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プロローグ
第1話
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「ねえねえ! おきておきて!」
最初は小さく頭の中に響いて…ってレベルの声量じゃない。僕は今、眠っていて、夢を見ている。それは認識している。なのに、僕の意図しない甲高い声が大音量でいきなり木霊した。もうちょっとで明晰夢に移行できそうだったのに、僕の夢に割り込んでくるヤツは…。
「なんだよぉ…。なんで起こすんだよ」僕は、少しだけ開かれたカーテンの隙間から僕の瞼めがけて挿し込む陽の光に顔を顰めながら、ミコに向かって言った。「顔が近いよ。それに、目覚ましが鳴る前だよ…。これは重大な『ルール』違反だよ」
ミコは小さく舌を出して、えへへ、と漏らしてから、ごめんなさいを言ってきた。
「だって、普段全然外に連れて行ってくれないんだもん。外出なんて、いつ以来だと思ってるの?」
僕は上体を起こすと、手探りでカーテンを掴み、全開させた。途端に大量の日光が部屋の中に溢れ、雑然とテーブルの上に置かれたノートPCだの、飲みかけのペットボトルだのが、無機質な白色の壁にくっきりとした影を作った。あれ、ミコの影もある。僕って凄い。
「カーテンも勝手に開けないでくれるかな…。もうちょっと寝ようと思ったのに」
「はいはい、ごめんなさ~い」ミコはあしらう様に言った。「でもさ、カーテン開けたのは自分自身なんだよ?」
そっか。そうなるのか。
「とりあえず身支度するからさ、戻っててよ」
「え~。いいじゃない別に」
「ダメダメ。そもそも僕が呼ぶ前に居る時点で違反なんだから」
僕の言葉に、ミコは渋々と歩き出し、トイレの扉を開け、中に入ったと思ったら、恨めしそうな顔を扉の陰から少しだけ覗かせ、僕に向かって、べえ、をした。
僕は小さく溜息をついてからスマホの画面を点け、時間を確認した。休日の、朝の8時。友人との約束は10時。
起き抜けで言う事を聞かない体をベッドから下ろし、大きく伸びをしてから、僕はさっきミコが入っていったトイレの扉を開け、小用を足した。それから簡単に洗面を済まし、部屋の隅の洗い晒しの塊の中から適当に服を選んで着替え、ベッドを跨いでベランダに出た。
いい天気だ。雲が少ない。風が強いのかな。もうセミの声が聞こえなくなって随分立つ。これから段々寒くなるんだろうな。僕は、秋口の太陽が作る木漏れ日なんかの影が、一年中で最も美しいと思っている。紅葉が待ち遠しい。
ミコとの約束は何時からだっけ?
僕はベランダに設置された室外機の上に無造作に置いたハーブの水遣りをそこそこに、部屋に戻り、鞄を肩に掛けた。そして、玄関で靴を履きながら、
「ライブは夜の7時からだから…」閉められたトイレの扉に向かって少しだけ叫ぶように言った。「ハチ公前に6時集合でいいよね?」
「え~…」扉越しに、くぐもった声が聞こえてきた。「それじゃあデートにならないじゃん。おやつの時間に集合にしようよ」
「おやつ、って…」僕は呟く様に反復した。「解ったよ。じゃあ3時ね」
僕の言葉に、ミコは、はーい、と返してきた。
「もう出ていくの? どこに行くの?」
「うちじゃイラレとか使えないから、友達の所に借りに行くんだよ」
「友達いたっけ?」
ミコの悪態に、僕は故意に苦笑した。
「じゃあ、3時ね。勝手に歩き回るなよ」僕は言いながら踵を返し、玄関のドアに手をかけた。「あ、そうだ。午前中に荷物届くと思うから、受け取っておいて」
「何の荷物?」
「新作のCD。50枚プリント頼んどいたやつ」
「あ~、イベント近いんだっけ」
「10月末のM3ね」
扉の向こうから、えむすりい、と言葉を辿る声が聞こえてきた。
「50枚も売れるの?」
「君次第だろ」僕は扉を少しだけあけ、片足を外に出した。「いいから、荷物お願いね」
「それは無理だよ」部屋を出ていく勢いの僕の背中に、冷静な声でミコが言った。「よく解ってるでしょ」
そうだった。
