バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第6章 王都強襲編

63話 Repeat

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投稿後、一部改訂しました。


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「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 ルークは雄叫びをあげながら、この一撃に渾身の力を込めた。
 リクが何か呟いた気がするが、彼の耳には何も聞こえない。ルークの目には、悪魔の笑みを浮かべる女しか映っていなかった。

 ルークの目の前にいるのは、姉ではなく大切な人セレスティーナの仇だ。赤い髪の悪魔は、目と鼻の先で嘲るように笑っている。しかも、大切な人を侮辱するような暴言を吐いただけでは飽き足らず、その人を殺した手で銀の剣遺品を振るっているのだ。

 許せない。
 絶対に許せない。
 いや、許していいはずがない。


「死ねぇぇええ!!」

 ルークは怒りに身を任せて、剣を振り下ろした。
 ルークは、自分の剣に相当の自信を持っていた。退魔師の大会では優勝を果たし、王国でも随一の剣豪とまで謳われた男すら、軽く剣を振るっただけで倒せた。だから、目の前の悪鬼も殺せるに決まっている。リクはルーク自慢の岩も砕く一撃を受け、悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちる……
 
「なっ!?」

 ……はずだった。

「遅いわ」

 ルークの剣がリクの肩を貫こうとした瞬間、リクが半歩横に身体をずらしたのだ。当然、ルークの攻撃はリクに当たらない。びゅん、と空気を切り裂く音がルークの耳に届いた。

「そんな!? ありえない!!」

 ルークは愕然とした。
 今の攻撃は、確実にリクの身体を切り裂くことが出来る軌道だった。それに、ひょいっと避けられる距離でもない。にもかかわらず、リクは焦ることなく軽々と避けた。
 いくら頭に血が上っていても「攻撃を見切られた」ということくらいは分かる。ルークは、唇を強く噛みしめた。額から、汗が一筋流れ落ちる。そんなルークを見て、リクは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「どうしたの、その程度?」
「っく、いまのは、まぐれだ!! まぐれに決まってる!!」

 ルークは力の限り叫んだ。リクの方へ足を一歩前に踏み出し、剣を力の限り振り上げた。剣の幅、長さから考えても、今度こそ腹から胸へと切り裂く軌道だ。ルークは脳裏で、無残にも身体を切られたリクが後悔する姿が浮かんだ。ルークは、完璧の勝利の図を思い描きながら剣を振り上げる。

「……ねぇ、ちゃんと狙ってるの?」
 
 しかし、結果は同じことだった。
 リクはルークの剣筋を、ひょいっとかわすのだ。しかも、彼女の表情には焦りの色が全くない。ルークが何度剣を振るっても同じ結果しかない。リクは、まるで踊りでも踊っているかのように、ちょこまかと攻撃をかわし続ける。

「くそっ、あたれ、あたれ、あたれ、あたれ、あたれぇぇ!!」

 何度振り降ろしても、何度振り上げても、何度横から薙いでみても、結果は悲しいまで変わらない。リクは、すべて愉しそうに嘲笑いながら避けるのだ。
 しかし、ルークはそれ以外の攻撃方法を思い浮かべることが出来なかった。感情に身を任せて、ただただ我武者羅がむしゃらに結果の見えた攻撃を重ねていく。それを繰り返していくうちに、ルークの中で変化が起き始めていた。セレスティーナを殺した憎しみや、本気の攻撃を避けられ続ける怒りが膨れ上がっていく。それと同時に、底知れぬ恐怖も再び芽生え始めてきたのだ。
 

 ルークが説得から戦闘へ移行した当初こそ、煮えたぎるような憎悪と怒りで忘れかけていた。
 しかし、その前……リクと対峙した当初、ルークは恐怖で震えてしまった。


 ルークは、リク・バルサックを見捨てた日のことを思い出したのだ。
 それは遠い昔、ルークが4歳だったころの古くて黴臭い記憶だ。わずか4歳の出来事など忘れても無理はないだろうが、前世のゲームことは覚えているにもかかわらず、どうして今この瞬間まで衝撃的な事件を忘れていたのだろうか。

 その理由は分からない。

 だが、ルークはリクとの離別を鮮明に思い出していた。

 ライモンの手から突き放された少女の姿を。そして、少女の大きな瞳から零れ落ちる涙と、瞳から消えていく光を。何かを求めるように前に突き出した両手は空をかき、吸い込まれるように海へと落ちていった。
 ルークは、実の姉を助けようと駆け出すこともせず、助命をすることもせず、ただ父に恭順の意を示した。

 魔族の諜報員クルミ魔王妹シャルロッテたちなど魔族を攻略するうえで、ライモン・バルサックの存在は邪魔になってくる。だけれども、それとは逆にカトリーヌやセレスティーナを攻略していくルートでは、ライモンの存在が必要不可欠になってくるのだ。ハーレムルートを目指すならば、ライモンに従いつつも、じっと機を窺っていかなければならない。


