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第8章 探索編
82話 復讐の環
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※更新予定が伸びてしまい、申し訳ありませんでした。
※投稿後、一部改訂しました。
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そこにいたのは、背の高い人物だった。
灰色の布で目以外を覆い尽くした人物は、性別すら分からない。ただ、その獰猛な双眼がルークに対して好印象を抱いていないことは明らかである。
「ええっと、どちらさま、でしょうか?」
ルークは、すっかり相手の迫力に圧倒されてしまう。どうしたらよいのか分からず、とりあえず両手を挙げながら尋ねてみることにした。
ルークが尋ねてみると、その人物は大変な衝撃を受けたようだった。目を見開き、よろよろと後ずさりをする。
「覚えていない、のか!?」
「あ、えっと……ちょっと待ってください、すぐ思い出しますから」
ルークは額に手を当てると、じっと目の前の相手を見つめた。
背の高さと体格から絞り込んでみたものの、該当する人物は記憶にない。しばらく悩んだ結果、覚悟を決めることにした。
「うん、思い出した! 君は、あのときの人だよね? いや、本当に久しぶり!」
ルークは、知っているふりを決め込んだ。分からないから、相手を傷つけないよう曖昧に濁す。このまま会話をしていれば、そのうちに思い出すことができるだろう。
「……覚えていたんだな」
「もちろん。いや、本当に久しぶり。元気だった?」
「おかげさまで」
相手の口調が、だんだんと荒々しさを増している。「知っている」と答えた方が、逆効果だったのだろうか? ルークは、自分の顔が徐々に強張っていくのを感じた。
「その……えっと、ごめん」
よく分からないが、とりあえず謝らなければ。ルークはそう判断し、軽く頭をさげた直後だった。
「ごめんですむか!」
ルークは襟を捕まれると、そのまま持ち上げられた。爪先だけが、ようやく地面についている。相手の鼻先が触れるか否かの位置まで近づいたとき、ルークは相手が女性だということにようやく気づいた。
「え、えっ!?」
「お前のせいで、お前がシャルロッテ様を誑かしたせいで、シャルロッテ様は死ぬことになってしまったんだからな」
女性は、恐ろしいまでに低い声でルークを問い詰める。
「シャルロッテ!?」
ルークは、ここでようやく目の前の女性が魔族であり、シャルロッテを慕っていたことに気づいた。
「そうか、そういうことか……」
ルークは納得する。
これは、アスティ・ゴルトベルクが仕組んだことなのだと。
アスティ・ゴルトベルクはゲーム中でも魔王代行に対して礼儀正しく、親身になって接する場面が多く見られた。だから、これはアスティなりに考えた「ルークがシャルロッテを殺した原因を作ったことに対する復讐」なのだと理解する。
「シャルロッテちゃんと過ごした最後の場所で、シャルロッテちゃんと親しかった人と遭遇させる。ははは、たしかにこれは辛いな……」
ルークは、自分の襟をつかむ手を握りしめた。
「ごめん。僕は償いきれないことをしでかした。君にどうやって詫びればいいのか……僕には分からない。
だから、殴ってくれ」
ルークは覚悟を決めた。
殴って許されることとは思っていない。それに、原因を作った張本人を殴ったとしても、シャルロッテは二度と戻ってこない。セレスティーナやレベッカが戻ってこないのと同じように。
「僕がシャルロッテちゃんにしたことで……君の感じた痛みを少しでも知りたいんだ。
もちろん、物理的な痛みと精神的な痛みは違うけど……でも、少しでも痛みを知りたい! 殴ることで君の痛みが解消されるなら、僕は何度殴られたって構わない!」
痛いのは嫌いだけど、ここで引き下がったら男ではない気がした。いや、ここで彼女の辛さを否定したり、変に言い訳したりでもしたら、それこそ人間の屑のすることだ。ルークは、ぎゅっと目を瞑った。
「この――」
襟を持つ手の震えが伝わってくる。ルークは、身を固くすると衝撃に備えた。
「――シャルロッテ様の仇がぁ!!」
轟音と共に、ルークの頬に強烈な平手打ちが下される。
