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6章:失われた夏への扉を求めて
第22話
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「いいな…海水浴ですか」
「知らん。1162番から報告を受けているだけだ。へっ。せいぜい、残り少ない時間で青春を謳歌するといいさ」
「おじさんは、泳ぐの得意ですか?」
「さあな。苦手な方ではないかもな。それがどうした」
「ぼく、小さい時、水に顔をつけるのが怖かったんですよね…。凄く覚えてます」
「なんだ? トラウマの話か? だったら、幼児期におけるウンコに対する接し方について思い出した方が建設的だ。全人類において、その生涯の在り方や性格に影響を及ぼしているのは、幼児期のウンコだ。厳しくウンコトレーニングされた人間はケチで器の小さい人間になるし、ウンコの躾がルーズだと金遣いが荒く性に奔放な人間になる。将来的に、肛門が出口になるのか入口になるのかも、この時期に関わっているかもしれんぞ?」
「それって、フロイトの話ですか? ちょっと古い考え方ではないですか?」
「へっ。賢いガキは嫌いだ。温故知新という言葉をお前に与える」
「肛門期の話は、それはそれでいいんですが…。ぼく、最初は水に顔をつけられなかったんですけれど、いつしか、克服できたんですよね」
「なるほど。感動的な話だった」
「おじさん、ぼく、まだ話し終わってません」
「言いたいことがあるなら、早く言え」
「怖いものを克服しなければならない事って、これからの人生、沢山あるのかな…って。大人になって成長をしていけば、新しい事に挑戦するのが、怖くなくなっていくんだろうか…って思ったんです」
「お前は、本屋は好きか?」
「本屋さんですか? ええ。とっても好きです」
「そうか。めでたい」
「おじさんは、好きではないんですか?」
「好きだった。だが、高校生くらいまでだ」
「それは…どうしてですか?」
「お前が本屋や図書館に入り、フロアにひしめくギチギチに詰まった本棚の群れを見た時、それは、知識や好奇心を満たしてくれる宝庫に見えるだろう」
「え…ええ。そうだと思います」
「へっ。俺もそうだった。だが、それがある時、全く違う世界に見えるようになっちまった」
「全く違う…世界…。それは、どういう意味ですか?」
「お前は賢い。だから、1冊の本を、場合によっては数時間以内に読んでしまうだろう。1日1冊読めば、年間365冊読める」
「さすがにそこまで読んではいませんが…。読書は、好きです」
「一般的な本屋や図書館の本棚は、1書架7段で単行本が200冊だ。つまり、1日1冊読んだとして、1年間で本棚2つ分は読めない」
「は、はい。そうなりますね…」
「60年間読み続けたとして、せいぜい100書架ちょっとしか消化できない。にも関わらず、この国では1日1書架相当の新刊が発売される。お前の60年は、新刊100日分にしか相当しない」
「な、なるほど…」
「ある時、俺は、本棚を前に思った。残りの俺の人生において、この無限とも思える本のうち、果たして何冊を読むことができるのか。間違いなく、読めない本の方が、圧倒的に多い。途端、今まで俺を受け入れてくれていた筈の好奇心の宝庫は、俺を排斥するようになった。俺は、本の海から弾き出されちまったのさ。それ以来、好んで本屋に行くことはなくなった」
「…そんなものなんでしょうか…。ぼくも、そう思う時が、くるのかな…」
「さあな。だが、歳をとると、何か新しいことを始める事は、必ず、残りの人生との比較になる。新しいものに挑戦するリスクは大きくなっていく。そういう意味では、大人になればなるほど、未知に挑む事は、より怖くなっていく、というのが俺の結論だ。夢を壊して悪いがな」
「でも、おじさん、まだそんな年齢じゃないですよね」
「へっ。そんな年齢か、そんな年齢じゃないかは、俺が決める事だ。お前じゃない」
「まあ…そうですけれど…」
「という訳だ。俺たちは、未知に挑戦する事がちょっとだけ怖い小学生と、未知に挑戦する事がめっちゃ怖い中年オヤジのコンビだ。そんなコンビで、早く量子コンピュータの開発方針を決定させなければならん」
「そうですね。頑張りましょう。…あれ…? おじさん、電話が鳴っていませんか?」
「電話だと? ああ…俺のか」
「出なくていいんですか?」
「ほっとけ。どうせ、オタクの命を軽んずる、アニメ好きの上役だろう。俺がまだ新入りの頃、俺の先輩はこう言った。『上司の電話は、2回目まで無視しろ。要らぬ業務を押し付けられるからな。だが、3回かかってきたら、それは本当に重要な案件だから、電話に出ろ』。この言葉は、未だに俺の人生の指標のひとつとなっている」
「それって…あまり仕事のできる先輩では、なかったのではないですか?」
「仕事ができない事と、生きるのが下手な事は別だ」
「そうですか…。とにかく、誰からの着信かくらいは、確認した方がいいんじゃないですか? ずっと鳴りっぱなしですよ…」
「へっ。うるせえガキだぜまったく。…誰だ? 激しく鳴らしまくってる無粋なやつは…。ちっ!」
「誰からですか?」
「2173番からだ。今更、何の連絡だ? 監視役の1162番が爆発したか?」
「出たらどうですか?」
「言われなくともそうするさ。…俺だ。あん? 誰だお前…。ああ、1162番か。なぜ2173番のスマホからかけてきた。俺とのホットラインとなる回線を、お前には渡した筈だ…。なんだと? バカを言うな。自衛隊ならいくらでもヘリを出せると思うなよ。燃料代や人件費が…。なんだと?」
