過去を消した女

紫 李鳥

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二話

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「きれいな人ですね」

 書斎に付いてきた大輝が、俺の心中を見透すかのように、大人びた目で見た。

「うむ……寝顔じゃなんとも言えん。今日の晩飯はお前が担当しろ」

 俺は曖昧な返事をすると、話を変えた。

「はい。何にしましょうか」

「冷蔵庫にある物で何か作ってくれ」

「わかりました。ソー、イク、フーをしてみます」

「ん?……頼む」

 ……多分、創意工夫のことだろう。

 俺は椅子に腰を下ろした。

「今日はお客さんがいるので、恥ずかしくない物を作ります」

 ……むむ。……ってことは、いつも作る俺の料理は恥ずかしいのか?

「ああ、頼む」




「お父さん、お客さんはまだ、お目覚めではないですかね?」

 ……スゲ。丁寧語だ。

「うむ……どうかな」

「そろそろ、食事ができますが」

「じゃ、ちょっと見てくるよ」

 俺は重い腰を上げた。




「あのう、お目覚めですか?」

 大輝の丁寧語を頂いて、客間の襖越しに声を掛けた。

「……あ、はい」

 お、意識が戻ってる。

 ゆっくりと襖を開けると、廊下の明かりが布団の中の女の顔を照らした。

 ……うむ……馬のような目をしている。

「気が付かれましたか」

「……ここは」

「あ、私の家です。土手の所で倒れていたんですよ」

 俺は廊下に両膝を突いた。

「……土手」

 女は考える顔をした。

「覚えてませんか」

「……はあ」

「あ、食事ができましたので、一緒に食べてください」

「……でも」

 女が躊躇した。

「あ、遠慮は要りません。息子と二人ですから」

「……すいません」

 女はゆっくり身を起こすと、

「あうーっ」

 と顔を歪めながら、頭を押さえた。

「あっ、大丈夫ですか」

 俺は駆け寄ると、女の肩に手を置いた。

「多分、頭を打ったんでしょう。食べたらまた、横になるといい」

「……ありがとうございます」

 女は頭を下げた。

「それとも、ここに運びましょうか。食事」

「いいえ、大丈夫です」 



 女を支えて居間に行くと、湯気を立てた土鍋が座卓にあった。

 ……女を発見した土手に因んで、もしかして土手鍋か?

「こんばんは」

 妻が遺した白い前掛けをした大輝が、女に挨拶した。

「……こんばんは」

 女は笑顔を作った。

「どうぞ、座ってください」

 上座に客用の座布団を置いてやると、俺は大輝と座卓を挟んだ。

「鍋か。何鍋だ」

「よせ、と言われてないので、ヨセナベです」

「プッ」

 大輝の駄洒落に、女が吹き出した。

 大輝は自分で笑わせておいて、予期せぬ女の笑いに吃驚していた。

「……くだらないでしょ?」

 俺は女に同意を求めた。

「いいえ、楽しいです」

 女が笑顔で見た。
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