1 / 2
前編
しおりを挟むその山には、竜に身を変えた美しい姫が棲むと伝えられる幻の滝があった。
その滝を見つける事ができたら、願い事が叶うという噂を耳にした人々は、挙って挑んだ。
だが、そこまでの道は険しく、誰もが悉く脱落し、引き返した。
仮に辿り着いたとしても、その場で行き倒れ、野垂れ死にしたであろう。
何故なら、一人として、竜姫を見たという話を旅の土産にした者はいなかったからだ。
薫風の頃だった。絵図を片手に、一人の若者がその幻の滝に挑んだ。
峨々たる山岳を目印に、密林に囲まれた険路を行き、深い森に着いた頃には、もう既に日が落ちていた。
山の夜は寒く、先刻まで汗ばんでいた体の熱を急激に奪った。
腰に結んだ薄衣を羽織ると大木にもたれた。
笹の葉に包んだ握り飯を頬張り、竹筒の水を飲むと、徐に目を閉じた。
キュ゛ーキュ゛ー
鳥とも獣とも区別がつかない鳴き声が漆黒の闇を切り裂いていた。
若者は僅かに瞼を開けたが、闇に動く物はなく、すぐに目を閉じると眠りについた。
――空が白むと同時に、腰を上げた。
高木に閉ざされた闇の森は、僅かばかりの天空を覗かせていた。
得体の知れない魑魅魍魎が蠢く気配の中で、若者は腰の刀に手を置きながら、その見開いた眸を目指す方に向けていた。
ガサッガサッ……
深閑の森には、若者の歩みで擦れる草木の音だけがあった。
やがて、天空が開けると、
パサッパサッ!
生い茂る草の中から、一羽の鳥が飛び立った。
若者は一瞬ギクッとすると、蒼天に羽ばたく鳥を見上げた。
間もなく、何やら音が聞こえた。
それは、足を進めるに連れて、音を激しくした。
尚も進むと、
グゥオーーーーー!
けたたましい瀑声が起こった。
「あっ、滝だっ!」
若者は、草木で傷付けた血の滲む足を軽快に踏んだ。
グゥオーーーーー!
叢を行き、雑木林を抜けると、更に瀑声が轟いた。やがて、蒼天に、紅紫の遠山が眺望できる崖下に、滝が白煙の如く、飛沫を上げていた。
若者は、辿り着いた喜びに、その凛々しい顔を綻ばせた。
流れる沢を辷ると、滝壺のほとりに下りる事ができた。
ゴゥオーーー!
洪水の如く激流を落とす滝は、滝壺のほとりに咲き乱れる百花繚乱の花々を涼しげに揺らしていた。
若者は、瀑声に閉ざされた世界で、只管、滝壺を凝視していた。
白い飛沫は生き物のように暴れ、今にも飛び上がらんばかりであった。
思い付いたかのように竹筒に滝の水を汲むと、渇いた喉に流し込んだ。
「ゴクッゴクッ……」
と、その瞬間だった。
ウ゛オーーー!
滝の音とも、獣の啼き声とも区別がつかぬ音が聞こえた。
若者は慌てて水を飲み込むと、目を見開いた。
そこにあったのは、前方から向かって来る白い大蛇だった。
あまりの驚きに、若者は声を出す事はおろか、身動ぎすらできなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる