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第10章 片翼のリクと白銀のルーク編
99話 進め!
しおりを挟む「リク・バルサック、何故ここに来た?」
レーヴェンの声が聞いたとき、リクは不思議と既視感を覚えた。
ちょうど一年前、今のレーヴェンのように、ゴルトベルクも利き腕を失い、絶体絶命な状況で、まったく同じ言葉を問われた気がする。
だが、その時と今とでは、決定的に違う点が2つ存在した。
一つ目は疲労の度合い。
そして、もう一つは上官の反応だ。
あのとき、ゴルトベルクは事態が把握しきれず、その声色は純粋に驚きに満ちたものであった。ところが、レーヴェンの声は非常に落ち着いている。まるで、この場にリクが間に合うことを予見していたような雰囲気を纏っていた。
きっと、いや、間違いなく、彼はリクが来るのを予見していた。
「私は――貴方に命を救われました」
リクはハルバートを構えたまま静かに口を開く。レーヴェンの視線を背後に感じながらも振り返ることなく、強烈な敵意を退魔師(ルーク)に向けながら話し続けた。
「たとえ、どのような事情が絡んでいようとも、この事実には変わりありません」
リクの身体は限界を迎えようとしていた。
口の中に、じんわりと血の味が滲み始めている。くらり、と視界が揺らぐ。ヴルストの助言を得て、少し身体を休めたとはいえ、ライモン戦での負傷が尾を引いているのだろう。ライモンが放った渾身の一撃を真面に受けたせいか、右肩に内側から軋むような痛みが奔る。両足はいまにも崩れそうで、ハルバートにしがみついて立っているのがやっとだ。
こんな極限の状態で、外の精鋭退魔師を百ほど葬って来たのだ。正直、どこでもいいから横になって、そのまま眠ってしまいたい。
だが――
「私は、レーヴェン隊長の片翼になりたい」
リクは胸の内に秘めた想いと共に意識を集中させ、闘気を高めていく。
神経を研ぎ澄ませれば研ぎ澄ませるほど、指先の感覚まで分かる。篝火しかない薄暗い空間だというのに、対峙する退魔師の表情筋、その一筋一筋までがはっきり視認できる。
「だから――敵対者は、貴方の右腕の代わりに、私が排除する!!」
リクは怒号と共に、斬撃を放った。
全身の筋肉を使い、強烈な一撃が繰り出される。まともにくらえば、ルークは一刀両断されてしまっていたことだろう。だが、さすがに、彼も唖然と突っ立っているだけの少年ではなくなっていた。
「ごめん、リク姉っ!」
ルークは一歩、出遅れたものの、それでも柔軟に身体を逸らし、斬撃から身をかわした。リクの斬撃は、白銀の髪を数本切り取っただけに終わってしまう。そのまま、リクは体制を前に崩してしまった。
「その魔族の願いを叶えるわけには、いかないんだ!」
ルークはリクが生んでしまった隙を逃さない。すかさず剣を奔らせ、リクの足を狙う。だが、疲労が蓄積し片腕を失おうとも、リクは魔王軍の精鋭と謳われる兵だ。崩れかけた姿勢から上半身を捻り、ハルバートを掬うように振り上げる。ルークの剣はハルバートの刃によって受け止められてしまった。
「シャルロッテちゃんがいない現在、魔王が復活したら世界が滅亡するんだぞ!?」
「そんなこと、私の知ったことか!」
互いの刃が交差する。
斬、という刃鳴りが沈殿とした空間に木霊した。
「お前を倒したら、その血を石柩に捧げる。お前の血だけで足りないのであれば、私の血も魔王にくれてやる。魔王の復活が、隊長の願いなら、私はそれを叶えるまでだ!」
「そんな……だって、そいつは、リク姉を利用しようとしてたんだぞ!?」
「それでも、私は構わない」
リクはルークの剣を押し返した。
押し返された反動で、ルークの身体が後ろへよろける。リクはすかさずハルバートを宙に走らせた。
「たとえ偽りでも、私を初めて見てくれた。その事実には変わらないから!」
「――ッ、リク姉!」
リクの正面から放たれた斬撃に対し、ルークは剣の面で押しとどめようとする。ハルバートの刃は火花を散らしながら、ルークを壁際へと追い詰める。ルークは歯を食いしばると、力の限り叫んだ。
「そうか……なら、僕も全力で答える!!」
ルークは血反吐を吐きながらも、壁に押し付けられる寸でのところで、リクのハルバートを弾き返した。そのまま剣を閃かせる。
「リク姉には悪いことをしたって思ってる。自分の死と引き換えにしてでも、償わないといけないって分かっている。
だけど!」
ルークの剣は宙を奔り、躊躇うことなくリクを狙った。
リクがルークとの距離を詰め過ぎていたこと、それから、薄暗さで視界が見えにくくなっていたことも理由の一つだろうか。剣を避けるのが半歩遅れ、血を吸い込んだ赤い鎧に亀裂が走った。
「ラク姉やセレスティーナちゃん、他のみんなの仇を討たなければならない!