 少なくとも、4歳の時点でライモンに逆らえるわけがないのだ。
 ルークは、そう言いながら自分を誤魔化していた。しかし、それは都合の良い言い訳だ。本心では、たいして可愛くもない役立たずのヒロインを厄介払い出来たと喜んでいた。飛びぬけて可愛くもなく、他の人よりも自分ルークを担ぎ上げない女の子は興味がない。
 だから、いらない玩具のように捨てた。捨てた場所がゴミ箱ではなく荒れた海であり、捨てに行ったのは自分ではなくライモンだったというだけのこと。

「僕は、悪くない」


 もし、あの場で生き延びていたら……リクがライモンを含めた退魔師に復讐しようと思うのは当然のことだ。のうのうと生きている自分ルークを憎み、殺してやりたいと思う気持ちも分かる。
 恐らく、ルークが見捨てていなければ、リクがこうなることはなかったのかもしれない。ゲーム通りに物事が進んでいたのかもしれない。今も隣で、セレスティーナが微笑んでくれていたかもしれない。

「でも、僕は、悪くないんだ!」

 それでもルークは自分の汚点を認めるよりも、この展開を新作ゲームのストーリーだと考えた方が楽だった。
 だから、リクを受け入れようとした。自分のせいではなく、ゲームの展開の一環なのだと信じる方が、はるかに気持ちが楽なのだ。
 ……でも、ルークは怖かった。見捨てられた恨みは、彼女の内面を相当深く傷つけてしまったのだろう。リクは、どこからどう見ても自分ルークを始末しに来た「復讐者」にしかみえなかった。
 闇夜によく映える毒々しい赤い髪、返り血で化粧をし、双眸は獣のように爛々と輝かせている。おまけに右腕がないのに、まったく隙がない臨戦態勢だ。さらに、ルークが必死になって呼びかけている間にも、ねっとりと纏わりつくような憎悪の感情をぶつけてくる。くすり、くすりと、この状況下で微笑む様子も、怖くてたまらない。


 ルークは、リクが怖くて怖くてたまらない。
 自分が、殺されてしまう。剣を避けられれば避けられるほど、その恐怖が募り、ルーク自身が血を吐いて倒れている未来ビジョンが脳裏をチラつく。だから、怖い。ルークは、身体の端から徐々に闇に飲み込まれていくような恐ろしさに支配され始めていた。
 
「さっさと殺されろよ、ちくしょう! この、悪魔!」
「……そう、その程度だったの」

 セレスティーナの怒りより、恐怖の色が勝った瞬間だった。
 リクの目に浮かんでいた狂気が、波が引くように消えていく。ルークがリクの変化に反応するよりも早く、腹に強い衝撃を覚えた。リクがルークの攻撃を越え、左肘を腹へ打ち込んできたのだ。

「ぐはっ!」
「隙、多いわよ」

 考え事のせいかしら?とリクは呟きながら、腹の痛みにうずくまるルーク目掛けて回し蹴りをしてくる。避けることも出来ず、だからといって守りの構えをする暇もなかった。リクの脚は鞭が奔ったかのように素早く、そして正確に横腹へ打ち込まれる。

「痛いっ!!」

 ルークの身体は、その衝撃で宙を舞った。勢いよく壁に叩きつけられ、そのまま地面へと崩れ落ちる。ルークは痛みに呻きながら、ごろんと血が滲みこんだ道でうずくまった。ルークは、次の攻撃が来るのではないかと身を丸めた。
 もう、これ以上痛いのはこりごりだ。ならばせめて、その痛みを少しでも軽く済ませたい。ルークは耳を塞ぐように身体を丸め、自分の中に閉じこもった。
 
「……」

 そんなルークに対し、リクは氷のように冷たい視線を向けていた。
 感情まで凍ったのではないか、と思いたくなるくらい非情な視線だった。余りの恐怖に、ルークは悲鳴も上げることが出来ない。

「抵抗もしないなんて、聞いてあきれるわ……バルサックの次期頭首」

 リクは、静かに銀の剣を掲げた。月明かりに照らされ、銀の剣が青白く光り輝いている。その鋭い切っ先は、まるでリクの心の中を現しているようだ。


 ルークは、目を固く閉じた。
 あぁ、ここで自分は死ぬ。理想のハーレムを作りたいがために姉を闇落ちさせて、大切な人を次々に殺され、仲間に見送られることなく死んでいく。なんて、寂しい人生の終幕なのだろうか。前世でも何も成し遂げることが出来なかったのに、せっかく手に入れた二度目の人生も無駄にしてしまった。

 ルーク・バルサックは、このまま舞台から退場する。
 なんて、虚しく無様で滑稽な役回りだったのだろうか。

 あっという間の14年。前世と足しても、たった32年。
 なんにも出来ないで、ただ自分勝手に生きて終わってしまった。
 
「さよなら、ルーク・バルサック」

 
 ルークの視界は、闇に覆われている。
 その暗くて冷たい闇の中、リクが発した鈴のような声と、リクの剣が振り降ろされる空気を切り裂く音だけが、酷く鮮明に聞こえた。


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