バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第7章 8日間戦争編

70話 新しい駒

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「暑い!!」

 リクは割り当てられた部屋に入って早々、約1日貼り付けていた笑顔の仮面を脱ぎ捨てた。
 軍服の第1ボタン、続いて第2ボタンまで乱暴に外し、そのままベッドに転がる。せっかくの軍服に皺が寄ったが、そんな些細なこと気にならなかった。


 ミューズを出発してから、もう2日も経過する。

 魔都タイタスまで丸1日、ほとんど休まず馬を走らせ、魔都についてからも、血筋の良い魔族への挨拶回りを兼ねた歓迎会に引きずり回され、リクは心底くたびれていた。
 もちろん、相手に応じて、出来る限り自然体で接したり、少し脅迫まがいの態度で臨んでみたりと自分を変えるのは苦手ではない。リクは自分の違った一面を見せているという感覚で振る舞っていたのだが、それが特別得意というわけでもない。

 むしろ、どちからといえば面倒くさかった。

「……戦場でハルバードを振るっている方が、ずっと楽よ。こんなこと、好んでやる連中の気がしれないわ」

 リクは口を吐きながら、枕に顔を埋める。
 戦場で駆け回る以上の疲れが、リクの身体に伸し掛かってきている気がした。この歓迎会で得た評判が、今後の行動に繋がってくるのだと理解している。一瞬一瞬が大事な瞬間であり、気を抜くことは許されない。疲れるけれども、やるしかないのだ。

「はぁ、なにしてんだよ、嬢ちゃん」

 リクが枕の柔らかさを堪能していると、後ろからヴルストの大きくため息が聞こえてきた。リクがむっくり顔を上げると、ヴルストが部屋に鍵をかけるところだった。

「……嬢ちゃん、もっと軍服を丁寧に扱えよ。それ、卸したてなんだろ?」

 ヴルストは苦言を漏らす。
 リクは枕を片腕で器用に抱えながら、ヴルストを軽く睨みつけた。

「まだ新品の軍服が鞄に入っているから、少しの皺くらい問題ないわ。
 それよりも、いまは休むことが先決よ」
「いや、そうかもしれねぇけどさ……って、んなことよりも、まず報告しねぇといけないことがあるだった」

 リクは、ヴルストから一通の書状を受け取った。丁寧に蝋を押された羊皮紙にには、送り主の名前が書いていない。代わりに、黒い鳥の羽が挟まっている。リクは黒い羽をつまみながら、そっと目を細めた。

「カラスの羽……第四師団のカルラ・フェザーからの書状ね」

 以前、シェール島へ訪れた黒い鳥型魔族の伝令を思い出す。レーヴェンの配下だということもあり、シャルロッテというよりもリク寄りの魔族兵だ。ミューズに緊急事態が勃発した時のために残してきたロップの代わりに、彼女に伝令パイプ役として存分に力を発揮してもらうことになっているのだ。

「あぁ、嬢ちゃんが貴族連中と話しているときに届けられたもんだ」
「早く渡しなさいよ」
「バーカ、機会がなかったんだっての」

 リクはヴルストを一睨みすると、枕を置いて封を破った。そして、すらすらと書き連ねられた文章に目を落す。リクが読み進めていくことに比例して、その眉間のしわが深くなっていく。もういくら伸ばしても元通りには戻らないだろう、というところまで皺が深められた時、リクはようやく顔を上げた。

「……どうやら、こちらの動きを察知させられたみたいね」

 リクは、がっくり肩を落とした。
 
 シャルロッテ側が、リクとゴルトベルクたちの叛乱を事前に察知できないとは考えていない。だが、発覚するのは早くても明日の夜明けあたりだと推論を立てていた。それが今この瞬間、破られたのである。下手をすれば、これから行動方針を変えなくてはならない。とはいえ、リクがゴルトベルクに面会するのは難しい。リクにもゴルトベルクにも時間の都合というものがある。なかなか上手い具合に2人っきりになる折り合いがつかないのだ。

 なんとか時間に都合をつけたところで、シャルロッテに叛乱を計画しているの存在が発覚してしまっている以上、リクとゴルトベルクの行動はシャルロッテに見張られていると言っても過言ではない。

 こうなったら、もう当初の計画を実行しながら、臨機応変に個人個人で少しずつ行動を変えていく必要がある。
 リクは溜息をつくと、カルラからの書状に記載された「要注意魔族リスト」に目を通した。

「ケイティ・フォスター……は、あの男女ね。力さえ注意すれば、なんとかなるわ。
 それで、問題はこっちの……フィオレ・パンサーだけど、ヴルストは知ってる?」

 リクはヴルストに話を振ると、ヴルストは驚いたとばかりに目を見開いた。

「はぁ? しらねぇのか、嬢ちゃん!?」
「知らないわよ。私は戦場一筋だったから」

 リクがそう返すと、今度はヴルストが疲れたように額に手を当てた。ヴルストは「戦い方だけじゃなくて、もっと魔族常識も教えるべきだった」なんて呟きながら、やれやれと頭を振っていた。

「いいか、パンサーっていえば、議会でも強い権限を持つ貴族の一族だ。
 なかでも、フィオレっていえば、シャルロッテの右腕として時代の議会を率いていく若手って知られてる。味方にすれば頼もしいかもしれねぇが、敵に回したとなりゃ目も当てられねぇくらい恐ろしい女だぜ」

 ぶるり、とヴルストは軽く震えた。心なしか、ふさふさの尻尾が逆立っているように見える。
 リクは、ふむと考え込んだ。ヴルストの反応を見る限りだと、自分はとんでもない奴を敵に回してしまったことになる。


 ……ここで降参すれば「まだ何も起こしていない」ということで、処罰は免れるかもしれない。ただ、ここまで築き上げてきた地位が一瞬で崩れてしまうことに間違いないだろう。それだけで済めば御の字で、謀反計画者として監視がついて行動制限かかること間違いないはずだ。レーヴェンが目覚めた時、彼の隣で戦える可能性は極めて低くなる。それだけは、避けなくてはならない。

「嬢ちゃんが何しでかそうとしてるのか分かんねぇけど、手の内はばれているってことだ。あんま無茶なことしねぇで、ここで手を引いておけ」

 ヴルストが頭の後ろを掻きながら、そっと囁いてくる。
 リクは、ヴルストに今回の計画についてまだ話していなかった。

 ヴルストは、まだシャルロッテを完全に敵と認定していない。リクはヴルストを信頼していたが、それでも万が一ということがある。今回、リクは出来る限り、彼を頼りすぎないようにしようと考えていた。

「別に。なにも無茶なことしでかそうとしていないわ」

 リクは左手に握りしめた黒い羽を回しながら、対抗策を思いめぐらせる。
 しかし、哀しいことに考えても考えても良案は思い浮かぶことなく、時間ばかりが過ぎていく。こうなってしまったが最後、いっそのこと最終手段の闇討ち計画に移行してしまおうかとさえ考えてしまう。カルラの羽のように夜の闇にまぎれこめるのであれば、簡単に闇討ちが出来たのに。

 そこまで思案した時、ふと……リクは1つの光景を思い出した。
 
「伝令部隊といえば……シャルロッテにも伝令部隊がいるのよね」

 リクは静かな声色で、ヴルストに尋ねてみることにした。すると、ヴルストは苦虫を潰したような表情に様変わりした。

「あー、いたな」
「園遊会の時にいたわよね? 確か、メイ・アステロイドという名前だったと思うけど」

 ヴルストに追い打ちをかけてみる。
 リクの記憶が定かならば、魔王の冠についての情報を拾ってきた伝令兵は、こんな感じの名前だった。ろくに真偽を確かめることもせず、リクたちをシェール島へ送り込んだシャルロッテも赦し難いが、そもそも発端となった偽情報をつかまされたメイ・アステロイドも憎悪の対象だ。もし、彼女メイ・アステロイドが情報に疎くなければ、この程度の噂話の真偽を見抜くことが出来たはずだ。

 しかし、現実ではそれが出来ずに退魔師側に踊らされてしまっていた。


 退魔師によって操られるなど、あってはならないことだ。思い出すだけでも、腹正しくなってくる。

「あぁ、メイ・アステロイド。あの語尾がにゃーって奴だろ?」
「そう。彼女、貴方の親戚かしら?」

 リクの記憶が確かならば、彼女の顔は明らかに狼のものだった。それにくわえて、名字はヴルストと同じ「アステロイド」という姓を名乗っている。これで、無関係だとは言わせるわけにいかない。むしろ、無関係であるほうがおかしい。
 リクが問いかけると、ヴルストは心底不機嫌そうに首を縦に振った。

「あぁ。親戚も何も、おれの妹だ」
「妹? ヴルストに妹なんていたの?」
「妹くらいいるっての。で、アレがどうしたんだ? あいつのこと、あんまり知らねぇぞ」

 ヴルストは、いつになく投げやりな感じで言い放つ。リクが10年間、ヴルストと過ごしてきて、彼の口から「妹」という単語が出てきたのは初めてである。もしかしたら、そこまで妹と仲が良いわけではないのかもしれない。少なくとも兄妹仲の良し悪しに関わらず、疎遠だということには間違いないだろう。
 そんなことを推察しながら、リクはにんまりと微笑んだ。1日中笑みを浮かべ続けたせいで顔の筋肉が緩んでいるせいか、はたまた別の理由なのか、それは分からなかったが、リクは すんなりと笑顔を浮かべることが出来た。

「そう、妹がいたのね」

 シャルロッテに重用される伝令部隊に所属しているにもかかわらず、偽情報をつかまされてくるような魔族のヴルストの妹だとは思いたくなかったし、あのように頭の軽い女魔族を使うことはないだろうと考えていたが、こんなところで戦局がリクも動くとは予想外だった。

「妹さん、紹介してくれる? せっかく魔都にきたのだから、挨拶くらいはしておこうと思って」

 使える者は、すべて使う。
 リクは、ゴルトベルクと協力したとしても人材も資金もシャルロッテより少ない。ならば、使える者はすべて使おう。たとえ、あからさまな敵であっても、それも駒として利用するべきである。

 新しい駒の出現に、リクはひそかに心躍らせるのだった。


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