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第8章 探索編

84話 裁きのときと嵐の予感

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「さてと、アスティ。弁明はあるかしら?」

 リクは、アスティを静かに見下ろした。

 デルフォイの街を抜け出すのは、そこまで難しくなかった。

 もともと祭の混雑に加え、ケイティの引き起こした騒動により、街は蜂の巣を突いたかのように混乱に陥っている。リクたちは早々と街を抜け出すと、隠しておいた馬に跨り森の奥へと疾走を続けた。馬が奔れる場所は限られていたが、魔王軍、いや、迫害され続けた魔族にとって、人が入らぬ森奥は領域テリトリーなのだ。普通の人間が知らない道から道へと駆け抜けながら、森の奥へ奥へと進んでいく。


 そうして、走り続けること一昼夜。
 ようやく安心できる場所に辿り着き、こうしてアスティ・ゴルトベルクへの尋問を始めていた。

「あの場で助太刀してくれたのは、とても助かったわ。おかげで、男女ケイティに隙が生まれたから」

 実際、アスティが飛び出してこなければ、もう少し戦いが長引いていたことだろう。
 彼女が周囲の注意をひきつけてくれたおかげで、私が攻撃に打って出ることが出来た。あの一撃が勝負の分かれ目だったに違いない。だから、アスティがいてくれて助かった。

「ロップは馬鹿玩具ルークを抱えていて手が離せなかったから、本当によかったと思ってるの」
「い、いやー、面目ないでござるよ」

 えへへ、とアスティが頬を赤く染める。ごしごしと頭を掻きながら照れていた。だが、その表情はどこか強張ったままだ。それが尋問の本題ではないことくらい、彼女はとっくに気づいている。だから、リクはバッサリと切りだすことに決めた。

「でもね、それとこれとは話が別。
 どうして、デルフォイにいたのかしら?」

 それを切り出すと、アスティの表情が一気に青ざめる。「恐れていたことを聞かれてしまった!」とでも言いたげな表情だ。おそらく、上司リクに報告できないことをしでかしていたのだろう。

「さて、なにをしていたの? 遊んでいた、わけではないんでしょ?」

 アスティは、地味極まりない服装だった。
 さすがに軍服ではないが、名門ゴルトベルクのお嬢様が纏うような高価な服でもない。到底、「デルフォイへ遊びに行く」ような華やかな服装には見えなかった。どこにでもありふれ、周囲に埋没してしまいがちな服装だ。

「密偵の真似事? いいえ、そんな高度な真似が出来るとは思えないわね」
「ぐぬ……否定できないでござる」
「でしょうね」

 服装だけは密偵そのもの、だが、いかんせん。アスティが密偵の真似事をする理由が思いつかないし、そもそも彼女に密偵が務まるとは思えない。かなり正直者で、思ったことは顔に出てしまう。常に心を隠して行動する「密偵」には、もっとも不向きな性格だろう。
 では、なんのために、デルフォイにいたのだろうか? リクが思案していると、背後から何か訴えるような声が聞こえてきた。

「も、もごもご!!」

 訂正。呻き声だ。
 ルーク・バルサックが、なにかを訴えようと盛んに動いている。両手足を縄で縛られ、猿ぐつわもはめられているからだろう。口から出る言葉は呻き声ばかりで何を叫んでいるのか、まったくわからない。

「ごめんなさい、ルークの言葉は分からなくて」
「むごご! むご! もごごごご!!」
「さて、アスティ」

 リクは呻き声を無視して、話を進めることに決めた。
 どうせ、ルークは「可愛い女の子を追い詰めるなんて、リク姉とはいえ許せない!」みたいなことを言い出すに違いない。リクが知る限り、ルーク・バルサックは女好きだ。しかも、容姿端麗の女性ばかり周りに侍らせたがる。
 セレスティーナにしろレベッカにしろ、侍女のマリーにしろ、それぞれの分野で秀でた美しさの持ち主だ。アスティだって、リクよりも見目が整っている。ルークの毒牙の対象には十分なりえるだろう。

「その……1人で、捕まえようと思ったんでござる」

 アスティは、ぼそりと口を開いた。
 申し訳なさそうに身を縮めながら、弁明を話しはじめた。

「いま、リク殿の手を煩わせることは避けたいと思い、ケイティの足取りを調査したでござる。
 そうしたら、デルフォイに逃走したことが判明して……それで……」

 リクは、アスティとケイティが好敵手同士だったという噂を思い出す。
 ここのところ、リクが忙しかったのも事実である。もし自分がケイティ脱獄を耳にしていたら、今の仕事をヴルスト辺りに丸投げして、死刑執行へ動いていたことだろう。

 ……結果的に、ケイティを処刑してしまったが……アスティとしては、友人ケイティを殺したくなかった。だから、内密に捕縛し、監獄へ送還しようと考えていても不思議ではない。

「なるほどね。理由は、それだけ?」
「そう、でござる」

 アスティの視線が、ほんの一瞬だけ別の所へ向けられた。……リクの足元に転がる玩具ルークに。

「これとなにか関係があったの?」
「そ、そんなことないでござる!!」

 アスティの声が裏返った。
 若干、震えているようにも聞こえる。リクの質問に対し、アスティは完全に動揺してしまっていた。これは、ルークとの繋がりがあったと告白しているようなものである。

