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第8章 探索編
77話 逃亡者の行方
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※投稿後、一部訂正しました。
********************************************
「なに、逃げ出したでござるか!?」
アスティ・ゴルトベルクの怒鳴り声が、四方の森に響き渡った。
あまりの声量に、鳥たちが驚いて逃げ出してしまっている。普段のアスティならば「しまった、退魔師たちに居場所がばれてしまう」と警戒するのだが、今の彼女は冷静さを失ってしまっていた。
「よもや、ケイティ・フォスターが脱獄するとは……」
アスティは拳を握りしめた。
アスティは、ケイティ・フォスターと仲が良かった。
ほぼ同年代で同性同士、さらに家柄も同じくらいとなれば、交流もあり、互いに良き好敵手として切磋琢磨していた。アスティよりもケイティの方が出世し、シャルロッテ魔王代行の補佐役に上り詰めたが、彼女が失脚した今、完全に立場は逆転している。だけど、いつか改心し、魔王軍のため、リク・バルサックのために剣を捧げる日が再び訪れると信じていた。
「どうやって逃げ出したのでござるか? あの牢獄は、そう簡単に脱獄できないはずでござる」
アスティは、伝令兵に詳細を尋ねる。状況が分からなければ、この後の行動指針を立てることができないからだ。伝令兵は小さく頷いた後、はきはきと話し始めた。
「どうやら、牢獄内にシャルロッテの息がかかった獄卒が混ざっていたらしく、その者の手引きで脱獄したとの情報です。
すでに、その獄卒は捕えてあります」
「それなら良いでござる。それで、ケイティ・フォスターは、どっちへ逃げたのでござる?」
「えっと、たしか――東の方角です」
ここで、伝令兵が地図を広げた。
魔族が支配する地域と人間が支配する地域が入り混じった地図には、ケイティ・フォスターが脱獄した監獄の位置も記されていた。アスティは目を細めると、顎に軽く手を添えて考え込む。
「東、でござるか」
監獄を遥か東に進めば、魔都がある。ただ、眠ることなく歩き続けたとしても20日以上かかるだろう。軍人として鍛えていたとしても、それはいささか無理がある行軍だ。魔都へ向かう道中に発見され、再度拘束される可能性が高い。だが、魔都以外にケイティ・フォスターが逃走する可能性がある魔族の街や村は存在しない。あることにはあるが、小規模な村に彼女が助けを求めるとは考えにくかった。
まず、ケイティ・フォスターは、どのような罪で投獄されたのか魔族中に知れ渡っている。小規模な村は、退魔師が攻めてきたとしても防衛するだけの戦力を抱えることができない。だから、彼らが安心して生きていくためには魔王軍の助けを乞う必要があるのだ。そんな村々が、ケイティ・フォスターを匿い、ルドガー・ゴルトベルクとリク・バルサック率いる新体制に反旗を翻すわけない。
だから、東へ逃走をはかること自体が無謀な行いである。
「ということは、東へ逃げたふりをして、別の方角へ逃走を図ったと?」
「うむ。それが恐らく正解でござる」
「東はない、とするならば……それでは、南でしょうか? ここに、魔族の街があります」
伝令兵は地図のとある一点を指さした。そこには、ケイティ・フォスターが投獄されていた場所から3日ほど歩いた場所にある街が記されていた。
「魔都には劣りますが、活気あふれる街です。
木を隠すなら森の中、魔族を隠すなら魔族の中、ということですよ」
「そう、でござるな」
アスティは返事こそしてみたが、本心から同意してはいなかった。
ケイティ・フォスターは自分同様、けっこう直情的で単純な女だ。しかし、まがりなりにもシャルロッテの側近にまで出世した女でもある。はたして、こうパッと考えて思いつきそうな手段をとるだろうか?
