バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第8章 探索編

83話 玩具に手を出した罪

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「リク……姉?」

 ルークは、目の前の光景が信じられなかった。
 ルークの前で、熟したリンゴのように赤い髪が揺れている。ルークに攻撃が届く直前だった。割り込んできた赤い髪の少女が、ケイティの渾身の一撃を跳ね除けたのだ。
 おかげでケイティの攻撃は逸れ、舗装された地面に衝突。白い煙が立ち昇り、辺りはなにも見えなくなった。

「リク姉、リク姉だよね!?」

 だけど、ルークは知っている。
 ハルバードを握りしめた少女の名前を。

「どうして、僕を助けてくれたの?」

 ルークは震える声で、リク・バルサックに呼びかける。
 ルークの知る限り、リクはルークを嫌っていた。いや、嫌っているという次元を通り越している。幼いルークがリクを裏切ったことを激しく憎んでおり、恨んでいたはずだ。事実、リクから真っ向から拒絶されたのは、たった数か月前のことだ。

「リク姉、教えて? なんで、僕を助けたの?」

 たった数ヶ月で、リクの心境に変化が生じたのだろうか?
 裏切り者の自分ルークを許してくれる気になったのだろうか? ルークは期待を込めた眼差しで、リクの小柄な背中を見つめた。

「決まってるわ」

 リクは振り返らない。
 白い煙が晴れてもなお、リクの瞳は、まっすぐケイティ・フォスターに向けられていた。

「貴方をここで死なせるわけにはいかないもの」
「リク姉っ!」

 ルークの顔に、ぱぁっと笑顔が広がる。
 ルークの真摯な気持ちが、ようやくリクに伝わったのだ。ルークは、どこか救われたような気分になる。心の穢れていた部分が、じんわりと溶けて浄化していく感じがした。しかし――

「だって、ここで死んだら楽しめないじゃない」

 後姿でも、よくわかる。
 リクの背中からは、狂った殺気が滲み始めていた。

「持ち運びに不便だから、あとで手足は斬らせてもらうわね。
 大丈夫、すぐに殺しはしないわ。たくさん吐かせたいこともあるし」

 リクは、大好きな玩具で遊ぶ幼子のように明るく無邪気な声で語り続ける。ルークからリクの表情をうかがい知ることができなかったが、きっと口が裂けるほどの笑みを浮かべていることだろう。
 前言撤回。ルークの心地よい気持ちは、一瞬で消え失せてしまった。

「私の復讐対象玩具に手を出した罪は、脱獄よりも重いわよ……ケイティ・フォスター」

 リクは、ハルバードをケイティの喉元に向けた。ケイティの歯を食いしばる音が聞こえる。ケイティは拳を握りしめると、リクを思いっきり睨みつけていた。

「リク・バルサック、どうしてここにいる!?
 まさか……この人間と通じていたのか?」

 ケイティの獰猛な双眸は、先程以上に輝いていた。ルークに向けられていたのとは比べ物にならないほどの殺気が、リクに向けられていた。あまりに殺気の濃度が高いのか、ちりちりと空気まで揺れていた。

「いまのはなし、聞いていなかったのかしら?
 これは私の復讐対象。この間、取り逃がした玩具よ? それと手を組むなんて、天と地がひっくり返ってもありえないわ。

 ……貴方の元主人シャルロッテとは違ってね」

 リクが最後の言葉を口にした瞬間、ケイティが地面を蹴った。ケイティの脚力で地面が抉れ、土煙が舞い散った。

「シャルロッテ様の侮辱は許さない!!」

 ケイティは、弾丸のように駆けだした。

「めんどうね」

 リクは舌打ちをすると、ハルバードを掌で回す。そして、斧先をルークに向けた。そのまま、ひょいっとルークの襟を斧先に引っ掛ける。

「どわっ!?」

 ルークはリクの倍以上の体格だった。ルークは背の高さはリクよりも頭一つ分高く、筋肉の量も体重にいたっては倍近くある。その差をもろともせず、リクはルークの身体を悠々と持ち上げると、ケイティの攻撃から身体を逸らすように跳びはねた。

