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第7章 8日間戦争編
74話 シャルロッテ魔王代行の栄光
しおりを挟むデルフォイでの一件は、事実とは異なった噂が広まっている。
魔族の一般認知では「シャルロッテが退魔師に確保され、護衛部隊は全滅した。それをレーヴェン・アドラーやリク・バルサックたちが命をかけて助け出し、魔王軍に潜んでいた内通者もあぶり出すことに成功した」となっている。一応、概要としては間違っていない。だが、もっとも大事な部分が抜け落ちてしまっている。
そう、それは――
「シャルロッテ様が……ルーク・バルサックに好意を抱いていた?」
誰かの声が、よく響き渡った。
議会が水を打ったかのように静まり返る。リクは周りを見渡さなくても、議会に集まった魔族たちの表情が分かる気がした。
ルーク・バルサックの名前は、魔王軍の中でもよく知られている。
近年、頭角を現してきた若い退魔師であり、いくつかの戦場で武功を上げている。最近の活躍では、ゼーリックの第二師団を壊滅させたことがあげられるだろう。今後の魔族の行く末を考えるのであれば、ルークの才能の芽が花開く前に摘み取らなければならないのは必然だった。
しかし、ルーク抹殺を決断し、実行に移さなくてはならないはずの魔王代行が、本人に惚れた上に、優秀な護衛部隊を壊滅させ、挙句の果てには退魔師に捕らえられたなど醜聞極まりない。それ故に、ケイティたちの手によって情報統制が行われていたのだが、リクの暴露で意味をなくしていた。
魔族たちの中に、これまでにない動揺が広がっていく。
「それは……本当なのですか、シャルロッテ様?」
一人の魔族が、おそるおそるシャルロッテに尋ねた。
それに対し、シャルロッテは何も答えない。若干青ざめた表情で、弱弱しく首を横に振る。そんなシャルロッテの態度に、リクは内心「馬鹿だな」とあきれてしまった。毅然とした態度で否定すれば、状況は多少マシになっただろう。しかし、シャルロッテは馬鹿正直に動揺してしまっている。
まさか、この場所で真実を明らかにされるとは予想していなかったのだろう。
「本当、なのですか? ルーク・バルサックに好意を抱いていたというのは?」
「……う、嘘じゃ。騙されるのではないぞ。これは、リク・バルサックの吐く嘘じゃ!」
シャルロッテは、やっと我に返ったらしい。動揺の色を残しながらも、なんとか否定しようと声を張り上げる。ただ、今……シャルロッテが「ルークに惚れていた」事実を否定しても、事態が好転するわけない。
既に半数以上の魔族たちの目の色は、シャルロッテに対する不信感で染まっていた。ケイティは、シャルロッテよりも先に魔族たちの目の色が変わったことに気づくと、慌てて口を開いた。
「お前たち、シャルロッテ様が退魔師ごときに熱を上げるわけが――」
「静まらんか、下郎!!」
ケイティの声を遮ったのは、武骨な声だった。ルドガー・ゴルトベルクが、反論を遮るように立ち上がる。議会に招致されたありとあらゆる魔族たちよりも勝る巨体の持ち主が、ずんっと立ち上がったのだ。その姿は、まるで山が動いたように感じられた。
「不利益な真実を隠蔽しようとする。それは魔王軍の安寧のために、時として為政者として相応しい行動かもしれん」
ゴルトベルクの声は戦場にいるとき同様、議会の隅から隅まで覆い尽くすように響き渡った。シャルロッテとケイティは、ゴルトベルクの擁護に胸を落し――
「しかし! そのために被った被害は大きすぎる! シャルロッテ様は魔王様から『代行』という形で采配を振るう権利を譲り受けているだけに過ぎん! 今回の事態は、魔王様の名誉に泥を塗ったといっても過言ではない。よって、シャルロッテ様は相応の罰を受ける必要があるはずだ!!」
――たのは一瞬で、次の瞬間、胸を落すどころか絶望の縁まで転がり落される。
ゴルトベルク家はミューズでの惨敗の結果、かなり落ちぶれてしまってはいたが、それでも名門魔族であることには変わらない。その頭首の言葉、しかもそれが魔族たちにとって正論だと感じ取れた場合、その後どうなってしまうのか容易く想像できるだろう。
「……そうだ、シャルロッテ様は罰を受けるべきだ」
どこからともなく、声が上がる。
それは、この数日間……リクと話したことのある魔族の声だった。もともとリクやゴルトベルクの話に一理あると考えていた魔族だからこそ、ゴルトベルクの発言に対し、真っ先に突き動かされる。
最初は、10人にも満たない数だった。盤上の形成が弱点した現在、その10人に後押しされる形で、シャルロッテに退陣を求める声が議会全体へと広がっていく。
