バルサック戦記 -片翼のリクと白銀のルーク-(旧題:片翼のリク  ‐退魔師の一族だけど、魔王軍に就職しました‐)

寺町朱穂

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第10章 片翼のリクと白銀のルーク編

100話 片翼のリク

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 リクは地面を踏み込むと、躊躇うことなく進んだ。
 否、逆に進んだ。
 石柩に背を向け、逆方向へ進む。「進め」という真名の縛りで、悲鳴を上げる身体能力を押し上げ、空を駆ける矢のごとき速度で、レーヴェンの元へ駆けた。

「隊長、すみませんっ!」

 リクはハルバートを投げ捨て、空いた手でレーヴェンの右腕をつかむ。そのまま自分の肩に回すと、一気に持ち上げた。まるで巨大な石像を背負っているような重さが背中に圧しかかる。あまりの重さに、身体が二つに引き裂かれてしまいそうだ。ふらつく足に気力という名の鞭を打ち、無理やり動かした。よろけるように走り出すと、背後から大小さまざまな岩が崩れ落ちる音が空間を震わした。
 まさに、間一髪だった。

「なにをしてる! 進めと命令したはずだ!?」
「だから、進みました」

 リクはレーヴェンを担いだまま、出口に向かい走り続ける。
 数瞬前まで自分たちのいた場所は巨石が落下し、石柩へ続く道は完全に封鎖されてしまっている。一秒、一瞬でも早く、出口へ滑り込まなければ、このまま退路を塞がれ、圧死してしまう。

「私は隊長の片翼になりたい。だから、ここで隊長を死なせるわけにはいきません」

 洞窟内なのに、雷が落ちたような音が響き渡る。

「これが、私の――進む道だから」

 魔王を復活させるのは、確かに彼が下した命令だ。
 だがしかし、それ以前に、彼自身を助けるのは当然である。なにを躊躇う必要があるのだろうか。否、躊躇う要素など、どこにもない。

 ここにたどり着くまで、いろいろ考えた。
 ライモンの言葉、死神の言葉、そして、レーヴェンから下された「待機命令」。命を助けられたあの日から、ずっと駒としてしか見られていないのではないか、利用されているだけではないか、と悩み、戸惑いながら、ずっと考えてきた。
 そのうえで、リクは決めたのだ。命をかけてでも、彼についていく。そう心に決めたのは、自分自身なのだ。騙されていようが構わない。駒だろうが、知ったことか。誰が苦言を漏らそうが、自分の中で一番はレーヴェン・アドラーであることには変わりないし、恩人であることには変わらない。
 その気持ちに嘘をつくことなどできるはずがないし、していいわけがないのである。

「……」

 レーヴェンは何も答えない。
 リクはその巨体を担ぎながら、出口だけを目指して走り続ける。
 空間全体を破裂させるような地響きが耳元に迫ってくる。地面に轟く振動が、リクの身体を絶え間なく突き上げる。身体が鉛のように重い。だが、それでも、不確かな足元を覚束ない足取りで進んでいく。

「……すまなかった、リク」
「なに言っているんですか。隊長を助けるのなんて、当然じゃないですか」
「……」
「もう、出口です。外に、ヴルストが待っています。早く合流して、作戦を練り直しましょう」

 気のせいか、首筋にかかる彼の呼吸が浅い。
 処置など施す暇がなかったため、左半身からは絶えず血が流れ出ている。その怪我は、もしかしたら心臓に達しているのではないか?という不吉な考えが脳裏を過った。しかし、それを確かめるのは怖くて、確認する余裕もない。

「魔都に戻れば、待機軍が残っています。
 ミューズには、アスティの軍が残ってます。カルカタにも、ベリッカにも、まだまだ、魔族は残ってます」

 リクは事実から目を背けるように、口を開き続けた。
 乾いた土が煙のように巻き起こる。視界の悪い細い道を進みながら、きわめて明るい口調で話しかけ続けた。地揺れの轟音に負けぬような大きな声で。

「だから、まだまだ戦えます。それに、ここが魔王が封印されている場所だと分かりました。後日、改めて発掘して、魔王の封印を解きに来ましょう」

 レーヴェンの息が少しずつ、少しずつ浅く、消えそうになる。
 リクが話せば話すほど、出口へ近づけば近づくほど、その命が消えてしまいそうな予感にかられる。だが、進みを止めるわけには行けなかった。

「だから、だから――っ!」
「……もういい」

 リクの言葉を遮るように、か細い声が耳元で囁かれる。
 今にも消えてしまいそうな小声は、崩落の轟音にかき消されそうだ。リクはその声に全神経を集中させた。

「……シャルロッテ様が、俺にとっての命にかけてでも護るべき存在だった」
「シャルロッテ、が、ですか?」
「俺は、お前を許せそうにない」

 だから、待機命令を下した。
 傍に置いておけば、怒りで大切な部下を殺してしまいそうだったから。

「……」

 リクは黙り込んだ。
 もし、自分が意識を失っている間に、たとえば、ロップやアスティがレーヴェンを裁いたと知ったとき、自分はどう行動するだろうか。たとえ、正当な理由があろうとも、大切な人が殺された燃え上がるような怒りと悲しみで、彼らを殺しかねない。だが、彼らは自分の大切に思ってきた部下なのだ。部下は、ロップやアスティを殺すことは、できない。