「……」
アスティは、だまって地図を睨みつける。東は無理。南が妥当。西だと元来た場所に戻る結果になり、残された退路は1つ――
「ひょっとしたら、北かもしれないでござるよ」
「北、ですか? いや、しかし……それはないかと」
地図を北に進めば、街があった。
2日ほど進んだ先にある街は、南の街よりも遥かに大きい。おそらく、この街に一度逃げ込まれてしまったら最後、魔族による追跡が非常に困難であることが予想される。ただ、常識のある魔族なら、この街に逃走するわけがない。いや、逃走して生きていられるはずがない。
「北の街は……人間の街ですよね? こんなところに入ったが最後、すぐに殺されますよ」
伝令兵は、アスティの考えを否定する。アスティ自身、腕を組みながら伝令兵の意見を肯定した。
「普通はそうでござる。ましては、ケイティの腕は完璧に獣そのものでござるからな。上から服を着たところで隠しようがないでござる」
「でしたら!」
「しかし! この街は例外でござる」
アスティは、そこに記された街の名前を見下ろした。
アスティ自身は訪れたことなかったが、魔族の間では度々名前の上がる街だった。
「デルフォイ。この街なら、多少姿かたちが魔族っぽくても仮装でやり過ごせるでござるよ」
デルフォイ。
そこは、未来を見通す神官が住まう街。
完全に人間だけで構成された街だったが、数か月に一回……魔族が紛れ込んでも不思議ではない仮装祭が開催されるのだ。
「デルフォイの仮装祭。ケイティの腕程度なら、仮装でごまかしが効くでござる。
この街を経由して、別の場所へ向かうことは可能でござるよ」
物好きな魔族が忍んで訪れることも多い祭りだ。アスティの記憶が正しければ、前回の祭りで前魔王代行がリク・バルサックを連れて見物して回ったという話もある。そのときは、凄腕の退魔師が祭りに参加していたせいで、シャルロッテの正体が露見してしまったらしいが、いまはそんな心配しなくてもよい。
「現状、退魔師たちに遊びに出かける余裕などないでござる。なにしろ、王の娘が誘拐され、魔王復活が刻一刻と迫っているのでござるからな」
むしろ、この状況で遊んでいる退魔師がいるとは思えなかった。仮にいたとすれば、よほどの馬鹿か役立たず……もしくは、作戦の足を引っ張る愚か者の退魔師くらいだろう。
「腕が立つ退魔師ならなおのこと、魔王封印対策に駆り出されている頃合いでござろう。最低限の注意さえ払えば、なにも問題ないでござる」
「……退魔師が祭りの見回りをしていたとしても、魔族だと勘づかれる心配がないと?」
「うむ」
事実、ケイティはシャルロッテの護衛として、デルフォイを既に来訪している。ケイティはシャルロッテの護衛をするために、事前に街を調べつくしているはずだ。たとえ、そこが人間の街だとしても、見知らぬ街より既知の街の方が逃走しやすいに決まっている。
「それに、祭り開催中は、街の出入りも多くなるでござる。
だから、普段は街で見かけない人物がいても不審に思われないはずでござるよ」
祭り開催期間は、人が集まる。
「普段は見かけない人がいる」というだけで警戒心を抱く街人も多いだろうが、祭りの間は「あー、祭りに参加しに来たのかな」程度にまで警戒心が薄らぐのだ。本当に「人間の街」という点以外はメリットしかない。
「なるほど……了解しました。それでは、このことをバルサック少将にも報告してき――」
「それは、やめるでござる」
アスティは、ぴしゃりっと伝令兵を制止した。
伝令兵は驚いたように顔を上げた。
「リク殿は……リク殿への報告は、まだ避けるでござるよ」
「しかし!」
「魔王様復活という悲願に向けて、リク殿は頑張っているでござる。ささいなことで気を散らすわけにはいかないでござるよ」
アスティは、リクの激情を垣間見ている。
リク・バルサックは執念深く復讐の刃を磨きながら、虎視眈々と機会を狙う。そして、ひとたびハルバードを抜けば、血の嵐を吹き荒れるのだ。アスティは、その餌食になった退魔師を幾人も見送ってきた。その刃が向くのは魔族であっても同じこと。現に、前魔王代行のシャルロッテは、リクの敵となった時点で未来がなかった。
