過去からの客

紫 李鳥

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〔何から話せばいいのか。まず、この度は松田の件でご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありません。離婚していますので、夫ではなく松田と書きます。
 最初に、一年前の出来事からお話しします。仕事で東京に行くという松田の話を信じていた私は、ゴミ箱にあった丸めたメモ用紙を広げて驚きました。そこにあったのは、書き損じた郁清荘の住所でした。どうして、住所を知る必要があるのか分かりませんでしたが、もしかしたら、私に内緒で温泉にでも行くつもりだったのかしらと、その時は思いました。
 ところが翌日、駅前のスーパーに行った時です。駐車場に松田の車があったんです。会社には車で行くのに、どうしてこんな所にあるのか不思議でした。その時、ふと思ったんです。もしかして、郁清荘に行ったのではないかと。自分だけ温泉に行ったことに腹を立てた私は、気がつくと旅支度をしてました。
 どうして、私に内緒で、私の同級生の宿に行く必要があるのか、どう考えても分かりませんでした。真相が知りたい。そんな気持ちで新幹線に乗りました。
 郁清荘に着いたものの、いざとなると中に入る勇気がなくて、橋の手前の林から宿をのぞいていました。丁度、夕食の時間で、食堂には客が集まっていました。しかし、松田の姿はありませんでした。私の勘違いかと思い、帰ろうとした時です。
 奥さんらしき人が、盆を持って二階に上がる姿がガラス戸から見えたんです。部屋で食べる松田に運んだのかもしれないと思いました。松田の姿を確認するまでは帰りたくなかったのですが、空腹を覚え、寒いのもあって駅に戻りました。
 駅前の食堂で食べたあと、素泊まりできる宿が空いていたので一泊しました。郁清荘に電話をして松田が宿泊しているか問い合わせることもできますが、それをしたら、松田に疑われます。だから、電話はしませんでした。翌朝、もう一度郁清荘を見張って、松田を確認しようとも思いましたが、松田が泊まっているとは限りません。諦めて、列車に乗りました。

 そして、帰ってきた松田からいきなり、別れ話を告げられたんです。その理由を事細かに教えてくれました。順子さんとのことを。私には松田を引き止める魅力などありません。だから、離婚に応じました。私と別れたあと、益美を家に入れたんです。

 あの日。芦川くんが松田の家を訪ねてきた日、私は松田の家にいました。〕

「えっ!」

 行弘が目を見開いた。
 
〔そして、私の足元には益美の遺体がありました。殺したのは私です。〕

「嘘だろーっ!」

 行弘が大声を上げた。

「……あなた、どうしたの?」

 順子が目を丸くした。

〔あの日。置き忘れた本を取りに松田の家に行きました。益美は私の顔を見るなり、

「なんだ、おめか。なんの用?」

 と嫌な顔をしました。

「……忘れ物取りに」

「もう、おめんちでねんだがら気安ぐ来ねでね。取ったらさっさど帰ってけろ」

 そう言って、横目でにらんでました。部屋に入ると、模様替えされ、当時の面影はありませんでした。悲しくなりながら、本棚から愛読書を探していると、ソファに座った益美が言ったんです。

「高志もなんで、おめみだいなへなと結婚すたんだべ?高志は優すいがら同情すたんだべが」

「……」

 私が黙っていると、最後に言ったんです。

「離婚すて正解だわ。さっさど帰れ、デブ」

 その言葉にカッとなった私は、巻いていた自分のスカーフで益美の首を絞めました。もがく益美は、ソファと一緒に倒れ、やがて静かになりました。
 ハッとして我に返ると、急いで電気を消しました。家を出ようと玄関に行った時です。玄関の呼び鈴が鳴ったんです。ビクッとして息を殺していると、男女の話し声が聞こえました。
 ドアのレンズからのぞくと芦川くんでした。びっくりした私は、反射的にドアから離れました。よりによって、こんな時に芦川くんが来るなんて、運が悪い。そんなふうに思っていると、突然電話が鳴り、ギクッとしました。やがて静かになると、芦川くんがあきらめて帰るのを、私は息をひそめて待ちました。ほどなくして、二人は立ち去りました。ホッとすると、表に誰もいないのを確認して急いで帰りました。

 松田を奪った益美の若さと美貌びぼうが憎かった。私は美人でもなければ、スタイルもよくありません。何一つ取り柄のないこんな女でも、それでも女です。私を馬鹿にした益美が許せなかった。

 松田の無実を一刻も早く証明するためにも、これから出頭します。

 最後に、芦川くん。宿題を忘れた時、ノートを貸してくれてありがとう。優しい芦川くんのことが大好きでした。さようなら〕

「羽留ちゃーん!」

 行弘は声を上げると、泣き崩れた。

「……あなた」

 一度として見たことのない行弘のただならぬ様子に驚き、行弘の手から便箋を奪った。

 順子は文字を追いながら、徐々に目を丸くすると、

「……嘘」

 短い言葉を漏らした。

「……羽留子さんが、……そんな」

 便箋を持つ順子の指先は小刻みに震えていた。

「まさか、羽留ちゃんが……」

 行弘はどうしても信じられなかった。

「いつも笑ってた。笑顔がチャーミングだった。一緒に居て楽しかった。君はクラスで一番魅力的だったよ。……羽留ちゃん」

 行弘はむせび泣いた。そんな行弘の背中を見詰めながら、順子も嗚咽おえつを漏らした。……もしかして高志は、羽留子の犯行だと気付いていたのではないだろうか。順子はふと、そんなふうに思った。



 その日の夕方、羽留子が出頭したというニュースが流れた。そして、それと同時に、羽留子が出頭する前に自ら警察に赴いた高志は、事情聴取ののちに釈放された。――その後、高志からの連絡はなかった。



「私が代筆さえしなければ、今回の事件は起きなかった。……私のせいね」

「君のせいじゃないさ。代筆を頼んだのは俺だ。俺のせいだ」

「……あなた」

 順子は、神妙な表情で俯いている行弘の胸に顔を埋めた。





 予約の電話があった三組の客の献立を考えながら、ふと、厨房の窓に目をやった順子は、そよ風に揺れる紅色の花水木に、高志の幸せを願った。――






 完
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