寓意の光景

紫 李鳥

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 最初から柴田に聞けば良かった。だが、あの時点では確証があったわけではなかった。まず、自分で探ってから話そうと思っていた。だが、やっぱりあの靴が気になる。アッ! もしかしてあの時、あの家に松崎医師が居たのでは? 松崎医師と柴田の友人の松崎が同一人物かを確かめるには。……あっ、そうか。

「ね、松崎なんて言うの? 名前」

「まだ、踏ん切れないのか? トオルだ。貫徹の徹。……医者の名前と照合するつもりか?」

「当たり」

 純香は照れ隠しのように舌を出した。

「ったく。困ったお嬢さんだ。確かに松崎は医学部だったが、松崎なんて珍しい苗字でもないだろ? 偶然の一致だ。……まだ、納得いかないようだね。じゃ、電話帳を持っておいで」

 柴田はそう言いながら、塩辛を口に運んだ。

「は~い」

 純香は子供のような返事をした。――だが、松崎徹では掲載がなかった。

明日あすにでも、松崎の実家に寄って確かめてみるから」

「お願いしま~す」

「世話の焼ける女房だね」

 純香をチラッと見て、冷酒を飲んだ。

「だって、釈然としないんだもん」

 口を尖らせた。

「分かったよ。俺がバトンタッチするから、君は校正でもやって、家で大人しくしてなさい」

「……は~い」


 だが、その翌日、事態は急変した。再び、切手のない分厚い手紙が郵便受けにあったのだ。差出人の名は、〈松崎徳郎〉。……松崎刑事に違いない。純香は急いで開封した。

【この度は、貴女様を悩ませ、苦しめた事と存じます。大変申し訳なく思っております。
 できれば、徹の事は伏せておきたかったのです。
 しかし、退職した今、すべてを打ち明ける覚悟をしました。
 徹は、私とは母の異なる兄の子供です。
 十五年前、徹の実家が火事に遭い、両親が焼死しました。
 徹は研修医で寮生活をしていたので不在でした。
 一度に両親を亡くした徹を不憫に思い、子供が無かった私共は、徹を養子に貰いました。
 四年前に妻を亡くしてからも、徹は本当の親のように大切にしてくれています。
 開業してまだ二年足らずですが、医院の方も軌道に乗って、親子共々、安泰の日々でした。
 そんな時です。貴女様の母上の自殺と、ご主人との関わりを調べていくうちに、徹が関わっている事が判明したのです。
 私は途中で捜査を打ち切りました。続行すれば津久井君の知るところとなるからです。
 そして、私は一人、捜査を続けました。
 板垣夫人の転居先で話を訊いたり、徹本人にも訊きました。
 すると、徹はレイプの件を認めました。
 ところが、純香さん、話はこれで終わらないのです。
 言い忘れましたが、ワープロの手紙は、お察しの通り、私です。徹に打ってもらったものです。
 若者からの手紙に思わせるためと、あれを読めば、この事件から手を引くと思ったからです。
 しかし、私のした事が裏目に出たようですね。
 貴女は納得がいくまで諦めそうもないので、ここに真実を書きます。
 どうか、驚かないでください。
 貴女の母上は、徹の子を産んでいたのです】

 嘘よっ! 純香は心で叫んだ。

【貴女の母上は、レイプ事件から数ヶ月して、別居を理由に半年ほど不在だったはずです。友人宅に居候すると言って。
 しかし、事実は異なります。
 母上は、伯母の、炭谷啓子さんの家に居たのです】

 アッ! 〈炭谷〉は、徹が入った家だ。

【そして、産んだその子を炭谷さん夫婦の養子にしたのです。
 その事を知らなかったのは、当時小学生だった貴女だけです。
 そして、産む事を望んだのも、貴女の母上です。
 考えられないでしょうが、たった一度の関係で、母上と徹は愛し合ってしまったのです。
 徹は、母上に謝罪をしようと、何度も足を運んだそうです。
 しかし、詫びる事もできず、遠くから見守っていたそうです。
 そして、炭谷家に子供を養子にした事を知った徹は、いつの日か、自分のした事をその子に打ち明け、謝罪しようと思っていたそうです。
 その子は、二十歳になります。名前を炭谷晴樹と言います】

 あの時見た、あの若い男が母と徹の間に産まれた子?

【そして、母上は自ら命を絶ちました。貴女の父上に背き、不義の子を産んでしまった罪を背負って。
 純香さん、一度、晴樹に会ってやってください。貴女の弟さんに】
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