……アスティとしては「いくらなんでも、もう少し軽い罰でもよいのではないか?」と思ったのだが、リクの前で言い出せるわけもない。反論を口にしたら最後、自分も敵対したとみなされ、殺されてしまうかもしれなかった。
アスティにとって、リクは祖父を救った恩人だ。祖父が敵わなかった敵を屠る圧倒的な力は、アスティの憧れでもある。
だから、アスティ・ゴルトベルクはリク・バルサックが畏ろしい。彼女の逆鱗に触れたら最後、すべて首を断ち切られてしまう。憧れるほど強烈な強さが、怖くて畏ろしくて堪らなかった。
きっと、ケイティ・フォスターはリクに殺されてしまうだろう。
アスティは、苦楽を共にした経験の長い友人を殺したくはなかった。アスティは目を閉じると、静かに表向きの理由を伝令兵に告げた。
「……リク殿が逃亡を耳にしたら、犯罪者を追いかけるでござる。
魔王軍は現状、リク殿抜きで魔王様封印の地を探すことは不可能に近いでござる。だから、ケイティ・フォスターを確保してから知らせるでござるよ」
「……了解しました。
それでは、ただちに捜索隊を編成し、デルフォイに放ちます」
「うむ。
念のため、各方面にも捜索隊を放っておくでござるよ」
「はっ!!」
伝令兵は勢いよく返事をすると、すぐに捜索隊の編成にとりかかった。
捜索隊が発見次第、すぐに拘束。拘束が難しいと判断した場合は、アスティ自身が捕縛へと赴けばよい。リクの手を煩わせる必要はないし、なにもケイティを殺す必要はない。まがりなりにも、彼女はシャルロッテの側近にまで出世した魔族だ。いずれ頭が冷えれば、魔王軍のために働いてくれるはずである。
「殺す必要は……ないでござるよ」
「報告いたします!!」
アスティが物思いに耽っていると、部下が駆け込んできた。
その顔には焦りの色が浮かんでいる。アスティは冷や汗をかいた。
「まさか! もう、リク殿にケイティが殺されてしまったでござるか!?」
「いいえ、違います!
敵です! 退魔師が、こちらへ向かってきます!!」
「退魔師が、でござるか!?」
アスティは、ここで初めて己の失態を悔いた。
アスティたちの潜伏は完璧だったはずだ。それなのに、退魔師に居場所が露見した理由は1つしか考えられない。アスティが怒りの感情のあまり我を忘れ、叫んでしまったことが原因に違いないだろう。あの叫びのせいで、居場所が特定されてしまったのだ。
「くっ、しかたないでござる! すぐに応戦準備を整えるでござる。退魔師は何人くらいでござるか?」
「い、いえ……それが……1人でして」
「1人? 1人で乗り込んできたでござるか?」
斥候の類だろうか?と、アスティは考える。
しかし、部下の様子を見る限り、そうではないらしい。アスティが頭を悩ませていると、部下が言葉を続けた。
「その退魔師は、すでに武装解除しており……なんでも『この部隊の責任者に会わせろ』との一点張りでして……」
「……どういうことでござるか?」
「さぁ……いかがなさいましょうか?」
いくら武装解除しているからとはいえ、退魔師を自軍内部に引き入れるわけにはいかない。
その退魔師が責任者と合間見えた瞬間、自爆特攻を仕掛けてくる可能性だってあるのだ。遠目で見ていた退魔師の一軍が、頂点が死んでしまい、混乱に陥っている部隊を強襲する可能性だって考えられる。アスティは、眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「まったく、次から次へと問題が発生する日でござるよ。
ちなみに、その退魔師の素性は分かるでござるか?」
「はっ、すぐに確認して――」
「一大事でございます!!」
その言葉を遮るように、別の部下が割り込んできた。
たったいま報告をしていた部下よりも、さらに一段と顔色が悪い。その顔は、青を通り越して白く染まっていた。心なしか、震えているようにも見える。
「なにごとでござるか?」
「は、はい。乗り込んできた退魔師の素性が、判明いたしました!」
