4 / 18
4
しおりを挟む二人はいい気分になっていた。
「ご結婚は?」
「……いや、独身です。若い頃に別れて、それ以来一人です。今流行りのバツイチってヤツです」
高志は適当に脚色をした。
「じゃ、よほど忘れられない人だったんですね」
「ま、いいじゃないですか。旅先では別人になりたいものですよ」
ボロが出るのを恐れた高志は、その話題にピリオドを打った。
「……なるほど。なかなかのロマンチストですね」
「いやぁ、ただの物好きですよ」
「お仕事は?」
「……脚本を書いてます」
呑んだ勢いで、若い頃の夢の一つを口にしていた。
「脚本家ですか?だから、ロマンチストなんですね」
「そんなことはないでしょうが……。小さな劇団の脚本を書いています」
「いいなぁ、夢があって」
「それだけじゃ食べていけないから、小説にも挑戦して、出版社に持って行ったら、自費出版をお勧めしますって、体よく断られまして。自費出版できるくらいなら、わざわざ出版社に持って行かないですよ。ハハハ……」
高志は調子に乗っていた。
「ハハハ……。そうですよね。直接、印刷会社に持って行きますよね」
「その前に校正をしないと。ハハハ……」
「ハハハ……。あ、校正か。そうですよね、誤字脱字があると読みづらいですもんね」
「印刷する前に見付けると思いますけどね。ハハハ……」
「ハハハ……。ですよね。誤字脱字に気付かないで印刷したら読者からクレームが来ますもんね」
「その前に、本屋が店に置かないですよ。ハハハ……」
「あ、そうか。そりゃそうですよね。ハハハ……」
酒で気分を良くした二人は、ボケとツッコミのように息を合わせていた。
――睡魔に襲われて間もなく、ドアの開く音がした。行弘だと思い、目を閉じたままでいると、アルコールの匂いと共にべとついた唇が重なってきた。
「う……」
拒むように胸を押すと、顔を背けた。短い沈黙の後にドアを閉める音がした。相手の正体を明らかにしたくなかった順子は、目を閉じたままでいた。
……もしかして、高志かもしれない。そう思わせたのは、指先に触れた着衣の感触だった。行弘はカーディガンを着ていた。だが、指先に触れたのは、丹前のような生地だった。当時の高志のキスがどんなだったかは覚えていない。ましてや二人とも同じ酒を呑んでいる。順子には明確な判断ができなかった。
翌朝、目を覚ますと行弘の姿がなかった。布団も昨夜敷いたままの状態だった。高志の部屋で寝ているのだろうと思い、客の食事の支度をした。
重そうに頭を抱えた行弘が二階から下りてきたのは、客が帰った後だった。
「誰んちに泊まったの?」
味噌汁を温め直しながら顔を向けた。
「増田さんち。いやぁ、呑んだな。最後は一升瓶抱えてコップ酒だよ。あ~、頭痛え」
「大声出したりして、お客さんに迷惑かけなかった?」
「大丈夫だよ、部屋離れてるから」
「ご飯食べる?」
「要らねぇ。味噌汁だけでいいよ」
行弘は不味そうに吸っていた煙草を揉み消すと、順子が手にしたトマトジュースを飲み干した。
「お早うございます」
がらがら声で高志が下りてきた。順子は高志から目を逸らすと、冷蔵庫から麦茶を出した。
「お早うございます。いや、遅ようございますかな」
「アハハハ……」
行弘のジョークに高志が笑った。
「昨夜の続きですか?」
「いや、昨夜はすいませんでした。遅くまでお付き合いさせて」
味噌汁を啜りながら行弘が頭を下げた。
「いえ。楽しかったですよ」
「……どうぞ」
「あ、恐れ入ります」
高志は、順子が盆に載せた麦茶を手にした。
「お食事は?」
「あ、じゃ、いただきます」
コップに口を当てた高志が見た。順子は目を逸らすと、
「では、食堂のほうでお待ちください」
そう言って流しに立った。
「俺も食堂行こ」
椀を持ったままの行弘が、腰巾着のように高志の後をついて行った。意気投合した二人の笑い声を聞きながら、順子は複雑な気持ちだった。
味噌汁を食べ終えた行弘は湯浴みに行った。
「ったく。呑まないって約束したじゃない」
行弘が居ないのをいいことに、順子が愚痴った。
「仕方ないだろ、勧められたんだから」
「ったく、意志が弱いんだから」
「……」
「余計なこと言わなかった?」
「……たぶん。な?俺と別れてからどうした?付き合ってた男とはうまくいったのか?」
茶碗を持ったままの高志が上目で見た。
「何よ、そんな遠い昔の話。すぐに別れたわ」
「……お前は浮気っぽかったからな」
「ほら、またお前って言ったわよ、もう。おかわりは?」
「もう、いい」
「じゃ、お茶淹れるわね」
茶葉の入った急須にポットを傾けた。
「……順子」
「ん?」
「……話があって来た」
深刻な顔を向けた。
「何?話って」
「覚悟をして来たんだ。女房と別れる。だから――」
その瞬間、咳払いと共にスリッパの音がした。順子は咄嗟に腰を上げると、茶碗を重ねた。
「あ~、いい湯だった」
行弘がわざとらしい声を出した。
「増田さんもどうですか?ひとっ風呂浴びては」
「じゃ、そうしますか」
高志は湯呑みを置くと腰を上げた。短い静寂の中に、遠ざかる高志のスリッパの音が消えた。途端、行弘が順子の腕を掴んだ。
「痛っ」
行弘は無言で順子の腕を引っ張ると、部屋に連れ込み、敷きっぱなしの布団に押し倒した。
「何よ、どうしたの?」
目を丸くした。行弘は返事もせずに服を脱ぐと、順子に重なった。そして、唇で順子の口を塞ぐと、スカートの中を弄った。――
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる