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7章:ラプラスの悪魔はシュレーディンガーの猫の夢を見るか
第14話
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「おい、1111番よ。ちょっと悪い話と、めっちゃ悪い話がある。どっちからききたい?」
「あの…おじさん、それって普通は、良い話と悪い話なんじゃないですか?」
「世の中の50%が良い話で、残りの50%が悪い話だと錯覚して生きるのは感心しない。大抵、人生とは悪い話の集合体だ」
「そ、そうですか」
「で? どっちからききたい」
「じゃ…じゃあ、ちょっと悪い話で」
「いいだろう。ちょっと悪い話は、お前が連れてきたあのロシア娘だ。なぜ連れてきた?」
「なぜ…って。この施設への入室を許可したという事は、ちゃんと素性を調べた、という事でしょう?」
「素性だと? どこに素性があるというんだ。そもそも、どうやってここに入った?」
「ご…ごめんなさい、上小田井くん。わたし、スキルを使って、勝手に入ってきちゃったの…。上小田井くんの後を追って…」
「え? そうだったんだ…」
「施設謹製、俺ご自慢の虹彩認証扉は修理が終わったばかりだ。それを通りぬけて入ってきた事が許せん」
「それは…この女の子…今は呼続さんですけれど…のスキルが…」
「そんな事は知っている。1162番から詳細に報告を受けているし、現場検証もしている」
「そうなんですか…。じゃあ、なんでわざわざ、ぼくにきいたんですか?」
「お前の友人だろうが、中身が2117番だろうが、何人たりとも許可されていない人間をここに入れる訳にはいかんのだ」
「わ…わたし、ご迷惑にならないように、透明になっていた方がいいかな?」
「2117番よ、俺が言いたいのは、そういう事じゃない」
「おじさん、呼続さんのスキルを制御することは諦めた方がいいと思います。どんな分子も分解できちゃいますから」
「そうか。めでたい。くれぐれも、扉の鍵を破壊するんじゃないぞ。お前たちは、税金と言えば、消費税くらいしか支払っていないだろうが、お前達のご両親は大量の税金を国に収めている。そんな税金をありがたく頂戴して修理されたのが、あの扉だ。親に感謝して使え」
「あの…わたし、空気が出入りできるくらいの隙間があれば、鍵がしまっていても通る事ができます…」
「おじさん、呼続さんは、やろうと思えば、隙間なんかなくても、物体の分子と分子の間をすり抜けて通る事もできると思います」
「お前たち…俺の言いたいのは、そういう事じゃ…。もういい、この話はやめだ。2117番よ、お前が、その体の前の持ち主よりは、物を大切にする優等生であることは、おじさんよ~く理解したからな。できれば、すぐにここから出ていってほしい」
「えっと…上小田井くんは、大丈夫なの?」
「呼続さん、心配してくれてありがとう。おじさん、呼続さんなら、ここにいても問題にならないと思います」
「問題あるかないかは俺が決める…。まあいい…。毒は薬にもなるからな。それだけ危険なスキルなら、役に立つ事もあるか…。そのかわり、1111番よ。お前が責任を持って面倒を見ろ」
「ありがとうございます。おじさん、それで…めっちゃ悪い話というのは?」
「こっちはリアルに大問題だ。正直、頭を抱えている。実は、昨日から俺はこの問題のせいで一切眠れていないし、今日も食欲がない」
「お察ししますが…どんな問題なんでしょうか?」
「へっ。では教えてやる。一言で言えば、お前が要らなくなるかもしれない、って事だ」
「ぼくが…要らなくなる…ですか。それは、創薬の目処がたったって事ですか? それとも、ぼくよりも優秀なスキル者が見つかったんでしょうか?」
「残念だが、どちらも違う。言っただろ? めっちゃ悪い話なんだ」
「それは…つまり…どういう事なんでしょうか?」
「計算結果が出た」
「計算…ですか。それって、もしかして、ぼくの…」
「ああ、その通りだ。お前を量子コンピュータの部品として1年間稼働させるのに必要な燃料、すなわち崩壊フェイズをパスするために犠牲になるスキル者の数の計算結果が出たってわけだ」
「あの…その…どのくらいの人数が必要になりそうなんでしょうか?」
