バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第8章 探索編

81話 死の分岐点

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「ええ、その通りの意味ですよ」

 盲目の神官シビラは、口元に薄らとした笑みを浮かべた。
 彼女の服装は、前回とあまり変わらない。白い清潔な布で体を覆い、絹のように白い髪を背中まで伸ばしている。依然として、彼女の瞼は堅く閉じられたままだった。

「茶や菓子はどうですか?」

 シビラの前には、紅茶と焼き菓子が置かれている。ご丁寧に、リクとシビラの二人分が用意されていた。ただ、まだ手を付けられた痕跡がない。万が一、毒や薬が盛られている可能性もある。リクは首を横に振った。

「いらないわ。それよりも、どうして私に『魔王が封印された場所』を教えようと思ったの?」

 リクはシビラに疑念の視線を向ける。
 シビラが封印の地を教えたところで、メリットが思いつかない。

 1つ考えられるメリットは、「本当に封印された場所」を教える代わりに、自分の身の安全を保障するよう協定を結ぶことくらいだろう。
 魔王が復活したら、人間は皆殺しにされるかもしれない。そうなったとき、シビラだけが例外でいられる可能性は非常に少ない。だから、自分の身の安全を護るため、行動に出たのかもしれない。

 ただ、まがりなりにも神職者である彼女シビラが、自分の命と数多の人の命を天秤にかけたとき、前者を選ぶのだろうか? いや、選ぶとは思えない。
 では、どうして封印の地を教えるのだろう? リクは、ここに来るまで考え込んでいたが、どうにも理解できる答えを用意できなかった。
 
「退魔師を待ち伏せさせて、のこのこ現れた魔族を一網打尽にするつもりかしら?」
「いえ、そのようなことはありません」

 シビラは首を横に振った。

「私の眼は、未来を視てしまいます。これは、その未来に従ってこの行動です」

 シビラは、自分の眼を軽く抑える。その表情は、どことなく寂しげな色をしていた。はたして、彼女の眼には何が見えたのだろうか? リクがそれを問いただす前に、シビラは再び口を開いた。

「ここに、封印の場所が記されています」

 シビラは、テーブルの上に一枚の用紙を差し出した。おそらく、この用紙に魔王の封印された場所が記載されているのだろう。リクは用紙を受け取ろうと手を伸ばす。しかし、シビラは用紙から手を放さなかった。

「ですが、お教えする前に1つだけ条件があります」

 リクは「ほらきた」と思った。
 こんなにも重要な情報を、ほいほいと渡すようなこと出来るわけがない。きっと、リク達が飲むことのできないような要件を突き付けてくるに違いない。それとも、魔王が復活した後の身の安全を保証するように頼むのだろうか?
 リクは再び盗聴している気配がないか確認した後、用紙から手を引いた。

「いいわ。条件を話なさい」
「簡単なことです」

 シビラは用紙の上に手を置いたまま、静々と条件を口にした。

「いま一度、本当に魔王軍を去る気がないのか……お尋ねしてみたいのです」
「……それだけ?」
「ええ」

 リクは、ぽかんっと口を開けてしまった。
 どうして、そんな当たり前かつ答えが分かりきっていることを尋ねるのだろうか? リクは言葉の裏があるのではないかと疑ってみたが、特に裏があるようにも思えなかった。

「ここは、貴方の分岐点です。
 ここで魔王軍を辞めるという選択をするのであれば、貴方に待ち受ける『死』の運命を変えることができます」
「分岐点、ね」

 リクは、つまらなそうに呟いた。
 ヴルストは、ときどき思い出したように「嬢ちゃん、今年だけでもいいから軍を離脱したらどうだ?」とか「死ぬ運命について、どう思ってんだ?」とか尋ねてくるが、リク自身はそこまで気にしていない。もちろん、怖いか?と問われたら怖いだろう。だが、別にそこまで怯えるようなものではないと感じていた。

「死の予言程度で、軍を辞めるわけないじゃない」

 リクは、きっぱりと言い放った。

「その程度の覚悟だったら、とっくの昔に脱走して野垂れじんでるわよ。
 最期の瞬間まで、レーヴェン隊長に拾ってもらった命を使い切る。そこに、悔いなんてないわ」

 リクは、胸の上に手を置きながら理由を口にする。

 どうせ、人間も魔族も最期は死ぬ。

 しかも、人間リクの寿命は魔族レーヴェン・アドラーの半分もない。いつかは死ぬと決まっているのだから、それだったら、最期の瞬間までレーヴェン・アドラーの役に立って死のう。もちろん、リクが生きている間にレーヴェンが目覚めることは、難しいかもしれない。冬を越せない命なら、レーヴェンの声を聞くことは二度とないだろう。それは、少し寂しい。だけど、彼が帰って来たときに「よくやった、リク」と褒めてくれるような軍を維持し続け、魔王の封印を解き放つ。
 それが、自分リク・バルサックがレーヴェン・アドラーの理想とする未来実現のために出来ることであり、使命である。たとえ、明日死ぬ命であったとしても、最期の瞬間まで努力し、結果を残すことができれば満足だ。

