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しおりを挟む阿以子の趣味は映画鑑賞。特にチャップリンのサイレント映画が好きだった。だが、今時そんなリバイバルを上映している映画館もなく、仕方なく、レンタルビデオで観ていた。しかし、ビデオでは迫力に欠け、面白味も半減する。
そんな時、とある町の映画館で、サイレント時代劇を上映するという情報を得た。邦画より洋画派だったが、こんなチャンスは滅多にないと思い、休日を利用して、その町行きの電車に乗った。――
2回乗り換えると、車窓に流れる山並みや田園風景を眺めながら、東京駅で買った駅弁を食べた。
……あ~、くつろぐ。
その風景は、雑踏の中で神経をすり減らし、自分を見つめ直す時間もないほどに荒んだ、ぎすぎすした気持ちを癒してくれた。
――いつの間にか乗客は疎らになり、その駅に着く頃には、乗客は阿以子一人になっていた。携帯電話の時計を見ると、13時前だった。不安の中で、その駅に降り立った。駅には人っ子一人いなかった。
えっ?駅を間違えたの?
だが、駅名標を見ると、確かに聞いていた通りの駅名だった。そこは無人駅だった。改札口に備えた回収箱を覗くと、切符が1枚しかなかった。
……やだ。下車したのはたった一人?
心細くなった阿以子は引き返そうと思い、時刻表を見上げた。すると、8:00と13:00、18:00の3本しかなかった。
エーッ!ちょっと前に出たばっかしじゃん。どうしょう……。6時まで無いの?
駅前は辺り一面田畑だった。今にも雨が降りそうに、暗雲が空一面を覆っていた。こんなとこに本当に映画館があるのかと不安が募った。道を尋ねたくても、歩いている人がいない。何か方法を見つけるために壁の張り紙を見回した。すると、
アッ!あった。
【サイレント映画祭にようこそ!
映画館までの道順は下記をご覧ください――】
あ~、よかった。やっぱりこの駅でよかったんだ。
阿以子はホッとすると、案内図どおりに歩き出した。――だが、行けども行けども田んぼと畑。人家らしきものも無く、曇天の下には水墨画のような山が連なっているだけだった。
畑には、葉を枯らした大根やネギがぽつぽつとあった。轍があるだけの農道を行きながら、携帯を開いた。
「エッ!」
思わず声が出た。
〓13:00〓
駅からかなり歩いたのに、1分も過ぎてなかった。携帯が壊れたのかと思い、誰かに電話してみようと、着信履歴にしてみた。すると、履歴がすべて消えていた。
エッ?そんな。昨日友達から電話あったのに……。
阿以子は狼狽えた。発信も着信も、登録していた100件近くのアドレス帳も、送信メールも着信メールも、何もかもすべてが消えていた。必死になって何度もクロスコントローラーやらメールキーやら、あっちこっち弄ってみたが、どれも作動しなかった。
「アッ!」
思わず声が出た。圏外の赤い表示と共にアンテナが立ってなかった。阿以子は俄に固まってしまった。気が動転して、冷静な判断が出来なかった。言い知れぬ恐怖と不安が身体中に覆い被さった。
その瞬間だった。何やら話し声が風に乗って聞こえた。咄嗟に顔を上げると、畑のど真ん中にいつの間にか小屋らしき建物が出現していた。
……あれが、映画館?
首を傾げながら畦道を行くと、案の定、入り口の上に〈映画館〉の看板が見えた。阿以子はホッとすると、表情を緩めた。
【サイレント映画祭にようこそ】と書いた、昔の芝居小屋のような幟が風に翻っていた。受付を覗いたが人はおらず、入り口でモギリの老婆が微笑んでいた。この駅に降りて初めて接する人間だ。
「……あのう、時代劇をやってると聞いて」
「えーえー、やってますよー。さあさあどうぞー」
老婆はのんびりと喋った。
「いくらですか?」
「200円ですよー」
「に、200円?安ぅ」
阿以子が小銭を出すと、老婆が皺くちゃの手をニューッと出した。阿以子はギョッとして、一瞬たじろいだ。老婆は伏し目がちに微笑んでいた。手渡された半券をもらうと、館内のドアを引いた。
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