「ええい、静まれ! 静まらんか!!」
ケイティは、必死になって声を張り上げる。
ケイティは軍育ちということもあり、そこそこに声は通る方だと自負していたが、1人対ほぼ100人ともなれば話は変わってくる。ケイティの声は、シャルロッテ退陣欲求の声にかき消されてしまった。
「うぅ、フィオレ! なにか策はないのか!?」
シャルロッテは、もう動くことが出来ない。シャルロッテは、青ざめて震えているだけの小さな小娘になってしまっていた。ケイティの味方だった魔族の大多数は、今回の告発で敵にまわり、残った少数の魔族たちは表立っての反論が怖いのか縮こまってしまっている。
ケイティにとって頼みの綱は、ただ1つ……この議会が始まってから、ずっと沈黙を保っている親友だけだった。
「フィオレ、お前も人間が台頭するのは反対していただろう? リク・バルサックのもくろみ通りになってしまうぞ!?」
「……」
フィオレは真顔のまま、黙って議会の有様を見届けている。
口は真一文字に結ばれ、ケイティの方を見ようともしない。
「フィオレ! なぁ、フィオレ! なんとか言ったらどうだ? 今なら、お前の声ならば、まだ議会に届くかもしれん。貴族として、強い権限を持つお前なら……」
「フィオレ・パンサー」
ケイティの言葉を遮るように、リクが口を開いた。
既に議会の眼は、シャルロッテに向けられている。孤立奮闘を続けるケイティや、ゴルトベルクの影に隠れるように一度舞台から身を引いたリクなど、誰も目にかけていない。
ケイティだけが、リクを忌々しげに睨みつけた。
「私はなにも言わないわ。すべては、あなたが決めることよ」
「……」
フィオレは、リクにも視線を向けない。
ただ黙して座る姿は、修験僧のようだ。
「でも、よく考えなさい。
……どちらに未来があるのかを」
リクはそれだけ言うと、フィオレに背を向ける。フィオレは、ここでも黙ったままだった。
「なにを言いたいんだ、リク・バルサック……フィオレ、あんな奴のことは気にするな。それで、言ってやれ。この状況を打破する言葉を」
ケイティが優しく、そして縋るように囁く。
この状況を変える力を持つのは、魔族貴族の中でも一つ頭抜けた権力を持つフィオレだけだ。
「フィオレ!」
「……ケイティ、ここは退きなさい」
フィオレの眼には、薄らと涙が浮かんだ。
だが、その眼から涙が落ちることはない。まっすぐケイティではなく議会の方を見つめたまま、フィオレは己の決断を口にする。
「えっ……フィオレ?」
ケイティは、なにが起きたのか分からないらしい。フィオレを呆然と見つめる。
「どうしたんだ? なんで、退くとはどういうことだ?」
「シャルロッテ様は責任をとらなければなりません。それが、魔王代行としての務めですわ」
「フィオレ!!
おまえ、裏切ったのか!?」
ケイティは、ふらふらとフィオレから距離をとる。
「おまえ、リク・バルサックの言う通りにしようというのか!?
まさか、弱みでも握られたのか? そんなこと、気にするな。私が払いのけてやる!」
ケイティは顔を真っ赤にしながら、フィオレに迫った。
「私は、私は、おまえの親友であり!シャルロッテ様の懐刀で! あのリク・バルサックと同じ少将で、それで……!!」
「元を正せば、シャルロッテ様がルーク・バルサックに着いていくのを止めなかったお前にも責任があるのではなくって?」
ここで始めて、フィオレはケイティと視線を合わせた。フィオレの赤く滲んだ眼には、固い決意の色が浮かんでいる。
「同じ少将でも、実際に魔王軍の危機を救ったリク・バルサック少将の方が、お前より軍での位置づけも、発言力も高くってよ。
私は……シャルロッテ様の更迭に、賛成します」
フィオレは絞り出すように、自分の意思を表明した。
ケイティの赤い顔は青く萎み、やがて白くなった。やがて地面に崩れるように膝をつくと、拳で床を殴る。磨き上げられた床には小さくヒビが入った。
ケイティの感情論では、もう引っくり返らない。唯一の障害が寝返った以上、他の魔族にも、この状況を覆せない。
これで、もうシャルロッテ更迭を阻止できる魔族はいない。
リクは口の端をあげると、小さく呟いた。
「さよなら、シャルロッテ・デモンズ」
シャルロッテ魔王代行。
彼女を着飾っていた栄光は、ゆるりと剥がれ落ちていく。
彼女の100年以上及んだその治世が、幕を閉じた瞬間だった。
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