一攫百均殺人事件

紫 李鳥

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 外に出ると、封筒を覗いた。2万2千円入っていた。スゴい!高収入だ!……だが、妙だ。なんかスッキリしなかった。

①玄関にも出てこないで、襖も開けなかった。

②サングラスとマスク。緑内障って、家の中でもサングラスが必要なの?

③履歴書も見ないで即決。

④給与の前払い。

⑤一度も立たなかった。

 もしかして、足が悪かったのかしら。だから、書類を届けられない。いや、そのぐらいなら、わざわざ募集はしない。この書類を他人の手によって今日中に届ける必要があった。それに、あの髪、……かつらみたいだった。謎の女だ。ま、いっか。お金は頂いたし。

 その4通の住所は、墨田区、台東区、葛飾区、文京区と、住所がバラバラだった。まず、一番近い文京区に向かった。

 しかし、この4通を届けるだけで2万円は美味しい仕事だ。――ところが、その住所は存在しなかった。4通とも。加奈子の住所の書き間違いかと思い、電話をした。だが、誰も出なかった。呼び出し音が虚しく鳴っているだけだった。何度かけても……。

 あの家に戻って、その答えを確かめるのも怖かった。貰った金も偽札じゃないかと思い、慌てて日にかざしてみた。――透かしがあった。安心した。これをどうしようかと茶封筒に目を落とした。

 ――結局、持ち帰った。加奈子に電話をするのが怖かったが、茶封筒の処理に困って、結局、リダイヤルしていた。

「はい」

 すぐに出た。だが、男だった。

 ……加奈子の亭主だろうか。

「あ、椎名さんのお宅でしょうか?」

「そうですが」

「加奈子さん、いらっしゃいますか」

「えっ!加奈子?お宅は」

 驚いている様子だった。

「募集で、加奈子さんに仕事を頼まれた――」

「何、訳の分からないこと言ってるんだ。こっちはそれどころじゃないんだっ」

 電話が切られた。

「……どうなってんの」

 独り言を呟くと、耳から離した携帯を見つめた。

 空腹感はあるのに食欲はなかった。食べようか、どうしようかと迷っていると、メールの着信音が鳴った。

 ……美智からの誘いだろ。

 そんな気にはなれなかった。怪事件の容疑者になったみたいな、何だか目に見えない不安に苛まれた。“うまい話には裏がある”そんな言葉が頭をよぎった。

 到頭、空腹に負けて、湯を沸かした。ストックの中からカップワンタン麺を選ぶと、割り箸を出した。いつものようにテレビを点けた。食事の時は必ずテレビを観る。それが習慣になっていた。――貰った金の件と、茶封筒の件を気にしながら麺をすすっていると、

「殺されたのは、椎名加奈子さん――」

 アナウンサーの声が聞こえた。

 !椎名加奈子?びっくりした弾みでワンタンを飲み込んでしまった。

「きょうの午後5時ごろ、帰宅した加奈子さんの夫が、書斎で死んでいる加奈子さんを発見し――」

 書斎で?あの人が殺された?いつ?勿論、私が出た後だろうが、誰に?……だから、電話に出られなかったんだ。殺されていたから。宛先の住所が存在しない件で私が電話したのは午後3時頃だった。あの時はもう、殺されていたと言うことだ。

「死因は首を絞められたことによる窒息死。死亡推定時刻は午後1時前後とみられ――」

 えっ!午後1時?その時間は私が加奈子と会っていた時間よ。……私が加奈子の家を出てすぐに殺されたってこと?だって、私が加奈子に会っていた時間に、既に加奈子が死んでいたなんてあり得ないもの。

 えっ?

 画面に出た加奈子の写真を見て、思わず声を上げた。それは、パーマ頭の普通のおばさんだった。その写真にかつらを被せてみたが、私が会った加奈子とはイメージが違った。そして、その顔にサングラスとマスクを付けてみたが、どうもピンと来なかった。あのこもった声も重ねてみたが、やはりピンと来なかった。……あの女は加奈子じゃない。

 待てよ。あの時、私が会った女は、「玄関の鍵は開いてるから、そのまま入れ」と言った。そして、「襖の部屋」だと言って、私に開けさせた。なぜ?……私の指紋を付けさせるためだ。玄関戸と襖に。なぜだ?勿論、私を加奈子殺しの犯人にするためだ。畜生!謀られた!その報酬がたったの2万2千円かよ。冗談じゃないわよっ!加奈子になりすまして私を罠にめたあの女の正体を暴いてやる。……さて、どんな方法で?

 その前に、事件の経緯を整理してみた。仮に、あの女をXとしよう。

①Xはどうやって椎名の家に入り込んだのか。家族の一人、加奈子の顔見知り、という可能性がある。

②次に求人の件。加奈子を殺す時間を見計らって求人を募り、面接に来た者を犯人にすることができるものなのか?私と会っていた時は既に加奈子を殺していたのか?それとも、睡眠薬で加奈子を眠らせて、私が出て行った後に殺したのか?

③明日、椎名の家を見張ってみよう。警官が居なければ、椎名に会ってXのことを訊いてみよう。求人誌を証拠にすれば、Xの存在を明かせるはずだ。


 翌日、椎名の家の周りに警官の姿はなかった。ブザーを押した。

「はーい」

 男の声だ。

「どなた?」

「昨日、電話した者です。奥様の件で――」

 そこまで言うと戸が開いた。そこに居たのは、散髪にも行ってないような無精者をイメージさせる、父とさほど変わらないおじさんだった。椎名は、若い女の訪問に合点がいかない顔を向けていた。
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