それに、なによりも、魔王の復活は阻止しないといけない!
だから、リク姉を倒す!!」
剣によって生じた亀裂に驚く間はない。ルークが休むことなく追撃をかけてくる。リクは攻撃を受け流すと、すぐさま反撃に転じた。リクが攻撃すれば、ルークが交わし、ルークが反撃に転ずれば、リクは守り、攻めに打って出てくる。まさに、斬撃の応酬の繰り返しであった。
それを何十合、繰り返したのだろうか。
そこに他人を介入させる余地はなく、まるで剣の舞を踊っているかのようだった。
だが、連戦に次ぐ連戦で、二人の疲労は頂点に達しようとしていた。
疲労が蓄積するにつれ、互いに息が上がってくる。二人のきめ細やかな肌には、傷を負っていない場所など存在しなくなっていた。いたるところから血を流しながら、それでも目の前の敵だけを凝視し、剣戟を振るう。
先に集中を欠いたのは、ルークであった。
視界の端に映ったレーヴェンに気を取られ、彼がリクに加勢してこないか確認しようと視線を走らせたのが運の尽きだったのかもしれない。リクは渾身の力を込めて、ルークの剣を払うと、ハルバートを掌で回し、柄を腹へと叩き込む。気を取られた隙の一撃に、ルークは為す術もなく、剣を持つ手も緩んでしまった。口からは泡とともに血飛沫を弾きだす。
「これで、終わりよ、ルーク・バルサック」
そのままハルバートの先端で、ルークの腹を貫いた。鮮血が刃を伝い、ルークの身体は痙攣を起こす。
「ま、まだ……こんな、ところで」
「いいえ、これで、さよならよ」
復讐対象の一人として、玩具にできないのは惜しい。
しかし、現状はそうもいっていられなかった。さっさと息の根を止め、石柩に血を捧げよう。そう思い、腹を割こうとした――次の瞬間だった。
空間が軋むような音がした、と思えば、足元の石礫が動き出す。かたかたという動きは大きくなり、次第に空間全体を揺らす地震へと変貌を遂げた。
「これは……っ!?」
まさか、血を捧げていないのにもかかわらず、魔王が復活するのか?
リクが戸惑っていると、ルークの青紫色に染まった唇が、ゆっくりと動いた。
「……さすが、ラク、姉の、爆弾だ」
「爆弾……?」
「あれだけの、爆発、が、この狭い洞窟で、あったんだ。なにも起きないわけ、ないじゃ、ないか」
その口元は、どこか勝ち誇ったかのように見える。
揺れは次第に激しさを増し、大地に亀裂を生む。その亀裂は壁へと伝い、天井に達したとき、頭上から巨石が崩れ落ちてきた。
「まずいっ!」
リクはルークからハルバートを抜くと、飛び退くように後退する。
ルークは力なく壁に背を預けたまま動こうとしない。そのまま、瓦解した天井がリクとルークを分断する。天井からは絶えず巨石が崩れ落ち、土煙が巻き起こった。
「隊長っ! 無事ですか!?」
リクは目を細め、力の限り叫ぶ。
「リク・バルサック! 余計なことは考えず、石柩に血を捧げろ!」
すぐ近くから、レーヴェンの声が聞こえた。
目を凝らしてみれば、レーヴェンが肩を抑えながら立っている姿が見て取れた。その後ろには、石柩が見える。土煙の中、篝火の明かりを一身に浴び、煌々と輝く石柩は幻想的で、崩れようとする空間からは酷く浮いて見えた。
「分かりました、隊長」
ルークの血を使えない以上、自分の血を捧げるしかない。
リクは躊躇うことなく石柩に足を向ける。鞭を唸らせるような亀裂が走る音、身体を奥から震わすような地鳴り、絶えず揺れ動く地面、土煙と暗闇で分かりにくい視界、悪条件の中だが、可能な限りの速度で石柩との距離を縮めていく。
しかし――リクは見てしまった。
今にも崩れ落ちそうな巨石を。
その下に佇む、レーヴェンの姿を。
「ッ!?」
あと数歩で石柩に自分を捧げることができる。
だが、その数歩分を後退すれば、レーヴェンを救うことができる。しかし、後退すれば、石柩へと続く道は分断され、もう魔王を復活させることができない。
「進めッ、リンクス・バルサック!!」
レーヴェンが、リクの真名を叫んだ瞬間、魂を縛られるような感覚に襲われた。
想像を絶するほどの強力な力が「進め」と告げている。リクは頭の片隅で「あぁ、これが真名の強制力か」と感じた。今までも何度か真名の強制力を感じたことはあったが、これほどまで強く魂まで縛られる感覚は味わったことがない。刃向かおうとするものならば、そのまま魂を極限まで縛られ、四散されてしまいそうだ。
「……ッ!!」
リクはハルバートを強く握りしめると、思いっきり地面を踏み込んだ。
進め!
その衝動に押されるままに。
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