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3話
しおりを挟む翌日、田野の張り込みを口実にして、今日から開催される、『ゴッホとゴーギャン展』の会場に向かった。
ゴッホやゴーギャンは印象派の画家だ。印象派が好きなら、必ず現れると確信していた。
履歴書で視たその顔は、午前中には現れなかった。
10月とは言え、少し歩いただけでもまだまだ汗ばむ。夏帽は被っているものの、紫外線や白いシャツの汗じみを、由子は気にしていた。
正午過ぎ、駅から美術館に続く道なりのベンチで見張りながら、来る前に買ったパンを食べた。
土曜日とあって、公園には人込みがあったが、家族連れやアベック、子どもが多く、一人で来るであろう辰巳を見付けるのはさほど難しくなかった。
――子どもを殺したのは、辰巳か喬子だ。つまり、二人は顔見知りだった。そして、その犯人を田野にするために、まるで自分が事件に巻き込まれたように装った電話をして、行方をくらました。
それが、由子の推測だった。
温くなったペットボトルのコーヒーを飲み終えても、辰巳らしき男は現れなかった。
半分諦めた瞬間だった。
……ん?
駅方面からやって来たその男の雰囲気には、犯罪者特有の暗影があった。野球帽を目深に被り、俯き加減の男は足早に美術館に向かっていた。
辰巳だ!
由子は直感すると、ベージュのダウンジャケットと黒いスニーカーを目標にその男の後に付いた。
顔は定かではなかったが、ベテラン探偵としての根拠を基にした直感が、由子の嗅覚をムズムズさせていた。
男は目的地を目掛けて、一定のリズムを踏みながら真っ直ぐに進んでいた。――
案の定、男は美術館に入って行った。
――由子は公園のベンチで読書を装うと、帽子の鍔の先にある美術館の入り口に目を据えた。
やがて、黒い野球帽にベージュのダウンジャケットの男が出てきた。
いよいよ、本格的な尾行を始める。
由子は自分の直感を信じて、慎重に男を追った。
山手線に乗った男は高田馬場で降りると、目白方面に向かっていた。次の信号を渡った路地を曲がると、4階建てのビジネスホテルに入った。
……喬子はこのホテルに居るのだろうか。どうせ偽名を使っているだろうが、念のため電話をしてみた。
ホテルの看板にある電話番号にかけると、やはり、辰巳でも村井でも記載が無いという返答だった。ホテルからはこれ以上何の情報も得られないとなると、他にどんな手がある?外に出てくるであろう夕食時まで張り込むのは、時間の無駄だ。それに、喬子が既に弁当を買っていて、外出しないで部屋で食べる可能性もある。
……何かいい方法は無いものか。由子はあれこれと考え、そして閃いた。
アッ!そうだ!
由子はチェックインすると、エレベーターに乗って、渡されたキーの部屋番号の405の4階で降りた。
次に、辰巳のケータイ番号を押すと、401号室から順に進んだ。マナーモードにしていれば、この手法は無意味だ。
→402→403→404→405
どの客室からも着信音はしなかった。次に階段で3階に下りた。――同じく着信音は聞こえなかった。マナーモードにしているのか、と半分諦めながら2階に下りた。
201→202→203→204
プルルル…
ん?着信音が鳴っている。電話を切った。着信音が止まった。リダイヤルした。
プルルル……
また鳴った。間違いない、この部屋に辰巳が居る。ドアに耳を当ててみた。
「何よ、さっきから」
女の声だ。喬子か?
「間違い電話だろ?知らない番号だから」
辰巳か?
「マナーモードにしときなさいよ」
「駄目だよ。今更ケータイは弄れないよ。事件に巻き込まれたことになってるんだから」
やっぱりだ!辰巳に間違いない。
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