが、その心は一層冷えていた。


 たかが魔族ごときが、人間を使役しているだけでも胸糞悪い。
 それに加えて、仮にも退魔師の一族に名を連ねていたリクを部下と呼び、その窮地を助けに来るほど重宝している。リクの怪力が役に立つとはいえ、それを大佐にまで育て上げてしまうとは、ライモンにとって俄かに信じがたい行動だった。
 なにしろ、人間リクを飼い慣らすなんて、魔族としての誇りが感じられない。

魔族きみに尊厳はないのか?」
「尊厳? あるに決まっているだろう」 

 レーヴェンは、くだらないとばかりに一蹴した。  

「魔王軍の一員として、魔王様の理想のために戦う。それが、魔王軍としての尊厳プライドだ」

 レーヴェンは魔王軍の役に立つのであれば、たとえ人間でも受け入れる。たとえ、出自が退魔師の一族であったとしても同じことだ。
 もし、リクが結果を残せなければ、見込み違いということで処分されてしまっていたかもしれない。しかし、リクは見込み通りに出世街道を走っている。同期の魔族兵はもちろん、大多数の魔族を追い越して大佐まで上り詰めた。

「リクを拾って後悔したことなど、一度たりともない」

 レーヴェンは断言した。その青い瞳には、迷いの色などない。そんなレーヴェンを、ライモンは鼻で笑った。

「そうか……私には理解できないな」

 そうは言いながらも、ライモンは脳裏で一連の不快な出来事の真相が、ようやく収まるべきところに収まった。

 最近、巷に広がり始めた「赤鬼」の噂。
 ハルバードを抱えた魔族の小娘ごときに、なぜ歴戦の退魔師が太刀打ちできなかったのか。それは、ライモンの中で決着がつくまで時間がかからなかった。年齢、性別、髪の色、そして得手とする武器、どれをとっても、自分が追放した小娘と一致する。

 ただ、どうしてリクを魔族が利用するのか理解できなかった。

 ライモンの知る魔族は、変に固まった誇りを抱いている。
 自分の力で倒せぬものはないと信じきり、そして明らかに人間を見下す傲慢な集団だ。多種多様の魔族は、弱い人間とは比べ物にならない強大な力を振るい、たった50年の持ち時間しかない人間とは比べ物にならない寿命を誇る。


 だからこそ、魔族が見下しているはずの敵対種族にんげんを受け入れる寛容さを持ち合わせているはずがない。故に、ライモンはリクと対面するまで、本当に噂の人物がリクなのかどうか、半信半疑だったのだ。
 だが、それも合点がいった。もはや疑う余地すらない。ライモンは、レーヴェンを攻める手を止めずに告げた。

「ただ、君が魔王軍の犬だということは分かったよ」

 ライモンの呟きには、何の感情も籠っていない。
 魔族に対する憎しみも、魔族を屠る喜びも、どの色も存在しなかった。その声に、レーヴェンは違和感を覚える。

「貴様は……王に忠誠を誓っていないのか?」

 ひとたびも休むことのない攻撃を捌きながら、レーヴェンは疑問を口にした。

「もちろん、忠誠は誓ってる。だけど、それを魔族に話す時間は惜しい」

 ライモンは剣に力を籠める。鋭い剣先から柄まで、淡い輝きが灯っていく。そして輝きが柄まで達した時、花が咲くように2つに割けた。

「さっさと魔族きみを殺して、リクに罰を与えないといけないからね!」






 噴水広場は、血が飛び交う乱戦状態だ。
 中央付近では、レーヴェン・アドラーとライモン・バルサックが互いに牽制しあい、その周りを囲むように優秀な魔族兵たちと熟練の退魔師が剣を競っている。

 ただ幸いなことに、この騒ぎに気づく住民はいない。1つ向こうの大通りの喧騒によって、噴水広場の音はかき消されていた。


 それでも、殺気に敏感な者ならば気づくだろう。
 リクのように噴水広場から離れた裏通りを走っていたとしても、その重厚な殺気を手に取るように感じた。リクは走る速度を遅めて、つい広場の方向を振り返ってしまう。

「もたつかないでください、リク・バルサック大佐」

 そんなリクを、ピグロ・オビスは疲れたように諌めた。
 リクはピグロに連れられて、誰もいない裏通りを走っていた。簡易的な止血を施しながら、ひたすら王都の外へと足を動かしている。
 もちろん、リクも戦いたかった。利き腕は失ったとはいえ、まだ左手は残っている。使っていた剣も、地面に転がっていた。左手でも剣は振うことができる。利き腕ではないとはいえ、十分に戦えるのだ。レーヴェンと協力すれば、ライモンですら倒せていたかもしれない。


 それでも、リクが戦わずに広場から遠ざかっている理由は1つだ。

「さっきも言ったでしょう。貴方の任務は終わりました。今は王都の外へ脱出することが大切です」
「しかし……ピグロ参謀」
「今の貴女は、レーヴェン・アドラーの足手まといです」