「……許して貰おうとは思いません」

 きっと、同じ立場なら、自分も相手を許せない。
 「許したよ」という綺麗な言葉を並べるのは簡単だが、そんな自分を騙すような真似はできなかったし、身震いするほどの拒絶感がする。

「ここを出たら、隊長の手で裁いてください」

 遠くに、小さく出口の明かりが見え始めていた。
 そろそろ、朝日が昇る時間帯なのだろう。淡い藍色の光に、薄らと橙色が混ざり始めていた。

「隊長の命令なら――」
「……リンクス・バルサック」

 レーヴェンの声が波を引くように小さく、小さく萎んでいく。

「お前は、生きろ。
 それが、俺の片翼に下す最期の、命令処罰だ」
「なにを、言ってるんですか」
 
 もう、出口はそこなのに。
 あと一歩で外に出られたのに。
 リクが洞窟の外の大地を踏んだとき、首筋にかかる息は感じられなかった。
 西の空には星が瞬き、東の空は薄らと橙色を帯び始めている。地に目を向ければ、死屍累々の台地が広がっていた。

『死んだね、その男も』

 ふと、耳元で感情のない声が聞こえてきた。
 死神だ。相変わらず、うさん臭い笑みを浮かべたまま、リクの隣に浮かんでいる。リクは何も答えず、背中からレーヴェンを下ろした。

『君の生きる目標は失われた。
 どうする? 君の魂と引き換えに、そいつを生き返させるかい?』

 真綿で首を絞めるような、甘い言葉。
 リクは小さく肩を落とすと、憑き物がとれたような表情を浮かべた。その表情はいつになく晴れやかで明るく、自分の覚悟が決まったとでもいいたげな顔だった。

「ええ、ありがとう」

 次の瞬間。
 死神の心臓を剣が貫いていた。
 リクが目にもとまらぬ速さでレーヴェンの大剣を抜き、死神の胸を貫いていたのである。リクの顔に生暖かい血がかかり、剣の先から血が滴り伝い、地面に吸い込まれるように落ちていった。

『ば、馬鹿な……なん、で』
「レーヴェン隊長の死を穢す行いは、レーヴェン隊長の片翼として許さない」

 それに「生きろ」と命令された。
 死神に魂を売るなど、言語道断だ。
 それを告げると、死神は塵のように消えてしまった。羽一つ残すことなく、恨みと憎悪で顔を歪ませながら――塵に帰った。

「……さてと」
「おーい、嬢ちゃん!!」

 遠くから、ヴルストの声が聞こえてくる。
 リクはレーヴェンの剣を手にしたまま、遠くから彼が駆け寄ってくる姿を見つめた。ヴルストも血に塗れ、怪我を負っていない場所などないように思えた。額やら頬に幾筋もの傷を奔らせている。彼はレーヴェンを視界に入れた途端、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

「そんな、隊長が……どうして、こんなことに」
「……」

 その問いには答えず、剣を鞘にしまうと、静かに背負った。
 そして、洞窟にも、ヴルストにも、レーヴェンにすら一瞥することなく歩き始める。

「……どうするんだ、嬢ちゃんは」

 ヴルストの枯れたような声が聞こえる。
 リクは彼を振り返ることなく、淡々と応えた。

「レーヴェン隊長は、私に生きろと命令された」

 背中に剣の重みを感じながら、そして、逃げるときに感じたレーヴェンの重みを思い出しながら、一歩、また一歩と血の染み込む大地を進む。

「レーヴェン隊長の片翼として、恥じることのない魔王軍を再編する。
 ヴルスト少尉、貴方はどうする?」
「……」

 ヴルストは何も答えない。
 だが、数秒の間を置いた後、呆れたようなため息を吐く音が聞こえてきた。

「俺は嬢ちゃんの教育係だ。最後まで面倒を見るってのが筋ってもんだろ。
 それに――お前が魔王軍を再編してみろ。どんな脳筋集団になるか、分かってもんじゃねぇからな」

 ヴルストの足音が近づいてくる。
 リクはここでようやく振り返り、屈託のない笑みを浮かべた。

「よし、じゃあ行くわよ」


 東の空は、爽やかな薄明りで満ちている。
 夜の微睡を消し、これから新しい朝が始まる。


 魔王軍本隊。
 その残存兵力は、たった二人。
 ここから、魔王軍再編への長い道のりが始める。







 退魔戦記、バルサックの章。
 この章の終わりは、一人の落伍者の名で〆られている。
 バルサック直系最後の末裔、リク・バルサック。
 退魔師の力がない故、捨てられた少女はバルサックに反逆。退魔四家の当主を皆殺しにした挙句、優秀な退魔師の芽をすべて摘み取り、退魔師にとっての暗黒期の要因を作った大罪人。

 だが、その一方。
 魔族には慕われ、魔王軍壊滅後、彼女が鍛え上げた新生魔王軍は歴代魔王軍の中でも最大級の強さを誇っていた。一部では、彼女を「魔王代行」「魔王の再来」と呼ぶ者も多かったが、彼女は自分自身のことを、こう称していたと伝えられている。



 片翼のリク、と。








《あとがき》
これにて、バルサック戦記―片翼のリクと白銀のルーク―は完結します。
最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
書籍版2巻の発売日は未定ですが、これとは違う結末になることは確定しています。

最後に、ここまで読んできてくださった読者の皆様。
本当にありがとうございました。
これからも、どうかよろしくお願いします。



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