シャルロッテの側近、男女と揶揄される虎魔族の鍛え上げられた筋肉により繰り出された平手打ちは、ルークに強烈なダメージを与えた。ルークの身体はそのまま回転しながら街道を吹き飛ぶ。途中、何人かの一般人を巻き込みながら、ルークは建物の壁に叩き付けられた。
「ぐ、ぐぅ……痛っ」
ルークは目を白黒させながら、ふらりふらりと立ち上がる。
ルークの魂は軟弱ヘタレ日本人大学生だが、肉体的には主人公のものだ。壁にめり込んだくらいで死ぬわけもなく、骨が折れることもなかった。
「僕……よく、死ななかったな」
それでも、これまで感じたどの痛みよりも強烈だったことには変わりない。
ルークは背中を擦りながら痛みに呻いていると、いつのまにかケイティ・フォスターが目の前に立ち塞がっていた。
「ほう、私の一撃で平然としているとは」
「い、いや、平然となんて……」
「これは、シャルロッテ様の痛みだ!! 思い知れ、ケダモノ退魔師!!!!」
ルークの腹に二撃目が繰り出される。
ルークの身体は壁にめり込み、視界に星が飛び始める。
「なに?」
「喧嘩?」
「いやー、派手だなー」
仮装を楽しんでいた人々が、徐々に周囲に集まり始める。サーカスの一場面でも見物するかのように、ルークとケイティの周りに引き寄せられ始めていた。
ケイティは周囲の様子に気づいていないのか、ルークへの罵倒と攻撃を続ける。
「シャルロッテ様の痛み、思い知れ! お前に弄ばれ、捨てられた痛みは、この程度のものではないぞ!?」
一言一言、言葉を区切るたびに平手や拳が飛ぶ。ケイティの攻撃は無抵抗のルークの顔や腹に入った。攻撃が激しさを増すたびに、デルフォイの民衆たちの歓声が高まる。
「うわー、あのイケメンな兄ちゃん……女遊びが激しかったんだ……」
「いいぞ、もっとやれー!」
「そのまま再起不能にしてやれ!」
人間たちがケイティに歓声をあげた。囃し立てるように口笛を吹く姿も見受けられる。その頃になって、ようやくケイティは我に返ったらしい。はたっと手を止め、周囲を見渡す。
「っち、人間どもに応援されるとは……屈辱だ」
ケイティは、ぐっと歯を噛みしめる。
ルークの鼻先に突き付けた拳を、さらに固く握りしめる。
「……本当に反省しているんだろうな?」
ケイティはルークに問いただす。ルークの顔は、青い痣だらけだ。きっと、彼の顔を知っている人が見たとしても、すぐにルークだと判断できないだろう。
「……もちろん、だ」
ルークは腫れあがった唇を動かし、本心を伝える。その言葉を聞き、ケイティはしばし考え込んだ。
「なぁ、退魔師。お前は、シャルロッテ様を奪った世界を憎むか?」
ケイティは人間たちに気づかれぬよう声を潜め、ルークに問いただす。
「シャルロッテ様は、たしかに退魔師と繋がったせいで処刑されてしまった。
だが、お前が真にシャルロッテ様を想っているなら――シャルロッテ様を奪った世界を壊そうではないか!」
「シャルロッテちゃんを……奪った、世界を?」
ルークが口を動かすと、ケイティは再びルークの襟につかみかかった。ケイティはルークを投げ捨てるかのように持ち上げると、その耳元に口を近づける。
「あぁ、復讐するんだ。
シャルロッテ様を破滅に陥れた現魔王軍を、退魔師どもを、そして、あの糞忌々しい赤髪の悪魔を!!」
「それは……」
「無理だというのか!?」
ケイティは、そのままルークを地面に叩き付けた。
舗装された地面はひび割れ、ルークは地面に倒れ込む。
「ごめん、君の頼みは……聞けないよ」
ルークは、ごほっと咳をこみながらケイティを見上げた。
「復讐は、よくない、ことなんだよ」
ルークは、セレスティーナを殺した魔族を恨んだ。
レベッカにクルミ、筆頭侍女のマリーを殺した魔族を殺したいまでに憎んだ。自らの手で、八つ裂きにしても足りないほど忌々しく呪っていた。
でも、彼女たちを惨たらしく殺したのは捨てたヒロインだった。
見捨てた彼女は、ルークや退魔師を恨み憎みながら10年間――敵だったはずの魔王軍に所属して復讐の刃を磨いていた。その鋭い刃を向けられた瞬間の恐怖を、ルークは寝る前になると思いだす。
「復讐は、駄目なんだ」
ルークは思う。きっと、あの場でリクを感情の赴くまま殺していたら――いや、自分の実力でリクを殺せるかどうか分からないが、もし殺していたら、どうなっていただろうか?