アスティは、部下の報告に身構える。
部下がここまで震えあがるとは、余程の敵に違いない。ただの斥候ではなく、大物が攻めて来たのだろうか? アスティは警戒心を高める。
となりの部下の吐く息まで聞こえてきそうなくらい静まり返った空間に、やけにはっきりと震える声だけが響き渡った。
「白銀の髪に、グリフォンの紋章。
バルサックの跡取り、ルーク・バルサックです!」
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「なに、逃げ出したでござるか!?」
アスティ・ゴルトベルクの怒鳴り声が、四方の森に響き渡った。
あまりの声量に、鳥たちが驚いて逃げ出してしまっている。普段のアスティならば「しまった、退魔師たちに居場所がばれてしまう」と警戒するのだが、今の彼女は冷静さを失ってしまっていた。
「よもや、ケイティ・フォスターが脱獄するとは……」
アスティは拳を握りしめた。
アスティは、ケイティ・フォスターと仲が良かった。
ほぼ同年代で同性同士、さらに家柄も同じくらいとなれば、交流もあり、互いに良き好敵手として切磋琢磨していた。アスティよりもケイティの方が出世し、シャルロッテ魔王代行の補佐役に上り詰めたが、彼女が失脚した今、完全に立場は逆転している。だけど、いつか改心し、魔王軍のため、リク・バルサックのために剣を捧げる日が再び訪れると信じていた。
「どうやって逃げ出したのでござるか? あの牢獄は、そう簡単に脱獄できないはずでござる」
アスティは、伝令兵に詳細を尋ねる。状況が分からなければ、この後の行動指針を立てることができないからだ。伝令兵は小さく頷いた後、はきはきと話し始めた。
「どうやら、牢獄内にシャルロッテの息がかかった獄卒が混ざっていたらしく、その者の手引きで脱獄したとの情報です。
すでに、その獄卒は捕えてあります」
「それなら良いでござる。それで、ケイティ・フォスターは、どっちへ逃げたのでござる?」
「えっと、たしか――東の方角です」
ここで、伝令兵が地図を広げた。
魔族が支配する地域と人間が支配する地域が入り混じった地図には、ケイティ・フォスターが脱獄した監獄の位置も記されていた。アスティは目を細めると、顎に軽く手を添えて考え込む。
「東、でござるか」
監獄を遥か東に進めば、魔都がある。ただ、眠ることなく歩き続けたとしても20日以上かかるだろう。軍人として鍛えていたとしても、それはいささか無理がある行軍だ。魔都へ向かう道中に発見され、再度拘束される可能性が高い。だが、魔都以外にケイティ・フォスターが逃走する可能性がある魔族の街や村は存在しない。あることにはあるが、小規模な村に彼女が助けを求めるとは考えにくかった。
まず、ケイティ・フォスターは、どのような罪で投獄されたのか魔族中に知れ渡っている。小規模な村は、退魔師が攻めてきたとしても防衛するだけの戦力を抱えることができない。だから、彼らが安心して生きていくためには魔王軍の助けを乞う必要があるのだ。そんな村々が、ケイティ・フォスターを匿い、ルドガー・ゴルトベルクとリク・バルサック率いる新体制に反旗を翻すわけない。
だから、東へ逃走をはかること自体が無謀な行いである。
「ということは、東へ逃げたふりをして、別の方角へ逃走を図ったと?」
「うむ。それが恐らく正解でござる」
「東はない、とするならば……それでは、南でしょうか? ここに、魔族の街があります」
伝令兵は地図のとある一点を指さした。そこには、ケイティ・フォスターが投獄されていた場所から3日ほど歩いた場所にある街が記されていた。
「魔都には劣りますが、活気あふれる街です。
木を隠すなら森の中、魔族を隠すなら魔族の中、ということですよ」
「そう、でござるな」
アスティは返事こそしてみたが、本心から同意してはいなかった。
ケイティ・フォスターは自分同様、けっこう直情的で単純な女だ。しかし、まがりなりにもシャルロッテの側近にまで出世した女でもある。はたして、こうパッと考えて思いつきそうな手段をとるだろうか?