「へっ…。計算すると、お前のスキルを使って10,000量子ビットを稼働させた場合、0.5秒につき1日の寿命を消費する。つまり、1分で120日分だ。わかるか? たった1分の稼働に、1名以上のスキル者を犠牲にする必要がある。これを1年間稼働させてみろ。創薬の計算に必要となるスキル者の人数は、およそ63,000人だ。小規模な街の全人口に匹敵する人数のスキル者を、数十秒ごとに順番に爆発させる必要があるって訳だ。汚ねえ花火が打ち上がる以前に、防衛省ではそんな大人数のスキル者を供給できん。それこそ、アイドルの東京ドームコンサートで、だれかさんに崩壊フェイズで爆発してもらうくらいの事をしないかぎりはな。わかったか? めっちゃ悪い話だっただろ」
「それは…確かに…めっちゃ、悪い話ですね」
「対応策については現在、政府レベルで検討中だ。63,000人を犠牲にしてなお、創薬をする必要があるのか。単純な死者数を天秤にかけるなら、俺は創薬の必要があると考えている。だが、未来の犠牲者を未然に防ぐために63,000人をトロッコで轢断死させる判断を、政府はしないだろう」
「創薬をしなかった場合、この国は、どうなってしまうんでしょうか?」
「お前もよくわかっている通りだ。戦争は避けられないだろう。その時は俺は、化学科の隊員として戦場のゴミ掃除でもするさ」
「ぼくは…どうすれば…」
「政府の見解が降りるまで待機だ。もし本当に63,000人を用意する事になった場合、この施設の周辺に大規模な選手村の建設が必要になるかもしれん。死ぬためのな」
「そうですか…。ちなみに…量子コンピュータは、もういつでも稼働できる状態なんでしょうか?」
「できる。お前には一度見せたかもしれんが、正直言って量子コンピュータの外見は普通のデスクトップPCと変わらん。お前のスキルを使えば、冷却設備が不要だし、汎用CPUのコンデンサを量子ビット化できるからな」
「すぐにでも、起動して使える状態なんですか?」
「へっ。それを知ってどうする」
「…いえ…知っておいた方がいいかな、と思って…」
「稼働させる時には、お前にも仕組みを説明するから安心しろ。今は施設の中枢部に厳密に保管してある。稼働期間中に邪魔が入ってはかなわんからな。…っち。電話かよ。これは呼び出しだな。問題ごとは俺に任せて、家でアニメでも見ててくれればよいものを…。1111番よ、2117番をしっかり見張ってろよ。これ以上何かあったら、俺はクビかもしれん」
「あの…おじさん、それって普通は、良い話と悪い話なんじゃないですか?」
「世の中の50%が良い話で、残りの50%が悪い話だと錯覚して生きるのは感心しない。大抵、人生とは悪い話の集合体だ」
「そ、そうですか」
「で? どっちからききたい」
「じゃ…じゃあ、ちょっと悪い話で」
「いいだろう。ちょっと悪い話は、お前が連れてきたあのロシア娘だ。なぜ連れてきた?」
「なぜ…って。この施設への入室を許可したという事は、ちゃんと素性を調べた、という事でしょう?」
「素性だと? どこに素性があるというんだ。そもそも、どうやってここに入った?」
「ご…ごめんなさい、上小田井くん。わたし、スキルを使って、勝手に入ってきちゃったの…。上小田井くんの後を追って…」
「え? そうだったんだ…」
「施設謹製、俺ご自慢の虹彩認証扉は修理が終わったばかりだ。それを通りぬけて入ってきた事が許せん」
「それは…この女の子…今は呼続さんですけれど…のスキルが…」
「そんな事は知っている。1162番から詳細に報告を受けているし、現場検証もしている」
「そうなんですか…。じゃあ、なんでわざわざ、ぼくにきいたんですか?」
「お前の友人だろうが、中身が2117番だろうが、何人たりとも許可されていない人間をここに入れる訳にはいかんのだ」
「わ…わたし、ご迷惑にならないように、透明になっていた方がいいかな?」
「2117番よ、俺が言いたいのは、そういう事じゃない」
「おじさん、呼続さんのスキルを制御することは諦めた方がいいと思います。どんな分子も分解できちゃいますから」
「そうか。めでたい。くれぐれも、扉の鍵を破壊するんじゃないぞ。お前たちは、税金と言えば、消費税くらいしか支払っていないだろうが、お前達のご両親は大量の税金を国に収めている。そんな税金をありがたく頂戴して修理されたのが、あの扉だ。親に感謝して使え」
「あの…わたし、空気が出入りできるくらいの隙間があれば、鍵がしまっていても通る事ができます…」
