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第10章 片翼のリクと白銀のルーク編
94話 夜の闇を疾る
しおりを挟む「うわっっと!?」
ルークの身体は、なにか柔らかい物にぶつかった。
否、包み込まれた。ほんのりと暖かな胸に抱きすくめている。とくん、とくん、と心臓の鼓動が間近で響いていた。
ルークは何が起きたのか理解できなかった。てっきり、固い岩や地面、もしくは、魔族の槍に身体を貫かれるとばかり思っていたのに――いったい、なにが自分を受け止めたのだろうか。
「いったい、なにが?」
遠ざかりかける意識の中、辛うじて瞼を開けてみる。すると、そこには白銀の髪が躍っていた。
ルークは眼を細めて、髪を凝視する。どこかで見覚えのある長髪だが、誰の髪だったか思い出せない。ルークが考えあぐねていると、髪の主が笑う声が近く聞こえた。
「なんだ、ルーク。もうへたばったのか?」
「その声は……ラク姉!?」
ルークは驚きのあまり、身体を半分起こし――背中に奔った痛みに呻く。そんな彼の様子を見て、ラク・バルサックは高らかな笑い声を上げた。
「あいかわらず、馬鹿だな――のこのこと1人で出向き、あっけなく捕まり、死にかけてるじゃないか。
私が助けに来なかったら、今頃どうなっていたことやら」
しかし、嬉しそうな声色とは裏腹に、ラクの表情は真剣そのものだった。素早く周囲に目を奔らせながら、彼女を囲むように奔る護衛の退魔師たちに手で指示を送り続けている。
ふと気がつけば、魔族の海を越えていた。はるか後方から魔族の罵声と剣がぶつかり合う金属音が聞こえてくる。
これは想像にすぎないが、魔族の警戒を薄い場所を狙って奇襲をかけたのだろう。そして、ルーク救出後、勢いに任せて戦線を離脱したに違いない。
ラクは、ルークを助けに来てくれたのだ。
ルークの心の中に温かい物が広がるのと同時に、疑念が芽生えた。
「どうして、ここに?
だって、ラク姉は――ライモンと、一緒に――」
ルークの脳裏に浮かび上がるのは、ゲームの知識。
この時期のラク・バルサックは、ライモン・バルサックの手下であり言いなりだ。阻止するためには、ラクを攻略しなければならない。
しかし、そこまで攻略を進めておらず、むしろ、嫌われる行動ばかり繰り返していた。カルカタ戦のときも、シェール島での戦いも、他にもたくさん迷惑をかけ続けてきた。
いまさら、彼女が仲間に加わるわけがない。
むしろ「良い気味だ」と見捨てて当然なのだ。しかし――
「ふん、父上とは縁を切った――一方的に、な」
ラクは宣言した。
どこか吹っ切れたような声色で、ルークを優しく包み込む。
「こんな手のかかる弟、私まで見捨てるわけにはいかないだろ?
……一旦、仕切り直しだ。奴らの目的地が判明している以上、ここは引いて体勢を立て直す。王女はその後、必ず助け出せばいい」
ラクはルークの耳元で素早く呟いた。
この時、ルークは初めて――自分の手の内に王女がいないことを思いだした。慌てて後ろを振り返ろうとするが、もう身体が持ち上がらない。痛みと疲労が極限に達し、今にも意識の糸が切れてしまいそうだ。
「お前が殴り飛ばされたとき、王女を手放したんだろう。
……安心しろ、王女は生きている。復活の儀式に必要だからな」
――それまでに、助けに向かえばよいのだ。
ラクはルークを安心させるように、背中を軽く叩いた。
それを合図に、意識を保っていた糸が切れる。湯船に浸かるような心地よさに全身がつつまれた時、ルークは重い瞼を閉じた。
そう、王女がいなければ魔王の復活はない。
だが、それと同時にルークもいなければ復活は出来ないのだ。
レーヴェンは、ルークが必ず王女を助けに来ると確信している。だから、ラクを深く追ってこない。
ならば、その間――自分も休ませてもらおう。
汚臭漂う悪条件の中――寝るに寝れない日々を過ごしてきたのだ。
もう、ルークの身体は限界だった。
しばしの休息の後に待ち受ける――最終決戦に備えて。
※
夜の闇を奔る。
それは、魔王軍。
それは、ラク率いるバルサックの私兵軍。
そして、もう1つ――夜の闇を駆ける小さな影があった。
リク・バルサックだ。
ライモン・バルサックを殺害した後、すぐに馬にまたがり逃走した――のだが、不思議と追手の気配はない。
それどころか、バルサック邸の警備が手薄だった。ライモンが執務室から落下したというのに、駆けつける影はない。
まるで、すでにライモン以外が出払った後のように――
「まぁ、私には関係ないわ」
バルサック邸に、もう二度と戻らない。
なるべく早く魔王封印の地へ向かい、少しでも封印解除の力になる。命令違反の罰を受けることは覚悟の上だ。すでに魔王城を飛び出した時点で罰を受けることが決まっているなら、少しくらい重くなったところで後悔はしない。
むしろ、城で待っているだけの方が後悔する。
ならば、後悔しない生き方を貫こう。後悔しないで戦い抜き、最期まで生を全うする。なにを恥じることがあるのだろうか。否、なにも恥じることはない。
「それに……やっぱり、聞きたいことがあるから……」
リクは歯を食いしばると、馬に鞭を討った。
リクの計算が正しければ、魔王軍が封印の地へ到着するまで、残り数時間。下手したら、1時間を切っている可能性もある。このまま馬を全速力で走らせたところで、間に合うか五分五分だ。
「っく、なんで今日に限って曇ってるのよ」
リクは忌々しげに空を見上げた。
星さえ出ていれば、そこから方角を割り出すことができただろう。しかし、今日に限って星どころか月明かりすら分厚い雲に遮られ、地上に届いていない。馬の先に括り付けた提灯の明かりだけが、リクの視界だった。
こんなに視界が悪くなってしまうなら、いっそのことヴルスト辺りを連れてくれば良かった、と後悔したが、すぐにその考えを振り払う。彼に相談したところで「それは、命令違反だ」と一蹴され、監視の目を強化されていたに違いない。
他に優秀な部下の大部分は封印の地へ出向いた後であり、ミューズ城の守りについているアスティを連れてくるわけにもいかない。今更ながら、自分の思い通りになる部下の少なさを思い知った。
「まったく……ん?」
その時だ。
眩い光が辺りを照らし出した。つい、リクは馬を止める。
さほど遠く離れていない場所に、光が満ちていた。一条の閃光が暗闇を貫き、雲を切り裂く。それは、星空へ延びる光の柱のようだった。
「……なにかしら、あの光?」
リクは眼を細め、光を凝視する。
やがて光は薄れ、夜空に解けるように消えていった。ただ幸いなことに、雲は晴れたままだ。雲の切れ間から、青白い月明かりが街道を照らし出している。
リクは星の位置に目を奔らせた。光の方向は、ちょうど進行方向。しかも、魔王が封印された土地の辺りから放たれていた。
「……っ、もう戦いが始まったのかしら?」
リクは馬の腹を蹴ると、再び走り出した。尻に鞭を打ちながら、速度を上げていく。先程までは進行方向を常に確認しながらの移動だったが、雲が晴れた今、それを気にする心配は減った。方角は分かる。あとは、その方向に向かって走ればよい。
ただひたすら。
脇目もふらず――。
次の瞬間だった。
「――ッ!?」
突然、馬の前に槍が飛び出してきた。
唐突の攻撃に、馬は驚いてしまったのだろう。乗り手を振り落さんとする勢いで前脚を掲げてしまう。リクは、慌てて手綱を握り直した。間一髪、落馬はまぬがれた――が、馬の興奮状態は続いていた。リクは体勢を立て直しながら、槍が伸びてきた方向に視線を向けて――驚きの声を上げてしまう。
「どうして、ここに?」
「それはこっちの台詞だぜ、リク少将殿」
返答と同時に、第二撃目が繰り出される。リクは馬を軽く跳ねさせ、槍を退ける。そして、手綱から手を放した。
「……そう、貴方が追手なのね」
ハルバードを素早く引き抜き、応戦の構えを取る。
すると、槍を構えた魔族は不敵な笑みを浮かべた。月光を浴び、その剥きだされた牙が鈍く光る。
10年間ーーリクの教育係を務め上げた魔族。
リクの戦法の癖、および思考は熟知しているといっても過言ではないだろう。
むしろ、最初にリクの脱走を勘づくのは彼だと、どこかで理解していた。
もっとも、こんな早くに来るとは予想だにしなかったが。
リクは額に汗を浮かべると、その者の名前を呟いた。
「ヴルスト・アステロイド」
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書籍化記念の番外編が投稿してあります。
時系列的に、本編に入れるのは難しいと判断したため、別口で投稿しました。
http://ncode.syosetu.com/n2678df/
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