「……」
アスティは、だまって地図を睨みつける。東は無理。南が妥当。西だと元来た場所に戻る結果になり、残された退路は1つ――
「ひょっとしたら、北かもしれないでござるよ」
「北、ですか? いや、しかし……それはないかと」
地図を北に進めば、街があった。
2日ほど進んだ先にある街は、南の街よりも遥かに大きい。おそらく、この街に一度逃げ込まれてしまったら最後、魔族による追跡が非常に困難であることが予想される。ただ、常識のある魔族なら、この街に逃走するわけがない。いや、逃走して生きていられるはずがない。
「北の街は……人間の街ですよね? こんなところに入ったが最後、すぐに殺されますよ」
伝令兵は、アスティの考えを否定する。アスティ自身、腕を組みながら伝令兵の意見を肯定した。
「普通はそうでござる。ましては、ケイティの腕は完璧に獣そのものでござるからな。上から服を着たところで隠しようがないでござる」
「でしたら!」
「しかし! この街は例外でござる」
アスティは、そこに記された街の名前を見下ろした。
アスティ自身は訪れたことなかったが、魔族の間では度々名前の上がる街だった。
「デルフォイ。この街なら、多少姿かたちが魔族っぽくても仮装でやり過ごせるでござるよ」
デルフォイ。
そこは、未来を見通す神官が住まう街。
完全に人間だけで構成された街だったが、数か月に一回……魔族が紛れ込んでも不思議ではない仮装祭が開催されるのだ。
「デルフォイの仮装祭。ケイティの腕程度なら、仮装でごまかしが効くでござる。
この街を経由して、別の場所へ向かうことは可能でござるよ」
物好きな魔族が忍んで訪れることも多い祭りだ。アスティの記憶が正しければ、前回の祭りで前魔王代行がリク・バルサックを連れて見物して回ったという話もある。そのときは、凄腕の退魔師が祭りに参加していたせいで、シャルロッテの正体が露見してしまったらしいが、いまはそんな心配しなくてもよい。
「現状、退魔師たちに遊びに出かける余裕などないでござる。なにしろ、王の娘が誘拐され、魔王復活が刻一刻と迫っているのでござるからな」
むしろ、この状況で遊んでいる退魔師がいるとは思えなかった。仮にいたとすれば、よほどの馬鹿か役立たず……もしくは、作戦の足を引っ張る愚か者の退魔師くらいだろう。
「腕が立つ退魔師ならなおのこと、魔王封印対策に駆り出されている頃合いでござろう。最低限の注意さえ払えば、なにも問題ないでござる」
「……退魔師が祭りの見回りをしていたとしても、魔族だと勘づかれる心配がないと?」
「うむ」
事実、ケイティはシャルロッテの護衛として、デルフォイを既に来訪している。ケイティはシャルロッテの護衛をするために、事前に街を調べつくしているはずだ。たとえ、そこが人間の街だとしても、見知らぬ街より既知の街の方が逃走しやすいに決まっている。
「それに、祭り開催中は、街の出入りも多くなるでござる。
だから、普段は街で見かけない人物がいても不審に思われないはずでござるよ」
祭り開催期間は、人が集まる。
「普段は見かけない人がいる」というだけで警戒心を抱く街人も多いだろうが、祭りの間は「あー、祭りに参加しに来たのかな」程度にまで警戒心が薄らぐのだ。本当に「人間の街」という点以外はメリットしかない。
「なるほど……了解しました。それでは、このことをバルサック少将にも報告してき――」
「それは、やめるでござる」
アスティは、ぴしゃりっと伝令兵を制止した。
伝令兵は驚いたように顔を上げた。
「リク殿は……リク殿への報告は、まだ避けるでござるよ」
「しかし!」
「魔王様復活という悲願に向けて、リク殿は頑張っているでござる。ささいなことで気を散らすわけにはいかないでござるよ」
アスティは、リクの激情を垣間見ている。
リク・バルサックは執念深く復讐の刃を磨きながら、虎視眈々と機会を狙う。そして、ひとたびハルバードを抜けば、血の嵐を吹き荒れるのだ。アスティは、その餌食になった退魔師を幾人も見送ってきた。その刃が向くのは魔族であっても同じこと。現に、前魔王代行のシャルロッテは、リクの敵となった時点で未来がなかった。
……アスティとしては「いくらなんでも、もう少し軽い罰でもよいのではないか?」と思ったのだが、リクの前で言い出せるわけもない。反論を口にしたら最後、自分も敵対したとみなされ、殺されてしまうかもしれなかった。
アスティにとって、リクは祖父を救った恩人だ。祖父が敵わなかった敵を屠る圧倒的な力は、アスティの憧れでもある。