「おじさん、呼続さんは、やろうと思えば、隙間なんかなくても、物体の分子と分子の間をすり抜けて通る事もできると思います」
「お前たち…俺の言いたいのは、そういう事じゃ…。もういい、この話はやめだ。2117番よ、お前が、その体の前の持ち主よりは、物を大切にする優等生であることは、おじさんよ~く理解したからな。できれば、すぐにここから出ていってほしい」
「えっと…上小田井くんは、大丈夫なの?」
「呼続さん、心配してくれてありがとう。おじさん、呼続さんなら、ここにいても問題にならないと思います」
「問題あるかないかは俺が決める…。まあいい…。毒は薬にもなるからな。それだけ危険なスキルなら、役に立つ事もあるか…。そのかわり、1111番よ。お前が責任を持って面倒を見ろ」
「ありがとうございます。おじさん、それで…めっちゃ悪い話というのは?」
「こっちはリアルに大問題だ。正直、頭を抱えている。実は、昨日から俺はこの問題のせいで一切眠れていないし、今日も食欲がない」
「お察ししますが…どんな問題なんでしょうか?」
「へっ。では教えてやる。一言で言えば、お前が要らなくなるかもしれない、って事だ」
「ぼくが…要らなくなる…ですか。それは、創薬の目処がたったって事ですか? それとも、ぼくよりも優秀なスキル者が見つかったんでしょうか?」
「残念だが、どちらも違う。言っただろ? めっちゃ悪い話なんだ」
「それは…つまり…どういう事なんでしょうか?」
「計算結果が出た」
「計算…ですか。それって、もしかして、ぼくの…」
「ああ、その通りだ。お前を量子コンピュータの部品として1年間稼働させるのに必要な燃料、すなわち崩壊フェイズをパスするために犠牲になるスキル者の数の計算結果が出たってわけだ」
「あの…その…どのくらいの人数が必要になりそうなんでしょうか?」
「へっ…。計算すると、お前のスキルを使って10,000量子ビットを稼働させた場合、0.5秒につき1日の寿命を消費する。つまり、1分で120日分だ。わかるか? たった1分の稼働に、1名以上のスキル者を犠牲にする必要がある。これを1年間稼働させてみろ。創薬の計算に必要となるスキル者の人数は、およそ63,000人だ。小規模な街の全人口に匹敵する人数のスキル者を、数十秒ごとに順番に爆発させる必要があるって訳だ。汚ねえ花火が打ち上がる以前に、防衛省ではそんな大人数のスキル者を供給できん。それこそ、アイドルの東京ドームコンサートで、だれかさんに崩壊フェイズで爆発してもらうくらいの事をしないかぎりはな。わかったか? めっちゃ悪い話だっただろ」
「それは…確かに…めっちゃ、悪い話ですね」
「対応策については現在、政府レベルで検討中だ。63,000人を犠牲にしてなお、創薬をする必要があるのか。単純な死者数を天秤にかけるなら、俺は創薬の必要があると考えている。だが、未来の犠牲者を未然に防ぐために63,000人をトロッコで轢断死させる判断を、政府はしないだろう」
「創薬をしなかった場合、この国は、どうなってしまうんでしょうか?」
「お前もよくわかっている通りだ。戦争は避けられないだろう。その時は俺は、化学科の隊員として戦場のゴミ掃除でもするさ」
「ぼくは…どうすれば…」
「政府の見解が降りるまで待機だ。もし本当に63,000人を用意する事になった場合、この施設の周辺に大規模な選手村の建設が必要になるかもしれん。死ぬためのな」
「そうですか…。ちなみに…量子コンピュータは、もういつでも稼働できる状態なんでしょうか?」
「できる。お前には一度見せたかもしれんが、正直言って量子コンピュータの外見は普通のデスクトップPCと変わらん。お前のスキルを使えば、冷却設備が不要だし、汎用CPUのコンデンサを量子ビット化できるからな」
「すぐにでも、起動して使える状態なんですか?」
「へっ。それを知ってどうする」
「…いえ…知っておいた方がいいかな、と思って…」
「稼働させる時には、お前にも仕組みを説明するから安心しろ。今は施設の中枢部に厳密に保管してある。稼働期間中に邪魔が入ってはかなわんからな。…っち。電話かよ。これは呼び出しだな。問題ごとは俺に任せて、家でアニメでも見ててくれればよいものを…。1111番よ、2117番をしっかり見張ってろよ。これ以上何かあったら、俺はクビかもしれん」
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