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「…え?」
聞き間違いだろうか。こんな小国の王女にお渡りなどあるのだろうか。
「…先ほど後宮の管理官が伝えに来たので間違いはないかと…」
セスの顔色も悪くなっている。
自分と同じでよもやお渡りなどあると思っていなかったことが明白だ。
「ちょ!おかしかねぇか!!なんでだよ!!」
対外的にはおかしくはない。
リリスは10番目とはいえ側室である。皇帝を慰めるのが仕事である。子孫を残すことは二の次だ。
ヘイリーも苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「何やってんだ…御大は!!」
そう呟くヘイリーの声はリリスには届かなかった。
「何も…何もおかしいことはないです。私は側室として後宮に住まわせていただいています。であればこれは当然のことなのでしょう。しかし私は、閨でのマナーなどは祖国の物しか勉強してきませんでした。粗相のないように…セス…教えてくれませんか?」
リリスは努めて平気な顔をした。
それはこの侍女たちを安心させるためではない。
自分に言い聞かせるために。
「かしこまりました、すぐに準備いたします」
二日という猶予はもらったが、それでも少ない。
皇帝がどういう意図でここに来るのかはわからないが、勤めを果たさねばと思った。
その日は、リリスも侍女たちも折角の獲物を前にしても暗い顔をしていた。
次の日の早朝、リリスは一人になりたくて森の中にいた。
ひんやりとした森の空気はリリスの感情を落ち着かせた。
ただひたすらに歩いた。
一応、念のために武器は持ってきていたが狩りをする気にはなれなかった。
やがてリリスは泉のそばまできていた。
ふと耳をすませば、水音がする。
パシャパシャと何かが水を動かす音。
動物が泉にはまったのだろうか…
リリスは心持早歩きで泉に向かった。
そこにいたのは、紅い髪の人間だった。
侍女たちと自分しかいないこの住処にいないはずの人間がいる。
刺客かと思い思わず弓をつがえる。
武器を持っていないが警戒を怠ってはならない。
背を向けている人物に問う。
「貴方は何者だ。ここはワスラーン帝国の後宮の中である!!
知らないでは済まされないぞ!!」
その人物はゆっくりと振り返った。
紅い髪と鋭い目つき、上半身にはいくつも傷がある。きっと歴戦の猛者かもしれない。
そうリリスは判断した。
振り返った人物は、ひたっとこちらを見据えている。
スキのなさにリリスの鼓動は早くなる。
リリスは人を傷つけたことがなかった。だから怖かった。命を頂く獲物とは違う。
汗で手が湿る、緊張で体が固まる。
バシャっとその人物は音を立てて泉から上がった。
「きゃーーーーーーーーー!!!!!」
リリスは思わず声を上げた。
その人物は素っ裸だったからである。
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