ルークがセレスティーナたちを大切に想っていたように、リクのことを大切に想っていた誰かが「ルーク・バルサックを殺してやる」と復讐の機会を探り始めていたかもしれない。
「復讐は、復讐を呼ぶんだ。これだと、無限ループだよ。
だから……殺したり、殺される悪い縁を断ち切らないと」
ルークは、ふらふらと立ち上がる。
口の中には、じんわりと血が滲んでいた。
「僕は、みんなが幸せになる世界を見てみたい。
剣を取るのは、そのときだけだって決めたんだ!」
「この、理想論者め!!」
ケイティは大きく吠えると、拳に力を溜め始める。あまりの勢いに拳は轟音の風を纏い、いままでにないほど殺傷能力を帯びていた。
「私は、貴様がシャルロッテ様にした仕打ちを忘れない! シャルロッテ様を追い詰めた者たちすべてに復讐をする! お前が、そいつらの肩を持つというなら、ここで本当に息の根を止めるまでよ!!」
ケイティの本気の一撃がルークめがけて振り下ろされた。
あまりの衝撃に石畳が砕かれ、白い煙が辺りに充満する。轟音と共に飛び散る石の破片に観覧者たちは悲鳴を上げた。
「ふん、他愛もない退魔師が」
ケイティは口元に笑みを浮かべ、勝利を確信した。
「なんで貴方が脱獄してるの、男女」
白い煙の向こうに、赤い髪がちらつく。ケイティ・フォスターは驚愕のあまり固まってしまう。
「なっ、お前は!? どうしてここにいるんだ!?」
「まぁ、どうでもいいわね」
ぶんっと何かを振るう音が煙の中から聞こえる。白い煙が風に流され、その人物の姿が明らかになる。
それは、どこか場違いな少女だった。
小柄な体で巨大なハルバードを担ぎ、不吉な赤い髪を軽く結びあげている。しかも、右袖に腕が入っていない。つまり、片腕の少女だ。
「悪いけど、この人間は私の玩具なの」
少女は口元に狂気の笑みを浮かべながら、ケイティ・フォスターを睨みつける。
「壊していいのは、私だけよ」
リク・バルサック。
ルーク・バルサックの姉であり、ケイティの尊敬してやまない魔王代行を死に追いやった少女が、悠々と舞台の喧騒に姿を現した。
※投稿後、一部改訂しました。
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そこにいたのは、背の高い人物だった。
灰色の布で目以外を覆い尽くした人物は、性別すら分からない。ただ、その獰猛な双眼がルークに対して好印象を抱いていないことは明らかである。
「ええっと、どちらさま、でしょうか?」
ルークは、すっかり相手の迫力に圧倒されてしまう。どうしたらよいのか分からず、とりあえず両手を挙げながら尋ねてみることにした。
ルークが尋ねてみると、その人物は大変な衝撃を受けたようだった。目を見開き、よろよろと後ずさりをする。
「覚えていない、のか!?」
「あ、えっと……ちょっと待ってください、すぐ思い出しますから」
ルークは額に手を当てると、じっと目の前の相手を見つめた。
背の高さと体格から絞り込んでみたものの、該当する人物は記憶にない。しばらく悩んだ結果、覚悟を決めることにした。
「うん、思い出した! 君は、あのときの人だよね? いや、本当に久しぶり!」
ルークは、知っているふりを決め込んだ。分からないから、相手を傷つけないよう曖昧に濁す。このまま会話をしていれば、そのうちに思い出すことができるだろう。
「……覚えていたんだな」
「もちろん。いや、本当に久しぶり。元気だった?」
「おかげさまで」
相手の口調が、だんだんと荒々しさを増している。「知っている」と答えた方が、逆効果だったのだろうか? ルークは、自分の顔が徐々に強張っていくのを感じた。
「その……えっと、ごめん」
よく分からないが、とりあえず謝らなければ。ルークはそう判断し、軽く頭をさげた直後だった。
「ごめんですむか!」
ルークは襟を捕まれると、そのまま持ち上げられた。爪先だけが、ようやく地面についている。相手の鼻先が触れるか否かの位置まで近づいたとき、ルークは相手が女性だということにようやく気づいた。
「え、えっ!?」
「お前のせいで、お前がシャルロッテ様を誑かしたせいで、シャルロッテ様は死ぬことになってしまったんだからな」