「知らん。1162番から報告を受けているだけだ。へっ。せいぜい、残り少ない時間で青春を謳歌するといいさ」
「おじさんは、泳ぐの得意ですか?」
「さあな。苦手な方ではないかもな。それがどうした」
「ぼく、小さい時、水に顔をつけるのが怖かったんですよね…。凄く覚えてます」
「なんだ? トラウマの話か? だったら、幼児期におけるウンコに対する接し方について思い出した方が建設的だ。全人類において、その生涯の在り方や性格に影響を及ぼしているのは、幼児期のウンコだ。厳しくウンコトレーニングされた人間はケチで器の小さい人間になるし、ウンコの躾がルーズだと金遣いが荒く性に奔放な人間になる。将来的に、肛門が出口になるのか入口になるのかも、この時期に関わっているかもしれんぞ?」
「それって、フロイトの話ですか? ちょっと古い考え方ではないですか?」
「へっ。賢いガキは嫌いだ。温故知新という言葉をお前に与える」
「肛門期の話は、それはそれでいいんですが…。ぼく、最初は水に顔をつけられなかったんですけれど、いつしか、克服できたんですよね」
「なるほど。感動的な話だった」
「おじさん、ぼく、まだ話し終わってません」
「言いたいことがあるなら、早く言え」
「怖いものを克服しなければならない事って、これからの人生、沢山あるのかな…って。大人になって成長をしていけば、新しい事に挑戦するのが、怖くなくなっていくんだろうか…って思ったんです」
「お前は、本屋は好きか?」
「本屋さんですか? ええ。とっても好きです」
「そうか。めでたい」
「おじさんは、好きではないんですか?」
「好きだった。だが、高校生くらいまでだ」
「それは…どうしてですか?」
「お前が本屋や図書館に入り、フロアにひしめくギチギチに詰まった本棚の群れを見た時、それは、知識や好奇心を満たしてくれる宝庫に見えるだろう」
「え…ええ。そうだと思います」
「へっ。俺もそうだった。だが、それがある時、全く違う世界に見えるようになっちまった」
「全く違う…世界…。それは、どういう意味ですか?」
「お前は賢い。だから、1冊の本を、場合によっては数時間以内に読んでしまうだろう。1日1冊読めば、年間365冊読める」
「さすがにそこまで読んではいませんが…。読書は、好きです」
「一般的な本屋や図書館の本棚は、1書架7段で単行本が200冊だ。つまり、1日1冊読んだとして、1年間で本棚2つ分は読めない」
「は、はい。そうなりますね…」
「60年間読み続けたとして、せいぜい100書架ちょっとしか消化できない。にも関わらず、この国では1日1書架相当の新刊が発売される。お前の60年は、新刊100日分にしか相当しない」
「な、なるほど…」
「ある時、俺は、本棚を前に思った。残りの俺の人生において、この無限とも思える本のうち、果たして何冊を読むことができるのか。間違いなく、読めない本の方が、圧倒的に多い。途端、今まで俺を受け入れてくれていた筈の好奇心の宝庫は、俺を排斥するようになった。俺は、本の海から弾き出されちまったのさ。それ以来、好んで本屋に行くことはなくなった」
「…そんなものなんでしょうか…。ぼくも、そう思う時が、くるのかな…」
「さあな。だが、歳をとると、何か新しいことを始める事は、必ず、残りの人生との比較になる。新しいものに挑戦するリスクは大きくなっていく。そういう意味では、大人になればなるほど、未知に挑む事は、より怖くなっていく、というのが俺の結論だ。夢を壊して悪いがな」
「でも、おじさん、まだそんな年齢じゃないですよね」
「へっ。そんな年齢か、そんな年齢じゃないかは、俺が決める事だ。お前じゃない」
「まあ…そうですけれど…」
「という訳だ。俺たちは、未知に挑戦する事がちょっとだけ怖い小学生と、未知に挑戦する事がめっちゃ怖い中年オヤジのコンビだ。そんなコンビで、早く量子コンピュータの開発方針を決定させなければならん」
「そうですね。頑張りましょう。…あれ…? おじさん、電話が鳴っていませんか?」
「電話だと? ああ…俺のか」
「出なくていいんですか?」
「ほっとけ。どうせ、オタクの命を軽んずる、アニメ好きの上役だろう。俺がまだ新入りの頃、俺の先輩はこう言った。『上司の電話は、2回目まで無視しろ。要らぬ業務を押し付けられるからな。だが、3回かかってきたら、それは本当に重要な案件だから、電話に出ろ』。この言葉は、未だに俺の人生の指標のひとつとなっている」
「それって…あまり仕事のできる先輩では、なかったのではないですか?」
「仕事ができない事と、生きるのが下手な事は別だ」
「そうですか…。とにかく、誰からの着信かくらいは、確認した方がいいんじゃないですか? ずっと鳴りっぱなしですよ…」
「へっ。うるせえガキだぜまったく。…誰だ? 激しく鳴らしまくってる無粋なやつは…。ちっ!」
「誰からですか?」
「2173番からだ。今更、何の連絡だ? 監視役の1162番が爆発したか?」
「出たらどうですか?」
「言われなくともそうするさ。…俺だ。あん? 誰だお前…。ああ、1162番か。なぜ2173番のスマホからかけてきた。俺とのホットラインとなる回線を、お前には渡した筈だ…。なんだと? バカを言うな。自衛隊ならいくらでもヘリを出せると思うなよ。燃料代や人件費が…。なんだと?」
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