だから、アスティ・ゴルトベルクはリク・バルサックが畏ろしい。彼女の逆鱗に触れたら最後、すべて首を断ち切られてしまう。憧れるほど強烈な強さが、怖くて畏ろしくて堪らなかった。
きっと、ケイティ・フォスターはリクに殺されてしまうだろう。
アスティは、苦楽を共にした経験の長い友人を殺したくはなかった。アスティは目を閉じると、静かに表向きの理由を伝令兵に告げた。
「……リク殿が逃亡を耳にしたら、犯罪者を追いかけるでござる。
魔王軍は現状、リク殿抜きで魔王様封印の地を探すことは不可能に近いでござる。だから、ケイティ・フォスターを確保してから知らせるでござるよ」
「……了解しました。
それでは、ただちに捜索隊を編成し、デルフォイに放ちます」
「うむ。
念のため、各方面にも捜索隊を放っておくでござるよ」
「はっ!!」
伝令兵は勢いよく返事をすると、すぐに捜索隊の編成にとりかかった。
捜索隊が発見次第、すぐに拘束。拘束が難しいと判断した場合は、アスティ自身が捕縛へと赴けばよい。リクの手を煩わせる必要はないし、なにもケイティを殺す必要はない。まがりなりにも、彼女はシャルロッテの側近にまで出世した魔族だ。いずれ頭が冷えれば、魔王軍のために働いてくれるはずである。
「殺す必要は……ないでござるよ」
「報告いたします!!」
アスティが物思いに耽っていると、部下が駆け込んできた。
その顔には焦りの色が浮かんでいる。アスティは冷や汗をかいた。
「まさか! もう、リク殿にケイティが殺されてしまったでござるか!?」
「いいえ、違います!
敵です! 退魔師が、こちらへ向かってきます!!」
「退魔師が、でござるか!?」
アスティは、ここで初めて己の失態を悔いた。
アスティたちの潜伏は完璧だったはずだ。それなのに、退魔師に居場所が露見した理由は1つしか考えられない。アスティが怒りの感情のあまり我を忘れ、叫んでしまったことが原因に違いないだろう。あの叫びのせいで、居場所が特定されてしまったのだ。
「くっ、しかたないでござる! すぐに応戦準備を整えるでござる。退魔師は何人くらいでござるか?」
「い、いえ……それが……1人でして」
「1人? 1人で乗り込んできたでござるか?」
斥候の類だろうか?と、アスティは考える。
しかし、部下の様子を見る限り、そうではないらしい。アスティが頭を悩ませていると、部下が言葉を続けた。
「その退魔師は、すでに武装解除しており……なんでも『この部隊の責任者に会わせろ』との一点張りでして……」
「……どういうことでござるか?」
「さぁ……いかがなさいましょうか?」
いくら武装解除しているからとはいえ、退魔師を自軍内部に引き入れるわけにはいかない。
その退魔師が責任者と合間見えた瞬間、自爆特攻を仕掛けてくる可能性だってあるのだ。遠目で見ていた退魔師の一軍が、頂点が死んでしまい、混乱に陥っている部隊を強襲する可能性だって考えられる。アスティは、眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「まったく、次から次へと問題が発生する日でござるよ。
ちなみに、その退魔師の素性は分かるでござるか?」
「はっ、すぐに確認して――」
「一大事でございます!!」
その言葉を遮るように、別の部下が割り込んできた。
たったいま報告をしていた部下よりも、さらに一段と顔色が悪い。その顔は、青を通り越して白く染まっていた。心なしか、震えているようにも見える。
「なにごとでござるか?」
「は、はい。乗り込んできた退魔師の素性が、判明いたしました!」
アスティは、部下の報告に身構える。
部下がここまで震えあがるとは、余程の敵に違いない。ただの斥候ではなく、大物が攻めて来たのだろうか? アスティは警戒心を高める。
となりの部下の吐く息まで聞こえてきそうなくらい静まり返った空間に、やけにはっきりと震える声だけが響き渡った。
「白銀の髪に、グリフォンの紋章。
バルサックの跡取り、ルーク・バルサックです!」
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〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
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