「ロップ、その荷物を預かりなさい!」

 リクは勢い良くハルバードを振るった。
 ルークの身体は宙を飛び、ロップ・ネザーランドの腕の中に放り込まれる。

「私が良いというまで、けっして逃がさないこと」
「は、はい!」

 ロップはルークを縄で縛ると、慌てて後方に下がった。
 ルークは抵抗しなかった。ケイティに痛めつけられた結果、動きが鈍っていたのか、それとも急激に動き始めた現実に頭がついていかなかったのか。
 おそらく、その両方だろう。
 ロップはルークを抱えたまま人混みの中を走り、やがてリクたちからは見えなくなった。

「あの退魔師を護るのか? シャルロッテ様のときは、糾弾したのに!!」

 ケイティが吠える。
 目は血走り、髪の毛は至る所に跳ねている。どこから見ても、ケイティは正気を失っていた。リクはハルバードを軽く素振りすると、ため息をついた。

「これは情報を搾り取るための捕獲。色ボケ女とは違うわ、ケイティ・フォスター」
「シャルロッテ様を……その減らず口、叩き潰してやる!!」

 ケイティは服に手を押し込むと、なかから剣を取り出した。
 それは持ち運びに便利そうなサイズだったが、ずっしりとした武骨な剣だった。かすっただけで、腕を持って行かれそうな重厚感がある。

「死ね!!」

 ケイティは突進する。さきほどの倍以上の速度だ。この速度になると、視認することも困難である。リクはハルバードで体感のバランスをとりながら、考えるよりも早く真横に飛んだ。
 旋風が赤髪を舞い上げる。
 まさに、間一髪だった。ほんの瞬きの間に突進してきた剣を、寸でのところで避ける。ケイティの攻撃は標的リクから外れ、前のめりになった。通常なら、ここで背後をとり攻撃に転ずるのだが、いかんせん。ケイティの速度に追いつけない。リクが攻撃に転ずる前に、ケイティはそのまま人間たちの輪に突撃した。

「き、きゃあ――!!」
「うわっ、逃げろ! 逃げろ!!」

 観覧者たちの間に、阿鼻叫喚の渦が巻き起こる。
 触れただけで腕が切れそうなほど重厚な剣、そして目で追うことも難しいほどの速度を持った塊が無防備な集団と衝突した。楽しげな仮装を纏った人が押しつぶされ、ペイントではない多量の血が流れた。

 ここでようやく、デルフォイの人々は認識した。目の前で繰り広げられていた乱闘が「痴話喧嘩」なんて可愛らしい騒動ではなく、「魔族と退魔師」の戦闘だったことを。

「あの小僧はどこだ? あいつ、退魔師なんだろ? なぁ、護れよ? 俺たちを、護るのが仕事だろ」
「いない! あのウサギ小僧と一緒に、消えやがった! 俺たちを見捨てたんだ!!」
「そんな! 退魔師が、人間を見捨てるなんて!?」

 魔族との戦いとなれば、当然のように退魔師に救いの手を求める。
 ケイティは明らかに獰猛な魔族であり、対する赤い髪リクも忌避の存在だ。肝心の頼みの綱ルーク・バルサックはロップに抱えられ、この場を早々に離脱済みだ。


 デルフォイの人々が、助けを求める存在は何処にもいない。

 もっとも、人間が困っているなんて些細なことは、リクもケイティも関係ない。ケイティが何も考えずリクめがけて殺人的な突進を繰り出し、それをリクが間一髪で避ける。その度に、ケイティはリクの後ろにいた人間たちを引き裂き、下敷きにした。

「くっ、邪魔だ! どけ、人間が!!」

 ケイティは積み重なった屍を踏みつけながら、悪態を吐く。

「どうした? なぜ、攻撃してこない!?
 玩具を壊しかけた罰を下すのではなかったか!?」
「……」

 リクは、ケイティの攻撃を避けるばかりで攻撃しない。
 ケイティは、沸々と苛立ちを増していた。ルーク・バルサックも反撃してこなかったが、リク・バルサックも真面目に戦おうとしてこない。ケイティ・フォスターは、自分が舐められているようで非常に不愉快だった。