「……分かりました。それが、貴方の進む運命なのであれば止めません。どうぞ、お進みください」

 シビラは用紙の上に覆いかぶさった手を、ゆっくり退けた。どうぞ、とその紙をリクに差し出す。

「貴方は、レーヴェン・アドラーを愛しているのですか」

 リクの指が紙に触れようとしたとき、シビラが口を開いた。その言葉に、リクの指が停止する。

「え?」

 リクは、シビラの目を見つめた。彼女の目は、瞼で固く閉ざされたままだ。しかし、彼女表情は非常に真剣そのものだった。きっと、本心から尋ねているのだろう。そこまで思い至ったとき、リクは思わず吹き出してしまった。

「っぷ、あはははは!」

 リクはシビラの素っ頓狂な質問に、お腹を抱えて笑ってしまう。人様の真剣な質問に対する返答としては失礼だ、とは分かっていたが、おかしくて笑いださずにはいられない。あまりにも笑い続けてしまったので、薄らと涙が滲んでしまっていた。

「ごめんなさい。ちょっと虚を突かれたわ」

 リクは涙を軽く拭いながら、シビラに詫びた。

「貴女、神官なのに俗世のことに興味があるのね。意外だったわ」

 シビラも随分と俗世な質問をするものだ。
 そんなことを考えながら、リクは用紙を受け取った。開いてみれば、繊細な文字で封印の地の場所が記されている。ヴルストの所へ帰ったら、すぐに偵察隊を送り込んでみよう。

「これ、ありがとう。貰っていくわね」

 リクは軽く用紙を掲げながら、シビラに別れの言葉を口にする。

 その時だった。

「ん?」

 微かに、高い口笛の音が1回……2回、リクの耳に届く。
 それは、さきほどロップと決めばかりの合図だった。とっさに、それも耳打ちに近い形で交わした合図を真似ることは、いくら優秀な間者スパイであっても出来るわけがない。
 ロップの身に、何かが起こったのだ。

「さよなら、シビラ」
「さよなら、リク・バルサック。貴方の未来に祝福がありますように」

 リクはシビラの祈りを背中に感じながら、個室を飛び出した。
 ロップが危険に陥っている。または、危険な状況が近くで起こっている。それは、さきほど見かけたアスティが起因しているのか、それとも別の事件が起きてしまっているのか。

 いずれにしろ、現場に行ってみてから考えよう。







「……あの店で、シャルロッテちゃんと一緒に遊んだんだよな……」

 リクがシビラと会談している頃のことだ。
 ルーク・バルサックは、街路樹に寄りかかっていた。
 賑やかなパレードが前を通り過ぎていくが、それも目に留まらない。ルークは、道の反対側に構えた射的屋を眺めていた。シャルロッテとリアルで初めて出会った射的屋である。すべての出来事が色あせて見えるなか、射的屋だけは輝いて見えた。
 あの射的屋は繁盛しているらしく、店長は切り盛りに忙しそうだ。遠目で眺めているルークの存在に気づいている様子はない。仮に気づいたところで、前に訪れたことのある客だったことなんて、覚えているはずもないだろう。

「……僕が、あの店でシャルロッテちゃんに会わなかったら……はぁ」

 ルークは、罪悪感で押しつぶされそうになっていた。

「まだ、一年も経ってないんだよな」

 街路樹の赤く染まった葉っぱを眺めて、ぼうっと物思いに耽る。
 あの日は確か、雪が降るんじゃないか?と思うくらい寒くて、外套コートの下に何枚も重ね着をしていた気がする。セレスティーナの代わりにセーリア・ブリュッセルを誘ったのだ。見世物小屋サーカスを鑑賞している最中、セーリアに「トイレへ行ってくる」と嘘をついて、シャルロッテがいる射的屋へ向かい、射的の腕を披露して、それで――

「あっ!?」
「おっと、兄ちゃん。ごめんよー」

 がたんっと派手な音を立てながら、1人の少年がぶつかってきた。
 それは、仮装もしていない地味な少年だった。少年はポケットに手を突っ込みながら、人混みの中へと走り去っていく。よほど急いでいたのだろうか、少年の姿はすぐに消えて見えなくなってしまった。

「まぁ、謝ってたからいいか……ん?」

 そのとき、妙な喪失感を覚えた。
 なんだか、ポケットが軽くなった気がする。ルークはポケットに手を伸ばし、とある重大な事実に気がついた。

「さ、財布がない!!」

 ポケットには、あるはずの重みが感じられない。ルークの旅の資金が詰まった財布が、なくなってしまったのである。

「どこで落としたんだろう? さっきはあったはずなんだけど……って、あー!」

 ルークの脳裏に、さきほどの少年の顔が浮かんだ。通りを歩いている時に、肩と肩がぶつかるのは分かる。だけど、ルークがいる位置は、そこまで人の邪魔にならないような位置だ。道の端っこの街路樹に背をつけて、風景と半ば同化していた。普通、そんな人物とぶつかるだろうか?

「やばいっ、あの子にすられたんだ!!」

 ルークは、慌てて少年が消えた方向へ走り出した。
 しかし、どこを見渡しても人・人・人の一色で埋め尽くされている。しかも、どいつもこいつも妙に目につく仮装をしているときた。どうやっても着飾っている人々に視線がいってしまい、地味な服装の少年は目に留まりにくい。

「あーもう、どこへ行ったんだよ! あのガキー!!」
「ルーク・バルサック?」

 ルークが叫んだ、その時だった。
 背後から、鋭い声がかけられる。まるで、どうしてここにいるのだと咎めているような声だ。


 ルークは、ゆっくりと振り返った。

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