女性は、恐ろしいまでに低い声でルークを問い詰める。
「シャルロッテ!?」
ルークは、ここでようやく目の前の女性が魔族であり、シャルロッテを慕っていたことに気づいた。
「そうか、そういうことか……」
ルークは納得する。
これは、アスティ・ゴルトベルクが仕組んだことなのだと。
アスティ・ゴルトベルクはゲーム中でも魔王代行に対して礼儀正しく、親身になって接する場面が多く見られた。だから、これはアスティなりに考えた「ルークがシャルロッテを殺した原因を作ったことに対する復讐」なのだと理解する。
「シャルロッテちゃんと過ごした最後の場所で、シャルロッテちゃんと親しかった人と遭遇させる。ははは、たしかにこれは辛いな……」
ルークは、自分の襟をつかむ手を握りしめた。
「ごめん。僕は償いきれないことをしでかした。君にどうやって詫びればいいのか……僕には分からない。
だから、殴ってくれ」
ルークは覚悟を決めた。
殴って許されることとは思っていない。それに、原因を作った張本人を殴ったとしても、シャルロッテは二度と戻ってこない。セレスティーナやレベッカが戻ってこないのと同じように。
「僕がシャルロッテちゃんにしたことで……君の感じた痛みを少しでも知りたいんだ。
もちろん、物理的な痛みと精神的な痛みは違うけど……でも、少しでも痛みを知りたい! 殴ることで君の痛みが解消されるなら、僕は何度殴られたって構わない!」
痛いのは嫌いだけど、ここで引き下がったら男ではない気がした。いや、ここで彼女の辛さを否定したり、変に言い訳したりでもしたら、それこそ人間の屑のすることだ。ルークは、ぎゅっと目を瞑った。
「この――」
襟を持つ手の震えが伝わってくる。ルークは、身を固くすると衝撃に備えた。
「――シャルロッテ様の仇がぁ!!」
轟音と共に、ルークの頬に強烈な平手打ちが下される。
シャルロッテの側近、男女と揶揄される虎魔族の鍛え上げられた筋肉により繰り出された平手打ちは、ルークに強烈なダメージを与えた。ルークの身体はそのまま回転しながら街道を吹き飛ぶ。途中、何人かの一般人を巻き込みながら、ルークは建物の壁に叩き付けられた。
「ぐ、ぐぅ……痛っ」
ルークは目を白黒させながら、ふらりふらりと立ち上がる。
ルークの魂は軟弱ヘタレ日本人大学生だが、肉体的には主人公のものだ。壁にめり込んだくらいで死ぬわけもなく、骨が折れることもなかった。
「僕……よく、死ななかったな」
それでも、これまで感じたどの痛みよりも強烈だったことには変わりない。
ルークは背中を擦りながら痛みに呻いていると、いつのまにかケイティ・フォスターが目の前に立ち塞がっていた。
「ほう、私の一撃で平然としているとは」
「い、いや、平然となんて……」
「これは、シャルロッテ様の痛みだ!! 思い知れ、ケダモノ退魔師!!!!」
ルークの腹に二撃目が繰り出される。
ルークの身体は壁にめり込み、視界に星が飛び始める。
「なに?」
「喧嘩?」
「いやー、派手だなー」
仮装を楽しんでいた人々が、徐々に周囲に集まり始める。サーカスの一場面でも見物するかのように、ルークとケイティの周りに引き寄せられ始めていた。
ケイティは周囲の様子に気づいていないのか、ルークへの罵倒と攻撃を続ける。
「シャルロッテ様の痛み、思い知れ! お前に弄ばれ、捨てられた痛みは、この程度のものではないぞ!?」
一言一言、言葉を区切るたびに平手や拳が飛ぶ。ケイティの攻撃は無抵抗のルークの顔や腹に入った。攻撃が激しさを増すたびに、デルフォイの民衆たちの歓声が高まる。
「うわー、あのイケメンな兄ちゃん……女遊びが激しかったんだ……」
「いいぞ、もっとやれー!」
「そのまま再起不能にしてやれ!」
人間たちがケイティに歓声をあげた。囃し立てるように口笛を吹く姿も見受けられる。その頃になって、ようやくケイティは我に返ったらしい。はたっと手を止め、周囲を見渡す。
「っち、人間どもに応援されるとは……屈辱だ」
ケイティは、ぐっと歯を噛みしめる。
ルークの鼻先に突き付けた拳を、さらに固く握りしめる。
「……本当に反省しているんだろうな?」
ケイティはルークに問いただす。ルークの顔は、青い痣だらけだ。きっと、彼の顔を知っている人が見たとしても、すぐにルークだと判断できないだろう。