「そう、分かったわ。ちょっと待ってなさい」

 リクはロップを見張りに残すと、別の所へ移動した。
 アスティたちのいた所から茂み1つ挟んだ向こう側に、アスティの部下が馬の世話をしている。リクは馬の数と部下の数が変わっていないことを確認すると、彼らを集めた。

「1つ聞きたいことがあるんだけど、貴方たちはどう思ってたの?」
「どう、とは?」

 声を潜めて尋ねれば、部下達は互いに顔を見合わせた。

「アスティ・ゴルトベルクとルーク・バルサックとの関係よ。さっき本人から話を聞いたんだけど、どう思ってる?」

 すると、部下達の顔色が一様に曇った。

「率直に申し上げてもよろしいでしょうか?」
「かまわないわ」

 リクが促すと、アスティの部下達が口々に話し始めた。

「あれは、リク少将を思っての行動なのです」
「ルーク・バルサックを捕らえておきながら、ケイティ・フォスターの餌として泳がすなんて危険だとは思いましたが、リク少将に迷惑をかけないためでもあったのです!」
「だから、アスティ様を罰しないでください!!」

 リクは、部下達の告発を黙って聞いていた。
 アスティの口から出てきたのは、「ケイティ捕縛」の話のみで、ルークとの関係は否定していた。だが、どうやら彼らは繋がりがあったらしい。それは、部下達が話す内容なのかもしれないし、リクの知らない陰で手を組んでいたのかもしれない。

 詳しいところまでは、まだ分からない。でも、これで十分だ。

「少将!」
「分かったわ、ありがとう。ゆっくり休んでいなさい」

 リクは彼らに背を向けると、アスティの元へ戻った。
 リクが近づいていくと、ロップが駆け寄ってきた。そして、小さく耳打ちをする。

「あの、そろそろ出発しないと、ヴルストさんが心配しますよ?」
「分かってるわ。ここで、処分を決めるから」

 リクはハルバードを手に取ると、手の中で軽く振った。アスティとルークの顔が、ぎょっと歪む。無理もない、彼らはこのハルバードで殺されてきた人々を幾人も見送ってきたのだから。それが、無抵抗な状態の自分の前で振られたら――これからなにが起きるのか、想像してしまうに違いない。

「大丈夫よ、玩具ルーク・バルサック。まだ、貴方は殺さないから」

 彼を殺すのは、ここではない。
 もっと念入りに準備を重ねて、もっともふさわしい舞台で拷問する。監禁して、捩じって、絞って、八つ裂きにして、「助けて!」と求めたところを、崖から突き落としてあげるのだ。それは、今ではない。

「アスティ、私に黙って独断行動した罪は重いわ」
「……分かってるでござる」

 アスティの顔は青ざめていた。しかし、どこか覚悟を決めたような表情をしている。アスティは、絞り出すような声で話し始めた。

「命令違反でござる。リク殿に処刑されるなら、本望でござるよ」

 さぁ、一思いにやってくれ!と、言わんばかりに目を瞑る。傍のルークは、酷く騒ぎ始めた。恐怖に歪んだ瞳は、まるで「やめろー!」と叫んでいるようだ。
 リクは長く息を吐いた。

「殺さないわよ」
「……え?」

 アスティは、ぽかんと口を開けた。ぴたり、と。ルークの動きも止まる。

「私も独断行動だったもの。咎めることはできないわ。
 ……もちろん、それを差し引いた罰は受けてはもらうけど」

 罪には、罰。
 それは、いかなる罪であっても変わらない。リクはアスティの鼻先にハルバートの先端を突きつけたまま、静かに刑を告げた。

「魔王討伐隊の任を解き、ミューズ城で謹慎すること」

 戦に出てはいけない。それは、首級をあげることを生き甲斐とする武人にとって、かなり屈辱的な罰だ。

「それが、あなたに与える罰よ」

 しかし、アスティの顔は涼やかだった。

「……かしこまりましたでござる、リク殿」

 アスティは、静かに罪を受け入れる。


 ルークは縛られたまま、不思議そうにリクとアスティを見つめていた。






 ※

 その頃、魔王城の一室。
 いつまでも眠り続ける男を見下ろす影があった。

「つまんないなー、本当に」

 影は黒い羽を羽ばたかせると、面倒臭そうに呟いた。

「君が倒れたら、あの娘の魂が奪えないじやないか」

 影は、男の胸に軽く手を添えた。

 影ーー死神は当初の計画とのズレに苛立っていた。この男が意識消失したままでは、リク・バルザックとルーク・バルザックの魂を奪う計画に支障をきたしてしまう。せっかく10年かけて積み上げてきた計画が、この最終段階で水の泡になりかけていた。

「いま、あの娘に契約を持ちかけたところで、断られるのがオチなんだよね。
 だから、君は運がいいよ」

 死神の手に淡い光が集まり始めた。
 光は、ゆっくり男の身体を包んでいく。

「植物状態から脱することができるんだから」

 死神の口が裂けた。そして、酷く嬉しそうに高笑いをする。

 死神は、笑わずにいられなかった。


 彼が蘇生した結果、おとずれるであろう運命を予想して。




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 26日で1周年です!いままで応援してくださり、本当にありがとうございます!
 これで、第8章は終わりです。
 
 次回から9章「バルザックの野望編」が始まります。
 残すところ、あと2章。更新頻度は遅めですが、完結目指して頑張ります!
 これからも、よろしくお願いします。
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