 ピグロは、断言した。
 レーヴェンの足手まとい。現状況において、この言葉以外にリクを従わせる要素ものはない。
 利き腕を失っただけでなく、敵はリクの真名を知っている。それを逆手に取られて、利用されたらたまったものではない。


 真名は、相手と直接対面していなければ効果を発揮しない。
 例を出そう。もし、いま隣にいるピグロが「リンクス・バルサック、自害せよ」と言えば、真名が効力を発揮し、リクは手持ちの剣で胸を貫くだろう。
 しかし、噴水広場にいるライモンが同じことを言ったところで、効果は表れない。相手との距離が一定以内でなければ、真名の拘束力は発揮しないのだ。

 その理屈は、リクにも説明できる。
 単純に「真名が、リクの耳に届かないから」というだけの理由である。
 だが……今回の場合、真名の発動条件を満たしていた。
 しかし、何故か真名の拘束力が効かなかった。それが、リクの抱いている疑問だった。

「それにしても、どうして……真名が効かなかったのでしょうか?」

 リクが呟くと、ピグロは呆れたように息を吐いた。
 リクから見えるピグロの横顔は、なんだか「子守りをするのは大変だー」と文句を口にするヴルストと重なって見えた。

「貴方、忘れたのですか?」
「忘れた、とは?」
「はぁ……貴方、今までの人生で『真名』を耳にした回数は何度あります?」

 ピグロの問いを受けて、リクは回想する。
 記憶にある中では、今回の件を含めて2度しかない。
 たとえ、同じ家で生活していたとしても、相手の真名を口にすることは稀だ。むしろ、血のつながった親、そして生涯を共にする伴侶以外は、他人の真名など知る由もないのだ。


 事実、リクの真名を知っているのは、ライモンとレーヴェンくらいであった。

「今回の件を含めなければ、たった1回ですね」
「はい」
「……なら、分かるでしょう。レーヴェンは、貴方になんと言いましたか?」

 リクは、遠い昔の記憶を振り返る。
 所々、霞み始めた記憶だが、それでもレーヴェンとのやり取りは鮮明に覚えていた。

 ベリッカの港町で、レーヴェンは汚らしい奴隷商人を切り殺した。
 レーヴェンは商人どもの返り血を拭うこともなく、剣を握りしめたまま振り返った。強面こわもてな表情とは不釣り合いな青色の瞳でリクを見下ろし、彼はこう言ったのだ。

「『このまま俺が捨て置けば、あそこに転がる輩の同類につかまるだろうな』……です」
「いや、その後ですよ」

 ピグロの問いかけを受けて、リクは眉間にしわを寄せた。
 レーヴェンは、ぐぃっと捩じ上げるようにリクの襟を持ち上げる。あの時は、真名を告げられた恐怖で頭が一杯だった気がする。でも、あの青い瞳を覗き込んでいるうちに、不思議と恐怖が薄らいできたのだ。

「『どうせ死ぬなら、俺のところに来い。
 救ってやったその命がある限り、魔王軍のために力を振るい、魔王軍のために死ね』……?」

 当時のリクにとっては死の宣告であり、今のリクを救い上げてくれた言葉だ。
 あの言葉がなければ、いつまで地獄を彷徨っていたのだろうか。きっと、すぐに餓死してしまうか、それとも奴隷商人につかまって売り飛ばされていただろう。

 どちらにしろ、ろくな未来ではない。
 ピグロはリクの返答を聞くと、眼鏡をくいっとあげた。

「そうですよ。それです。
 レーヴェンが貴方に発した最初の真名めいれいであり、最後の真名めいれいです」

 ピグロの回答を聞き、リクは何とも言えない気持ちになった。

「つまり、レーヴェン隊長は最初から……私が魔王軍のために戦い続けるという、真名の拘束をかけていたんですか?」
「そうしないと、僕がリク・バルサックを切り殺していましたからね。バルサック家の密偵かなにかだったら、魔王軍の損失ですし、それに……」

 と、ここまで口にして、ピグロは足を止めた。
 それとほぼ同時に、リクも足を止める。殺気ではないが、何かが近づいてくる気配を感じた。敵意はない、が、背筋を震わすような嫌な感じがした。リクは左手で、血がべっとり付着した銀の剣を握りしめる。

大佐リク・バルサック。気を抜かないでくださいね」

 ピグロも、ゆっくりと腰の剣に手を伸ばす。
 そして、2人は路地の奥を睨みつける。そこにいた影は、徐々に近づいてくる。やがて、ふらついた足取りで影の姿が明らかになった。

「えっ?」

 眩いばかりの銀髪をした少年は、相当の衝撃を受けたのだろう。リクを一目見た瞬間、その手に握りしめていた弓を落す。

 そして、少年は10年ぶりの言葉を口にする。

「リク……姉?」

 リクは、銀髪の少年ルーク・バルサックと再会した。 


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