「……もちろん、だ」
ルークは腫れあがった唇を動かし、本心を伝える。その言葉を聞き、ケイティはしばし考え込んだ。
「なぁ、退魔師。お前は、シャルロッテ様を奪った世界を憎むか?」
ケイティは人間たちに気づかれぬよう声を潜め、ルークに問いただす。
「シャルロッテ様は、たしかに退魔師と繋がったせいで処刑されてしまった。
だが、お前が真にシャルロッテ様を想っているなら――シャルロッテ様を奪った世界を壊そうではないか!」
「シャルロッテちゃんを……奪った、世界を?」
ルークが口を動かすと、ケイティは再びルークの襟につかみかかった。ケイティはルークを投げ捨てるかのように持ち上げると、その耳元に口を近づける。
「あぁ、復讐するんだ。
シャルロッテ様を破滅に陥れた現魔王軍を、退魔師どもを、そして、あの糞忌々しい赤髪の悪魔を!!」
「それは……」
「無理だというのか!?」
ケイティは、そのままルークを地面に叩き付けた。
舗装された地面はひび割れ、ルークは地面に倒れ込む。
「ごめん、君の頼みは……聞けないよ」
ルークは、ごほっと咳をこみながらケイティを見上げた。
「復讐は、よくない、ことなんだよ」
ルークは、セレスティーナを殺した魔族を恨んだ。
レベッカにクルミ、筆頭侍女のマリーを殺した魔族を殺したいまでに憎んだ。自らの手で、八つ裂きにしても足りないほど忌々しく呪っていた。
でも、彼女たちを惨たらしく殺したのは捨てたヒロインだった。
見捨てた彼女は、ルークや退魔師を恨み憎みながら10年間――敵だったはずの魔王軍に所属して復讐の刃を磨いていた。その鋭い刃を向けられた瞬間の恐怖を、ルークは寝る前になると思いだす。
「復讐は、駄目なんだ」
ルークは思う。きっと、あの場でリクを感情の赴くまま殺していたら――いや、自分の実力でリクを殺せるかどうか分からないが、もし殺していたら、どうなっていただろうか?
ルークがセレスティーナたちを大切に想っていたように、リクのことを大切に想っていた誰かが「ルーク・バルサックを殺してやる」と復讐の機会を探り始めていたかもしれない。
「復讐は、復讐を呼ぶんだ。これだと、無限ループだよ。
だから……殺したり、殺される悪い縁を断ち切らないと」
ルークは、ふらふらと立ち上がる。
口の中には、じんわりと血が滲んでいた。
「僕は、みんなが幸せになる世界を見てみたい。
剣を取るのは、そのときだけだって決めたんだ!」
「この、理想論者め!!」
ケイティは大きく吠えると、拳に力を溜め始める。あまりの勢いに拳は轟音の風を纏い、いままでにないほど殺傷能力を帯びていた。
「私は、貴様がシャルロッテ様にした仕打ちを忘れない! シャルロッテ様を追い詰めた者たちすべてに復讐をする! お前が、そいつらの肩を持つというなら、ここで本当に息の根を止めるまでよ!!」
ケイティの本気の一撃がルークめがけて振り下ろされた。
あまりの衝撃に石畳が砕かれ、白い煙が辺りに充満する。轟音と共に飛び散る石の破片に観覧者たちは悲鳴を上げた。
「ふん、他愛もない退魔師が」
ケイティは口元に笑みを浮かべ、勝利を確信した。
「なんで貴方が脱獄してるの、男女」
白い煙の向こうに、赤い髪がちらつく。ケイティ・フォスターは驚愕のあまり固まってしまう。
「なっ、お前は!? どうしてここにいるんだ!?」
「まぁ、どうでもいいわね」
ぶんっと何かを振るう音が煙の中から聞こえる。白い煙が風に流され、その人物の姿が明らかになる。
それは、どこか場違いな少女だった。
小柄な体で巨大なハルバードを担ぎ、不吉な赤い髪を軽く結びあげている。しかも、右袖に腕が入っていない。つまり、片腕の少女だ。
「悪いけど、この人間は私の玩具なの」
少女は口元に狂気の笑みを浮かべながら、ケイティ・フォスターを睨みつける。
「壊していいのは、私だけよ」
リク・バルサック。
ルーク・バルサックの姉であり、ケイティの尊敬してやまない魔王代行を死に追いやった少女が、悠々と舞台の喧騒に姿を現した。
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