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しおりを挟む翌朝、美音が登校すると、開店時間を見計らって、昨日、編集長から聞き出した、退職後の真結美の勤め先に向かった。――桜木町にある『Hレコード店』に行くと、若い客でごった返していたが、会計をしている客はいなかったので、レジに立っている若い店員に話を聞いてみることにした。
「すいません。ここで働いていた川島さんを知ってますか?」
「えっ? ……えー」
男は驚いたように、落としていた視線を上げた。
「私、川島さんが以前勤めていた出版社の者ですが、今回の事件を記事にするんで、ちょっとお話を伺いたいんですが」
「……何やけ」
男は露骨に嫌な顔をした。純香は手帳とペンを出すと、
「勤務態度はどうでしたか?」
と、男を視た。
「別に普通ですけど」
「客とトラブったとかありませんか?」
「なーん、別に」
「恋人はいましたか?」
その純香の質問に、男は突然狼狽えて、客から受け取ったレコードを落としかけた。男のその挙動に驚いて、純香は咄嗟に顔を上げた。すると、レコードを手にした男の指先が小刻みに震えていた。そして、その表情は鬼瓦のように強張っていた。
(……怪しい)
店を出て、二、三歩歩いた瞬間だった。純香にグッドアイデアが閃いた。――レンタルショップで借りた超望遠カメラで、その店員を撮ると、写真を手にWホテルのフロントを訪ねた。
「――この写真の男性に見覚えはありませんか?」
主任クラスの男に見せた。
「……さぁ」
首を傾げた。
(……駄目か)
諦めかけていると、目を丸くしながら純香の顔を視ている別のフロントがやって来た。
「あ、矢木。この男を見てないか」
主任クラスから手渡された写真を見た途端、
「この男ですよ!」
矢木が声を上げた。
「何が」
「部屋を516の隣にしてくれと指定した男です。結局、両隣が塞がっていたので、506になった」
「……あぁ。例の」
「野球帽を目深に被っていたが、この男に間違いない。口元が確かにあの男だ」
疑惑が確信に変わった瞬間だった。純香は興奮で震えた。
「506というのは?」
純香は間髪を容れずに聞いた。
「事件があった客室の真向かいの客室です」
矢木が直視して答えた。
(……なるほど。そこに身を隠して、真結美を殺すチャンスを窺っていたわけだ)
「私が受付を担当したんですが、チェックインをする時、やって来たのは外からではなく、ホテルのエレベーターから降りてきたんです。変だなと思って。それに客室を指定したんで、益々おかしいと思って、印象に残ってたんです」
「ありがとうございます。それだけ聞けば十分です」
純香は矢木の手から写真を受け取ると、
「とても参考になりました。ありがとうございます」
そう言って、深々と頭を下げると、背を向けた。
「主任、あの人ですよ。△日、ドリーム出版の封筒を持った男とうちのホテルに入ったのは」
「ほう、あの人か」
「でも、どうして刑事みたいなことをしてるんでしょ。写真なんか見せて」
「彼の“濡れ衣”を脱がせるためだろう」
「……なるほど。それで自分で探ってるんですね」
「あぁ。たぶんな」
これだけの証拠があれば、柴田は無罪放免になるはずだ。収集した情報を整理するために、純香はアパートに急いだ。――帰宅すると早速、富山△署に手紙を書いた。
【Wホテル殺人事件で取り調べられているドリーム出版の社長は無罪です。事件当日、506号室に泊まっていた、Hレコード店の店員の男(写真同封)を取り調べてください。その男が真犯人です】
それを速達で送った。これで柴田は釈放されるはずだ。純香はホッと息をつくと、使命を果たし終えたような安堵感に浸った。一日も早く、柴田を美音のもとに帰してやりたい。純香はただ、そんな思いだった。――
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