「ちょこまかと動きやがって! 見損なったぞ、リク・バルサック!
 もっと戦いがいのある奴かと思っていたのに、この始末!! さっさと死んで、あの世でシャルロッテ様に首を垂れて詫びろ!!」
「……」

 リクは、何も答えなかった。
 無論、死んで詫びるつもりなんて毛頭ないし、だいたい詫びるようなことをしでかした記憶はない。彼女が裁かれたのは、彼女自身の罪から生じたものだ。リクはそれを暴く手伝いに関与しただけであり、謝ることなど何一つない。――なんて、ケイティに話したところで聞き入る余地はなさそうだ。リクはケイティの隙を伺いながら、攻撃を避け続けていた。
 ケイティの攻撃を受け止めることはできるだろうが、リクは哀しいことに片腕だ。両腕があれば力を込めることができただろうが、片腕で万全に戦える自信はない。
 ケイティの一瞬の隙をつき、形勢逆転を狙おう。
 リクがそんなことを考えていた時だった。

「ひっぐ、おとうちゃん。足が、痛いよー」

 誰かが啜り泣く声が、リクの耳に届く。ちらり、と視線を向けると、そこには小さな女の子が座り込んでいた。どうやら、女の子は足をくじいてしまったらしい。泣きじゃくりながら、父親と思われる男の服の袖をつかんでいる。

「ええい、邪魔だ! 離せ!」

 その父親は女の子を蹴り飛ばすと、人混みの向こうへ消えていった。
 どうでもいい人間の浅ましい姿だ。しかし、なぜだろうか。リクは興味の欠片も抱かないはずなのに、なぜか目を逸らせなくなってしまった。

「余所見をするな、リク・バルサック!!」

 ケイティが怒りの赴くままに剣を振り下ろす。
 剣が振り下ろされるのに伴い、轟風が巻き起こった。リクは右に跳びはねて避けようとしたが、跳躍したときに気づいた。
 ケイティの攻撃の先に、父親に見捨てられた女の子がいることに――。

「っち」

 リクは気がつくと、女の子の前に走り出していた。
 ケイティの剣をハルバードで絡め取り、辛うじて押しとどめる。ケイティの攻撃は重く、左腕が軋む音がした。このまま重さを流せばよいのかもしれないが、そんなことをしたら後ろに被害が出てしまう。

「力勝負か? いつまで持つかな!?」
「……っ!」

 ケイティは残忍な笑みを浮かべていた。リクは歯を食いしばりながら、必死になって受け止める。額からは汗が滲み、頬を伝いながら落ちていく。ケイティの圧力に耐えきれず、じりじりと足が地面に沈み始める。
 やはり、片腕では難しいか? と、リクが撤退を考えたその時だった。

「リク殿!! 助太刀いたすでござる!!」

 上空から声が降ってくる。
 ケイティは、「なんだ!?」と空を見る。その一瞬が、ケイティの命取りだった。
 リクはケイティの剣を僅かに押し返すと、そのまま左足をケイティの腹めがけて繰り出す。ケイティは予想外の攻撃によろめき、一歩、二歩後ずさりした。

「ありがとう」

 リクは援軍アスティへの礼を呟くと、そのまま地面を蹴り飛ばす。そのままケイティの懐に潜り込むと、ハルバードを振るった。ケイティは、肉薄されてしまい、リクの渾身の一撃を避けられるはずもない。

 一閃。ケイティ・フォスターの首は跳ね飛ばされ、高らかに宙を舞った。最後まで「なにが起きたのか分からない」とでも言いたげな表情を浮かべたままだ。リクは地面に転がった生首ケイティを見下ろしながら、別れの言葉を告げた。

「さよなら、ケイティ・フォスター」


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