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しおりを挟む女は、とある温泉駅で降りると、温泉街とは逆方向に行った。
車道から逸れた小道を下りると、死に場所を求めて、その道を彷徨っていた。
やがて、水の音が聞こえると、道に沿った小道を下りた。
渓流沿いを暫く行くと、渓谷の岩壁に洞穴を見つけた。
風避けになる。この中で死に方を考えよう。そう思った女は、薄暗い洞穴に入った。
壁際の出っ張った岩に腰を下ろすと、ボストンバッグから杏酒のボトルを取り出し、封を切った。
『……残念ですが、末期の癌です』
不意に、医者の声が聞こえた女は顔を曇らせた。
……雪が降らないかな。どうせ死ぬなら雪に埋もれて死にたい。女はそう思いながら、ボトルをラッパ飲みした。
けど、雪の時期まで生きられないらしい。もう死期が分かっているんだ、それまでを生きていて何の意味があろう……。女はそう思いながら、ラッパ飲みを続けた。
ボトルの半分も飲むと、体の火照りを女は感じた。
これが所謂、凍死の条件だ。山の夜は冷え込む。このまま眠れば、凍死できる。女はそう思いながら、尚も酒を流し込んだ。
洞穴の外は宵闇が迫っていた。
さて、もう少しの飲んで体をポカポカにしたら、ダウンジャケットを脱ぐか。……凍死準備のために。女がそんなことを考えていると、洞穴の奥から何か物音がした。
咄嗟に腰を上げると、女は奥に目を凝らした。だが、暗くて何も見えなかった。
ガサガサッ
また、した。ビニール袋を触るような音だった。
……野鼠か?そう思った女はポシェットからケータイを出して開いた。
その明かりを奥に向けると、何やら白っぽい物が見えた。女は目を凝らした。それは、レジ袋だった。
渓流釣りに来た客の食べ残しに鼠とかゴキブリが集っているのだろうか?そう思った女が洞穴を出ようと、ボストンバッグを手にした瞬間だった。
「オギャーオギャー」
赤ん坊の泣き声がした。
「エッ!」
女は振り向くと、開いたケータイの明かりを頼りに袋に歩み寄った。
袋の中にいたのは、白っぽい衣類に包まれた乳飲み子だった。――
「お願いします。私を雇ってください」
女の背中には、ダウンジャケットから顔を出した乳飲み子がいた。
「うむ……。うちは託児所がないもんでね。申し訳ない」
旅館の主は、言いづらそうに言葉を濁した。
……乳飲み子を抱えてじゃ、どこも雇ってくれないか。女はそう思いながら数軒の旅館を回ったが、悉く断られた。
……どうすればいい?やはり死ぬしかないか。どこの誰かも分からないこの子を誰かの家の前に置いてから。捨て子のたらい回しをされて、可哀想な赤ちゃん。そんなことを思いながら、女が道を戻っている時だった。
「ネッ!そこのお母さん、ラーメン食ってかない?」
道端の屋台から女の声がした。振り向くと、ねじり鉢巻をした中年女だった。
「……お金が」
「なーに、出世払いでいいよ」
中年女は、手を動かしながら無愛想に言った。
「オギャーオギャー」
「ほら、赤ちゃんも腹減ったってさ。いいから、座りな」
中年女は、半ば強制的だった。
女は長椅子に腰かけると、
「ヨチヨチ」
と背中の乳飲み子をあやした。
「はいっ、お待ちっ!」
中年女は、女の前に丼を置いた。
「……いただきます」
女は感謝の顔を中年女に向けた。
「ゆっくり食べてな。買い物行ってくるから、留守番頼むよ」
中年女はそう言ってねじり鉢巻を外した。
ラーメンを食べながら女は泣いていた。そして、鼻水を啜りながら、麺を啜っていた。
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