どちらまで?

紫 李鳥

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少年との出会い

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 私のお父さんは、個人タクシーの運転手をしています。

 私たち家族を思って、ずっと朝から夕方ぐらいまでタクシーを流していましたが、もうけが少ないからと、今は夜から朝方まで流しています。

 それでも、せちがらい世の中だと嘆いています。

 どうか皆さん、お父さんのタクシーに乗ってください。

 お父さんのタクシーの特徴は、提灯印の黄色いタクシーです。どうぞよろしくお願いします。

 あ、名前は佐藤タクシーです。ドアのとこに書いてあります。

 きょうは、お父さんから聞いた、印象深いエピソードの1つをご紹介します。

 よろしく、おつきあいください。

 では、どうぞ。



「ボク、こんな遅く、どうした?乗るの?」

「乗るから、手、上げてんだろ」

「お金は?」

「あるから、乗るんだろ?ほらっ、ナツメソーセキだよ~ん」

ピラピラ

「ったく。釣り銭あったかなぁ。どこまでだ?」

「ジョーシャキョヒかよ?うったえるぞ」

「ったく。生意気なガキだな。どうすっか……では、どうぞ」

バタン!

「早く走れよ」

「行き先が分かんなきゃ走れないだろ?」

「走りながら聞いたほうが効率的じゃん」

「ったく。じゃ、出発するぞ」

「早くしろ」

「で、どちらまで?」

「グオ~、グオ~」

「なんだ、寝たふりか?」

「グオ~、グオ~」

「……仕方ない、交番に行くか」

「そんなことしてみろ、舌かんで死ぬからな」

「じゃ、どうしたいんだ?」

「……ドライブ」

「ドライブ?」

「いいだろ?お金持ってんだから」

「……どの辺に行きたいんだ?」

「おじさんに任せる」

「……なんで、タクシーなんだ?ウチに帰んないと親が心配するだろ?」

「……いないもん」

「エッ、なんで?」

「みなしごだからさ」

「マジで?」

「ウソだびょ~ん」

「ったく。どうしようもないな。家まで送るから、住所を言いなさい」

「なんでだよ。客に命令すんのかよ」

「まいったなぁ。……じゃ、ファミレスにでも行くか?」

「なんでだよ、ドライブしたいって言ってんだろ」

「お金が勿体ないだろ?」

「いいじゃんか、自分の金をどう使おうと」

「ああ、分かったよ。もう、何も言わない」

「……何か言えよ。お客さんをタイクツさせないのも運転手のウデだろ?」

「ったく。ああ言えば、こう言う。じゃ、どんな話がいいんだ?」

「……どうして、こんな時間に、こんなとこにいるんだ?とか」

「だから、それはさっき聞いたでしょ?そしたら――」

「母さんに会いに行こうと思ったんだ……」

「!……」

「けど、やっぱ会わないほうがいいかなって思って……」

「どこにいるんだ?」

「……イカホ温泉」

「伊香保って、群馬県の?」

「ん。……母さん、そこでナカイって仕事してんだって。母さん、父さんとリコンして、一人でがんばってるんだ。父さんは、会ったらダメって言うけど、……会いたいんだ。グスッ」

「また、嘘か?」

「ウソじゃないよっ!エーン」

「……分かったから、泣くな」

「メソメソ……」

「……で、お父さんは?」

「シュッチョー中。だから、お金置いてったんだ。食事代って言って」

「あした、学校休みだから、伊香保に行こうと思ったんだ?」

「ん。電車で行こうと思ったけど、やっぱ行かないほうがいいかって思ってあきらめたけど、ヤケになって、お金使っちゃおうと思って、タクシー拾ったの……」

「じゃ、行ってみるか?」

「エッ!どこに?」

「伊香保温泉に」

「だって、ぼく、ナツメソーセキ1枚しか持ってないよ」

「おじさんのおごりだ」

「ウソ、ホントに?」

「ああ。それと、一万円札は夏目漱石じゃなくて、福沢諭吉だ」

「いいじゃんか、ソーセキが好きなんだから」

「ったく、素直じゃないな。じゃ、伊香保に行かほ!」

「早く、行けほ!」

「ッ、可愛くねぇ」
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