僕はトイレの扉に向かって、まあいいや、とりあえず後で、と声をかけ、外に出た。
最初は小さく頭の中に響いて…ってレベルの声量じゃない。僕は今、眠っていて、夢を見ている。それは認識している。なのに、僕の意図しない甲高い声が大音量でいきなり木霊した。もうちょっとで明晰夢に移行できそうだったのに、僕の夢に割り込んでくるヤツは…。
「なんだよぉ…。なんで起こすんだよ」僕は、少しだけ開かれたカーテンの隙間から僕の瞼めがけて挿し込む陽の光に顔を顰めながら、ミコに向かって言った。「顔が近いよ。それに、目覚ましが鳴る前だよ…。これは重大な『ルール』違反だよ」
ミコは小さく舌を出して、えへへ、と漏らしてから、ごめんなさいを言ってきた。
「だって、普段全然外に連れて行ってくれないんだもん。外出なんて、いつ以来だと思ってるの?」
僕は上体を起こすと、手探りでカーテンを掴み、全開させた。途端に大量の日光が部屋の中に溢れ、雑然とテーブルの上に置かれたノートPCだの、飲みかけのペットボトルだのが、無機質な白色の壁にくっきりとした影を作った。あれ、ミコの影もある。僕って凄い。
「カーテンも勝手に開けないでくれるかな…。もうちょっと寝ようと思ったのに」
「はいはい、ごめんなさ~い」ミコはあしらう様に言った。「でもさ、カーテン開けたのは自分自身なんだよ?」
そっか。そうなるのか。
「とりあえず身支度するからさ、戻っててよ」
「え~。いいじゃない別に」
「ダメダメ。そもそも僕が呼ぶ前に居る時点で違反なんだから」
僕の言葉に、ミコは渋々と歩き出し、トイレの扉を開け、中に入ったと思ったら、恨めしそうな顔を扉の陰から少しだけ覗かせ、僕に向かって、べえ、をした。
僕は小さく溜息をついてからスマホの画面を点け、時間を確認した。休日の、朝の8時。友人との約束は10時。
起き抜けで言う事を聞かない体をベッドから下ろし、大きく伸びをしてから、僕はさっきミコが入っていったトイレの扉を開け、小用を足した。それから簡単に洗面を済まし、部屋の隅の洗い晒しの塊の中から適当に服を選んで着替え、ベッドを跨いでベランダに出た。
いい天気だ。雲が少ない。風が強いのかな。もうセミの声が聞こえなくなって随分立つ。これから段々寒くなるんだろうな。僕は、秋口の太陽が作る木漏れ日なんかの影が、一年中で最も美しいと思っている。紅葉が待ち遠しい。
ミコとの約束は何時からだっけ?
僕はベランダに設置された室外機の上に無造作に置いたハーブの水遣りをそこそこに、部屋に戻り、鞄を肩に掛けた。そして、玄関で靴を履きながら、
「ライブは夜の7時からだから…」閉められたトイレの扉に向かって少しだけ叫ぶように言った。「ハチ公前に6時集合でいいよね?」
「え~…」扉越しに、くぐもった声が聞こえてきた。「それじゃあデートにならないじゃん。おやつの時間に集合にしようよ」
「おやつ、って…」僕は呟く様に反復した。「解ったよ。じゃあ3時ね」
僕の言葉に、ミコは、はーい、と返してきた。
「もう出ていくの? どこに行くの?」
「うちじゃイラレとか使えないから、友達の所に借りに行くんだよ」
「友達いたっけ?」
ミコの悪態に、僕は故意に苦笑した。
「じゃあ、3時ね。勝手に歩き回るなよ」僕は言いながら踵を返し、玄関のドアに手をかけた。「あ、そうだ。午前中に荷物届くと思うから、受け取っておいて」
「何の荷物?」
「新作のCD。50枚プリント頼んどいたやつ」
「あ~、イベント近いんだっけ」
「10月末のM3ね」
扉の向こうから、えむすりい、と言葉を辿る声が聞こえてきた。
「50枚も売れるの?」
「君次第だろ」僕は扉を少しだけあけ、片足を外に出した。「いいから、荷物お願いね」
「それは無理だよ」部屋を出ていく勢いの僕の背中に、冷静な声でミコが言った。「よく解ってるでしょ」
そうだった。
僕はトイレの扉に向かって、まあいいや、とりあえず後で、と声をかけ、外に出た。
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